建国祭Ⅱ
どうやら今回はアザミと建国祭を回るようです。レオンはただいま待ち合わせ中のようです。
「……なあ、聞きたいんだが」
「なんだい?支度に時間が掛かり過ぎなんじゃないか、っていう話じゃないだろうね?」
「それについちゃあ、諦めもついてるよ。女ってのは自分を少しでも綺麗に見せたくて、時間掛けるっつーことは知ってるし。つーか、その最たる例がアザミだろ。だから、別にそれは構わねえんだが………」
ニーナと祭りを回った日から1日が過ぎた。まだ祭りの喧騒は収まることもない。そんな祭りの2日目の昼前。俺は何故かヘレーネと共に、アザミが来るのを待っていた。待ち合わせ場所はよく恋人たちが使っている、という大きめの木の前。街中にこんなデカい木が生えてるんだから、来た当初は驚いていたものだ。なんでも、建国記念に植えられたものらしい。王城内に植えろよ、とも思ったのだが、元々ここは王城の庭の中だったのだとか。人が増えたので、王城の庭を小さくして、城下町を広くしたらしいのである。納得。
まあ、それはさておき。今日はアザミのデートのはずなのだ。なのに、何故ヘレーネと二人で?となるのは、当然のことだと思う。
「そこは気分の問題だろうね。待ち合わせの場所まで行くときの気持ちまで楽しみたいんだろうさ。とは言っても、あんたにはわからないかい?」
「……正直、わからん。離れてると時間が無駄だし、危ねえじゃんかよ。何かあったとき、何もできねえってことだし」
「過保護だねえ。ま、それだけ本気ってことなんだろうけどさ」
やれやれ、といった様子で、ヘレーネが肩を竦めている。仕方ねえだろ、不安なもんは不安なんだし。前世でのことがあるから、余計不安になるんだよ。はあ、とため息をついた。
というか、だ。そもそも、この時間だってニーナのことを考えたからだったらしい。昨日は叙勲式で時間を取られたから、そこは平等にするために、と。そんなことを考えなくてもいいと思うんだが。デートする機会なんて、これからいくらでもあるんだし。足りない分は他で補えばいいんだから。
『……シルフィ、問題ねえか?』
『これで何回目?どっちも問題ないって。ニーナにはドランついてるし、ガイアだっているしさ。それに、アザミの方も手間取ってるだけだから、心配しなくてもいいよ。何かあったら先に言う、って言ったじゃん』
『………心配なものは心配なんだよ』
過保護で結構、それで二人が守れるなら安いものだ。掛けなくてもいい手間は掛けない主義だが、掛けるべきだった手間を掛けずに後悔はしたくない。……それで後悔を何度もしてきたから。
「お、お待たせしました!」
「ああ、来たか………」
待ち侘びていた声が聞こえたので、振り返る。そこまではよかったのだが……アザミの姿に言葉を失っていた。と言っても、特段変な格好をしてたとか、おかしなところがあったとか、そういうわけではない。
いつもとは異なり、今日は普段とはまったく違う装いだったのだ。普段はもっと質素というか、簡素というか。あまり装飾の入った服を着ない。前世のこともあって、派手な格好が嫌いだから、らしい。で、今日はと言うと例に漏れず、シンプルではあるんだが……何というか、女の子らしさが前面に出ていた。そのせいで、普段とのギャップをより強く意識してしまった。
「旦那様?に、似合わなかったでしょうか………?」
不安そうに俺を見上げる彼女だったが、その動作もさらに追い打ちを掛けてくる。やっと言葉を発せられるようになったのは、シルフィが頬を突いてくれてからだった。
「……と、悪い。ええと、何つーか………見惚れてた」
「え?あ、えっと……そ、そうですか………」
口にしてからこっ恥ずかしいことを言ってしまったことに気付き、頬が熱くなるのを感じる。が、むこうはむこうで照れてしまったらしく、顔を赤くして視線をずらしていた。
(ええい、付き合いたての男女か!)
自身の胸の中ではツッコミを入れたが、女性経験がないのは事実だからなあ。慣れたとは言っても、まだ手探り状態というのが正しいかもしれない。あと、ヘレーネとメリアがにやついているのがムカつく。
「「あ、あの(さ)………」」
今度は声が重なってしまう。先に言ってくれ、と譲ろうとするも、むこうも譲ってきた。それもまた初々しいカップルのようで、少し情けなく感じてしまう。……いや、確かに初々しくはあるかもしれないのだが。
「その、行かないか?あんまりここにいて、時間が無くなるのもいけねえだろうし」
「そ、そうですね!ヘレーネさんとメリアさんはついて来ちゃ駄目ですよ!?絶対!絶対ですからね!」
俺が早く移動しようとすると、居心地の悪さは感じていたのか、アザミはすぐに頷いた。そして、まだにやついているヘレーネとメリアに念押しをしていた。はいはい、といった様子で二人は頷いている。
「別に邪魔しようとは思っていないさ。ゆっくりしておいで」
「そうそう。じゃ、あたしたちは帰るわ。我が儘言いまくりなさい?」
「……うう、はい………」
意趣返しのつもりだったのだろうが、上手くいっていなかった。仕方ない、と俺はアザミの手を取り、とっとと退散することにした。ことこういうことに関しては、俺らは弱そうだったから。まあ、アザミは嬉しそうだったからよかったけどさ。
※ ※ ※
「……結構回ったな」
「そうですね。あのお芝居は明日に見に行ってもいいですか?」
「……マジで言ってんのか、それ………?」
ベンチに腰掛け、二人で飲み物を飲みつつ、今日のデートのことを話す。ニーナとは歩き回った方が楽しいんだが、アザミとだとこうしてのんびりする方が楽しい気がする。二人ともタイプは違うからかもしれない。
アザミが言っているのは、俺の寸劇のことだった。どうやらニーナも見たいらしく、絶対に行こうとなっているらしかった。俺としては当然渋い顔をせざるを得ないが。
「いいじゃないですか。もっと知りたいですし、皆さんがどう思っているかも見れたらな、って思ったんです。嫌ですか?」
「……一回だけだぞ?」
期待した目を向けられては、頷くことしかできない。早くも尻に敷かれている状態である。はあ、と思わずため息をついてしまった。
「旦那様。ありがとうございます。私と一緒にいてくれて」
「急にどうした?」
改まって頭を下げられたので、俺は戸惑っていた。彼女は俺の手を握り直して、身を寄せてくる。
「こうして恋ができて、普通の女の子のようにいられるのは……全部旦那様のおかげですから。私を。いいえ、私たちを選んでくれたことが本当に嬉しいんです」
「そか」
とはいえ、選ばせたのはアザミ自身の行動の結果なんだが。どこか一つでも狂っていれば、俺は惚れていなかったこともあり得るだろうし。
「そろそろ帰りましょうか」
「もういいのか?」
別に、もうちょっと残ってもいいんだが。そう思っての言葉だったが、彼女は笑って首を振った。
「心配を掛けたくありませんから。それに……来年も、また来れますよね?」
「そう……だな」
「それなら、また来年に取っておくとします。きちんと繋ぎ止めておいてくださいね?」
「ああ。そうあれる様に努力するさ」
ベンチから立ち上がり、アザミに手を貸す。彼女は腰を上げて……そのまま顔を近付ける。
遠くではまだ、街の喧騒が聞こえていた。
次回、EX章ラスト……にする予定です。