越時(3)
アンバーは花屋で小さな向日葵の大きな花束を買うとタクシーを拾って行き先を告げた。
タクシーは窓の外を見つめるアンバーを乗せ、都市部を抜け進む。徐々に建築物より自然の営みが豊かになっていき、そして8割方が自然主体の景色に変わった。
目的地が近づくにつれ、アンバーの心に重いものがのしかかり、胸が締め付けられる想いを感じた。
タクシーを降り、目の前の小高い丘を登る。
頂上に着くとそこは展望台になっており、眼下にはこの国一番の世界有数の広さを誇る美しく透明度の高い水を抱え込んだ広大な湖が美しい自然に抱かれるように広がっていた。
湖には漁船が何隻か浮かんでおり、湖の畔には港らしい場所がある。そこで小さな人影がせっせと動いているのが見える。
その小さな港町は、のどかと穏やかさを絵に描いたような風景だった。その風景を見ながら、数組の観光客達が思い思いの時を過ごしている。
初春のまだ冷たい風がアンバーの頬を撫で、ポニーテールにした髪を揺らした。
この風景が好きと言った女性がいた。
アンバーは展望台の隅の小道から石畳の階段を少し下った墓地に入った。
墓地の中を進み、湖に突き出すようになっている岬の先端にある満開の桜に木に挟まれた墓石の前で足を止める。
アンバーは向日葵の花束を備え、墓石の上の桜の花弁を払うと墓石を見つめた。そして瞳を閉じて祈りを捧げる。
アンバーに”自分の力では抜け出せない状況にいる、罪もない弱い人達を一人でも多く助けてあげてね”と言った女性に。
アンバーに愛するという感情を初めて教えた女性に。
アンバーの妻になるはずだった女性に。
そして、アンバーが自らの手で殺した女性に。
”SAKURA MISAKI age 22”
墓石にはそう刻んであった。
美咲 桜、それが彼女の名前だった。
「お前を殺してから4年以上たってもうた。お前より年上になってもうたわ。」アンバーは悲しそうに微笑む。
アンバーはその後、何も口に出さず、2時間近い時間ただ墓石とその後ろに広がる広大な湖を抱えた大自然を見つめていた。
美咲 桜が好きだと言っていた、その風景を。
ホテル『ウォーターへブン』に戻った時には時計は既に19時を回っていた。
ロビーでクォーツが不貞腐れて待ち構えてるのではないかと見回してみたが、クォーツの姿はまだ見当たらなかった。
スイートルーム専用のエレベーターに乗り56階のボタンを押すと、エレベーターは急上昇を始めた。ガラス張りになっているエレベーターの壁面にウィンディーネの色とりどりにライトアップされた夜景が広がり、急速に眼下に小さくなっていく。それにともない水路の底に設置された照明によって光を帯びた美しい水がライトアップされた町並みに光るあみだくじを浮かび上がらせていた。
エレベーターが56階に着き重厚な扉が開く。
少し廊下を進み、カードキーを差し込みロックを解除すると廊下を確認し部屋の扉を少し開いて中に身体を滑り込ませた。この警戒心は物心ついた頃から戦場を身近に置いて来た人間の身に付いた習性だった。
部屋に入ると電気が点いていた。出て行く時に消し忘れたか・・・スイートのセキュリティーをやすやすと破れるクラスの敵であれば、このようなミスは犯す筈が無い。それとも、これも罠の内か・・・。
アンバーは敵の思惑を考えながら、気配を窺う。
・・・・・・・・おる。
部屋の中から確かに人の気配がする。・・・と言うか、気配を探るどころか耳をすませばガチャガチャと結構派手な音を立てている。
アンバーはそれでも警戒心を解かず、9口径のハンドガンを左手に持つと、気配のするリビングフロアに静かに近寄って、中を覗き込んだ。
「あ、おかえりぃ~♪」あっけらかんとした舌足らずの甘いアニメ声かリビングフロアからアンバーにかけられた。
アンバーは声の主を視界に捕らえると「はっ?」と呆気にとられスッ転びそうになった。
そこには大きなテーブルの上にホテル特注のスイート料理が所狭しと並べられており、食器やグラスを用意している、白いニットのセーターにミニスカート、ニーハイ姿のクォーツがいた。スカートとニーハイの隙間から、適度に肉付きのよい透明な白磁肌が覗いている。
