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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第3章 学園道中編
100/264

脱出

今回は連投します。また、祝100話目です。ここまで付き合っていただいた方々に感謝しながら、これからも執筆していこうと思っています。これからもお付き合いいただけると幸いです。

 『よし、行けそうか?』

 『体調はバッチリ!動いてる人も少ないよ!』

 『そうか。執務室の方は?』

 『いないよ!いつでもどうぞ!』

 『なら……作戦開始だ』


 夜闇に乗じて、活動を開始する。暗い部屋にいたため、廊下が闇に包まれていることなど何の障害にもならなかった。シルフィの案内だけを頼りに、執務室へと急ぐ。急ぎ足で、しかし音は立てないように走らず。静かに、ただ静かに歩く。呼吸の音さえもほとんどさせず、最初から《隠密》を使用して動く。


 『執務室は2階にあるよ。階段を上り下りはしなくていいみたいだね』

 『それは助かるな。あそこは隠れる場所が少なくて困りそうだ』

 『だよねー』


 無駄に多い部屋をわき目にそんな会話をする。勿論、警戒を解いているわけではないが。


 『あった!あそこだよ!』

 『これはまた……わかりやすいところにあるわな』


 シルフィが指し示したのは、いかにも他とは違う大きな扉。取っ手口は金でできており、非常に趣味が悪かった。いかにも自分の偉大さを示そう!といった様子だったからだ。

 まあ、今はそんなことを考えている暇はない。鍵穴の形を見て、《解析》を使用。鍵穴にどんな形の鍵が必要なのか、構造までわかった状態で、生成魔法を発動した。手の中に現れた鍵を差し込み、回す。カチャリ、と音が鳴ったのを確かめ、そっと中へと入った。


 中は意外にも綺麗になっており、書類がどこにあるのか、すぐにわかりそうだった。それに、外の扉ほど悪趣味な中身ではなかった。恐らくここに誰も入れず、機能性を重視した結果こうなったのだろう。

 もしものことを考え、扉に鍵をかけてから部屋の中を探し始める。俺はペラペラと書類をめくってみたが、侯爵を失墜させるようなものは存在しなかった。


 『どうしよ……見つからないね………』

 『いや、まだ何とかなるかもしれない』


 俺は机の引き出し部分を見て、そう言った。ある一部分を引くと、開かない。やはり、ここが怪しいのだ。


 『これって………』

 『鍵付きの引き出しだ。怪しいだろ?』


 さっきと同じ要領で鍵を創り、鍵を開けて中を見れば、どうやら当たりだったようだ。侯爵のここ最近の帳簿が中にはあった。軽く見てみれば、まあ出るわ出るわ。平民への口止め料。武器の異常なまでの買い込み。そして、賄賂。これは十分な証拠になるだろう。《解析》をした後、生成魔法でコピーを創る。そして、コピーした方を引き出しにしまい、鍵をかけておいた。

 さて、部屋を出るか。といったタイミングで、シルフィが顔色を変える。


 『レオン、やばい!誰かが向かってくる!』

 『チッ、このタイミングでか……隠れるぞ!』


 隠れるのに適していそうな場所を探し……ふと思いつく。


 (そうだ、あそこなら気付かれないかもしれないな)


 《隠密》を発動させて、様子を見る。しばらくすると、鍵が開く音と共に一人の使用人が入ってくる。使用人は辺りを見回し、首をひねる。


 「気のせいか?誰かがいたような気がしたのだが………」


 それでも、確認しなければ気が済まない性格らしく、きちんと執務室を探し始めた。


 (頼む……気付くなよ?)


