早坂+哀原2
昼休みを告げるチャイムがなった。
いそいそと机を並べ弁当を取り出し始めるクラスメイト達を抜けて、雪は一人屋上に来ていた。
「やっぱりここは落ち着くな~」
屋上は日光が照り付けていたが、吹く風が肌に当たり気持ちいい。
雪には学校において友達は少なかった。
以前教室で一人コンビニ弁当を広げていると、「ねぇあの子なんか暗くない?」とクラスメイトの女子に指を指されて嘲笑される事があった。
その事を思い出すと雪の周りの空気の温度が一気に下がり、ヒュウと冷たい風が吹いた。
昨日の雨でできた水たまりがピキピキと音を立てて氷塊に変わる。雪の能力だ。
この能力で過去に他人を傷つけてしまってから、雪は周囲と関係を作る事に恐怖を感じてきた。
昼食を食べて気分を入れ替えようとバッグに手を入れ、そこである事を思い出す。
そうだ。昼食代になるはずだったお金は今朝、早坂という少年と出会い、焼きそばパンと姿を変え、彼の胃袋に収容されてしまった。雪は愕然と肩を落とし、ため息をつく。
足元の水たまりはもはやその全てが氷へと変わり、収縮しパキパキと亀裂が生じ始めた。
そこで、ふと雪はその後、焼きそばパンの後に早坂との間にあったある事を思い出す。
「・・・ッ」
「そういえば私、男の人におんぶされて・・・」
カアッと雪の顔が赤面する。雪の頭から蒸気が上がり、冷たい風は止む。足元の氷と化した水たまりは液体に姿を戻し始めた。
あの時はとっさの事で「恥ずかしい」という事を認識する暇がなかったのだろう。
雪がもし「恥ずかしい」と認識していたらその瞬間、雪の周囲の温度は急激に上がり、早坂は無事には済まなかっただろう。
もっとも早坂の学生服の背中が多少焼け焦げているかもしれないが・・・
「お~い。こんなところにいたか~!」
雪は振り向き硬直する。
早坂である。
相手を認識すると雪の顔はさらに赤くなり、水たまりは液体を通り越して沸騰した。
「他のクラスの奴に聞いたら多分ここだろって言われてな」
「早坂君!どうしたんですか?」
「昼休み始まってからダッシュで家帰ってからコンビニに行ってな!」
早坂は大量に何かが詰まったコンビニ袋をヒラヒラと雪に見せた。
「今朝はありがとな! ところでお前の周りなんか暑くねぇか?」
「・・・気のせいです」
雪はすーはーと深呼吸する。沸騰していた足元の水たまりはただの水たまりに戻った。もっとも水の温度はお湯並だと思われるが。
「よっこらせっ」
早坂は雪の近くにどっかりと腰を下ろす。先ほどの短時間で家とコンビニに行ってきたとこの少年は言うのに、息切れも肩で呼吸している様子もなければまったく疲労を感じさせない。
早坂はコンビニ袋の中身を取り出し始めた。焼きそばパン焼きそばパン焼きそばパン焼きそ・・・.。この少年はどこまで焼きそばパンが好きなのだろうか?
「ほいっ」
早坂はその中からひとつの焼きそばパンを取り出すと雪に放って投げた。
「ありがとうございます」
雪はそれをキャッチし、自分も早坂の近くに腰を下ろし、焼きそばパンの包みをあけ咀嚼し始める。
正直これがなかったら昼食はなかった。目の前の早坂は猛烈なペースで焼きそばパンを消化している。あの大量の焼きそばパンを一人で食べ尽くすつもりだろうか?
どうやら早坂の焼きそばパンのお礼は今雪が咀嚼している焼きそばパンひとつだけらしいので雪はそれを大事に咀嚼する。
しばらくの間。二人に会話はなく二人の焼きそばパンを咀嚼する微かな音だけがあった。
sks高校のグラウンド上空を何か黒くて円盤の物体が飛行していた。それはマンホールの蓋であった。
原理は全く不明であるが、sks高校「生徒会長」の能力である。彼女はこの能力を用いマンホールの蓋を飛ばしそれに監視カメラを取り付け、無人偵察機ドローンよろしく校内を監視している。
おそらく本人は今頃、生徒会室で映像を見ながら紅茶でも飲んでいるだろう。
マンホールは太陽光を反射しながら浮遊し、屋上内の早坂と雪の二人をとりつけた監視カメラの単眼で睥睨していた。
早坂も雪も上空から監視する物体に気づかずにただ焼きそばパンを咀嚼していた・・・