決着
(ブラギオゾ)
(どうしてこんなことになった……?)
目の前にあったのは凄惨とも言える状況。魔獣の群れは100を超えていたのだ。それが今はどうだ?オークとゴブリンは全滅。辛うじて残っているのはブラックウルフだが、そいつらだっていつまで持つのかわからない。もう数えられるほどにまで数が減っている。残り17匹。このままでは駄目だ。この数では人間の街に攻め入ることはできない。その上、もしこのままやつを放置しておくと、恐らくこちらに襲い掛かって来るだろう。そうされた時、負けることはなくても無傷ではいられない。そうなってしまえば、人間の討伐隊に出くわしたとき、我らが殺される可能性が出てくる。何としてでもやつを止めねば。そう思っていると、いまだに衝撃から抜け出せていないのか、ヴァルディラが呆然と呟く。
「何ですか……これは………?あり得ない、人間如きがこんな………」
そうは言うが、ヴァルディラ。人間にも強者は存在する。油断すると痛い目を見るのは我らだ。そう今の様に。あの小僧がここまでの実力者だとは思いもしなかった。せいぜい、囮か何かだと。だが、あの目を見た瞬間気付くべきだった。あれは少なくとも魔族を見た普通の子供がする目ではない。あの面倒くさげな、それ以外の感情が感じられない目――もちろん恐怖さえもだ。あのときは、何か違和感があっただけだった。しかし、今この血塗れの光景を見て初めて気付く。あれは何かを諦めたからあんな目をしていたのではない。あれは単に面倒だと感じていただけだ。そう――殺すことに。やつは魔獣を踊るように殺している。面倒そうな表情で。何も感じていないのだ。命を奪うことに。
(何をどう育てれば、ああなるのだ……)
あれは戦士の動きでなければ、猟師の動きでもない。例えで一番近いのは――暗殺者。最低限の動きで、対象を殺すやつらと同じ動き。だが、あんなに滑らかに命を奪える暗殺者は人間には、いやそれどころか魔族にもいない。末恐ろしい男だ。もし、こいつが大人になってしまったら……
(それだけはまずい……そんなことがあれば、あの方でさえ危ないかもしれん!)
そんなことを考えていると、ヴァルディラが状況を変える一言を放った。
「レオン……とか言いましたね?動きを止めなさい。さもないと、この子がどうなっても知りませんよ?」
そう言い、聖属性使いを人質に取る。考えたな。確かやつはここに駆けつけたとき、まずあの子供のことを心配していた。やつにとっては一番大事な人間なのだろう。
「武器を捨てて、両手を上に挙げなさい。そうすれば、こいつの命だけは助けてあげましょう。まったく、人間如きがふざけた真似を……ブラギオゾ、あなたが殺してください。出来るだけ無残にね」
「や、やめてください!」
「おっと、そうはいきません。相当なめた真似をしてくれましたからねぇ?まさか無属性の身体強化使いだったなんて………」
そして、言われた通りにしているやつに近づく。
「すまんな、お前は危険すぎる。今ここで殺さなければいけないのだ。もし言い残したいことがあれば言うといい。それぐらいは待ってやろう」
「じゃあ、一ついいか?」
「ああ、言ってみろ」
「魔族ってのは間抜けばかりなのか?」
「は………?」
「生成、コルトシングルアクションアーミー!」
やつはそう叫んだすぐ後。大きな音がした。そのときには遅かった。結局、俺は最後まで侮り続けていたのだ。子供だからという理由で。そして、それが致命的なまでのミスになってしまったのだ。
※ ※ ※
コルトシングルアクションアーミー。通称、ピースメーカー。俺の前世での愛銃であり、相棒ともいえるものだった。付き合いは長く、なんと40年を超える付き合いだった。
