~七話 魔術師~
ある程度聞きとりはマシになってきた。だが未だに言葉の意味は分からない。文字も分からないので、理解することも出来ない。もどかしいものだ。
そんなある日、私は父の隣でテレビを見ていた。なんとこの魔道具は緊急時以外にも容易に使用されている。しかも娯楽を提供しているのだというから驚きだ。
話を戻そう。今はテレビの中の人物の話をするとしよう。
『今宵は稀代のマジシャンによるショーをご覧いただきましょう!』
そんな事をテレビが言った。分からない単語だらけだ。こよいってなんだ。きだいってなんだ。まじしゃんってなんだ。よるってなんだ。しょうってなんだ。いただきってなんだ。
こうして少しでも情報を集める事。これが今の私の楽しみだ。
テレビの中では一人の男がマジックがどうのマジシャンがどうの言われている。なるほど。マジシャンとはあの男の事を指すらしい。名前なのだろうか。
『ではまず手始めにこのステッキを』
男はそう言うと手に持った杖を宙に浮かべた。杖の横の空間に手を添え、その間を別の人の手が通る。
おぉ、魔法だ! この世界に来て初めて魔法を見たぞ!
やはり魔道具とは別に魔法がキチンと存在しているようだ。
なるほどあれは浮遊魔法だな。それとも重力魔法かな? やっと私にも分かるものが出てきて、テンションが上がる。楽しい。
残念ながらテレビ越しでは魔力の流れは見えない。もしくは魔力の流れを隠すのが上手いのか。
男は左右上下に杖を操り、やがて再び手の中に戻す。
今度は被っていたシルクハットを取り、トン――と縁を杖で叩く。すると純白の翼を持った鳥がシルクハットから飛び出して来た。
今度は召喚魔法か。召喚魔法は遠くから物質或いは生物を呼びだす魔法だが、なるほど、魅せ方によってはこのような使い方も出来たのだな。
シルクハットの役目は終えたのか、トントンと羽根を払い落してから、後方に置いてある帽子掛けに引っ掛けた。
『お次はこちらのマジックです』
今度はガラス製のコップを取り出し、コップの底を何度も突く。こんこんと言う軽快な音がしているのを確認した後、底を上向きにして、その上にコインを一枚置いた。
コップに向かって手を伸ばし、何かを念じている。
暫くすると、キン、という軽い音と共に、コインが机を叩く音がした。コップの中で、である。
「だー、あうあういーうだー!?」
なにぃぃぃ、物質透過魔法だとー!?
何に使うのかは定かではない魔法の一つではあるが、確かに存在していた。だが使い手が少なく、まるで存在しない魔法のように扱われていた魔法である。私もこの目で見たのはこれが初めてだ。
なんとも珍しい魔法を見せてもらい、思わず感動してしまった。
そうか分かったぞ。マジシャンというのは魔術師、或いは呪術師のことを指しているのだな。そしてこの男の言うマジックという言葉が魔法なのだ! 鳴る程、一つ理解する事が出来た。
おそらく魔法を使える人は多くないのだろう。だからこそ見世物として成り立っているのだと推測出来る。
さらに男はマジックを続ける。おのれ! 一体どれだけ私を驚かせてくれるというのか!
もうテンション上がりまくりだ。
魔術師の男はカードを取り出し、一度柄を見せた後、観客の一人に一枚だけ抜く様に言った。どうやらこのカードは同じものがないらしい。観客が一枚抜き、それをテレビに映るように見せた。
ハートが一つ、描かれている。
その一枚を任意の場所……中央付近に差し戻し、男がカードをシャッフルする。物凄い手際だ。これは魔法ではないが、まるで魔法で自動化しているかのように滑らかにカードが動いている。
っと、その途中でミスをしたのか、カードが机の上に散らばる。
『おっと、申し訳ありません。ではこちらを今一度束ねまして』
カードを綺麗に並べ、手首のスナップだけで全てのカードを裏返す。
『先程選んだカードはこれですか?』
そう言いながら一枚カードを差し出す。
『いえ、違います』
『ではこれですか』
『いえ、違います』
『可笑しいですね。この中に貴方の選んだカードは無いようです』
『え、そんな。ちゃんと全部のカードを集めてましたよね』
先程カードを選んだ女性に全てのカードを渡し、カードを確認する。確かに、ハートが一つ描かれていたカードが無くなっていた。
『どこにいったんですか?』
『実はですね』
男は後ろに向かって歩き、掛けてあったシルクハットを手に取る。
『ここにあるんです』
言いながらシルクハットを逆さにすると、ハラリとカードが一枚舞い落ちた。
『確認してください』
そこにあったのは確かに、最初に選んだカードだった。
「へうー!」
凄いな今のは。魅せ方が非常に上手い。
空間転移の魔法は分かった。選んだカードだけ空間転移であの帽子の中に移したのだろう。恐らく散らばった時だ。
問題はもう一つ。観客が選んだカードをいつ知ったのかということだ。
観客のカードにマーキングを付けた気配は無かった。マーキングは狙った対象に魔力を付与させ、その所在地を割り出す魔法だが、あんな目の前で手にしたカードにマーキングの魔法を施せば、魔力の流れで『このカードに魔法を使いました』と教えてしまう。
では透視の魔法でも使ったのだろうか? それにしては観客の驚きようが凄い。ということは透視を使っていた様子は無かったと言う事だ。
フフフ、だがあちらに居る者たちを騙せても、私の目は誤魔化せない。
ずばり、あれはマーキングの応用だ。
マーキングはしなかった? そうだ、選ばれたカードにマーキングはしなかった。というより出来なかった。
では何に対してマーキングを行ったのか。
それは他の選ばれなかったカードにだ。そうすれば選ばれなかったカードにだけマーキングの魔法が掛かっていないことになる。
全員が一枚のカードに集中している隙に他のカードにマーキングをする。目の前でマーキングをしていても、全員の意識はカードの方に向いており、その瞬間意識は魔術師から外れる。
彼の魔力操作と魔術発動速度は大したものだ。あれだけの腕があれば、観客が気付かないのも無理はない。
そしてカードを散乱させ、マーキングの付いていないカードを空間転移で帽子の中に移す。これで完成だ。
人の死角を突くのは上手いようだが、私には分かる。あぁ全く、この頭脳が憎い!
しかし……しかしだ。舞い散るカードを正確に空間転移させる精密さ。あれは相当練習が必要だ。通常空間転移をさせる対象は自分か、止まっている物・人である。あのランダムに散らばり且つ密集していたカードに対し、一枚だけを選び、素早く転移させる。
見事と言うしかあるまい。私も練習すれば出来るようになるだろうか?
あぁ、久しぶりに面白い物を見せてもらった。やはり魔法は心が躍る。エルフではなくなった我が身ではあるが、魔法の知識、技術では負けないと自負している。
もし可能なら、私もあのように、魔法を使って皆を驚かし、感動させてみたいものだ。
将来の職業候補が生まれた瞬間だった。
魔術師(手品師)
「見切った!!」←全く見切ってない
もっとも書きたかった部分が終わってしまいましたw