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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第6章 魔族覚醒編
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アザミの前世

 「前世、っていきなり言われても、信じられませんよね。でも、確かにあるんです。私の知らない記憶が。それも、この世界じゃない別の世界のもの。そこで私は生きていたみたいなんです」

 「別の世界、か………」


 実は俺も同じような経歴の持ち主なのだが……話の腰を折ってまで、言うようなことでもないだろう。黙って先を促した。


 「私が愛してた人も、そこにいたんです。その人もあなたのように一人で無理をして、今にも潰れてしまいそうな、そんな人でした」

 「だから俺を助けた、と?」

 「そうですね。今度はちゃんと助けてあげたかったので」

 

 アザミの気持ちは嬉しいし、確かにあのままでは早かれ遅かれ潰れていたであろうことは、想像するに易い。前世のことを覚えてくれていたことに、感謝すべきなのだろう。


 「ちゃんと、と言っていたな。そいつは助けられなかったのか?」

 「……はい。死んじゃいましたから」

 「……そうか」


 それは無念だっただろう。俺に似ているのかもしれない。何も守ることができなかった俺と。


 「……ひどい世界でした。隣人どころか、家族さえ信じ合えないようなところ。誰かを信じれば、馬鹿を見る。そんなところだったんです」

 「それはひどいな」


 とはいえ、俺も同じような環境で育った。彼女と俺は、意外と似ているところがあるのかもしれない。


 「その世界でも、私は娼婦をしてました。普通の仕事じゃ、生きていけませんでしたから。幸い女でしたから、体を売れば生きていけたんです」


 (……重い話になってきたな)


 思わず、半眼になる。いや、アザミが悪いわけではない。悪いわけではないんだが……いかんせん辿ってきた人生が人生だ。そうぼやきたくもなる。


 「そんなときに、あの人に出会いました。名前はなかったんですけどね。通り名のようなものはありました。その人はなんだか辛そうで、無理をし過ぎてるみたいに感じたんです。それを……癒してあげたかったんです」

 「……優しいんだな、君は」

 「ふふ、ありがとうございます。あの人は迷惑そうでしたけどね」


 アザミは何かを思い出すように、遠い目をしていた。彼女の瞳には、愛していたやつのことが映っているのだろうか。……それは、どこか寂しげにも見えた。


 「しばらくその人と暮らして、1年ぐらい、ですかね。私が捕まっちゃったんです。その人の力を恐れた人たちに。人質にするつもりだったんだと思います」

 

 再び俺に視線を合わせたときには、先ほどと同じ笑顔だった。誰かを安心させるための笑顔。俺を包み込むような、そんな表情だった。


 「迷惑そうだったから、来ないだろうな、って思ってたんですけど。予想に反して、来ちゃったんです。それに、私を助けようとしたせいで、危なくもあったんです。怪我もいっぱい作っちゃって。だから、私はその場で自殺したんですよ。あの人を助けるために」


 彼女はあっけらかんとしているが、全然笑えない。相手のことも考えてやれよ。お前を失って、そいつはさらに辛い思いをしたんじゃないのか?

 ただ、それだけではなく、俺は何故か違和感を覚えていた。何に感じていたのか、疑問に思っていたが、アザミの話をはじめから思い出していくと、気付いた。俺の額に汗が流れたような、そんな気がする。……魔族も冷や汗を流すのかまではわからなかったが。


 「ごめんなさい、暗い話になっちゃいましたね。今日はもう寝ましょうか」


 アザミが慌ててその場から離れ、部屋の明かりを消そうとした。そんな彼女の腕を掴み、引き留める。


 「1つ。1つだけ、聞いていいか?」

 「はい?なんでしょう?」

 「……君が愛した相手には、通り名があった、と言っていただろう?」

 「はい、言いましたよ?」


 俺は一度深呼吸をし、気付いてしまった事実を確認する。


 「そいつの名前は、何と言うんだ?」

 「ああ、そんなことですか?彼は《死神》、って言う通り名をしていたんです」


 俺の心臓が跳ね上がる。動揺を顔に出すまいとしながら、なんとか声を絞り出す。


 「そう、か………」

 「……?どうか、したんですか?」

 「いや……なんでもない。寝ようか」

 「はい、そうですね」


 部屋の明かりが消えた。


※               ※               ※

 (……そりゃ、懐かしいはずだわな………)


 隣で寝息を立てる少女に目を移す。よくよく見れば、確かにあいつの面影が残っている。雰囲気もあのときと同じ、お節介なあいつと同じだった。

 そう、俺はこいつを知っている。前世で出会った、一人の娼婦だった。


 最初の出会いは、人殺しに慣れ過ぎて、心が疲弊しきっていた頃のことだった。たぶんであるが、30に入ったか入ってないかぐらいだったと思う。まあ、あのときは師匠がまだ生きてた頃だった。

 彼女はいきなり俺に近づき、泊まっていけと言ったのだ。娼婦であったのは一目瞭然だったので、断ったのだが、金は取らないから泊まっていけとさらに言う。いつまでも問答を続けるのが面倒だったこともあり、仕方なく泊まった。


 一晩泊まったのだが、また帰って来るように言われた。食事を作って待っているから、とも。断ることもできず、なし崩しに一緒に暮らすことになった。

 一緒に暮らしていてわかったのだが、あいつはやたらと世話好きだった。俺を癒そうとして一緒に寝たり、食事を作ったり、掃除をしてくれたり、と。口では文句も言っていたが、彼女に安らぎを得ていたのも事実だった。


 そんなある日だ。彼女が攫われたことを知った。俺は彼女を助けに乗り込んだのだが、人質にされていた。嬲り殺しにするかのように、わざと急所を外しながら銃で撃たれ続けた。俺はここが潮時か、と諦めていた。

 だが、彼女は違った。俺を生かそうとしていた。自分で舌を噛み切り、その場で死んだのだ。


 そこから先は記憶がない。気付いたら彼女を抱え、攫ったやつらを皆殺しにしていた。俺の中には、また守れなかったという思いだけが残った。

 あのとき、守れなかった女が隣にいる。あのときと同じく、俺を助けて。


 (俺は……どうしたらいいんだ………?)

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