信頼
「達者でな、ニーナ」
「達者でなって、どういうことですか?」
驚いて振り向く。すると、そこにいたのはニーナだった。
「な……いつからそこに?」
「いつからって、今さっきですよ?その変な乗り物……なんでしょうか?を押して、どこかに行くみたいなんで追いかけてきたんです」
なんてことだ。決心が鈍るからこそ、誰にも会わないようにひっそりと出ていくつもりだった。それがよりにもよって、一番見つかってはいけないやつに見つかった。焦って、何かうまい言い訳がないか頭を巡らせる。
「どこに行くんですか?それに、この手紙はいったい……?」
ニーナが手に持っていた手紙を見て、顔を青くした。更に最悪だ。手紙がなければ、適当にごまかして出ていくこともできた。しかも、読み始めてるし!
「ええと、何が書いてあるんでしょう?」
や、やべえ。なんかよくわからないけど、嫌な予感がする。頭の中に某有名なサメが出てくる映画のBGMが流れてる。大抵、こんな時の予感が外れたためしがない。何が起こるんだ……?そう思っていると、ニーナの顔が段々笑顔になっていく。でも、長い付き合いの俺にはわかる。嬉しくて笑ってるんじゃない、これは………
(お、怒ってる……)
目が全然笑ってないんだもの。怖っ!怖いよ、ニーナ!
「レオン君、これはどういうことですか?」
「ま、まあ、書いてある通りだけど……」
「なんで、出ていくんですか?しかも、私に何も言わないで?」
たじたじになりながら、なんとか答える。返事ができたことを褒めてやりたいくらいだ。
「い、いや、そりゃ、村の人たちだって気味悪がってるだろうし………ニーナだって、怖いだろ?俺のこと?」
「もちろん怖かったですよ!」
「だ、だったら……」
それを聞いて、ここぞとばかりに言葉を続けようとした。が、その前にニーナに口を挟まれた。
「でも、それにしたって、何も言わずに出ていくのはひどすぎます!なんで、1人で勝手に決めつけちゃうんですか!心配するって思わなかったんですか!」
「え?」
そんなこと、考えもしなかった。俺のことが怖いだろうし、一緒にいても迷惑なだけだろうと思いこんでいたから。そのまぬけな声からすべてを察したのだろう。もはや笑顔が凄みを帯びて、とんでもないことになっていた。
「レ、オ、ン、く、ん?」
「すみませんでした!」
取りあえず、滅茶苦茶ニーナが怖かったから謝った。死ぬほど謝っておいた。
※ ※ ※
「さて。気を取り直して、だ。ニーナは俺が何も言わずに出ていくから、怒っているんでいいんだよな?」
「そうです!」
「怖かったって言ってたけど、じゃあ今は?」
「怖くないですよ?」
そこが疑問に思ったのだ。何を聞くんだ、みたいな顔をしているニーナに問いかける。
「どうして?」
「だって、怖いだけがレオン君の全てじゃないでしょう?優しい所があって、面倒見が良くて、それで……いたずら好きなところが………あって…………」
また、怒り始めた!このままこの話題にしておくのは危険と判断して、強引に話題を変える。
「じゃ、じゃあ、どうしたら満足なんだ?」
「え?はい、そうですね……村を出ていかないでください」
「それは無理」
例えニーナがよかったとしても、村の人たちとはうまくやっていけないだろう。現に、村人の1人が俺のことを《悪魔憑き》と呼んでいたことを知っている。それに、一度刻まれた恐怖はそう簡単には忘れることはできないだろう。そのことをちゃんと伝え、その選択肢がないことを教えてやった。
「でも!きっと、みんなわかってくれるはずです!ずっとこのままなんてことは……」
「そりゃあ、希望的観測に過ぎるだろうよ」
首を振って否定する。俺は殺しに慣れ過ぎた。もう、純粋な頃には戻れないのだ。そんな俺が村のみんなに溶け込めるはずがない。あ。
「いっそのこと、お前が一緒に来るか?」
「え?」
「2人で世界中を自由気ままに旅すんだ。これならどうだ?」
適当に、冗談交じりに、発した言葉だった。承諾するはずないと思ったのだ。いくらなんでも、女の子だし。男と2人だけという状況なら、断るだろうと。このときの俺は、何もわかっちゃいなかった。馬鹿な発言をしたことに。まあ今から考えれば、他にどんな選択をしても、もっといいものはなかったと思うが。
「それがいいです!」
「は……?」
「2人でいろんなところを旅するんですよね?楽しそうです!……それに、もしかしたら………」
「もしかしたら?」
「い、いえ!何でもないです!早く行きましょう!」
「いやいや、待て待て待て!」
額に流れる汗が一気に増えた気がする。まさか本気にするとは思っていなかった。ど、どうする?本気にしたニーナを止める言葉を考える。……駄目だ、思いつかん。
「どうしたんですか?ああ!旅の準備のことですね!待っててください、すぐに……」
「いや、そうでもなくて!今のは………」
「今のは?まさか、冗談なわけないですよね?」
やばい。笑顔だけど、目が笑ってない……さっきのことで頭が上がらなくなっている俺は冗談だということはできない。
「あ、当たり前じゃないか。本当に後悔しないんだなって聞こうとしただけだよ」
そう言う以外、俺に選択肢はなかった。
※ ※ ※
「いいか?最低限の荷物だけでいいぞ?自分の持ち物とか。大抵のものは、俺の魔法でどうにかなるし」
「はい!」
再び孤児院に戻り、ニーナが準備を終えるまで待つ。その間、何するかな?
