解放
気付けば、また誰かが新しく評価をしてくれたようです。評価してくださった方、本当にありがとうございます。総合評価が200いけばいいな………
「君には本当に世話になった。ありがとう」
「あ、あの、そこまでしていただかなくても………!」
「いや、君はそれだけのことをしてくれたんだ。ここまでしなければ、気が済まないよ」
目の前には頭を下げている公爵がいた。公爵という地位のものが頭を下げるなど、滅多にないだろう。この貴族はかなり良心的な方なのかもしれない。ニーナは狼狽えてはいたが、折れることがないというのがわかると困ったような視線を俺へと向けてきた。いや、俺にどうしろと?お前が普通に受け取ればいいと思うんだが。
「父様。屋敷に戻ったら、オズを解放してあげて」
「ああ、そうだな。彼にもすまないことをした………」
オズ?あの老人のことだろうか?だが、あいつ以外に捕まっていたやつなどいなかった。十中八九当たりだと思う。公爵の悔いている顔を見ながら、そう推測していた。よくよく考えれば、あのじーさんを《解析》していなかったな。しておくべきだったかもしれない。
「ところで、君はランクがどれくらいなのかな?差し支えがなければ、教えてほしいのだけれど」
「わ、私ですか?その……Dランクです」
「D?精霊がついているから、もっと上かと思ったのだけれど………」
公爵は不思議そうにしているが、実際こいつは実力的にはそれが妥当なのだ。戦闘能力、危険感知能力、柔軟性。ここら辺が他と比べ、大きく劣っている。この歳でDランクになれたのも、ほとんどがニーナ自身の持っている治癒能力によるものが大きい。流石に困っているようだったので、俺が助け舟を出すことにした。
「すみません、横から失礼いたします。妹がDランクなのには理由があるのです」
「君は……確か、この子の義理の兄だったかな?よければ、その理由を聞いても?」
「はい、というのも妹は聖属性魔法の使い手です。普通の魔法よりも使い勝手は悪いのかもしれません」
「そうなのかい!?それはまた……希少な魔法を持っているんだね」
公爵はひどく驚いた。まあ、聖属性魔法の使い手は元々少ないうえに、歴史によって伝説的な扱いを受けている。この反応も当然なのだろう。
「はい。それに加えて、契約している精霊もどちらかといえば、感知能力に特化しているらしいので……戦闘面ではあまり評価が高くないのです。その影響かもしれませんね」
「そうか……ありがとう。君は妹さんをどう思っているんだい?」
「と、言いますと?」
公爵は先程までと同じく、穏やかな表情ではあった。だが、その瞳には有無を言わせないような光がある。恐らく、この人は俺という人間を量っているのだろう。
「いや、ここまでの話を聞くと、妹さんはかなり優秀だと思う。私から見てもそうなんだ、君の目にはどう映っているのかと思ってね」
「……それは、私が妹に対して負の感情を抱いているのかと聞きたいのでしょうか?」
「いや、そこまでは言っていないよ。ただ、純粋に気になっただけさ」
嘘だ。《嘘看破》に引っ掛かっている。この人は俺がニーナをどうこうしないかと疑っているのだ。だが、その懸念はして当然のことだろう。片や、聖属性魔法の使い手であり、精霊と契約し、貴族とのパイプもできそうな、見目麗しい女の子。一方で、無属性で特に目立ったこともなく、《悪魔憑き》の男。嫉妬するには十分過ぎる理由があるのだ。
負の感情を持っている、と聞いて不安そうな表情になるニーナ。そんな顔をしなくても、別に心配することはないはずなのにな。
「……勿論、絶対にないとは言えません。妹の方が私よりも優れており、悔しい思いをしたこともあります」
ニーナがびくり、と肩を震わせる。けれど、そんなニーナの頭をポンポンと撫でてやる。
「ですが、家族のいない私にとっては唯一残された家族なのです。恨み辛みなどの感情は持ち合わせていませんよ」
「ふむ……それは、我慢できる範疇にあると?そういうことかな?」
「ええ。私は強い人間ではありませんよ。一人で居れば、すぐに駄目になってしまう弱い人間です」
