生きる理由
(ルアン)
(間に合ってください……!)
必死に馬を走らせる。間に合わないかもしれないという不安を打ち消し、ひたすらに進む。
「ルアンさん、1人で先行しても何もできませんよ!俺たちも一緒に行くんで、あんまり無茶しないでください!」
「すみません、焦ってしまって」
「いえ、孤児院の子供たちが危ないかもしれないんでしょう?焦るのも仕方がありませんよ」
今、私は自分の村の近くまで来ていた。昨日の昼のこと。私が討伐隊に参加した日の次の日。近く村の狩人から衝撃の事実を知ったのだ。
「実は、俺……魔族の群れを見たんだ」
「な………どこでですか!?」
「そこの森を抜けていったんだ……俺、怖くて何もできなくて………」
「まずいぞ!この森を抜けると、ルアンさんの村がある!」
昔、私とパーティーを組んでいた冒険者がそう言う。彼らは魔族のことを知って、駆けつけてくれたのだ。
(こうしてはいられない……!)
今すぐにでも、村に戻らなければ!その日から、馬を借りて村に戻り始めた。今は朝と言うには遅いけれど、昼と言うには早いそんな時間。急いだ甲斐もあって、村には比較的早く着いた。
(皆さん、どうか無事でいてください!)
急いで孤児院に駆け込む。無事であることを確認するために。食堂に入ると、そこには……
「あれ?先生?」
「先生だ!先生が帰ってきた!」
「ああ………」
よかった。無事であったようだ。子供たちは散り散りになり、他の子を呼びに行く。それから、程なくして食堂に子供たちが集まった。
(本当によかった。皆さん、無事な様で……)
と、そこで気付く。いつもなら存在感のある彼がいないことに。そして、彼に妹の様についていく彼女がいないことに。
「皆さん、レオン君とニーナさんを見ませんでしたか?ここにはいないようですが……」
「え?」
そう言うと、空気が変わったように感じた。何となく、何かを隠しているかのように。
「何か、あったのですか?」
すると、そこに孤児院のことを任せていた女性が来る。彼女は少し眉をひそめながら、私に話しかけてきた。
「それ以上は聞かないでやってくれよ。昨日は大変だったんだからさ」
「何があったのですか?」
彼女は、昨日起こったことを話してくれた。魔族たちの襲撃があったこと。奇跡的に死者が出ていないこと。それは魔族たちが全滅したからということ。そして、それをしたのはレオン君であること。驚きの連続であったが、何とか事情は呑み込めた。
「あれほど恐ろしいと思った子供はいなかったよ……躊躇も何もせずに、殺しを行うんだから。ああ、悪魔憑きの伝承は本当だったんだね」
「そんな言い方はないでしょう……彼はあなたたちを守ろうと戦ったのでしょう?なのに、それはあんまりではないですか………」
今度は私が眉をひそめた。あの子は不思議なところはあるが、いい子なのだ。大人たちの言うことをきちんと聞いてくれるし、面倒見のいい所もある。それに、困っている人がいれば、助けようとしてくれる。例え、魔族を殺すことに何の躊躇いも感じていなかったとしても、それだけが彼の全てではないはずだ。
「そうだったね……あたしも言い過ぎたかもしれないよ」
「レオン君とニーナさんはどこにいるんですか?会って、無事を確かめたいんですが」
「ニーナちゃんの方は、もう少し後にしてあげた方がいいかもしれないね。昨日、魔族たちに囲まれてたんだ。恐怖でまだ布団から出て来られないと思うよ」
「そう……ですか………」
取りあえず、まずはレオン君を探すとしよう。見つけて、話をしたら、一緒にニーナさんの所に行って、心のケアをしてあげよう。そう思っていた。
だが、孤児院内を探して、彼の姿が見えない事に気付く。違和感を感じ、村の人にも手伝ってもらい、村中を探した。勿論、私も必死に探した。けれど、どこにもいなかった。
(どうして……?)
