恋慕
あの後のこと。先生から事情を聞きました。何でも足を骨折した子がいて、その子を治すために先生は駆け出して行ったようです。でも現場に着くと、その子は既に応急処置を終えた状態だったそうです。そしてなんと、それをしたのはレオン君!そういうわけで、私はレオン君に疑問に思ったことを聞きます。
「レオン君、なんで応急処置のことを知ってたんですか?」
その疑問をぶつけると、彼はこう答えてきます。
「悪い、それは秘密ってことで」
「何でですか!少しくらい、教えてくれたって……」
いいじゃないですか!そう続けようとしました。でも、その言葉は口に出す前に消えてしまいます。レオン君は遠い目を、いいえ、何かを思い出しているかのような目。その姿は、普段の彼からは考えられないほどに大人びています。その表情に胸がドキドキして、魅入ってしまいます。実はレオン君がこんな表情をするのは、初めてじゃありません。何度か見たことがあって、その度にこんな気持ちになります。私、どこかおかしいんでしょうか………?
「ん?どうした?」
我に返ると、そこにはいつも通りの彼が。私は慌てて
「な、何でもないです!」
と答えます。やっぱり、おかしいのかもしれませんね……
ご飯を食べ終え寝室に行くと、何故かみんながこっちを見ています。ど、どうしたんでしょう?そのうちの一人の子が私に質問をしてきます。
「ねえ、ニーナさん。あなた、レオン君と仲がいいわよね?」
「え?は、はい。そうですね。でもどうしてそんなことを聞くんですか?」
「まあ、何というか一目惚れって言うかなんて言うか」
「え……」
何故だろう?なんだか変な気持ちが芽生えます。そんな私に構わず、みんなは頬を赤く染めながら口々にレオン君を評価し始めます。
「レオン君って、大人びてるでしょ?ああいう所、いいなぁって」
「頭もいいし、運動神経もいいしね!」
「ちょっと謎めいてるけど、そんな所もまたいいわよね!」
みんながねー!と頷き合ってました。
「そういうわけでさ、何か知ってる事教えてくれない?好きなものとか、好みのタイプとか」
「ご、ごめんなさい。そういった話はあまりしないんです」
「そっかー、じゃあ自分たちで聞かなきゃダメかなー?」
「そうだねー」
みんなは口々にそう言います。
なんで私は嘘をついたんでしょう?本当は知っているのに。やっぱり、どこかおかしいのかな……
その後も質問攻めされたのだけど、もやもやした気持ちが晴れることはなく、嘘もたくさんついてしまいました。
※ ※ ※
次の日、女の子たちはレオン君に積極的に迫っていきます。みんなが近づく度に、私は気分が変になります。なんだか嫌な気分になるというか何というか。
(でも、大丈夫ですよね?)
確か、レオン君は女の子の好みのタイプはなかったはずです。それでも強いて言うなら、髪の長い子がいいって言ってました。今私の髪の長さは肩にかかるくらいでそこそこの長さですから、大丈夫だと思うんですけど……
(あれ?なんでこんなこと考えているんでしょう?)
ほんとにおかしいことばかり。そんなことを考えていると、補習時間が終わったようです。
「今日はここまで!続きは明日だ」
と言って、レオン君はこっちに来ます。
「仕事だ。早く行くぞ」
「は、はい」
私は驚きながらも、彼の後に続いて部屋を出ます。レオン君は疲れたような表情で私に聞いてきます。
「ニーナ、なんであんなに女子共はキャーキャー言ってたんだ?訳が分からん」
「あの騒ぎは何と言いますか……その、レオン君をいいなって思ったから起きたんです」
「女子たちが?」
「はい………」
「なんで俺なんだ?」
「普段から大人っぽいって理由だからだそうです。それに昨日、冷静に怪我を治していたのが拍車をかけたみたいです。私、昨日の夜は他の子にレオン君のことを根掘り葉掘り聞かれて大変だったんですよ?」
本当に大変でした。寝たのは真夜中を過ぎてからだった気がします。レオン君に抗議の視線を送ります。
「いや、俺に言われてもな……」
頭を掻きながら、困ったような表情になる。まったく、他人事だと思って!
「どうするかは仕事終わらせてから考えるか」
む!ちょっとムカムカしますが、ここは堪えます。代わりに、こう言っておきました。
「そうですね。ただ、ちゃんとどうするか決めてくださいね?」
「ニーナ、笑顔が怖いぞ……怒ってるのか?」
失礼ですね。そんなわけないじゃないですか。どうして私がレオン君の異性関係で怒るんですか?困ったようなレオン君を見て、ちゃんと否定しておきました。
「いいえ、怒っていませんよ?」
そう言って、私は仕事の持ち場所に行きます。なんだかモヤモヤした気分になりながら。
※ ※ ※
「というわけで、レオン君は今日帰って来るらしいんですけど……」
「っていうか、なんでそれをすぐに教えてくれなかったの?」
みんな――まあ、女子のみんなですが――が口を揃えてそう言います。
「ええっと、それはですね、みんなに余計な心配をさせたくなくてですね……」
私はそう言い訳しますが、本当は少し違います。なんだかみんなには伝えたくない。そんな気持ちが混じっていたような気がします。どうしちゃったんでしょう、私。
時刻はお昼近く。もうそろそろ昼食の時間です。ご飯を食べながら考えるとしましょうか。そう考えていた時でした。
「ここは孤児院か?ガキが大量にいるじゃねえか。ゲヒャヒャヒャ!」
「え?」
みんなも誰の声か疑問に思ったらしく、声のした方に顔を向けます。勿論、私も。
目を向けた先には、明らかに人ではないモノがいました。筋肉質の体に、鋭く長い獣の様な爪。背中からは無骨な翼。そして何より、その黒い肌。その肌の色はある種族であることの証明。
「ま、魔族………?」
「ああ、そうだぜ?殺されたくないやつは俺のいうことに従うんだなぁ?」
※ ※ ※
そうして私たち、孤児院に住んでいる子供全員は村の中央に集められました。村の人たちもみんなそこにいます。そこにいたのは魔獣の群れ。たくさんいて、何体いるのかわからないぐらい。これから何が起こるんでしょう?不安で胸がいっぱいになります。どうしてこんなことになっちゃったんでしょうか?
