魔族化
6章スタートします。果たして、レオンはバッドエンドから抜け出せるのか?
(ニーナ)
目の前で起こっていることが信じられませんでした。だって、レオン君がどうして……?私が言葉を失っている間にも、状況は進んでいきます。見る見るうちに魔族となったレオン君は、地面でのたうち回っています。
「よこせ……身体を受け渡すのだ………『フザケルナ』………余の身体だ………『違ウ、俺ノダ』…………聖属性を殺す!…………『クソ、早ク逃ゲロ………!』」
まるで相反する意思がぶつかり合って、互いを消し去ろうとしているかのような。そんな二つの声がレオン君だった魔族の口から漏れ出てきます。
そんなとき私の後を追ってきたのか、エレナさんとお姫様がやって来ます。二人は魔族の姿を見ると、私を遠ざけようとします。
「魔族……!?どうしてここに?」
「危険ですよ、ここから離れないと!」
「でも……あれは………」
さっきまでレオン君だったのに。そう言おうとして、言えませんでした。彼が私を騙していたのか。それとも、理由があったのか。そう迷ってしまい、声にすることができなかったんです。
それが間違いだったということに気付くのは、ずっとずっと後でした。
「人間……聖属性………殺してやる………!すべて……すべてだ!」
魔族の姿が消え、私の目の前に現れます。その爪が迫ってくるのが、ひどくゆっくりに感じました。
※ ※ ※
(レオン)
魔皇帝の意思が強くなりすぎて、身体の制御が効かなくなった。まずいとは思いつつ、必死にもがいたものの、まるで効果がない。
まるで、水の中にいるかのような感覚。しかも、今の俺は鉄球が足についているかのように、どんどん意識の深い方へと沈んでいく。水面に向かって手を伸ばそうにも、足の重さに負けてただ溺れているような状態になってしまう。
(くそ……こんなことをしている暇はねえのに!)
俺の身体を完全に掌握すれば、魔皇帝が最初に行うことはニーナを殺すことだろう。ずっと封印されていたことで凝り固まった憎しみのすべては、あいつへと向けられているのだから。
そして、俺の魔族化を見てしまったニーナが、魔皇帝に対抗する術はない。むしろ、俺を救おうとして、何もできずに殺されてしまうのが容易に想像できる。また、俺だと気付いていなかったとしても、魔皇帝もかなりの実力を備えている。まともにやり合えば、これもまた死ぬだけだ。
(どうする?どうすればいい!?)
考えろ!頭をフル回転させ、並列思考・思考加速をも使用して、なんとか打開策を考えていく。頭が割れそうなほどに痛むが、そんなことは関係ない。ニーナを失うことの方が、よっぽど悪い結果だ!
(そうだ、シルフィ!)
思考を始めてから、数秒ほど。思考加速を行っていたので、体感時間的には3分ほどか。一つの考えを思い付いた。今の俺は身体に干渉することはできない。けれど、思考だけは無事なのだ。それならばシルフィに呼び掛けて、外的に止めることは可能なのではないか?
思い立ったら、即行動だ。念話を使い、シルフィに呼び掛ける。
『シルフィ!聞こえるか!どんな手を使ってもいい、俺の身体を止めろ!魔皇帝に乗っ取られている!』
『レ……ん?ごめ………何を………?』
シルフィの声が聞こえてくるものの、ザザザとノイズ交じりの音声のようだった。まるで、何かに妨害されているかのような………
『困るな、そんなことをされては。折角のショーを台無しにするつもりかね?』
『……!てめえは………』
忘れるはずもない、あのときと同じ声。先ほどまでガンガンと響いていた、今最も忌々しいと感じている声の主。
『魔皇帝………!』
『ああ、余だとも。お前の身体の掌握は、もうほとんど済ませているのだ。このぐらいは造作もない』
魔皇帝の余裕とも取れる言葉に、内心舌打ちをしていた。外部に手助けが期待できないのなら、自分でどうにかするしかない。だが、今の俺では身体の自由を若干奪える程度。あまり力を使えば、最悪俺の意識が消える可能性だってある。毎度のことながら襲って来る不運に、歯軋りをしていた。
『だがまあ、人間にしてはよくやったというべきだな。まさかここまで手間取るとは思わなかった。それに、精霊、聖剣、龍を連れているとなれば、かなり貴重な人間だ。その点においては、評価しておいてやろう』
気分がよさそうに魔皇帝が話す。俺は舌打ちをして、声のする方向を睨んだ。
『随分と機嫌がいいじゃねえか。負け犬さんよ?』
『フッ……今は気分がいいのだよ。だから、貴様の言い草にも目を瞑ってやろう。まさか、人間の中に探していた強い肉体があったとはな………盲点だった』
一人で納得している魔皇帝の声を聞きながら、頭は全力で働かせている。どうすればニーナを助けられるのか。今の俺を占めている意思はそれだけだった。
すると、唐突に。テレビが点くかのように、目の前に四角い画面が現れた。そこに映っているのは、座り込んでいるニーナと、ニーナを庇おうとしているエレナと第一王女だった。
『これは……まさか!?』
『そう。貴様には、この娘の処刑を見せてやろう。自分の無力さを呪いながら、その場でそのときを待つといい』
このままだと、ニーナが死んでしまう。くだらないやつの、くだらない感情のせいで。
――――あの子のように。
(そんなこと……許せるか………許せるわけねえだろ…………!)
心臓のドクドクという音がうるさい。胸の辺りが火の点いたように熱い。だが………
『なんだと!?』
「がああああああああ!」
ニーナに伸びた爪が、数センチほど手前で止まる。止められたことにホッとしつつ、荒い息を整えようと呼吸を大きく、深くしていった。
そんなときだった。身体に凄まじい痛みが走り、その場から吹き飛ばされた。
「グッ……いったい………?」
何が、と呟こうとした声は、口にする前に消えた。
目の前に、真っ白な翼を生やした、ニーナがいた。