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Peace Frontier  作者: こたつ
3/18

越時(1)

アンバーは静かに眼を開いた。

見覚えのない豪華な装飾が施された天井が、そこには広がっていた。視線を動かすと、豪華なシャンデリアがぶら下がっているのが見えた。

アンバーはゆっくりと身を起こす。そして今、自分が置かれている状況を理解しようとする。

まず、自分が寝かされていた場所を確認した。

固めのスプリングが適度な安定感を生んでくれる、豪華なキングサイズのベッドだった。小柄な自分にはもったいない程、スペースに余りある。

アンバーは鋭い視線で周囲を見回した。

無駄に広い空間に無駄に豪華な装飾が壁に施されている。置かれているインテリアも無駄に豪華な物ばかりで、高価であろう絵画や調度品もところどころに置いてあった。

「なんや、ここ・・・」アンバーは思わず呟く。

その時、ベッド脇に置かれた、これまた無駄に豪華な電話が鳴った。

警戒しつつ、受話器を取り、耳に押し当てた。こちらからは言葉を発しない、相手の出方を伺う。自身の警戒レベルはマックスだ。


『東雲瑞穂様、モーニングコールでございます。』


お気楽で丁寧な女性の声が受話器から流れてきた。


「しののめ・・・みずほ・・・?」


アンバーは思わず聞き直す。


『東雲瑞穂様?いかがなさいました?』


女性が受話器の向こうで訝しむ。

アンバーは我に返り、あわてて口を開く。

「いや、なんでもないです。ありがとう。いや、モーニングサービスは結構です。はい、はい、はい、どぉもぉ~」

間延びした声で対応し、受話器を戻した。そしてそのまま前髪を上げるようにして頭を抱えた。

全て理解出来た。

自分は夢を見ていたのだ。

8年も前の出来事を・・・。

アンバーはベッド脇に置かれたペットボトルのキャップを捻り、ミネラルウォーターを一気に喉に流し込んだ。

大きく溜め息をつき何気に視線を泳がせる。アンバーの眼は少し離れた隣に置かれたもうヒトツの空のキングサイズのベッドで止まった。

無人のキングサイズのベッドの上で、高価な羽布団が乱れていた。

アンバーは視線を自分のベッドに移す。

そこには下着姿の透き通るような白磁肌をした若い女性がすやすやと寝息を立てている。アンバーはその眠る女性を頭の先から足の爪先まで観察するように視線を流す。

アンバーと同じストレートで白っぽいプラチナブロンドの美しい髪は、肩甲骨の下あたりまで伸びている。そして顔は可愛らしく整っており、20歳にはとても見えない童顔だった。女子高生と言っても充分通じるだろう。

白地に薄いピンクの水玉のブラジャーに包まれた白くきめ細やかな小ぶりの乳房は、寝息に呼応して動いていて、背中から流れる身体のラインは腰、そしてブラジャーと同じ白地に薄いピンクの水玉柄のショーツに包まれた小ぶりだが形の良いお尻を通り、バランスのとれた太もも、ふくらはぎへと美しい曲線を描いていた。

アンバーはその幼い面影を多いに残した女性の頬を指でなぞる。

女性はくすぐったそうに微笑み、少しもぞっと動いて眠り続ける。

アンバーはその女性に微笑みを向けると、ベッドから降り、深い紺色のジーンズをはき、紅葉色チェックのネルシャツに袖を通した。

おもむろに窓を開けてバルコニーに出て、煙草に火を点ける。そして56階のスイートルームのバルコニーから眼下に広がる景色を一望した。

水上国家ウンディーネ。

世界一豊富な埋蔵量を誇る地下水脈の上に位置したこの国は、白壁に赤い屋根を基調とした非常に美しい景観をしており、都市の至る所に流れる水路の水が日の光を反射し、キラキラとした光の筋のように見えた。

「相変わらず、”あみだくじ”みたいやな。」アンバーは街を流れる水路をそう例え呟くと、煙草の煙を吹いた。

アンバーは”あみだくじ”のように張り巡らされた水路を要した街を見ながら、思い出していた。

8年前のことを。

あの後、アンバー隊は国連によって保護された。

国連軍で構成された捜索隊によって、樹海全土に渡って大規模な捜索が行われたが、アンバー達以外のピースフロンティアの生存者はいなかった。

国連軍に入隊する事を打診されたアンバー達は、条件付きでそれを飲んだ。


クォーツを入隊させず、国籍と戸籍を与え、国連保護の元、一般人として生活させる事。


それがアンバー達が出した唯一の条件だった。

クォーツはガルダが最初の作戦だった上に、ピースフロンティアにおいて唯一、直接人を殺していない・・・たった一人も。それが理由だった。

国連上層部はクォーツの盗聴、情報中経能力に多大な興味を抱いていたが、それでもアンバー達の条件を渋々飲んだ。

その後クォーツはDNA検査によって適した国籍と戸籍が与えられ、国連ボランティアの夫婦の養子として、一般人として生活している。もちろん国連の監視はついているが、それでも一般生活に支障は出ていないはずだ。