「帰り遅いよぉ~」と可愛らしく頬を膨らませるクォーツに対し、「お前、なんで?どうやって?」アンバーは心底驚いて訊いた。
クォーツはその問いに対し満面の笑顔を浮かべると「ジャーン!!」といってスペアのカードキーを見せた。
「フロントで婚約者だって言ったら渡してくれたの♪」自慢気な表情を浮かべるクォーツを見ながら、自身のスイートルームのセキュリティー厳重理論が崩壊していく音がした。
それにしても、セキュリティー緩過ぎやろ・・・アンバーは頭を抱える。いくら昨日、部屋に泊まったからって・・・普通、信じるか?フロントの人・・・。
そんな思いもクォーツの満足気な笑顔を見てると、なんだかどうでも良くなって来た。
そこでクォーツの携帯電話が鳴った。今風の歌の一部を切り取った着信音ではなく、シンプルな電子音だった。
「もしもし?」クォーツは器用に折りたたみ式の携帯電話を片手で開いて通話ボタンを押すと、耳に当て話し始める。
「あ、着いた?丁度良かった。こっちも今、準備できたとこ。上がってきてよ」クォーツの会話が友人と友人の妹一家の到着を告げていた。それにしても、まるで自分の部屋のように話を進めている・・・。
アンバーは何か納得出来ない感じで首を傾げ、バルコニーに出ると煙草に火を点けた。
夜の帳が降りて気温が下がり、よりいっそう冷たい風が身体を包んで去って行った。
しばらくして部屋のチャイムが鳴った。クォーツはバタバタと子供のような足音を立てて迎えに出る。
アンバーはバルコニー越しに寝室に入ると、ミニタリ―ジャケットをベッドに脱ぎ捨て、銃の収まった両脇のホルスターと腰のホルスターを外すと、ベッドサイドの引き出しにそれを押し込んだ。
「ありさ、来たよぉ!!」みなとの声が部屋の玄関から聞こえてきた。
ありさとはクォーツの事である。”水無瀬ありさ”それがクォーツの今の名前だ。水無瀬家は上流階級の家柄にあたり、クォーツは何不自由なく育てられていた。
アンバーは寝室の仕切りを閉じると、リビングフロアに戻って来客を迎える。
クォーツの後に続いて、志津みなとが姿を見せる。朝、会った時と同じ服装をしていた。相変わらずチューブトップに包まれた豊満な胸は谷間が必要以上に自己主張している。
それに続いてみなとの妹である みなせ が姿を現した。みなせは姉とは似ておらず、黒髪のショートヘアで数年前に会った時と同じ愛嬌のある子犬のような顔をしていた。身体もスレンダーに巨乳な姉とは違い、小柄で太ってはいないがぽっちゃりした印象で、ロングスカートで森ガールファッションに身を包んでいた。「瑞穂兄ちゃん、久しぶり!!」みなせが尻尾を振る子犬のように見えた。
「ほら、瑞穂兄ちゃんよ、挨拶は?」みなせの後ろから、みなせのミニチュア版が顔を覗かせる。「にぃに?」ミニチュアみなせがアンバーに真っ直ぐな視線を向ける。
アンバーは思わず苦笑いを浮かべた。子供が苦手なのだ。特に3歳までの子供が・・・・。純粋無垢な瞳で見つめられると全てが見透かされたあげく自分の汚れが、闇がよりいっそう大きく感じられる気がするからだ。
そんなアンバーを気にも止めずに「みつばです♪2歳です♪」と、みなせが代弁して自己紹介をする。しばらく見ないうちに、みなせの子犬のような顔には母の風格が宿っていた。
続いて長身の30代らしい男性が現れた。紺のスーツに身を包み、顎髭を生やしている。多少神経質そうに見えるのは縁なしの眼鏡をかけているからだろうか。少々疲れているようにも思えた。アンバーにはそれがトラブルを抱えている人間独特の疲れの表情に見えた。
「はじめまして、みなせの夫の西島 凌です。今日はお招きいただきまして・・・」とアンバーに名刺を差し出した。
アンバーは丁寧に名刺を受け取り、紙面に視線を移す。
西島リフォーム有限会社 西島 凌
とある。
「社長さんですか?」アンバーが問う。
「しがない個人経営のリフォーム屋ですよ。」西島が謙遜するが、その表情は自身に溢れていた。
「この不況に独立したんだよぉ。」すでにイスに座っている みなとが付け加えた。
「独立は決めてた事で、後から来たのは不況の方だからね。」自信家だ・・・アンバーは思う。その自信の根拠の有無は定かではないが。
