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Peace Frontier  作者: こたつ
2/18

惨劇(2)

どのくらい走ったろう・・・。

アンバー隊は肺と心臓が悲鳴をあげるのも聞かずに、走り続けていた。

もう後方から聞こえていた銃声や爆発音も聞こえなくなっていた。随分距離をかせいだ事で聞こえなくなったのか、それとも戦闘自体が終了したのか。だとしたら、戦闘を制したのはどちらか?

圧倒的な数的不利を抱えたピースフロンティアの敗北・・・考えたくなかった。奇跡に近い確立だとしても、ピースフロンティアの勝利を信じたかった。今すぐにでも、耳に装着している小型無線機から勝利の報告がはいるような気がして、手でそっと耳を押さえた。しかし、小型無線機は微かなノイズを流し続けるだけだった。アンバーの眼に自然と涙が浮かんだ。それを気付かれないように、そっと指で拭う。

見ると先頭を走っているガーネットも同じ仕草をしていた。しんがりを務めているコーラルも、同じ仕草をしているように感じた。

走る速度はは確実に落ちていた。しかし、走るのは止めなかった。起伏の激しい地面に足をとられながらも、必死に足を前に運んだ。


ピースフロンティアを終わらせるな


ダイヤのその命令だけが、アンバー隊を支えていた。

死を覚悟したダイヤの最後の優しい、愛情溢れる笑顔が脳裏をよぎった。また眼に涙が浮かんだ。

自分の背丈程もある草を掻き分けると、人工的に造られた小道に出た。この道には見覚えがあった。今回与えられたミッションのターゲットである砦に向かう途中に通った道。

この道を数百メートル進むと、村というには小さな集落があるハズだった。自分達を弱いと言い放った老人がいた集落だ。

「村の中に入って、混乱に乗じて逃げよう。」ガーネットが言った。

確かに、村を戦闘に巻き込み混乱に紛れれば逃げ切る可能性は格段に上がる。実際過去のミッションで何度かその方法は経験があった。

「いや、村を迂回しよう・・・」アンバーは自分の口から出た台詞に自分自身驚いた。

何故、そんな事を言ったのか?自分達の命が最優先のこの状況で・・・。しかし、何故か、関係の無い、平和に暮らす人々を巻き込むことを脳と感情が拒んだ。

「そうやね、迂回しよう。」しんがりを務めるコーラルが言う。

「なるべく村から距離をとってな。」と、アンバーに肩を貸して走る翡翠。

「そやな。敵さんも予想してるやろうしな。」ガーネットがクォーツを背負い直し、再び小道を外れ、草木の中に入って行く。

以外だった。自分の意見は却下されると思っていた。却下されてしかる内容だった。なのに、すんなり通ってしまった。皆、村人を巻き込むのを拒否したのだ。きっと皆、理由も分からず・・・。

アンバー隊は、再び樹海の中を逃走経路に選んだ。



村を大きく迂回するように、アンバー達は進んだ。

行く手を阻む樹々の枝をサバイバルナイフで排除し、沼に腰まで浸かりながらも進み続けた。

そうして目の前の小高い丘を上り、視界を遮る草木を掻き分けて踏み出した場所で、歩みを止めた。

そこは大きく開けた場所だった。

それでいて幻想的な空間だった。

空から暖かく柔らかい光が降り注いでいた。

その光に包まれるように、背の低い草花が豊かに広がっていた。

奥の白い岩山の隙間から水が溢れ、広場を横断する小川のようにゆっくりと流れている。空間を包む柔らかな光に照らされ、エメラルドグリーンの輝きを放ちながら。

広場の中央には一際大きな樹があり、この空間に力強い命を与えていた。

ヒーリングスポット・・・そんな言葉がしっくりくる空間だった。

アンバー達は呆然としながら、ゆっくりと広場の中央に向けて歩みを進めた。コンバットブーツごしにも、柔らかい草花の感触が伝わるような気がした。

「樹海にこんな場所があるなんてなぁ・・・」翡翠の顔が自然と綻んだ。その周りを美しい蝶が舞った。

中央の大樹に近付き、その幹に触れた。

それを合図としたように、アンバー隊の周りに小さな無数の透明な輝く球体が浮遊し始めた。

不可思議な現象に包まれながら、しかしそれが最も自然に感じられた。

「オーブ・・・」コーラルが呟いた。

「なんや、俺等、死んでもうたんか?」ガーネットが笑う。

天国・・・自分達には全く縁のない場所だが、ここがそうだと言われれば、そんな気がした。

そんな癒しに包まれた、非現実的な時間を、一発の爆音が掻き消した。

「追っ手か!!」誰かが叫んだ言葉に反応し、全員が戦闘態勢をとる。オーブの群れが一瞬にして姿を消した。

無数の銃弾と共に、敵の半機械化兵達が広場に姿を現した。その数、9体。

アンバー達は銃弾から身を隠すために、大樹の幹の裏に身を隠す。

「こいつら、こんな場所でもおかまいなしかいな!!」翡翠が叫ぶ。

「当然やろ!!」大樹の幹に開いた窪みにクォーツを押し込み、ガーネットが答える。

コーラルは素早く大樹の枝に登ると、スナイパーライフルを構える。

「散開!!」アンバーはそう叫ぶと、ハンドガンのトリガーを弾倉が空になるまで撃ち尽くした。

それを合図にガーネットと翡翠が左右に展開し、グレネードランチャーとサブマシンガンをぶっ放す。

コーラルも狙いをつけ、ライフルをはなっている。

アンバーはマガジンキャッチのボタンを押して空になった弾倉を抜くと、素早くベストから新たな弾倉を取り出し、グリップに押し込み、走り出した。


アンバー隊は善戦した。

圧倒的数的不利、圧倒的銃火機不利を考えてみても、信じられないくらいの善戦をした。

幻想的な空間が銃痕と爆発痕によって壊されて行く。毎秒毎に戦場に姿を変えさせられて行くこの空間が、アンバー隊の皆が我慢出来なかった。この空間を可能な限り残したかった。

