俺にとって
目の前の少年はかなり小さく、見た目的には小学生……下手をすれば、幼稚園児にも見える。綺麗な茶色い髪をしており、これまた同じ色の瞳も持っている。手足は華奢で、力を入れればすぐに折れてしまいそうなほど。けれど、不思議と目が離せなくなるような魅力があった。それは端正な顔立ちゆえにだろうか。それとも、雰囲気ゆえだろうか。いずれにせよ、似たようなやつを俺は一人、知っていた。
「ん?あんたの知り合いかい?」
奥からヘレーネがやって来る。困ったような顔をしているのを見ると、迷子を保護したとでも思っているのかもしれない。
「……お前、何者だ?」
「と、言うと?」
「お前はそんな見た目をしちゃいるが、その見た目通りの歳じゃねえだろ?」
俺がそう言って警戒していると、少年は薄く笑った。それと同時に、ヘレーネが娼婦たちをその場に留めた。
「質問をしたい。答えてくれるか?」
「……それで、お前は消えるのか?」
「それはあなた次第だ。だが、質問に答えてくれれば、この場にいるものに危害を加えることはしないと誓おう」
「……わかった。いいだろう」
言質は取ったし、大丈夫だろう。そうと確信するだけの何かが、やつにはあった。だから、やつの言葉を信じることにする。
「グリム様………」
「大丈夫だ。質問をされるだけだしな」
肉体言語でない限り、怪我をすることはないだろう。安心させるため、不安そうなアザミの頭を撫でる。
「それでは聞きたい。あなたにとって、力とは何だと思う?」
「……曖昧だな。もっと他のものを聞くかと思ったんだが………」
予想外の質問に戸惑うが、自分なりの答えはある。それでどう思うのかまでは別として。
「俺にとって力、っていうのは、ただのモノだな」
「モノ、か?」
「ああ。いいも悪いもない。ただ、そこにあるモノ。結局は使い手にすべてを委ねることになる。そんなモノさ」
「なるほど、興味深い答えだ。次の質問に移ろう」
少年は一つ頷き、辺りを見回す。誰も動いていないことを確認すると、再び口を開いた。
「あなたにとって、正義とは何だ?」
「正義、か……くだらないもの、だな」
「ほう?」
「正義なんてものは、個人の信じるもの。もしくは、後になって大衆が決めるものだ。そんな曖昧なものに囚われるなんて、馬鹿馬鹿しいとしか言えない」
少年はけれど、と続けた。
「正義を信じて戦うものはいるだろう?」
「まあ、いるだろうな。それが悪いとは言わない。人は大義や理由があって、初めて戦えるものなんだから。魔族だって、それは変わらない。けれど、人を殺すことは悪だと言うやつがいて、反対に正義だというやつもいる。誰かを救うことは優しいというやつがいれば、甘いというやつもいる。そんな別々の思考の中で、絶対の正義なんて見つかるわけがない。やっぱり、俺の正義は考えるだけ無駄なもの、というのが一番正しい言葉だと思うな」
「そうか」
少年は問いを続ける。
「あなたにとって、幸せとは何だ?」
「幸せ、か……大切なものが、手の届く距離にいること、だろうな」
背後でアザミが息を呑む音がした。きっと、俺がニーナのことを考えていると思っているのだろう。
「富や名誉、女などではないのか?」
「いいや。そんなものがあったって、本当に大切なものがなければ、意味のないものさ。どれだけ金があっても。どれだけ偉くなっても。どれだけ女を侍らしても。大切なものが守れなけりゃ……何の価値もないものに見える」
そうか、と少年は言い、俺と目を合わせた。
「最後の問いだ。あなたにとって、強さとは。勝利とは何だ?」
俺は一度口を閉じる。それと同時に、目も。閉じられた瞼の裏に映るのは、前世のこと。目を開いたときには、答えは決まっていた。
「強さはきっと……誰かを思う気持ちなんだろう。それは時として、何よりも強いものだから。勝利は自分の大切なものを守れたとき。戦いには負けてもいい。ただ、大事なものをなくせば……それは負けなんだ」
守れなかったものがある。守れなかった人がいる。悔しい思いもした。辛い思いもした。だからこそ思う。本当の強さとは、勝利とは。それはただ力を持っているやつなんかじゃない。ただ、戦いに勝つやつなんかじゃないんだと。
俺の答えに、少年は笑った。馬鹿にするようにではなく、安心したように。
「なるほど。あなたの言葉には重みがある。私が呼ばれたのにも、納得ができよう」
「……?どういうことだ?」
少年は俺に近づいてくる。俺は警戒していたが、殺気の類は感じられなかった。攻撃する気はないのだろうか。
「手を。出してくれないか?」
「こう、か?」
俺が手を出すと、少年は俺の手を取った。微笑を浮かべながら。
「あなたになら、任せられる。あなたが思う、正しきことに私の力を使ってくれ」
すると、少年の体に変化が起きた。まばゆい光が発生し、手にある感触はだんだんと変化していく。柔らかいものから、硬いものへ。小さいものから、細いものへ。身長もやや縮んでいた。
光が収まったときには、俺の目の前にはあの少年はいなかった。代わりにあったのは。
「槍………?」
シンプルなデザインの槍。よくよく見れば、持ち手には装飾がいくらか施されているが、その程度だ。
「やー、終わった終わったー。ん?なんかあったの?」
俺の肩に、シルフィが止まる。騒がしくないなと思ったら、仕事中だったらしい。シルフィは俺の手の中にある槍を見て、目を見張っていた。
「ええ!?嘘、なんでこれが!?」
「どうかしたのか?」
「いや、どうかしたも何も!レオン、これ何かわかってないの!?」
「いや、知らんが」
むしろ、知っている方がすごい。使ってもないし、何もわかっちゃいないのに、なんでわかるんだ。そのことを教えると、シルフィはこれの正体を明かした。
「魔槍ガイア。存在ぐらいは知ってるでしょ?」
「ああ、なんでもかなり昔に存在した魔族に伝わる魔槍、だろ?……て、まさか?」
「うん。それ。しかも、使い魔扱い」
俺は頭を抱えた。最後の最後まで、俺の使い魔は普通じゃないらしい。