「それでも、不況下の独立で食って行けてるのは対したものですよ。」アンバーが言いながら、自分の名刺を差し出した。
西島はアンバーの名刺を受け取って内容を確認すると「その若さで国連の交渉員とは凄いね、瑞穂くん」と言った。
「あなた、いきなり下の名前は馴れ馴れしいんじゃ・・・」と言う みなせをアンバーは制すると、「瑞穂でかまいませんよ、交渉員なのはたまたまです。」と言った。自信家特有の馴れ馴れしさ・・・国連と言うブランドと対等に立ちたいと言うプライドだとアンバーは理解した。
「どうぞ、料理が冷めてしまいますから。」アンバーは西島一家をテーブルへと促した。
こうして食事会が始まった。
アンバーの隣にはクォーツが座り、その隣に みなとが座っている。対面には西島一家が座る形となった。
みなとはテーブルの上のロブスターにかぶりつきながら、ステーキを皿に盛っている。「オネェちゃん、みっともないよ!!」みなせが注意するが、「こんな高級料理、なかなか食べらんないよ、みなせ。あんたも食べな!!」と、さらに食の勢いを増して言った。みなとの食に関する貪欲さは昔から知っていたが、それでもアンバーは呆気にとられる。よくそれだけ食って、そのスタイルを維持できるものだと感心してしまう。西島氏も同じ様な眼で みなとを見ていた。クォーツだけはさすがに親友らしく、馴れているのか全く驚いていない。
「それにしてもさすが国連関係者よねぇ・・・こんなスイートに泊まれるんだから。年収、どんなけ貰ってんのよ?」みなとがステーキをペロリとたらい上げてフォークをくるくる回しながら尋ねた。
「お前が思ってる程貰ってへんよ。」アンバーはぶっきらぼうに返す。実際、ハイリスクな仕事をしてる訳だが、報酬は全く割りにあっていない。それでも国連専用のブラックカードを結構自由に使えるので不自由はなかった。
自由に使い過ぎて国連本部に戻る度に経理部門に呼び出されて小言を言われる訳だが・・・。
食事は1時間程で済み、テーブルにはアンバーと横にクォーツ、向かいに西島氏の三人だけになった。
みなとは高級なソファーに座り、大型テレビを見てスイートを満喫している。
みなせは部屋を所狭しと走り回る魔の2歳児 みつばにてんてこ舞いになっていた。
「吸い過ぎは身体に毒だよ、瑞穂くん。」3本目の煙草に火を点けたアンバーに対し、西島氏が優しく言った。
「そうなんですよ、もっと言ってやって下さいよ!!」クォーツが待ってましたとばかりに便乗してくる。
「この仕事は多大にストレスがかかるものでして・・・」アンバーが苦笑いを浮かべて返す。
アンバーの言葉に西島はアンバーの渡した名刺を再び確認して、興味津々の表情で口を開く。
「この特別交渉課と言うのは?」
「名前そのままです。普通の交渉課の範中を越えた案件を扱う課です。詳しい事は機密なので言えませんが。」
「忙しいのかね?」
「それなりに世界は厄介事で溢れているものです。明日には、ノームに飛びます。」この言葉にクォーツが聞いてないと言った表情でアンバーを見た。
「ノームとはまた政治情勢の不安定な所だね。」
「だからこそ、国連の関与が必要なんですよ。」
「ところで・・・」
西島はミネラルウォーターを一口飲むと、さらに興味津々な顔になる。
「君はニーズヘッグの出身だそうだね?あまりニーズヘッグと言った顔はしてないように思えるが・・・」
「生まれはエンシェントらしいんですがね、ニーズヘッグからの記憶しかありません。」国連のDNA調査ではアンバーはエンシェントの人間らしい。エンシェントには一度も行った事はないが。
「ニーズヘッグで育ったなら、こんな噂、知らないかな?」西島の眼が少年の様に光った。
「噂?」クォーツが話に割って入る。
「そう、噂。ニーズヘッグの非人道的な研究で生まれたジェノサイドソルジャーの話」
アンバーとクォーツの顔が心無しか険しくなる。そんな事に気付く様子もなく西島は続ける。
「なんでもそのジェノサイドソルジャーは秘密裏に処理されたらしいんだが、それの生き残りがいたらしいんだ。産まれもっての殺人鬼だったそいつ達は平和に馴染めずマンティコア戦争に参加して自分の快楽を満たす為に、女子供問わず虐殺の限りを尽くしたらしい。」
クォーツは俯き、膝に置かれた手が強く拳を握る。