「おお、兄者たち!見てくれ!ガキがこんなにいたんだ!いい悲鳴が聞けると思うぞ!」
「そうか、それはでかした」
「そうですね。私は子供の悲鳴が好きなので、本当にいい仕事をしました」
そこに新しく、似たような姿の魔族が2体やって来ました。こんなに魔族がいるなんて……
「あいつを捨て石にしてよかったな。ここまでこれといった傷もなしに来れた」
「ほんとにな!兄者たちは天才だぜ!」
「そう褒めるな。ん?あいつは……」
1体の魔族が私を見ます。そして、唐突に笑い始めました。
「いやはや本当にでかしたな、ラール」
「どうしたんだ、兄者?」
「この女はな、聖属性の使い手だ。あの忌々しい光の勇者と同じな」
「何ですって?それならとっとと殺しましょう。あの人間と同じ属性なだけでも忌々しい」
魔族のうちの一体がそう吐き捨てます。けれど、別の魔族がなだめるような口調で続けました。
「まあ、待て。こいつが魔族の子をその身に宿したらどう思う?あの勇者も嘆き悲しむだろうさ」
「おお、それはいいですね。折角です。あの女を犯すことしか頭にない、オーク共にも回してやりましょう」
「すげえな、兄者たちは本当に天才だぜ!で、誰から犯すんだ?」
「ラールからでいいだろう。お前が最初に見つけたのだからな」
「そうですね、私もそれでいいと思いますよ」
「わかったぜ!」
そう言って、私たちをここまで連れてきた魔族がこっちに向かって来ます。何をされるのかはわからないけど、怖いです。どうしよう!逃げなきゃ!でも、足が動きません。今の私の心を支配しているのは恐怖と焦りだけ。そう必死になっているうちに、魔族は自分の所に辿り着いてしまいます。
「そうです!もう一つ面白いことをしましょう!聖属性のあなた。ラールに大人しく身を委ねれば、誰か一人だけ助けてあげましょう」
その言葉を聞いた瞬間、村の人や孤児院の子たちは一斉に叫び始めました。
「俺を助けてくれ、頼む!」
「私たち、友達でしょ!私を助けて!」
「待ってくれ、俺を助けてくれよ!」
みんなは我先にと自分を助けるように言いました。私のことを全く考えずに。みんな、私のことは考えてくれないの?
「いいですねぇ。私はこれが見たかったんですよ」
「フッ、お前は相変わらずいい性格をしているな」
誰か、誰か助けて!咄嗟に思いついたのはやっぱり一人の名前でした。
「レオン君……」
不意に口から洩れたのは、私の初めての友達の名。
「ん~?誰だ、そいつは?お前の好きなやつとかか?」
「それなら、そいつをまず殺しましょう。聖属性使いの心が容易く折れるでしょう」
そんな話が聞こえてきたが、今の私の耳には入ってきませんでした。今この魔族たちに指摘されて、初めて気付きます。
(そっか、おかしいわけじゃなかったんですね)
きっと私はレオン君のことが好きだったんでしょう。掴み所がなくて。どこか子供っぽいくせに、ぐっと大人びて見えることがあって。そして何より、いつも私のことを気に掛けてくれる彼のことが。
後から思えば、きっと自分で思っている以上に恐怖していたんだと思います。この光景が現実のものだと信じられなくなっていました。
魔族の手が私の服を引き裂こうとします。どこか夢うつつのような感じ。そのとき。
ブォォォォン!いきなりすさまじい音が聞こえてきました。どうやらこっちに向かってくるみたいです。どんどん音が近づいてきます。まだ、魔族が来るんでしょうか?こんな音は聞いたことがないです。おそらく彼らの仲間なんでしょう。
(最期にお別れくらいしたかったな………)
「何だ?何の音だ?」
「ブラギオゾにもわからないのですか?何の音でしょう?」
そう二人が話している間にも、音は近づいてきます。そして……
「は………?」
次の瞬間、私に伸し掛かろうとした魔族は宙を舞っていました。その前にはよくわからないモノがあります。何のために使うのかよくわからない物体。ただ、それから降りた人には見覚えがあります。私が帰りを待っていた、一番大切な人。見間違えるはずもありません。けれど、幻なのではないかと思ってしまいました。
「な……何者ですか!あなたは!」
「我らに対してこんなことをするとは………。よほどの馬鹿の様だ」
「うるせぇよ。てめえらこそ、誰に何しようとしてやがった?」
その声は怒り交じりでした。そして、それを聞いて足の力が抜けそうになります。一番近くでその声を聴き続けてきたんです。間違えるはずがありません。
「大丈夫か、ニーナ?」
漆黒の瞳に苛立ちの色を映したレオン君がそこにはいました。