 段々と近づいてくる足音に緊張しながら、通り過ぎるのを待つ。

 本棚を覗き、ソファの周りを見て、とある一点に目が向いた。


 「ふむ。隠れるとすれば、そこかね?」


 足音が大きくなるのがわかる。今の俺がするのはただ気配を殺す、それだけだった。そして、使用人の足音が一番大きくなったところで止まった。使用人の足がよく見える。ゆっくりと体勢を低くしていき……


 「…………」


 訪れる静寂。使用人の動きは止まっていた。


 「……気のせいだったか」


 机の下を覗いていた使用人は、顔を上げて扉へと近づいていく。そこでもう一度室内を確認すると、部屋の外へと出ていった。


 「ふう………」


 今だけは息を吐き出してもいいだろう。見つからずに済んだのだから。俺は部屋の隅から降りてきた(、、、、、)。そう、俺がいた場所は天井と壁同士が接する、上の隅だったのだ。そこに身体能力にものを言わせて張り付き、使用人が通り過ぎるのを待った、ということである。


 『危なかったねー……机の下にいたら、アウトだったじゃん』

 『だな。それにあそこだと、反撃に移り辛いしな』

 『そだねー。じゃあ、次行く?』

 『いや、侯爵が寝るまで待った方がいい。魔道具を外すには眠っていてもらわなきゃ困るしな』

 『りょーかい。寝たら教えるよ』

 『ああ』


※               ※               ※

 『いけるよ』

 『そうか。なら、総仕上げだ』


 侯爵が眠りについてから、1時間ほどが経ったらしく、俺たちは行動を再開した。見回りをしている使用人もいるとのことなので、やはり慎重にいく。誰かが来れば、即座に隠れることができる場所に身を隠す。そして、完全に通り過ぎたことを確認して、行動を再開するのだ。


 『ここか』

 『そう。鍵はかかってないよ』

 『わかった』


 ゆっくりとドアを開け、中に入る。部屋の中には人の気配が3つ感じられる。ベッドを見てみれば、ブクブクと太った男が可愛らしい少女に挟まれていた。どちらも裸で、何をしていたのかはすぐにわかる。そして、どんな状況だったのかも。少女たちの赤く腫れている目元を見れば、少なくとも双方の合意の上で致したわけではないとわかる。この少女たちは侯爵に見初められ、無理矢理されたのだろう。連れて来られた場所は恐らく近隣の町からか。金と権力にものを言わせ、思い通りにしたに違いない。胸糞の悪い話だ。

 少女たちのことはどうにかしてやりたいが、今はどうすることもできない。ゆっくりと侯爵に近づいていき……


 『ちょっと待って、レオン!』

 『どうした?』

 『これ、見て!』


 シルフィが見せてきたのは、侯爵が書いたであろう日誌。見てみると、とんでもないことが書かれていた。


 『こいつ……クーデターを起こす気か!?』

 『そうみたい。これは………』

 『ああ、さっきのやつよりもでかい証拠になる!でかしたぞ、シルフィ!』


 大急ぎでコピーをし、コピーを元をあった場所へと戻す。シルフィが何かくれ、みたいな顔をしているので、終わってからなと苦笑する。ここで怒らないのは、それだけ大きなことをしたからだ。クーデターはいくらなんでも揉み消すことのできない、重大な犯罪だ。賄賂や温情でどうにかなるレベルではない。よくて貴族位の取り上げ。普通なら即座に打ち首だ。これをしかるべきものに見せれば、確実に結婚を潰すことができる。

 が、依頼はこれで完遂ではない。侯爵に近づき、首から下げているアクセサリーに目を向ける。《解析》をすれば、このように結果が出てきた。


 催眠の首飾り


 催眠を掛けることができる首飾り。強力で、壊れない限り催眠を掛け続けることができるが、掛けられる対象は一度に二人まで。




 『で、掛けている対象がエレナの親父さんとお袋さんなわけだな』

 『そういうことだったのかー。これ、どこで買ったんだろうねー?』

 『闇市場だろうな、大方。こいつを取って………』


 アクセサリーに手を掛けた、その瞬間。ぱちりと目が開いた。しばし、固まる俺とそいつ。そいつが声を出そうとするその前に、俺は手で口を塞いでいた。


 「……静かにしてろ!俺は怪しいもんじゃ……あるかもしれんが、お前たちに危害を加えるつもりはない!」

 「ほ、本当ですか?」

 「ああ、本当だ。こいつのこれを取るためにここにいる。だから、声は出すな」

 「は、はい………」


 少女のうちの一人は、ようやく落ち着き、俺をはっきりと見た。不審げな目ではあるが、格好が格好なだけに仕方ないだろう。なにしろ、今の俺はフード付きのローブを頭から被っている。これで怪しまれない方がおかしい。それくらいは自覚しているので、無理に言い訳をすることはしなかった。別に、逃げてからならどう言われようと構わないからだ。