西島はなおも続ける。
「なんでもそのジェノサイドソルジャー達は結果的に戦争を終わらせるのに重要な成果をあげたらしく、戦争の英雄扱いされているらしい。全く世も末だよ。瑞穂くんは仕事柄、知ってるんじゃないか?」
クォーツは物知り顔で語る西島に我慢ができず、ビンタのひとつでもくれてやろうと立ち上がろうとした。しかし、アンバーがその直前にクォーツの拳を握り、静止する。クォーツはアンバーの顔を見たが、真っ直ぐに西島を見つめていた。
「面白い話ですが、都市伝説の一種でしょう。そんな殺人鬼の存在は聞いたことがありません。」アンバーは無表情で続ける。
「それに仮にそんなモノが存在したとしても、戦争はそんなモノで終わる様な単純なものではありませんよ。」
西島はアンバーの表情から本当に知らない、ただの噂だと感じ取ると、少しガッカリした表情を浮かべた。
アンバーはそんな西島を見て「その殺人鬼が必要な事でも?」と少し笑った。
西島は一瞬見透かされたような動揺の表情を浮かべたが、すぐに平静を装い「いや、ちょっと信じてたから残念に感じただけだよ。」と言った。そして「みなせ、そろそろおいとましよう」と、リビングフロアで遊ぶ みなせとみつばの方に振り返った。
アンバーは西島の言動に違和感を感じていた。
みなとと西島親子はアンバー達に見送られて帰って行った。また会う約束をして。
帰る間際、みつばが「にいに、ありがとう」と言ってアンバーに抱きついた。アンバーは少し照れくさかった。子供も案外悪いものではないのかも・・・と思うのは単純だろうか。
西島は食事の費用を出すと申し出たが、丁重に断った。
みなとが言うには、半年くらい前から仕事が軌道に乗り始め、大きな仕事が立て続けに入っているおかげで生活に余裕があると言う事だったが、その程度で払える額であれば国連経理部に小言は言われない。
次回、ご馳走になると言う事で、西島には納得していただいた。
客人を見送ったアンバーは自分の隣を見る。・・・当然のようにクォーツがいた。
「なぁーんも知らないクセに、むかつくわぁ・・・あのオッサン!!」クォーツが頬を膨らます。
「お前は帰らないのか?」アンバーが冷めた目でクォーツに言う。
「ん?泊まる。パパにもママにも言ってあるし。」そう言うとクォーツは鼻唄を歌いながらリビングフロアに戻って行った。
アンバーは立ち尽くし頭を抱えると、深く溜め息をついた。
リビングフロアに戻ると、クォーツは服を脱ぎ散らかし、寝室の仕切りを開き下着姿のままベッドにダイブしていた。
「やっぱ、家じゃ服着てると窮屈よねぇ・・・あ~、開放感、開放感!!」クォーツは薄いピンクにフリルのついた下着姿で、ベッドに身体をゴロゴロと擦りつけている。
「お前、ほんまに今日も泊まるんか?」アンバーは呆れ顔でクォーツを見下ろす。
「大丈夫!!パパとママには言ってあるから。」クォーツは股に両手を挟むようにして座った。両二の腕に挟まれた小ぶりの乳房に、薄い谷間が浮かぶ。
水無瀬家の夫婦は国連関係のボランティアだからというわけではないだろうが、アンバー達にもとても良くしてくれていた。
クォーツの素性や生い立ちの事は勿論、アンバーやコーラル、翡翠、ガーネットの事も国連から聞かされていたが、何故か全く一般人として扱ってくれていた。そして何より信頼してくれていた。
そんな水無瀬家だからこそ、アンバー達は安心してクォーツの養子先として選んだのだ。
それにしても、信用し過ぎや・・・と、アンバーは腰に手を当て、溜め息をつく。
クォーツが何かを察したように「大丈夫、家とアンバーの前でしか、こんな格好しないから。」と笑った。
「お前、俺かて男やぞ?そんなんでおられたら、いつ襲ってまうか分からんで。」
クォーツはアンバーの顔を見つめると、下着姿のままベッドから立ち上がる。
そして、しばらく何かを言おうと口をモゴモゴさせてから、照れたように頬を赤らめ俯いて「アンバーなら、いいよ・・・」と言った。
「へっ?」驚いたのはアンバーだ。ほんの冗談のつもりが、何か、部屋の湿度と温度が共に上がったような気がした。自分が言った事に、汗が滲む。
そんな混乱気味のアンバーの顔を赤らめた頬のまま童顔には不釣り合いな真剣な眼差しでクォーツが見つめる。
