~十一話 月と情緒~
お久しぶりですの息抜き。
月が綺麗ですね。そんな言葉を聞いた。というか、両親が「何故そんな言葉になったのか」ということを話していた。
なんでも愛していると直接言うのは無粋だから、せいぜい月が綺麗ですねという言葉にしておけと下の者に教育したらしい。
なるほどわからん。
一体何が無粋だというのか。愛してるなら愛していると素直に言えばいいではないか。
一部の男は言わなくても分かるから言わない。口に出すのが恥ずかしいから言わない。そういう一面もあるだろう。
だが、それはあくまで男の都合なのだ。
分かってくれる? ハッ、笑ってしまう。
確かに分かってくれる。大勢は察してくれる。だが、察せない人もいるのだ。その一言で安心できる人もいるのだ。
そして何より、分かっていてなお、女性はその言葉を求めているのだ。その言葉をかければ女性はより輝くのだ。
それを無粋とは何事か。まったくもって分からん。
……そもそもの話だが、月というのはなんなのだろか。本当に美しいものなのか? という疑問が出てくる。
曰く、夜空に浮かぶ一際大きな星の事を月というらしい。
であれば私は、月という物を容易に想像出来る。だが私は産まれてから月を見たことが無い。何度夜空を見上げてもそんなものは何処にもない。
月が綺麗?
そんな馬鹿な話があるものか。
空一面を覆い尽くすかのような巨大な星。赤黒く、まるで時間の経過した血を固めたような不吉な色。まるでこちらの事を見下ろし、嘲笑するかのように浮かび上がる模様。今にも「世界など容易に終わらせられるのだ」と言わんばかりの威圧感。
それが月だ。そんな月はこの世界には無いし、無くて良かったと思う。
あれは悪魔のようなものだ。
月が綺麗ですねが愛しているを示す?
笑わせてくれる。
月が綺麗だというのは嘲笑だ。相手をバカにするものだ。
今夜はやけに月が綺麗だなぁと言えば、今のお前の滑稽さを考えれば、あのおぞましい月すらも綺麗に見える、ということだ。別の言い方をすれば、人の不幸で飯が美味いとでも言えるか。とにかくそういった類のものだ。
月が無くて良かったと思う。
思わず熱くなってしまったが、そんな月は無いのに、ここでは月が綺麗だという。ではここの月は一体どれなのか。
夜空を見上げれば綺麗な星の海が輝いている。何より目立つのはその中でも一際白く眩しく輝く星。他の星とは一線を画す大きさなのだが、あれはなんという名前なのだろうか。あれほど見事な星なら特別な名前があるのではないか。
「ほら、見て。達也が月を見上げてるわ」
いや、月はありません。
「やっぱり赤ちゃんでも月が綺麗だって分かるのかな」
いや、月は綺麗ではありません。
「というか達也は月って分かるのかしら」
恐怖を覚えるほどに分かります。
「ほら達也、あれが月だよ。……月が綺麗ですねぇ」
父よ。喧嘩を売ってくれるな。
そうして親父殿が指差したそれは、今まさに見事だと思った小さな星のひとつであった。
…………
…………
……いやいや、そんなはずないから。
月があんなに綺麗なはずないから。
……
……月が……
……
……月が……綺麗……ですね……。
……
……
……月は、綺麗でした。
月と情緒(月が綺麗ですね)
異世界物だと月が地球のより大きくて綺麗!
とか、
二つあるなんて、不思議だなぁ!
とか、
地球の月と色が違うんだなぁ。これはこれで綺麗だなぁ。
とかはあるんですよ。いや最後のは知りませんが。
でも、月に魂を抜きとられるぞと子供を脅かすのが定番。そんな異世界があってもいいと思う。
こちらで言う綺麗な物が、他の世界で綺麗なままでいられるとは限らない。
なまじ前世の月を知っているからこそ、今ある月を月と認識出来ない。
そして知ってしまえば月は美しかったと素直に言うことが出来るのでしょう。
愛してると嘲笑。
表しているものは違くても、印象の大きなものは大抵比喩に使われるものです。
……そもそも「I love you.」が「月が綺麗ですね」になるなんて、外国人は思わなかったでしょう。まして異世界人ならもっと思わないでしょう。