平和の終わり
その日俺が孤児院に戻ると、何故か子供たちが全員集まっていた。前の方には先生がいる。学校の朝会で、校長が話するときみたいな感じになってる。
(何かあったのか?)
いくらなんでも、この雰囲気は異様の一言に尽きる。大体、この孤児院で11年暮らしているが、こんな風に子供が集まったことなど1回もない。俺が来たことを確認してなのか、先生が口を開く。
「レオン君も来たようですし、話を始めましょうか。今日皆さんに集まってもらったのは大事なお話があるからなんです」
子供たちがざわめき出す。俺も初耳だ。周りを確認してみると、子供たちは列を作って集まってるわけではない。むしろ、適当なところに座っている感じだ。なので俺は子供たちの間を縫い、ニーナのところまで行った。何か事情を知ってるかもしれないし。いつも先生といるから、何か話を聞いてるかもしれない。
「ニーナ、なんで先生はみんなを集めたんだ?」
俺は小声でそう尋ねる。ニーナはいきなり現れた俺に驚いたようだったが、それでもちゃんと返事をしてくれた。
「わかりません……なんででしょう?」
ニーナでもわからないか。これは大人しく先生の話を聞いた方がよさそうだ。再び先生に向き直る。
「実は、先生は明日から出かけなければいけません。長いこと留守にするので、村の人たちのいうことを聞いて、くれぐれも良い子にしていてくださいね?」
今度は先ほどよりもざわめき声が大きくなった。当たり前だ、俺だってこんな話は今初めて聞いた。他の子供たちは言わずもがなだろう。隣を見ると、ニーナも驚いた顔をしている。ニーナも知らなかったのであろう。
「明日の朝にはもう村を出ます。年長さんたちは小さな子たちのことを頼みますよ?」
ん?村を出る?その言葉に違和感を覚える。患者を診るのなら、普通向こうから来るものだ。来れないほど遠くの人は、こっちから向かおうにも着いたときすでに手遅れのことが多い。なので、先生が村を出ることは滅多にないはずなのだ。勿論今回、その滅多なことが起きたという可能性もある。だが……
(なんだ?なぜか違和感が拭えない………)
そう、先生からはとあるにおいがするのだ。実際に鼻を使って嗅ぐわけではない。いわゆる、第六感といったもののことだ。そのにおいは、前世で詐欺師共が纏っていたものと似ている。そう、嘘を言っているわけではないが、真実の一部しか話していないあの独特の雰囲気。先生が語った言葉には、どこかぼかしている所があるのだ。そんな思考の波に落ちた俺の意識を引き上げたのは先生の言葉だった。
「何か質問はありますか?」
「先生、いつ帰ってくるの?」
「あまり長くならないようにはしますが、遅くなってしまうかもしれませんね」
その言葉を聞いたとき、とある事が思いつく。それなら、すべての辻褄が合うのだ。
そう考えていると、質問タイムは終わったようだ。その場はお開きになったようで、子供たちはばらばらに食堂へと向かっていく。まだ、全員夕食を食べていないらしい。
「レオン君?驚くのはわかりますが、私も驚いてるんですよ?先生のお出かけのことは、帰って来てからゆっくり聞かせてもらいましょうよ。今は先にご飯を食べに行きましょう」
「ニーナ、悪い。先に行って席取っといてくれ。俺は先生に話がある」
「え、はい、わかりました」
と言って、戸惑いながらも先に食堂に行った。これで、この場には俺と先生だけになった。
「どうしたんですか、レオン君?何か話があるんですか?」
「はい、聞きたいことがあるんです」
そこで一度話を切り、深呼吸する。そして、思いついたことを聞く。
「先生は村共同の魔族討伐隊に加わるつもりですか?」
そう聞いた。
※ ※ ※
「どこで……それを………」
驚いた様子の先生。どうやら当たりだったようだ。
「当てずっぽうではありましたが。ただ、先生の言葉に違和感がありました。それに今日、仕事中に魔族が近づいてきてるって話を聞きましたから、それも理由の一つとしてあります」
「やれやれ、気付かれないように注意していたのですが……ものの見事に気付かれてしまいましたね」
苦笑気味に先生が話す。そんな先生に確認のため、さらに質問を続けた。
「加わる理由は先生の適正属性が聖属性だからですか?」
「はい、そうですね。魔族に対しては聖属性魔法が有効ですから」
「どうして……と聞くのは野暮なんですかね?」
「わかりません。ですがレオン君、この話は………」
「できればみんなには秘密に、ですか?言われなくても、秘密にするつもりでしたよ?もし伝えてしまえば、心配する子やパニック状態になる子が出てくるでしょうし」
それは俺の望むことではない。今じゃそれなりに愛着心のある場所なのだ、ここは。俺のその言葉に安心したのだろう。先生は微笑み、独白するように言葉を紡いだ。
「本当にあなたは頭のいい子ですね……昔からあなたを育てることには手間がかからなかったものです。これから留守にしている間、孤児院のことを任せてもいいですか?」
「それはいいですけど、ずっとは無理です。先生はちゃんと帰って来てください」
まだ、俺はこの人に何も返せていない。これが別れとなってしまったら、俺は何のために生きていけばいいんだ?俺の瞳から何かを感じ取ったのだろう、少し驚いた様子ではあったが、しっかりと頷いてくれた。
「わかりました。帰って来れるよう努力しましょう」
「お願いします」
そう言って、先生との話を打ち切った。2つの覚悟を胸に秘めて。
※ ※ ※
「せんせー、はやくかえってきてねー!」
「ちゃんと、いいこにしてるからねー!」
小さい子供たちは先生を見送っている。いや、俺以外のやつはみんな先生を見送っているのだ。つまり、孤児院内には俺しかいないということになる。俺が見送らないのは拗ねているからでも、別れを済ませてあるからでもない。
(先生、アンタとの約束は守るよ。孤児院のやつらは俺が守る。けど……)
それが1つ目の覚悟。2つ目の覚悟は………
(でも、それはアンタも含まれているんだ。アンタを死なせるわけにはいかない)
ベルトを腰に巻き、窓を開けて外に出た。魔族の下へと向かうために。この選択が間違っているとは、少しも考えず。




