姫との会話
投稿遅れてすみません。頭痛で死にかけておりました。体調不良って怖いですよね………
「それじゃあ、また明日です」
「ああ、また明日」
私が手を振ると、レオン君も手を振り返してくれます。扉から出て、彼から見えなくなるところまでは笑顔でいましたが、廊下に出てからはため息をついてしまいます。というのも、彼があの部屋に閉じ込められてから、もうそろそろで1週間だからです。
その間、貴族を殺すという事件は起きませんでした。それがあのお姫様の理論の正しさを証明している、ということはやっぱりまだ頭に来ます。レオン君がそんなことをするはずがないのに。真っ黒な髪が、目が。無属性魔法であることが、そんなに悪いんでしょうか。私はそんなのを認めたくはないです。
(それに、なんとなく安心するんですよね)
私にとって黒い色は恐ろしい色ではないんです。いつも一緒に過ごしてきた、とても優しい色。そう思っています。……魔族は怖いですけど。
そんな風に一人で歩いていると、突然目の前にメイドさんが現れました。薄い桃色の髪で、とても綺麗な人です。目はスッとしていますし、唇は薄くて、鼻は小さめです。ただ、表情が抜け落ちたかのような無表情が、冷たい印象を与えます。体つきはやせていて、背が高いです。見上げなければ、顔が目に入らないぐらいに高いんです。それも、近寄りにくいな、と感じる一因でした。
「あ、あの………?」
そんなメイドさんが、私が行こうとしている道を塞いでしまっています。その目はちゃんと私を映しているようなので、気付いていないということはないと思うんですけど………
私が首を傾げていると、メイドさんはぺこりと頭を下げました。
「申し訳ありません。私、ソフィア姫殿下の直轄侍女である、アンネリーゼと申します。ニーナ様とお見受けしますが、お間違いないでしょうか」
「え……あ、はい。私がニーナです」
メイドさんから出た名前に、心臓が跳び上がります。だって、それはレオン君を貶めた人なんですから。いい感情は持っていないです。
アンネリーゼさんは頭を上げると、私の目を見ながら再び話し掛けてきます。
「主があなたにお会いしたい、とおっしゃっているのですが、いかがでしょう」
「……会って、どうするんですか?」
レオン君に罪をなすりつけるために、私を人質にしようとしているんでしょうか?もしそうなら、絶対に許せません。
けれど予想に反して、アンネリーゼさんは首を振りました。
「そう警戒されずとも、危害を加えるつもりも、人質にしようとする気もありません。ただ、お話をするだけです。もしお疑いのようでしたら、武器を持っていてもいいとのことです」
「……でも………」
やっぱり信じられません。レオン君にあんなことをしたんですから。動こうとはしない私に、アンネリーゼさんはわかりました、と頷きます。
「それならば、陛下に話を通した上で、お越しいただく、というのはどうでしょう。おかしなことをしようとすれば、陛下がお気付きになるでしょう」
「……そういうことなら、少しだけ」
私はようやく頷いて、彼女について行くことにしたのでした。
※ ※ ※
結論から言えば、お姫様とのお話は外で騎士の人たちが待機する状態で、行うことになりました。そして、部屋もお姫様の部屋ではなく、王様がいつも内密なお話をするときの部屋でするようです。そこでなら、罠も何も仕掛けてはいられないだろうから、ということでした。
アンネリーゼさんに案内されて、部屋の中に入ります。そこには煌びやかなドレスを着た、お姫様がいました。王子さんと同じように、金色の綺麗な長い髪をドレスに垂らしています。瞳は宝石のように美しく、顔立ちもとても整っています。今まで会ってきた人の中で、一番の美人さんなんじゃないでしょうか。けれど綺麗というよりも、どちらかと言えば美しい、の方が正しい気がします。触ってしまったら、すぐに壊れてしまいそうな、そんな人でした。
「あら、来てくれたのですね。嬉しいですわ」
お姫様は私を見ると、微笑んでくれました。その笑顔は嘘偽りのないようなものに見えて、違和感を覚えてしまいます。
「あの、話というのは………?」
「まあ、そうお急ぎにならないで?まずはお互いを知ることから始めましょう?アンネリーゼ、紅茶をお願いね?」
「畏まりました」
アンネリーゼさんが移動すると同時に、お姫様が私に質問をしてきます。それは本当になんでもないことで、何歳なのか、から始まって、好きな食べ物や趣味のこと。これまでどう過ごしてきたのか、といったことまで。そんなことを聞かれ、あるいは自分で話してくれました。
アンネリーゼさんが戻って来て、紅茶がすっかり冷めてしまったときには、私も最初に感じたおかしい、という気持ちがさらに強くなります。だから。
「その、姫殿下、様?」
「まあ、ソフィアでいいのですよ?私もニーナさんとはもっと仲良くしたいのですから」
私に笑顔を向けるお姫様に、そのモヤモヤをぶつけることにしました。
「で、では、ソフィア様。その、何を考えているのですか?」
「何、とは?」
「さっきまでの会話は、なんでもない、ただの友人にするような質問ばかりでした。どうしても、その理由がわからないんです。どうしてなんですか?」
私がお姫様を見ていると、お姫様は紅茶を一口飲んで、姿勢を正します。その格好はさっきまでのものとは違い、はっきりとお姫様であることを感じさせました。
「……私は幼い頃、とある貴族に誘拐されそうになりました。理由は私を妻に迎えたかったから。劣情を抑えきれず、犯行に及んだのです」
「そ、そうなんですか………」
お姫様の知らない過去に、少し申し訳なく思ってしまいます。軽々しく聞くようなものではなかったですから。でも、どうしてこんな話を?とも思ってしまいます。
「心を病んでしまった私を慰めてくれたのは、侍女や私の女の友人でした。彼女たちは同性ならば刺激にはならないだろうと考えて、私に優しくしてくれたのです。私はそれが嬉しく、そしてホッとできるものでした」
その気持ちはなんとなくわかります。私もレオン君に同じようなことを感じているんですから。彼の傍にいるのが、一番安心できますしね。
「そこで気付いたんです。男は裏切るけれど、女性が裏切ることはないんだと」
そこでお姫様がうっとりとしたような声を出したとき、私の背筋に冷たいものが流れました。私を呼んだ理由をぼんやりと感じ取ったからです。
「ニーナさん、私のものになってくれません?毎日不自由はさせません。それに、あんな男のことなど忘れさせてあげるぐらいに、満足させてあげられますよ?これでも私、とても上手ですから」
「け、結構です!私、戻りますね!」
部屋から出ようとする私を、お姫様は止めませんでした。ただ、一言声を掛けただけです。
「私の下に来てくれれば、彼を解放することもできますよ?」
「……失礼、します」
「そう。またね、ニーナさん?」
扉を閉めるときに見えたお姫様の笑顔は、それまでと同じものだったはずなのに。今の私には、とても不気味なものに見えたのでした。