今まで様々な死線を越えて来たアンバーが、20歳のクォーツの眼差しに怯んだ。
頬を赤らめたままのクォーツの真剣な瞳に、薄く涙が浮かぶ。
「美咲 桜さんの事、国連から聞いて知ってる。アンバーがそれでどれだけ辛い思いをしたかも理解してるつもり・・・」
アンバーの顔が、美咲 桜の名を聞いて少し険しくなった。
「私、桜さんの代わりでもいい!!アンバーの傍に・・・・・いたい。」クォーツが言いながら、顔を真っ赤にして涙ぐみ、俯いてしまった。今にも消え入りそうな小さな声に関わらず、その透明な声ははっきりと響いた。
アンバーは暫く考え、部屋の電気を消すと、クォーツの前に歩み寄る。両手でクォーツの両肩を掴み、そのまま体重をかけてクォーツをベッドに押し倒す。ベッドに横たわるクォーツの上に両肩を掴んだままのアンバーが四つん這いに乗っかる形になった。
アンバーの真剣な眼差しと、クォーツの潤んだ眼差しが交差する。
掴んでいるクォーツの肩から微かな震えが伝わる。
アンバーの右手の掌がクォーツの小ぶりな左乳房に触れ包み込む。ブラジャーがズレ、透明な白磁肌の乳房の先端の薄い桃色のグラデーションが露になる。
クォーツの身体が、ビクンッと反応した。鼓動が急速に速まっていくのが、クォーツの乳房から掌を通じて伝わってくる。
そのままピンク色に染まったクォーツの顔に、アンバーの顔が降りて行く。
クォーツは静かに、しっかりと瞳を閉じる。
アンバーの顔はクォーツの唇をスルーし、彼女の左耳の横で止まる。そして、静かなハスキーボイスで囁いた。
「寝ろ!!」と。
そしてアンバーはクォーツのベッドから降りて、隣の自分のベッドに潜り込むと、クォーツに背を向けた。
クォーツは真っ赤な顔で飛び起きると、潤んだ瞳のままわなわなと身体を震わせると、「馬鹿っ!!」と怒鳴ってアンバーの背に枕を投げつけた。
全力で投げられた高級枕はアンバーの後頭部に当たって大きく跳ね返り、クォーツの顔にヒットして床に落ちる。クォーツはその枕をなんとも言えない表情で見つめると諦めたように床に転がる枕を拾い上げ、そこに顔を埋めるようにして自分のベッドに潜った。
アンバーはクォーツに背を向けたまま考えていた。クォーツの気持ちに答えられない理由を。
ピースフロンティア計画の最終目的・・・オリハルコン粒子で人工強化したキラーDNA保持者同士に子供を産ませる事によって、天然物のより優れたピースフロンティアの第2世代を造る事。
実際計画は実行に移されたが、成功例はゼロだった。
妊娠率自体、絶望的に低かったのだが、懐妊してもほぼ流産や奇形だった。数少なくまともに産まれた子もいたが、オリハルコン粒子もキラーDNAも受け継ぐ事はなかった。
事実上、計画は失敗に終わったのだ。
ピースフロンティア第2世代は産まれない。しかし、それは今までの結果であって、それが自分とクォーツにも当てはまるとは限らないのだ。
・・・・・違う。
アンバーは歯を食いしばる。身体は微かに震えていた。
自分は怖いのだ。
ダイヤ、そして美咲 桜。今まで自分が本当に大切に想った人は全て奪われた。護る事が出来なかった。もう失いたくなかった。
そこまで考えて認めざるを得なくなった。いつの間にか、クォーツは自分にとって大事な人間になっていた事を。
アンバーはあえてそれが、愛情なのか友情なのか兄妹愛なのか考えるのを止めた。
ただ、クォーツを失う事が異常に恐ろしく感じているのは確かだった。
「明日から、仕事なんでしょ?」
クォーツが透明感のある舌足らずの甘ったるいアニメ声でアンバーの背中に話しかけた。
「無理しないでね。ちゃんと、帰ってきてね。」クォーツは”私のトコロに”と言う言葉を飲み込んだ。
アンバーはクォーツの言葉に心が救われる想いがした。アンバーはクォーツの方を振り返る。
クォーツの透明な白磁肌は寝室に差し込む月明かりに照らされ、美しく神秘的に見えた。その真剣な眼差しはアンバーをじっと見つめている。
アンバーは月明かりに照らされた美しい白磁肌の童顔に一瞬心を奪われ、はと我に返ると再びクォーツに背を向けた。
寝室を静けさがしばらく包んだが、その空間にアンバーのかすれた声が響いた。
「ああ、必ず戻る。」