この銃は前々世――俺が学生時代の時にもあった実銃であった。この銃は1873年にアメリカ陸軍に採用されてから1889年まで、実際に軍で使われた拳銃だ。1889年以降は再装填に問題があるため、めっきり使われなくなってしまった。あったとしても、ホビー用・コレクション用がほとんどだったようであった。俺が知っているのはここまで。未来で文書が残っている方が稀なので、ここまで知っているだけでも十分だとは思うが。
ピースメーカーは最初から、要は前世で初めて殺しに使った銃であった。師匠から渡されたのがこの銃。ただ、威力が一番低いものであったが(当たり前だ、高いやつだと俺が吹っ飛ぶ)。やがて俺も成長し、青年となった。もう威力の高いやつを撃っても体勢が崩れたりしないだろう。そう思い、新しい銃を買いに行った。他にも銃はたくさんあったが、やはり慣れてしまっていたのだろう。買い直したのもピースメーカーだった(コルトシングルアクションアーミーにはいくつかバリエーションがあるのだ)。そのときに買った銃は、死ぬときまで付き合うことになった。だからこそ俺の愛銃であり、相棒なのだ。
※ ※ ※
(レオン)
(やはり、人質を取りに行ったか……)
あの魔族の性格なら、恐らくそうするだろうと思っていた。だから、魔族に対してはわざと村人たちの方は無防備になるようにしていたのだ。人間を侮っているあの魔族なら、簡単に引っかかるだろうとも。その答えがこの結果だ。油断していたところをピースメーカーで撃たれた。狙ったのは脳天。まあ、即死ではあるだろうが、油断すると痛い目を見るのはこっちも同じ。一足跳びに撃った魔族に近づき、もう1体の魔族の方に投げつける。その際、念のために心臓部にも1発撃ち込んでおく。そして、反射的にそいつを受け取った魔族に一瞬で近づく。
「な………」
「これで終わりだ」
ナイフを生成し、頸動脈があるであろうところを切り裂く。もうすぐ、こいつも死ぬだろう。推測が合ってれば、だが。一応聞きたいことがあるから、即死はさせなかった。慎重にやつに近づく。
「一つ……聞いていいか………?」
何だ、向こうから質問か?答える必要もない。俺の質問にだけ……呻くような声で魔族は続けてくる。
「血が止まらん……俺はもうそろそろ死ぬだろう………。頼む……答えてくれないか………?」
「ああ、いいだろう」
血が止まらずに死ぬのであれば、1つ質問に答えたことにはなる。それなら、1つぐらいは答えてやろう。気まぐれからそう思った。一旦膝をつき、言葉を待つ。
「そうか……ありがとう………では、聞くが……お前は本当に人の子なのか………?どの魔獣も……ヴァルディラにも………急所を狙って攻撃し………即死させていた…………。化け物の子と言った方が……納得できる………」
「まあ、地獄で育った人間を化け物と呼ぶなら……俺は化け物さ」
「そうか……」
「俺からも質問だ。上級魔族は頭を貫通したり、心臓を貫く攻撃を食らっても生きてるものなのか?」
それが疑問だった。中級魔族はそうではなかったので、ほっとしている所もある。魔族はおかしそうに笑い、答えた。
「普通は死ぬさ……生きていられるのは………一部の特殊なやつらだけだ…………」
それはよかった。そんなやつがごろごろいたら、殺すのが面倒そうだ。殺せないとは言わないが。唐突に魔族が後悔したような表情になった。
「俺のミスは……致命的だった………お前が普通でないことに………もっと早く気付くべきだったな…………」
まあ、それはそうだろう。それでも、対抗できたとは俺には思えないが。息を引き取ったのを確認して、俺は立ち上がる。
「さてと……」
もう1つ仕事が残ってる。戦闘不能にした魔族は死んではいない。更に1発、銃声が鳴り響く。これで魔族、全滅。魔獣、一部を除き全滅。残りは逃走。
魔族の軍団はこうしていなくなった。だが、俺は失念していた。この様子を村人たちが一部始終見ていたことを。




