能力犯罪 (その他視点2)
―東京都新宿区 銀行―
銀行内、排気管内部の暗闇に潜む少女。新井美遊はひとり呟いた。
「全く。ここは暗くて狭いわ。良くこんなところに隠れようなんて考えたもんや」
ショットガンを腰に装着したまま建物内の天井付近に張り巡らされた排気管を進む。
銀行は巨大で、犯行グループや人質。救出するつもりの生徒会副会長小柴楓、ならびに書記虹草子の位置情報は見当がつかない。
しかし、美遊の「演算」能力により銀行が巨大でも外部からの目測で建物全体の全長、美遊の進んだ距離による現在の自らの位置座標は把握していた。
このまま目標がいると思われる区画をしらみつぶしに探し、目的を達成する。
ここまで来る途中、銀行の警備ロボが何体か起動していたがやり過ごしてきた。
「何処にいるんや?楓、草子!」
生徒会に流れてきた情報では楓が犯罪者に寝返り、雑務の板石や警察部隊を壊滅させ、さらに虹草子が人質になったとあった。
「・・・っ」
楓が犯罪集団に寝返るなどありえない。
あの生徒会長に従順でなにより義を重んじる楓が、利に走り社会の秩序の崩壊を招く犯罪者集団に手を貸すなど・・・。
「どこの操作系能力者か知らへんけど舐めたマネしてくれるやないの」
おそらく犯行グループの中に他人を洗脳し、意のままに操る能力者がいるのだろう。
その能力者を能力を維持できないまで叩きのめすか、最悪、楓を戦闘不能にしひきずってでも連れて帰る。そして同じ生徒会仲間の草子も・・・。
換気扇の隙間から一区画ごと眺めて行き、警備ロボが巡回する部屋を何回か通り過ぎた。
広い空間に出た。
巨大なエントランスホール。狼牙棒を床に突き立て外の方向を向き直立する楓を美遊は発見した。
「楓っ!」
美遊は楓の方に駆け寄る。楓が声に反応し、振り返る。生気のない眼が美遊を捉える。
「探したんやで楓?」
「・・・」
楓は無言で床に突き立てていた狼牙棒を肩に担ぐ。
そのままノーモーションで美遊に向かって突進してきた。
「・・・っ!?」
繰り出される狼牙棒。
美遊は不意打ちに多少面食らったものの狼牙棒の軌道を読み、直撃を回避する。
ガッと音を立てて、狼牙棒は先程まで美遊の立っていた箇所を直撃し、床を瓦礫に変える。
「何するんや楓!」
美遊は声を荒らげて問うが状況に察しはついていた。楓はなんらかの操作系能力者に操られている・・・。
床から狼牙棒をメシメシと音を立てて引き抜いた楓はぐるりと緩慢な動きで首を回頭させ、再び美遊の姿をその生気のない眼に捉えた。
その眼には以前のような鋭い眼光もなければ強烈な意思も感じられない。ただ目の前の敵を排除する―。光彩を失った灰色の瞳からは虚ろな狂気がこちらを覗いていた。
狼牙棒を持ち直した楓は再び美遊に突進する。その表情は完璧なまでに無表情。
二擊三擊。狼牙棒の軌道を読み、躱す美遊。
その軌道は普段の楓からは考えられない程、単調でそれゆえ非常に読みやすかった。
しかし楓は不意に標的を美遊から床に変えた。高速で床に叩き付けられる狼牙棒。
「・・・っ!?」
狼牙棒は床に風穴を開ける。亀裂がフロア全体に走る。
轟音を立てて、フロアは崩落した。
「・・・痛た・・・」
そこは地下室だった。
縦横50mの正方形の空間。
職員が業務を行うスペースだったのだろう。デスクが先ほどの衝撃で散乱しており、数少ないドアは全て瓦礫に埋まっている。逃がさないという訳か・・・。
楓はユラリと緩慢な動きで瓦礫の中から立ち上がっていた。手にはもちろん狼牙棒が握られている。
「はぁ・・・。考えられる限り最悪のパターンやなコレ。」
ショットガンを取り出した美遊は立ち上がりつつ気丈に笑みを浮かべ言った。
「アンタとはずっと決着をつけたいと思っとったけど、まさかこんな形になるなんてな?ウチは不本意や。アンタもそうやろ楓?」
