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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第6章 魔族覚醒編
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娼館での生活

 「まー、丸くなったよね、あんたも」

 「あ?何がだよ?」


 いきなり声を掛けられたので、返事だけは返しておく。前世のこともあるから、誰の声でどこにいるのかぐらいもわかる。魔族になってからは、無駄に強化された身体機能だってあるのだ。前よりも繊細にわかるようになった。

 今声を掛けてきているのは、ヘレーネだろう。大体、3歩ぐらい後ろにいるはずである。方向的には8時の方角だから、後ろというよりは斜め後ろなのだが。


 「ほら、前に言ったろう?まるで死人みたいだ、ってさ」

 「ああ、言われたな」


 口は動かしながらも、皿を洗う手は止めない。……にしても、俺が食器洗いを上手くなったからとばかりに、油ものを食事に増やすなよ。洗剤無いから、落とすの面倒なんだよ。


 「それが今は、ねえ。随分と回復したじゃないか」

 「……まあ、な。お前含めて、感謝しちゃいるさ」


 アザミの告白から2週間ほど経った。初めは警戒してた娼婦たちも人当たりがいいからなのか、案外すぐに打ち解けることができた。というか、むこうのコミュ力が高すぎる。流石はサービス業やってるだけはあるな、と感心してしまったほどだ。

 そのため、今じゃ俺の趣味、嗜好まで知られている有り様だ。すれ違い様にからかってくるなんてことも当たり前の風景になってきた。そんな生活を悪くないと感じてもいるし、最近はここに腰を落ち着けてもいいか、とまで思っていた。


 「感謝するなら、一番にあの子にしな。あんたを救ったのは………」

 「そんな当たり前のことは忘れちゃいないっての。だから、急いでるんだろうが」


 皿洗いを終えれば、すぐにでもアザミのフォローだ。約束したことをいまだに守っているのだから、律儀というか頑固というか。無茶をするのはやめてほしいと思ってるんだがな………

 水気を切って、皿を拭いていくと、後ろから笑い声がした。ヘレーネが笑っているのだろう。


 「愛されてるね、あの子も」

 「……まあ、愛してはいるかもな」


 けれど、それは親愛の方だ。あくまでLIKEであって、LOVEではない。それが申し訳なくもあり、一層俺を急かすこととなっている。さっさと割り切れればいいんだが。

 はあ、とため息をつく俺の背中を、ヘレーネはど突いてきた。


 「急いで答えを出すんじゃないよ。そっちのがあの子に失礼さ。それに……その甘さはあんたの美徳なんだろうからね。なくすんじゃないよ」

 「そうかあ?これのせいで後悔してるんだが」


 前世でも、今世でも。これがなければ、救えていた命もあったはずだろうし。拭き終わった皿を食器棚に戻していく。


 「けど、その甘さがあったから、あの子に会えた。あの子が本心から笑うようになった。それは誇っていいことのはずさ」

 「そう、か」


 そこまで言われると、なんだかアザミの過去を知りたくなる。が、それは本人から聞くべきだろう。手を洗い、ヘレーネに断りを入れて、彼女の下に向かう。すぐに見つかったが。


 「あ、グリム様。ちょうどいいところに」

 「ん、どうしたよ?」

 「これから買い物に出るところでしたので。市場に行くので、一言言っておこうかな、と」

 「ああ、わかった。気を付けてな」


 流石に、街には行けない。アザミやヘレーネのように理解のあるやつらばかりではないし、攻撃される可能性だってある。そうなれば、匿っているこの娼館の印象が悪くなるのだ。

 後ろを見ると、呆れた視線を送っているメリアがいた。


 「あんたたち、なんでそれで付き合ってないのよ。完全に恋人か夫婦の会話よ、今の」

 「……色々あってな。割り切れない男の我が儘とでも思ってくれ」

 「どっちも変に真面目なんだから……私が見てるから大丈夫でしょ」


 メリアは胸を張っているが、どうだろうな、と思う。スリや強盗ぐらいならいいのだが、最悪なのはガラの悪いやつらに目を掛けられたときである。こういうとき、シルフィがいればな、と切に感じる。

 ふとアザミを見れば、何故か頬を赤くしていた。


 「えへへ……夫婦、ですか………」


 あ、そこなのか。単なる冗談だろうに、まさかここまで喜ぶとは思わなかった。今度、礼代わりにでも夫婦プレイ?というか、ごっこでもしてみるか?互いにいい歳ではあるのだけど。

 とりあえず、現実に引き戻すとしようか。あまり遅いと、いろんなとこに支障が出るだろうし。


 「ほら、行くなら早めに行って来い。日が暮れるぞ」

 「あ、はい、そうですね。いってきます」


 二人は手を振って、出掛けていった。さてと、仕事をしますかね。


※               ※               ※

 「そういえばさー、聞いた?勇者が召喚されたんだって。今は修行中で、魔族を滅ぼすために頑張ってるらしいよー?」

 「何故それを俺に言う………?」

 「いや、だって殺されても困るしさ。なんだかんだで助かってるのよ?」


 娼婦の一人と話をしながら、ベッドメイキングをする。これをちゃんとしてないと、この娼館のイメージが落ちる。イメージが落ちることは客足が減るということであり、売り上げも減って、俺の生活も貧乏になる。それ自体はいいのだが、アザミには飢餓を味わってほしくはないから、真面目にやってる。娼婦は掃除だ。


 「ま、力仕事をしなくていい、ってのが大きいけどね!」

 「大方、そんなとこだろうと思ったよ。ここはこれで終わりかね」


 立ち上がって隣の部屋に行こうとすると、廊下が騒がしい。何かあったのかと見てみれば、下の階からのようだ。階段を降りて、騒ぎのしている方へ歩みを進める。


 「グリム!」

 「ヘレーネ。どうした?何かあったのか?」


 この騒ぎようは普通じゃない。まさか勇者でも来たのか、と構えていた俺に告げられたのは、もっと悪い知らせだった。


 「城下町に……市場に、魔物が出現したそうなんだ。聞いたところによると、かなり大きな魔物みたいで………」

 「……おい、ちょっと待て。今、市場には………」


 アザミとメリアがいるはずだ。もし。もし、その場にいたら。


 「冒険者たちが着けばいいんだけど……掛かる時間はわからない。頼む……二人とも、逃げていておくれ………」


 必死に祈っているヘレーネだが、助けが来るわけがない。現実は非情なものなのだ。


 「…………ッ!」

 「……あ、グリム!」


 俺は娼館を飛び出していた。二人に生きていてくれ、と願いながら。

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