買い物をしようⅡ
レオンはどうしてミスリル製の武器がないか教えてもらったようです。
通されたのは、金を使っていそうな応接室だった。マクシムに促されてとりあえずは座ったものの、滅茶苦茶居心地が悪い。座ったソファーは物凄く柔らかくて、下手するとベッドとしても使えそうだし。机や敷物、活け花に至るまで、金を掛けていることはわかるのだ。なんだろうな……正直、落ち着かないというのが本音だ。
「お待たせいたしました。どうぞ」
アーニャと言われた女性が、俺の前に紅茶と茶菓子を置いた。どちらも見てすぐにわかる。お高いやつだった。具体的に言えば、貴族が買うようなやつ。戸惑う俺をよそに、彼女は俺の後方へと移動した。……流石に攻撃はしたくないので、真後ろに立たないように言っておいた。驚いてはいたが、きちんと斜め後ろへと位置取りをしてくれたので、ありがたかった。
視線を前へと戻すと、マクシムはやはり笑っていた。どうぞ、と促されたので、仕方なしに紅茶を口に含む。……美味いな。
「………で?」
「で、とは?」
首を傾げる店主に、俺はこめかみを押さえつつ、言葉を続けた。
「とぼけんなよ。不自然過ぎるだろう。こんな美人当てて、高そうな部屋に案内して、高いもん出すって。どう考えても、裏があるとしか思えねえだろ」
シルフィのことを信じるなら、敵意はないようだが……面倒事を押し付けよう、と画策している可能性もある。どうにも信用できないのだ、この男は。
しばらくは無言だったが、先に折れたのはマクシムだった。ふう、と息をつく。
「……仕方ありません。本当のことをお話ししましょう」
「ああ」
だが、目の前の男から笑みが絶えることはなかった。それが少し奇妙に思えるのだ。
「正直に言うのなら、あなたからは稼げそうな予感がするのですよ。この店に入ったときからそれを感じましたし、目の前にすることで確信へと変わりました。あなたを逃すのなら、それはただの馬鹿でありましょう」
「………あ、そういうやつなのね…………」
身構えていたが、それは意味がなかったらしい。気を抜く俺に、マクシムは初めて驚いたような顔をした。
「不快にはならないのですか?」
「商売人ならそんぐらい考えて当然だろ。つーか、それを考えてない時点で、商売人としては大きな問題だ。それに、欲望に忠実なやつのが信用できる。互いに利益がある限りは絶対に裏切らないわけだしな」
前世でもそれは顕著だった。だから、下手に仄めかすような表現を多用するやつや、論点をずらすようなやつよりはずっと信用が置けるのだ。《嘘看破》にも引っ掛かってないわけだし。
「なるほど、理解しました。では、本題に入ると致しましょう」
「ああ。なんでミスリルの武器がねえんだ?」
「理由は簡単でございます。単に、ミスリルが出回らないのです」
「ミスリルが、か?」
初耳だ。菓子を二つ手に取り、一つはシルフィに渡しながらも、口に放った。
「はい。なので、ミスリル製の武器はただいま注文性となっているのです。待つとするなら、最低でも3年は覚悟していただかなければいけません」
「3年、か。それは厳しいな………」
それは時間を空け過ぎだ。せめて、1ヶ月が限度だろう。悩む俺に、マクシムも困ったような顔をする。
「ミスリルが採れる場所に、魔物が住み着いてしまったようでして。現在冒険者の方々に依頼しているも、どうにもならないとの話なのです」
「……ああ、そういうこと。そいつは確かにどうしようもねーわな」
強力な魔物ともなれば、苦戦するのも当然。で、倒せないから材料も不足し始め、ついには作れないという事態にまでなってしまったのだろう。傍迷惑な話だ、とため息をつく。
「……はあ」
「申し訳ございません。ですが、できる限りのことは致しますので………」
「ああ、是非ともそうしてくれ。具体的には、俺の受注を最優先にするとかな」
ガンホルスターから銃を引き抜き、状態と弾数を確認。これは問題ねえか。服の中を見て、武器が十分か確認。これも問題なし。
菓子を頬張ってるシルフィを見る。一瞬?を頭に浮かべていたが、ポンと手を打ち、親指を立てた。ま、問題なさそうだな。
「それは……しかし。先に予約されていた方もおりますので………」
「……その魔物。俺がどうにかしてやる」
非常に不本意だが、仕方ない。どう考えてもその方が早いだろうし、経費的に見ても安く済む。贈り物だから金に糸目をつける気はないが、無駄な経費を使う必要までは感じない。雑魚相手なら、すぐに終わるだろうし。
俺がそう言うと、マクシムもアーニャも揃って目を丸くしていた。
「ですが、お客様。確認された魔物は、マンティコアと呼ばれる魔物だそうです。並みの腕では逆にやられかねないかと………」
「ああ?」
ドスの利いた声が口から漏れる。あまりに威圧感が凄いので、二人が萎縮するほどだ。チッ、と舌打ちをして、頭を掻きむしる。
「またマンティコアだと?よほど俺をイラつかせたいらしいな………?」
「お、お客様?」
「決めた。そいつは俺がぶっ殺す。場所を教えろ、今すぐ殺してやる」
マクシムを問い詰めようとしたが、その前にどうどうとシルフィに止められた。……まあ、感情に任せすぎたか。少し頭を冷やす。
「ごめんごめん、レオンは前にもマンティコアと戦ってて、不快な思いさせられたからさー。マンティコアには殺意MAXなわけよー」
「は、はあ……ところで、あなたは?」
「んー?聞きたい?聞いちゃう?」
「とっとと答えろ、ボケナス」
後ろからスパーンと叩き、調子に乗っていたシルフィが頭を押さえる。
「何すんのさー!」
「急いでんだよ、はよしろや」
「アザミに怒られると!?」
「そういうことだ!」
「そりゃ駄目だ!あたし、シルフィ!精霊!以上!」
アザミに怒られっぱなしで、苦手意識がついたのか、割とあっさり説明を終えた。……いつもこうしてりゃ楽なのに。
「レオン様とシルフィ様ですか?まさか………」
「あの黒き英雄の、でしょうか?本当に御目に掛かれるとは………」
「え、今黒き英雄とか呼ばれてんの?身の毛がよだつからやめてほしいんだけど」
本格的に寒気がする。だって、そんな柄じゃねえし。シルフィもうんうんと頷いてた。
「レオン、持て囃されるの嫌いだしねえ。ま、いいんじゃない?スムーズに進むよーになったでしょ」
「……そうなることを祈ってるよ………」
目の色を変える二人に、深く深く。今日一番のため息をつくのだった。