早坂+哀原
「たすけてくれぇ」
それは幻聴ではなかった。
雪は前方を見て凍りついた。
男が立っていた。身長は150cmの雪からみるとかなり高い。
なぜかボロボロの学生服にボサボサの髪型。
痩せた体躯で目付きが爛々と光をたたえている。
「どうしたんですか・・・?」
雪は半歩足を引き、恐る恐る声に出す。
正直、男性は苦手だ。
しかも相手は正常な人間か怪しい。
むしろこれが噂の「不審者」なんじゃないか?
ギュルルルルル・・・
男の腹部から何かが聞こえた。
「しばらく何も食ってないんだ・・・君お金を貸してくれないか?・・・助けてくれぇ・・・」
雪は唖然とし、自分のカバンに入っている財布の中身を連想した。
そこには今日の昼食代というなけなしの小銭が入っていた。
-コンビニ-
通学路から寄り道し、近くのコンビニに雪と男は来ていた。
男は今日の雪の昼食の代金になるはずだった小銭で焼きそばパンを購入し、咀嚼している。
「ふぃぃ生き返ったぜ!ごっさんです!ところで君名前は?見たところ俺と同じ高校だけど?」
「哀原雪です・・・」
雪は男の胃袋に消えた今日の昼食代をもの悲しく思いながら、努めてそれを表情に出さないよう
伏し目がちに応える。
「そっか哀原雪っていうのか・・・俺は早坂!早坂一哉だ!」
空腹状態から回復した早坂一哉は元気に言った。
――――
哀原に買ってもらった焼きそばパンを食う。
正直助けてもらえないだろうな、と思っていたからけっこううれしかった。
ちらりと腕時計を見る。
すると百均で買ったデジタル時計には8:30と描かれていた。
これを見て少しむせる。やばい時間がない。
むせた様子を見て心配そうに哀原は顔を近づけてくる。
俺はそれに少し焦り、一歩後ろに下がってしまう。タイプにがっちりだから近寄られると焦る。
「えと、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。」
何とか返事をしてごまかす。
これで何とか乗り切れる。――まあそんなわけないけど。
そもそも遅刻することがほぼ確定した時間だったからむせたわけであって、今はまだ遅刻が回避されたわけではない。
「ふえ!?もうこんな時間!?」
哀原も携帯で時間を確認をして、しどろもどろしている。
「ここから学校まで走って大体15分くらいだったはず・・・あれ?もう遅刻確定・・・?」
哀原はもう自分の力じゃ無理だと確信をしたのか、頭を抱えて、ああ゛ー、と嘆いていた。まあ確かにここから10分じゃ俺でも校門まで行くのが関の山だ。
だがそれは能力を使わなければの話だ。
そして能力を使っていくとなれば、哀原も一緒に連れて行かなければならない。
だからこの後やることは全部仕方のないことなのだ。
そう、やらなければいけないことだ。
「なあ哀原?ちょっといいか?」
「何ですか?もうほっといてください。あぁ私の皆勤賞がぁ。」
「俺なら間に合うぞ?」
「本当ですか!?」
哀原はその言葉を聞いたとたん、さっきまで死にかけていた目が、再び輝きだす。そして俺もそれの目の輝きと同じくらい胸がどくどくしている。
これはしかたのないこと。そうだそうでしかない。
そう自己弁護しながら、案を話す。
「ええ!?」
当然哀原は信じられない。といったような声をあげる。
だがもうほかに道はないことを悟ってるのだろう。頭を抱えて悩んでいる。
そして20秒ほど経ち、ゴーサインが哀原から出る。
なので俺はその場でしゃがみ、哀原は俺の背中に手をかける。まあおんぶをする。
俺の能力は他人を自由に使えるほど便利な能力ではないので、こういう風にしないと他人を運ぶなんてことはできない。
「変なところ触らないでくださいよ?」
「ああ、わかってる。」
自分でも口数が減っていることは自覚しているが、緊張からきているためどうにもならない。
深呼吸をして意識を少し切り替え――能力を使う。
イメージは煙を足腰に集めるようなもの。
能力を使うと、体にもすぐ変化が訪れる。
足腰が今までよりも盛り上がる。それは見ての通り、筋肉が集中しているからだ。
俺の能力は物理的、概念的なものを問わずに集めたり、散らしたりすることができる。という少し変わった能力だ。だが基本体内のものしか操れず、体外のものは無理だし、相手の能力を操ることもできない。
それに実際のところ明らかに集められないものが集められたり、散らせないものが散らせたりで本質的なところは、検査をしても不明だった。
だがこれ以外に呼び名がないから今はそんな名前になっている。
今のものも足腰に筋力を集めたからこうなったのだ。まあ集めたのに、ほかの部分の筋力が衰えないのはご愛敬だ。副作用があるわけでもないので別に問題はない。
閑話休題
俺はなるべく背中を意識しないようにしつつ、足に力を入れてアスファルトの上を全力で駆ける。
疲労を散らしつつ走っているので、疲労を気にせず常に全力で走ることができる。
後ろの哀原はかなりの速度で走っているのに慣れないのか、バランスが取れずに肩に入れる力が強くなっている。
そして見る見るうち校舎が見え、そして到着する。
時間もあと三分前で余裕がある。
俺は哀原を学校の近くの目立たない路地で降ろす。
さすがにそのまま行くほどの勇気は俺にはない。
哀原は平衡感覚が少し狂ったのか多少ふらついている。
「ありがとうございます。おかげで間に合いました。」
「ああ、間に合ってよかったな。でもごめん、けっこう荒っぽいことした。」
さすがに役得だったとしても、責任感が強そうな哀原を利用したような形になってしまったため、罪悪感がいまさらながらに沸いてくる。
「いえ、気にしないでください。あれは仕方なかったですよ。」
哀原は両手を振りながら気にするなと言ってくる。
なので俺も仕方なかった。そう思うことで自己便宜をする。
「そうか・・・じゃあ行こうぜ。」
「そうですね。」
お互い特にしゃべらずに、クラスまで行った。