疲れているだろうから休んだ方がいい。昔の仲間たちからそう言われ、やむなく自分の部屋へと戻った。彼はどこに行ってしまったのだろう?そんなときだ。自分の部屋の机の上に手紙が置いてある事に気付いたのは。そこには、見覚えのある筆跡で『先生へ』と書かれていた。急いで封を切り、中を見る。そこには2枚の紙が入っていた。1枚目から読み始める。
『この手紙を読んでいるということは、孤児院内は、ひょっとしたら村中が大騒ぎになっているかもしれません。最後の最後で、大迷惑を掛けてしまうことになり、本当にすみません。先生が帰って来るまで待ってしまうと、決心が鈍ってしまいそうなので、魔族が襲撃したその日の夜に決行しました。
僕はこの村を出ていきます。村の人たちが自分を恐れていることがわかったので。いつかこうなってしまう運命だったのかもしれません。僕自身、自分が他の人とどこかずれていることがわかっていました。』
「そんな……そんなこと………」
私は間に合ったと思っていた。否、そう信じたかったのかもしれない。でも、間に合ってなどいなかったのだ。1人の少年を助けることができなかった。後悔の思いだけが心に広がる。続きを読み始める。
『これまで働いてきて稼いだお金を少し貰っていきます。それと一応、偶に手紙を出そうとも思っています。いらないなら、読まずに捨ててもらっても構いません。
これからは前に話したことがあるように、旅をしようかと思っています。先生が助けてくれた命です、何も粗末にしようとは思っていません。』
「そう言えば、そんなことも話しましたね……」
そのときのことを思い出す。あれは確か、5歳の時だったと思う。何故、こんなにも熱心に魔法のことを勉強するのかが不思議で理由を聞いたことがあった。それに対して、彼はこう答えたのだった。
『生きる理由を探すためです』
『生きる理由を?随分と難しいことを考えていますね』
正直、子供が考えることではないと思う。彼は少し困ったような表情でこう続けたのだ。
『まあ、いろいろと訳があるんです。孤児院を出たら、それを探すために旅に出ようかと思ってますから。そのためには、身を守るために魔法のことを知るのが大事だと考えた結果です』
あの頃からだろう。あの子を不思議な子だと感じ始めたのは。ただ、なぜか気味が悪いとは思わなかった。元々、優しい子だったからかもしれない。そんなことを思い出しながら、再び文章に目を落とす。
『いろいろと、迷惑ばかり掛けていたかもしれません。すみませんでした。ただ、ここで過ごした日々は本当に楽しいことの連続でした。それは間違いなく言えることだと思います。僕を助けてくれて、そしてこの孤児院に連れてきてくれてありがとうございました。』
「それを言うのは……私の方ですよ………」
皆さんを救ってくれたこと。何度感謝しても、しきれないくらいだ。ああ、それだというのに。この村を救ったことに対し、あんまりな待遇過ぎないだろうか?もしも神という存在がいるのなら、こう言いたかった。
(これはいくらなんでも、ひど過ぎないですか……?)
一人の子供に過酷すぎるとも言える現実。世の中はこんなにも無常なのかと思う。頼れる人も、支えてくれる人もいない。何もできない自分が腹立たしかった。
「せめて……せめて、これからあの子に幸運があらんことを………」
そう呟く。そうでもしないと、彼が不憫すぎると思った。そして、2枚目の紙に目を通す。そこには驚くことが書かれていた。
『それと、もう1つ謝っておきます。実は―――――』
「先生、大変だ!」
「どうしたのですか?」
「それが――――――」
※ ※ ※
(レオン)
「今頃、孤児院どうなってるかな?」
一人でそう呟く。誰に対して言う言葉ではないが、独り言が多くなったな。バイクを木に立てかけ、休憩しようと腰を下ろす。村からは結構離れた距離に来たため、ここで休憩することにしたのだ。村の人に会って、戻れと言われたら戻ってしまいそうだったから。
「今日はここで野宿するんですか?」
「ちげーよ、なんでここで泊まるんだよ。全然、村から離れてないだろ」
「そこ、こだわるんですか?」
「こだわる」
そんな会話をしながら休む。俺の目の前にいるのは――ニーナだった。