(手紙、書き直すか……)
先生に宛てた手紙は、ニーナのことを書いていない。このまま出ていくと、あいつのことで大パニックになるだろう。手紙は1枚。内容を変えなくてもいいことに気付いたので、もう1枚書いてそれで伝えるとしよう。
「ええと?『それと、もう1つ謝っておきます。実は、ニーナを連れていくことになっちゃいました。仕事に、心配にいろいろと迷惑を掛けてしまうことになりますが、どうか許してください』と。こんなもんか?」
まあ、後はニーナにも自分の意思で出ていくことを書いてもらえばいいだろう。読み返してみたけど、そんなに粋な文章が書けるわけでもないし、これでいいと思う。
まだ、ニーナは来る様子がない。少し考え事でもしてるか。
(俺はなんでこんなにもニーナに甘いというか、弱いというか?なんだ?)
おかしいと思ったが、答えはすぐに思い当たった。どこか似ているのだ。前世で俺を兄と慕ったあの子に。助けられなかったあの子の代わりを求めているのかもしれないし……妹の様に思っているのかもしれない。どちらにしても、両方にしても、道理でお願いに弱いはずだ。
「ごめんなさい!今、終わりました!」
「あまり大きな声出すなよ、人が起きるから……」
「ご、ごめんなさい………」
「もういいから。お前も先生に何か書いていけ」
「は、はい」
慌てて俺の貸したボールペンを手に取り、手紙を書き始める。その姿を見ると、不思議と安心感がある。大切、だからなのだろう。本当は一緒に来てくれると言ってくれたときは嬉しかった。この11年、いやニーナと過ごしたのは6年か。それは無駄じゃなかったんだろう。俺のことを心配し、考え、支えようとしているのだから。
「……ありがとな、ニーナ」
「え?何か言いましたか?」
「いや、何も?それより、早くしないと1人で行っちゃうぞ?」
「ふえぇぇぇ、ま、待ってくださいぃぃぃ!もう少しですからぁ!」
※ ※ ※
それから、数日後。俺たちは2人旅を続けている。バイクに乗りつつ、時には歩きつつ。そして、今―――
「やっべえ、阿呆したぁぁぁぁぁ!」
「待てぇぇぇぇ!クソガキィィィィ!悪魔憑きのくせにぃぃぃぃ!」
「うるせえ!それは関係ねーだろーが!」
ムサい男から逃げている。受付の前を通るときに、
「今日でこの宿出ます!これ、鍵!ありがとうございました!」
と受付の人に投げ渡す。実は昨日宿に泊まり、羽を休めていたのだ。階段を駆け上り、自室に入って鍵をかける。
「開けやがれぇぇぇ!」
「レオン君……今度は何をしたんですか………」
「何か、ここの人が嫌がってるのに、あいつらが酔って手を出そうとしてたんだよ。ムカついて殴ったら、殴り返してきてローブのフードがめくれて、騒ぎになったってわけ」
呆れ顔のニーナに向かって、手短に説明してやる。
「旅を始めてから、トラブルばっかり起こしてませんか?……もっと、ロマンチックなのがよかったです………」
「ん?後半聞こえなかった。なんだって?」
「何でもありません!でも、何というかトラブル起こす理由がレオン君っぽいです」
その言葉には首を傾げたが、考えてる時間はないのでニーナを急かした。
「なんだそりゃ?まあ、いいや。逃げるぞ、ニーナ!鍵はもう返しておいたし!」
「はい!」
ニーナが俺に抱き着く。それを確認した俺は準備を済ませ、荷物を掴む。
「しっかり掴まってろよ!」
木でできた両開きの窓に近づき、大きく開ける。そして、そのまま……
「あばよ!」
一気に飛び降りる!そして、ベルトから出しておいたピアノ線を窓のふちに引っ掛ける。アクション映画のワンシーンみたいに脱出した俺たちはバイクに乗る。ニーナがヘルメットを付けたのを確認すると同時に、喧嘩を吹っ掛けたやつらが来る。だが、もう遅い。
「二回言うのもどうかとは思うが……そこら辺は気分の問題だしな」
バイクを発車させる。すると、もうあいつらは追いつけない。
「チクショー!」
「はははっ、アディオス!」
笑いながらその場を後にする。また移動が始まるのだ。
「次はどこに行くんですか?」
「さあな?気分次第ってところか?」
ニーナの問いをはぐらかしながら、バイクを走らせる。これからもトラブルを起こしながらも、俺の旅は続くのだろう。生きる理由を見つけるために。
(《死神》は……いや、元《死神》は異世界を旅行中。ってところかな)
俺の、いや、俺たちの旅はまだ始まったばかりだった。
どういうことなのか、という意見を頂いたので、少々解説みたいなことを載せておきます。
Q.一人称なのに、()で考えてること書く意味ある?
A.()無しはただぼんやりと考えていること、()有りは意識して考えていることです。
Q.レオンって殺伐とした世界から来たはずなのに、RPGとか出てくるのはおかしくない?
A.レオンは元々の地球、要は前々世の記憶を基準に考えることが多いです。生きている時間は前世の方が長いものの、ほぼ思い出したくもない記憶ばっかりなので、意識せずに前世のことを封印する傾向にあります。
Q.ニーナが流暢に丁寧語を話すのはおかしくない?
A.反論しようがないです。ただ、6章辺りにもしかしたらこれが理由じゃない?ってものが出てきます。