それは本当のことだった。別に、ニーナに悪感情は何一つ持ってやしない。けれど、一人で生きていくことができるかと聞かれれば、その答えはNoだ。そんなことは前世でよくわかっている。俺の顔つきから何かを察したのだろう。公爵はそれ以上何かを聞いてこようとはしてこなかった。
「そうか。いや、言いにくいことを聞いてしまったようですまない。もうそろそろで屋敷に着くだろうから、妹さん共々羽を伸ばすといいよ」
そう締めくくったのだった。
※ ※ ※
「オズ、いるかい?」
「おや、旦那様。どうかしたのですかな?」
「君を解放しに来た。今まですまなかった」
そう言って、私は頭を下げた。この老人は自分の身に危険が降りかかることを承知で、娘を逃がしてくれたのだ。ここで何も言わずに、それが当然だと思えるほど私は恥知らずではなかった。牢屋から出てきた老人はにこやかに笑いながら、私に話しかけてくる。
「いえいえ、この程度は構いませぬよ。エレナお嬢様がご無事で本当によかった」
「ああ。それもこれも、彼女のおかげだ」
改めて、この場にいない少女のことを思い出す。私の娘とも歳が近そうだ。いい友人となってくれるかもしれない。食事中も緊張はしていたものの、運ばれて口をつけると気に入ってくれたようだった。歳相応に子供らしいところを見て、思わず笑いを堪えていたくらいだ。それに、精霊殿の方も気に入ってくれたようで、色々と食べていた。両者ともに満足してくれたようで、何よりではあった。
けれど、そんな私の思考を妨げたのはオズだった。
「少女?少年ではなくてですかな?」
「うん?いや、少女だったはずだが………」
髪の長さも、仕草も、彼女の兄の話からも女の子であったと思っている。それとも、私の思い違いであったのだろうか?
「おかしいですな。私が結婚を妨害してほしいと依頼したのは、黒髪の少年だったのですが」
「黒髪の、少年………?」
それは間違いない。少女の兄の方だ。歳のわりに、妙に頭が回る子供だったのが印象的だった。と、そこで急に思いつく。催眠を掛けられたときに彼は何と言っていた?催眠を掛けられていたときの記憶はぼんやりとではあるが、しっかりと残っているのだ。必死に掘り起こし、思い出す。確か、こんなやり取りをしていたのだ。
『ところで君は貴族に縁があったりするのかな?このまま、この家の専属になってほしいのだけれどね」
『いえ、そういうのは。私はこの通り黒髪ですし、無属性魔法を使うので。公爵様には悪い影響しか与えないかと。そういった意味では、妹を羨ましく思いますね』
と、そう言っていたのだ。この王都では、黒という色に厳しい。魔族を思い起こす色であるからだ。だからこそ、いい顔はされない。それに、無属性というのも悪い方向へ働く。両者が揃っているとなれば、まず出世は無理だろうと言えるのだ。
一方で、聖属性魔法はもはや持っているだけでも大きなものなのだ。そして、精霊との契約者。評判にならないはずもない。
けれど、それをあの子が知っていたとすれば?手柄を譲り、妹を立てたのだとすれば?私は帰りの道中で、彼に対して恩人に何かをしないかということを遠回しに聞いた。それは杞憂であったことはわかる。なぜなら、彼は妹を撫でるときとても優しい目をしていた。あれは妹に対し、少しでも負の感情を抱いていればできることはない顔だ。
だが、私はそこで違和感を覚えたのだ。何故悔しがらないのだろう、と。私とて子供のときはあり、物分かりがよかった覚えはない。エレナだってそうだった。同年代にかなり優秀な方がいたのだ。その影響もあり、反抗的だったことがあったのも覚えている。普通はそうなるものなのだ。
が、前提が崩れれば話は別だ。自分の手柄を妹に与えたのだとすれば、悔しがることもないだろう。本当は自分のものなのだ、それを譲り、いい兄だと満足感を得ることもできる。それに、私と話しているときに表情を崩すことをあの子供はしない。嘘をこちらに悟らせないのだ。あんなことが子供に可能なのだろうか?疑問を感じえない。
「……オズ。一つ、頼みがある」
「はい、何でしょうかな?」
「あの子を……黒髪の少年を見張ってくれ。あれはただの子供じゃない」
「了解いたしました」
気付いてしまったその事実に、私は戦慄を覚えたのだった。




