お前は最強じゃない
(……終わったか)
戦闘中に面妖な術を使うものだから、意識を刈り取った感触があったとしても、まったく安心ができなかった。例えば、不可視の弾丸であったり。燃えるナイフであったり。異常なまでの加速力とパワーであったり。とてもじゃないが、外見に騙されていれば、死んでいてもおかしくはなかった。完全な初見殺しのようなものだ。
しばらくの間は構えを取ったままではあったが、立ち上がらないところを確認し、ようやく武器を下ろした。息をついて、そのまま武器を戻していく。
(随分と傷を負わされたものだ………)
正直、驚いている。あそこで《死神》が体勢を崩していなければ、逆に自分がやられていた可能性もあったのだ。自分の体を見下ろせば、少なくない傷ができている。
(覚悟を決めた、か……あの場で捕らえられなかったのが痛かったな)
思い出すのは、この世界に来て再び《死神》と出会ったとき。あのときに連れて帰れていれば、無傷で今頃は依頼を進めることができていたはずだ。
前に、《死神》には俺に勝てない、と言った。だが、あの言葉はある意味では正しく、ある意味では間違っている。
《死神》は弱いわけではないのだ。そもそも弱いのなら、ここまでして手元に置こうとはしない。あいつは弱いのではなく……振れ幅が大きいのだ。
(やつほど戦力が不安定な男もそうはいないだろうな………)
《死神》の面倒なところは、メンタルによって戦闘力が上下するところだ。しかも、その度合いが非常に大きい。調子が悪いときはとてつもなく弱いくせに、調子がいいときは平気で自分の実力以上の敵を殺してくる。それには理由があるのだが……上手く全力を出される前に決めれてよかったものだ。
「……来ていたのか?」
「まあな。遅かったもんだから、様子に見に来たんだよ」
門の外から数人の男が出てくる。今の俺の依頼人だった。縄を持っているところを見ると、拘束をするつもりらしい。
「そっちの金髪の女はしっかり確保しておけ。この国の姫だ」
「なにっ!?それなら………!」
「殺すなよ?そいつがいれば、革命を成功させるのも容易い。それに、人質に仕えなければ使えないで、別の使い道もある」
まあ、そこら辺は別のやつの役目なのだが。そう思い、《死神》の方を見やる。あれも運ばなければならんな。
別の男が、白い中に薄く金が混じったような髪の女に近づいた。あいつも貴族だろう。だが、殺されるのは困る。念入りに釘を押し、縛り上げてもらう。
黒い髪の女は情欲に任せ、襲おうとしたやつがいたが、そいつは見所があった。後ろから蹴り飛ばし、やめさせた。
「放して!放してください!」
耳障りな、若干高めの声が響く。声のする方を見れば、水色の髪をした少女が必死にもがいていた。拘束するのも一苦労していそうだ。行こうとする方向を見てみれば、そこには《死神》がいた。どうやら、あいつの彼女か何からしい。……正直、黒髪の女の方が、女としての価値は高いと思うのだが。まあ、あいつの好きにすればいいだろう。
だが、余裕だったのはそこまでだった。拘束しようとしていた男が、やってはいけない行動に出てしまったのだ。怪我のことが気になり、反応するのが遅れてしまった。それもまた、最悪なことだった。
「このガキ!調子に乗るんじゃねえ!」
「きゃっ!」
ゴッ!と大きな音が鳴った。驚いて再び視線を戻せば、拘束していようとしていた男が少女を殴り飛ばしていた。それを見て、俺は………
「何をしている!」
「え?い、いや、生意気なガキだったからよ、少しばかり教育をしてやったんだよ」
はは、と笑う男に近づき、頬を殴り飛ばしていた。殴られた男は頬を抑え、戸惑っている。俺がここまで感情を露わにするところがなかったから、驚いているのだろう。
けれど、そんなことは関係ない。今、この男がやったことは最悪の行動だったのだ。
「ガハッ!」
腹が熱くなる。自分の体を見下ろせば、先ほどまでとは違う部分がある。
――――俺の腹部を貫通するように、手が生えていたのだ。
手が引き抜かれ、俺はその場に倒れ伏した。まずい、今の俺は動くことができない。どころか、このままだと失血死は確実だ。
力を振り絞り、首を動かす。俺に攻撃を与えた、そいつの姿を見るために。
「やは、りか………」
そこにいたのは漆黒のコートに、黒いズボン。黒い靴に、銃を腰から下げている男。だが、戦っていたときとは少し違う部分があった。
そいつは深紅の髪を伸ばし。蒼穹の如く、澄み渡った青い瞳をしていたのだ。服装がなければ、気付いていなかったかもしれない。
「れ、レイヴ!?」
「テメエカ?ニーナヲ、キズツケタノハ?」
俺の傍にいたはずの《死神》が、水色の少女を殴った男の前に現れるまで、目で追うことができなかった。追えていたとしても、反応できたかどうかは怪しいが。
男は鬼のような形相をした《死神》に震え、膝が笑っている。何かを言おうにも、歯が鳴るだけで何も言えていない。
「ブチ、コロス」
《死神》が男を殴りつける。男は呆気なく吹っ飛び、壁にめり込んだ。その男に近づき、頭を掴む。
「た、助けて……助けてくれ………」
「ダマレ。テメエハアイツヲキズツケタ。ソンナヤツニカケル、ジヒナンテネエ」
男の頭を何度も、何度も地面に叩きつける。顔が土と血と涎でぐちゃぐちゃになる。だから言ったんだ、と顔を歪ませる。
《死神》は愛した者や守りたい者に対しては、異常なまでの執着を見せる。むこうの世界ではたった一人の女のために、一組織を壊滅させたこともあるぐらいだ。そのときは俺の言うことなど、何も聞きやしなかった。あいつが怒れば、制御できるやつなどそうそういないのだ。
「レオン君、やめて!やめてください!」
水色の髪の少女が止めに入った。後ろから抱き締められた《死神》は、やっとのことで動きを止めた。それでもグルル、とばかりに威嚇している。まるで獣だな、とどこかそう思った。
(ここまで、か………)
《死神》に蹴落とされ、怖気付く男たち。俺は怪我で動けず、相手は動ける人間がいる。この依頼は失敗だな、と理解してしまった。そして、俺は助からない、とも。
(ルル、すまんな………)
俺はそこで意識を失った。
※ ※ ※
ずっとずっと、恐れていた。
恐ろしかったのは、強さなどではない。その異常な精神性だった。子供のはずなのに、救いようのない人間を殺して、何も悪いとは感じないような。
何をどうしたら、あんな精神になるか、皆目見当もつかない。
けれど、その刃が自分に向くことはなかったことだけが、自分にとっての幸いだった。恐怖によってやつを支配し、その目論見通りに行っていたから。
そう、その男だけは。《死神》という男だけは、ずっと自分を脅かす存在だった。お前は最強じゃない。お前は最“恐”だったんだ。
次回、5章ラストです。