取り出したショットガンを構え、楓に照準を合わせ美遊は言った。
「ちょっとだけ痛いかもしれへんけど、手足に風穴開けさせて貰うわ。その上でアンタを引きずって帰る。そんで今度また決着つけよ?」
「・・・」
傀儡と化した戦姫は無言のまま、再度美遊に突進。うなり声をあげて繰り出される狼牙棒を散乱していたデスクの一つに隠れて躱す美遊。
デスクの隙間からショットガンを発泡。これを躱す楓。
両者とも同時に間にあったデスクを蹴飛ばす。美遊のショットガンが楓の左肩に突き当てられ、楓の狼牙棒が左から美遊の首筋に添えられた。美遊のショットガンが火花を上げ、楓の狼牙棒が容赦なく振り抜かれた。
しかし両者とも右に大きく体を反らしこれらを回避していた。そのまま有り得ない姿勢から交錯される両者の蹴り。両者は同時に吹き飛ばされる。
「・・・カハッ。やっぱ腐っても楓は楓や」
先ほどの蹴りで内蔵を圧迫された美遊が血の塊を口から吐き出し、それでもなお気丈に笑みを浮かべ言った。
「・・・」
楓はなおも無言で体を起こす。
その瞬間、奇妙な現象が起こった。
「―――っ!?」
美遊は自分の両足を何かが掴んでいるような悪寒を感じた。
見ると毒々しい色をした手が床から伸び、美遊の両足を拘束している。
「・・・痛ゥッ!?」
美遊の足はジュッという不快な音を立て、激痛と共に皮膚が溶け始める。
「ハーハッハッハッ!」
けたたましい男の哄笑が部屋に響き渡った。
MP7機関銃を右手でブラブラと弄びながら覆面の男がそこにいた。
「「毒」の能力を持ったこの俺が麻酔なんかでおネンネしちまうってぇ!?とんだロマンチストだぜ!」
男の周りには毒々しい色をした腕が何本も発生している。
毒の腕を操るこの男は先の生徒会の突入により、制圧され麻酔を打たれた筈だった。
しかし、「毒」の能力を持つこの男は脳内に異常な興奮物質を分泌させ麻酔による昏倒をせず、完全に無力化されたように装い、逃げる隙を伺っていた。
そして、楓の洗脳による暴走で発生した混乱に乗じて逃げ出し、今まで潜伏していたのだ。
「俺たち【選ばれし者】を舐めんじゃねぇよ糞ガキがぁっ!」
美遊の両足を拘束する手が圧力を増す。
「くっ・・・。何やこの腕!?」
美遊は激痛に耐えながらも両手を引き剥がそうとする。しかし無情にも手は剥がれない。
「ジタバタすんじゃねぇよアマが」
男はブラブラと遊ばせていたMP7機関銃を美遊の左肩に掃射した。
「ガァッ・・・」
鮮血が飛び散り、のけぞる美遊。しかし毒の腕が倒れるこそすら許さない。
「ホラホラァッ!イイ体に穴が空いちまうぜぇっ!?」
男はMP7機関銃で美遊の体の無事なところを楽しそうに掃射していく。
室内にはMP7機関銃のけたたましい銃声。男の下卑た哄笑が充満し、微かに美遊の苦痛の声が聞こえた。カチカチ・・・MP7機関銃の弾が切れた。
「あぁ”!?もう弾切れかよ。まぁ俺は結構楽しんだし、あとはお友達のおネエチャンの手で葬ってもらうかぁ。頼んだぜネエチャン!?」
男はホルスターから拳銃を抜くと楓に投げてよこした。床に落ちた拳銃を拾う楓。
「そんじゃあサクッと頼むぜネエチャン!終わったらたっぷりいい事しようや!まぁ俺はボロボロの死体相手でもイケるからそこのネエチャンともヤルんだけどよ!」
無感動な眼で美遊を照準する楓。
「何か言い残すことはあるかぁネエチャン!?」
「地獄に堕ちやクソ野郎。」
それでもなおニヤリと剣呑な笑みを浮かべ美遊は言った。
――パァンッ
「―――っ?」
マン・ホール島、自宅アパートの一室で今後の生活費の事を考えていた哀原雪は何かの予感を感じ窓から空を見上げた。
雪は何か大切な人が一人どこか遠くに行ってしまったような言いようのない胸騒ぎを覚えた。
東京都の方向の空、流れ星が1つ流れていた―――。
次回視点が変わります