ダイヤがアンバー達を希望と呼んだように、クォーツはアンバー達にとっての希望だった。


ニーズヘッグはピースフロンティアの件において、世界的にペナルティーを受けることはなかった。

決して認めないであろう上に証拠不十分の状態でニーズヘッグにペナルティーを上乗せするよりも、ピースフロンティアの生き残りを自軍に取り込む方が有用だと考えたのだ。

結果ニーズヘッグは、明るみになっている非人道的行為のみ断罪されたものの、それほど大きな国際的なペナルティーは与えられていない。

それでも軍事大国としては、ギーブル、ケートスに一歩遅れる形になってしまった訳だが。

ただ、ニーズヘッグの諜報部はまだアンバー達の処分を諦めたわけではなく、未だ暗殺を目論んでいるのが現状だ。


アンバーは眼を閉じ、息を吐く。

短くなった煙草をバルコニーに据え付けられた灰皿に押し付けると、美しい景観に背を向け部屋に戻った。

部屋に戻ったアンバーを、目を覚ました若い女性が迎える。

「アンバー、何で起こしてくんないのよぉ!!大学、遅れちゃうじゃん!!!!」女性は舌足らずの甘いアニメ声で言いながら、バタバタとせわしなく動いて急いで準備している。

「クォーツ、お前は隣のベッドで寝ろと言ったはずやで。」アンバーが頭を掻きながら、面倒くさそうに女性に言う。

クォーツと呼ばれた女性は慌ただしく動いていたのをピタッと止めると、アンバーの顔を見て恥ずかしそうに微笑んだ。

「だって一緒に寝たかったんだもん」

クォーツはこの8年できちんと一般人になれた。それはアンバー達にとって、何よりも得難い喜びだった。

アンバー達はなるべくクォーツと接点を持たないようにしていた。ピースフロンティアに囚われる事なく生きて欲しかったからだ。

しかし、ウンディーネに来る度、クォーツは偶然を装って目の前に現れた。

いくらウンディーネに国籍と戸籍を与えられ、居住しているとはいえ、不自然にも程がある。

体内のオリハルコン粒子を使っている事は明白だった。

それでも、まぁ、悪用しているわけではないし、普段使いしているわけではないようなので、大目に見ているのだ。

なにより悪い気はしなかったのだ。

一般人に戻れた仲間を見るのは、何よりも励みになった。


ばたばたと急いで準備しているクォーツを見ながらソファーに腰を降ろすと、アンバーは煙草に火をつける。

アンバーはクォーツを見ていると、自然と柔らかい表情になっていた。

そうこうしている間にクォーツは準備を終え、鞄を左肩に掛け、コートを腕に引っ掛けて扉のノブを掴んだ。

そこでクォーツはアンバーの方を振り返り真剣な眼差しで「今晩の予定、忘れてないでしょうね?」と言った。

「あぁ、19時には戻ってるようにするわ」アンバーが煙草の煙を輪っかにして、いくつか吐き出す。

「よろしい」クォーツはニンマリすると、扉を開けてそそくさ出て行った。

昨晩、クォーツに押し掛けられこの部屋で食事した時に、アンバーは今晩の予定を無理矢理押し付けられた。クォーツの大学の友人とその妹家族とこの部屋で食事する事になったのだ。

クォーツのその友人と妹には何度か会った事があった。友人はほっそりとした綺麗な顔立ちをしていた記憶がある。何でも今では読者モデルをやっており、最近人気急上昇らしい。アンバーにしてみれば、その友人の子よりもコーラルやクォーツの方が容姿だけでは優れているように思うのだが、世の中分からないモノである。

クォーツの友人の妹は4年前に会ったっきりだが、姉とは似ていなかった。どちらかと言えば、太っていると言う意味ではなく、丸っこい、可愛らしい感じだったと記憶している。人見知りの子犬のようなイメージだ。彼女は3年前に結婚して現在2歳になる娘がいるらしい。そう言えば、結婚式の招待状を貰ったが、都合良く仕事を理由に断ったため、後でクォーツとその友人にえらく怒られたものだ。

今回の食事もなんらかの理由をつけて断ろうかと思ったのだが、アルコールが入って頬がほのかに染まったクォーツに頼まれると、どうにも断れなかった。

「まぁ、知らん人間でもないしな。」アンバーは煙草の煙を肺に吸い込む。

「翡翠に怒られるやろなぁ・・・お前はクォーツに甘過ぎるって。」アンバーは煙を肺から吐き出しながら呟く。

その時、閉まったばかりの扉が再び開き、クォーツが顔を覗かせた。

「煙草の吸い過ぎ、あかんで!!」すっかりニーズヘッグ訛りは抜けているくせに、わざとらしくニーズヘッグ訛りで言うと、ちょっと頬を膨らませて見せ、扉を閉めた。

アンバーは少々呆気にとられながら、再び煙草の煙を吸い込もうとしたが、なんとなく煙草を見つめると、灰皿に押し付けた。

「ほんとに俺は、クォーツに弱いなぁ・・・」アンバーはバルコニーの方を向くと、両手を組んで上にあげ伸びをした。

アンバーの目の前には、晴天のウィンディーネの空が広がっていた。


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