 「……あの、すみません。お願いがあるんですけど………」

 「なんだ?手短に頼む。言っておくが、ここから連れ出せってのは無理だからな」

 「……そう、ですか」


 シュンとした声になる少女。暗くてよく見えないが、顔も声もなかなかにかわいい。正直、ニーナ以外は頭がどうかしている面子に囲まれているうえ、ニーナも妹みたいなものなので、あまり異性を意識したことはない。が、この子には少し感じるものがあった。そのためだろうか?気付けば、俺は声を掛けていた。


 「……そう遠くないうちに、この貴族は貴族じゃなくなる。そうすれば、晴れてここから出られるぞ」

 「え?」

 「ま、それまではどうにかして生きるんだな」


 アクセサリーが取りにくかったため、ナイフで切り外す。やっと手に持ったときに、とうとう恐れていた事態が起きてしまった。

 いきなり侯爵の目が開いたのだ。そして、俺をはっきりと捉えた。そのことを認識してからは、俺の判断は早かった。すぐにその場から飛びずさり、距離を取った。


 「き、貴様!何者だ!」

 「……チッ、起きたか。そのまま眠っていれば、楽だったものを」

 

 と、手にしたナイフをチラつかせながら言う。それを見て、侯爵は何をしようとしていたのか、誤解したようだ。


 「おい、暗殺者だ!今すぐ来い!」


 侯爵の声と同時に武装した集団が押し入ってくる。数は多い、20人くらいはいるだろうか?すぐに入って来た集団を見て、侯爵は満足そうに笑った。


 「ふはは、どうだ!すぐに貴様は捕まるだろう!貴族に楯突いたこと、後悔するがいい!」

 「それはどうかな?」


 その声と同時にスモークグレネードを取り出し、投げつけた。その場に煙幕が張られ、場が混乱する。その間に、窓を蹴りつけて開ける。集団は窓から逃げるものと思ったらしく、窓へと殺到する。俺はその集団の突進を避け、扉の外へと飛び出した。

 廊下でも何人か入りあぐねていたやつがいたらしく、いきなり出てきた俺に目を丸くしていた。そんな隙を俺が見逃すはずもなく。声を出す前に、気絶させておいた。そして物陰に姿を隠し、集団が過ぎ去るのを待った。


 「探せ!」

 「どこだ!?」

 

 そんな声が飛び交っていたが、誰一人とて見つけることはできず、やがてその喧騒は階下へと移っていった。が、油断することはなく、シルフィに問いかける。


 『まだいるか?』 

 『部屋にいるのは侯爵だけ。別の部屋からなら逃げられるよ』

 『よし、脱出だ』


 移動を開始し、たくさんある部屋の一つに入り、窓から外へと出る。兵たちはまだ降り立った場所に来る様子はない。どうやら、門の方や1階を捜索しているらしい。不幸中の幸いだった。

 塀へと近寄り、金具を引っ掛ける。魔力強化を使用して、登り始めると遠くから声が聞こえてきた。


 「あ、あんなところに!」

 「ま、まさか、塀をよじ登ってきたというのか!?」


 兵たちは驚いていたようだが、任務を思い出し、急いで駆け寄ってくる。けれど、そんな一瞬の間でも俺にとってはチャンスでしかなかった。兵たちがこの場に辿り着いたときには、俺は塀を登り終えていた。金具を外し、ピアノ線を手元に戻す。


 「ま、待てー!」


 そんな声と共に、俺は夜闇へと消えたのだった。

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