絶望的な戦い
「……さよならだ、ニーナ」
馬車の中に優しく彼女を横たえ、スレイプニルへと向き直る。スレイプニルは戸惑ったような表情だった。
『いいのか?行けば確実にお前は死ぬぞ?』
「そうだな。俺の生きていられる確率は万に一つ……いや、億に一つよりもずっと低いだろうさ」
フッと微笑する。それは諦めのような笑みでもあり、何かを悟ったかのような笑みでもあった。
ニーナの頭を撫で、その傍らに手紙を置いておいた。その中には、俺からのメッセージを残しておいたのだ。俺が何をしようとしているのか。何故そうしようと思っていたのか。それを伝えるために。
「学園に着いたら、読むように言ってくれ。それよりも前で見れば、こいつのことだ。戻ってくるだろうしな」
『……承知した。では、さらばだ』
「ああ」
スレイプニルは馬たちを促し、魔の森から去っていった。これでここに残ったのは俺だけ。……そうなるはずだった。
「で?お前らはなんで残ってんだ?」
「そりゃあ、こんな一世一代の大イベント見逃すわけないでしょうよ!あたしも一緒にいるんだから!」
『ケケケ、俺もあの魔王にゃ恨みがあるからな。一泡吹かせるためには、あんたの協力をするのが一番いいのさ』
白い髪の精霊が、胸の中に宿る炎の剣が返事をする。足に擦りつき、離れようとしないのは骨の龍だ。こいつらだけは逃げようとしなかったのだ。それどころか、俺と一緒に戦おうとしているのだ。その命を賭けて。
「わかっているのか?……死ぬぞ」
「あったりまえじゃん。あたしがそれでいいって言ってるんだよ。馬鹿な男に惚れた馬鹿な女ってことで」
『1年ぐらいの付き合いじゃあったが、あんたの性格はよくわかってるさ。世界を滅ぼそうとしてる馬鹿と惚れた女のために命を賭ける馬鹿。どっちに手を貸したいかなんざ明白なんだよ』
カシャカシャとドランも頷いている。俺は場違いだとわかりながらも、笑ってしまった。
要はここに集まったのは、馬鹿の集まりなのだ。同じようなやつらが集まり、見捨てられないから助けようとする。本当に馬鹿で……信頼のできる仲間たちだ。
「……そうか。なら、もう何も言わないさ。最後まで付き合ってくれ」
「おー!」
『ケケケ、了解だ!』
そして、俺たちは魔の森へと向かっていった。けして勝つことなどできないとわかっていても。
※ ※ ※
静かな森に不自然なまで大きな音が鳴り響く。それこそ、ガガガガ!という音が鳴りやむことがなく。あまりにも大きな音に、魔物たちは早朝に叩き起こされる。だが眠気が勝るために、やはり本来の動きができない。それを狙われてしまった。彼のことを知っていれば、もしかするとこうなるかもしれないとは思えたのだろうが。知る機会が回って来なかった魔物たちは、哀れというしかないのだろう。
「にしても、頭おかしいんじゃないの、その銃さ!めっちゃうるさいんだけど!」
「仕方ねえだろ!知ってる突撃銃はこれしかねえんだよ!文句言うな!」
「ピースかウェルロ使えばいいでしょ!音小さい方だし!」
「時間掛かるわ、ボケ!ピースは6発ごとに装填しなきゃだし、ウェルロに至っては今回は論外だ!」
撃っている銃の音がうるさいので、自然と怒鳴り合うような声量になる。今のところはこちらに被害がないのがせめてもの救いだった。見つけた魔物は銃弾に貫かれ、暴風に切り刻まれ、巨体に押し潰されていく。
俺たちは夜が明けてすぐに、つまり明け方に襲撃を始めた。この時間は夜行性の魔物たちも活動を止めようとし、昼行性であったとしても起きたばかりで本来の動きができないからだ。こちらには並の魔物を蹴散らせるドランがいることだし、減らせるうちにできる限りの魔物は減らしておいた方がいい。今だけはフィーバータイムのようなものなのだ。
「で、それ何だっけ!?」
「AK-47だ!一億人以上を殺した大量破壊兵器!頑丈で信頼性が売りの突撃銃だ!」
突撃銃。それはライフルが不便であるから作られた銃だ。従来のライフルは最大射程が1kmもあったが、実際に戦争をすればそんな遠距離でバカスカやらないのが常である。そこで『距離や威力落としてもいいから、取り回しが良くて、扱いやすくて、弾数多い銃ねえかなあ?』という考えからできたのが突撃銃だ。
特徴はセミオート、フルオート機能がある。小型で一人でも持ち運び、使用が可能。装填可能な銃弾数は20~30程である。また、突撃銃は狙撃銃と異なるところとして、狙って打つのではなく、弾をばら撒くことを得意としている。要は数撃ちゃ当たる作戦である。
そして、今俺が使っているAK-47は銃器の中では壊れにくいことで有名だ。それに構造がシンプルなので、模造品もよく作られている。俺のこれも模造品なのかもしれないが……まあ、使えればどうでもいいところだ。実際、タフなことは認めているしな。
「……チッ!もう来たか!」
考え事をしていると、魔物たちを黒いもやが覆い始めた。それがなくなったときには、統制のとれた魔物の群れがいた。今までのようなばらばらで動く魔物たちではなく。一糸乱れぬ軍隊のような動きをする魔物の群れ。こんなことができるのは、恐らくあいつぐらいだろう。
「気を付けろ!ボーナスステージは終わりだ!今からはやつらも殺す気で掛かって来るぞ!」
「わかった!」
ドランもわかったと言うように、口を大きく開け、ブレスを放った。毒でもがき苦しみながら死ぬやつもいれば、体が酸によって溶かされていくやつもいた。戦いはまだ始まったばかりだ。
AK-47で銃弾をばら撒く。時には、ナイフにレーヴァテインの炎を纏わせ、投げつけていく。シルフィは暴風で敵を蹴散らし、精霊たちの遠隔魔法によって狙撃も行っていた。ドランはその巨体で押し潰し、薙ぎ払い、ブレスで敵を倒していった。
だが……それでも、いずれは限界がやって来る。戦いにおいて、いくら個の力が凄まじかったとしても、数は大きな暴力となる。
最初に膝をついたのは、最も攻撃を受けるドランだった。俺はドランを小さく戻し、自身の足で走り始める。
次に限界が来たのは俺だった。四方八方から襲い掛かる攻撃に、動きが精彩を欠き始める。そして、その隙を見逃すほど間抜けな魔物は、もう残っちゃいなかった。背中に、腕に、足に、腹に。攻撃を受け、傷が増えていく。
俺を助けようとしたシルフィも、攻撃の的となった。いや、俺を庇おうとしたシルフィこそ格好の的だったのだ。
俺たちは無数の傷を作り、今まさに力尽きそうになっていた。