兵士としては無駄な思考・・・結果、その気持ちは致命的な焦りを生んだ。

まず、背中に交差する様に背負っていた鋏状のシルエットの大剣を両手に備えた翡翠が、大剣を地面に突き刺し、反動で蹴りを繰り出した時、ターゲットの横にいた敵兵の振り下ろしたサーベルが太もも3分の1まで喰い込んだ。

とっさに足を引いたため、切断こそ免れたものの、翡翠は太ももから大量に出血し、苦痛に顔を歪めながら、その場に倒れた。

それを見たガーネットが翡翠の元へ走り出したところを、ショットガンで狙い撃ちされた。咄嗟に気付き、回避行動をとったため、即死は免れたものの、それでも戦闘継続不可能な傷を負った。

そんな傷を負いながらも、ガーネットは敵兵にグレネードランチャーを命中させ、アサルトライフルの銃弾を撒き散らせながら翡翠を引きずり、岩陰に隠れた。

そして、大樹の枝から狙い撃ちを続けるコーラル目掛けて、ロケットランチャーが発射された。

コーラルがいたであろう場所は、轟音とともに爆炎に包まれた。

そして、アンバーは右肩と左足に銃弾を受け、もんどりうって地面にうずくまっていた。

半機械化兵、残り3体・・・6体も倒したのは奇跡に近かった。

しかし、奇跡もそこまで。残り3体を片付ける余力はもう、残されていなかった。体力的にも。銃弾的にも。


「すごいじゃないか・・・アンバー、コーラル、ガーネット、翡翠。」


聞き覚えのある声に、アンバー隊全員が顔を向けた。

声の主は、ゆっくりとした足取りでぬっと戦場と化した広場に現れた。

銀色に輝くロングヘアー、均整のとれた女性らしいスタイル、大理石のように不気味な光沢を放つ肌・・・

「パー・・・・・ル?」アンバーがピースフロンティアNo.4の名を口にした。

「なんであんたがここに?病気で入院してるんちゃうの?」翡翠が出血する太ももを止血しながら、脂汗の浮かんだ苦痛にまみれた表情で言う。

「病?入院?ああ、そう言う風に伝わっていたのか・・・」パールが軽く空を仰ぐ。

「違うよ?」パールの不気味な光沢に満ちた顔に妖艶な笑みが浮かぶ。

「私はニーズヘッグとマンティコアの共同研究のため、半機械化手術を受けていたんだ。そして、このピースフロンティア殲滅作戦に参加した。」

「裏切ったんか!?」アンバーが地面から顔を浮かして問う。

「裏切り?裏切りと言えばそうかもしれないな。君達は全てに裏切られた。私にも、そして国にも。」パールが高らかに笑う。

その笑いを掻き消すかのような大声でガーネットが叫んだ。

「お前もピースフロンティアやろ!?ピースフロンティア殲滅作戦やったら、お前自身もターゲットちゃうんか!?」

パールは楽しくて仕方ないといった風にステップを踏む。

「違うよ?私はとっくにピースフロンティアじゃあない。私はニーズヘッグとマンティコアの共同資産だ。ちなみに、新たに与えられたコードは『カイザーワン』だ。よろしく。」

その時、パールの顔が首を支点にして大きく激しく後ろに倒れた。

間一髪、致命傷を逃れたコーラルが、大樹の枝から狙い撃ちしたのだ。

「殺った」アンバーは銃弾が正確にパールの眉間を捕らえるのを見た。

しかし、パールは倒れる事なく、ゆっくりと顔を元の位置に戻してきた。眉間には傷ひとつついていない。

驚愕の表情を浮かべたアンバー隊を見渡すと、パールは感心した表情を浮かべる。

「君達はつくづく優秀だな。まだ16歳だというのに・・・おっと、クォーツは12歳だっけ?」

状況が理解できない様子のアンバーを見ると、やれやれと首を振りながらパールが続ける。

「ダイヤもルビーも同じことをしたよ、正確に急所をショットしてきた。無意味なのにね。」

「ダイヤも・・・ルビー・・・も?」アンバーは訳も分からず呟いた。

パールは呆れたように溜め息をつくと、ゆっくり右手を上げた。

樹海から広場に、2人の兵士が現れた。その2人はパールと同じように不気味に光沢を放つ肌をしていた。

そして2人は各々手にもっていた物を、広場に向かって放り投げた。

ボールがバウンドするように、2つの物が地面を跳ねて転がった。

1つはベリーショートの金髪を血に染めていた。左の眼球は垂れ下がり、下顎は片方でかろうじて繋がってる状態だった。そこから舌がだらしなく垂れている。

1つは右側面に黒髪の前下がりボブが見えた。左側面は無い・・・。断面から脳の一部が露呈している。

ダイヤとルビーの首だった。

アンバー隊はその物に釘付けになった。

「私の肌、美しいだろ?前はこうじゃなかったろぅ?」パールが絶望を目の当たりにしたアンバー達に、構わず口を開く。軍服の袖をまくって、不気味な光沢を放つ腕を、降り注ぐ太陽の光に透かしながら。

「ダイヤモンド鉄鉱とオリハルコン粒子を混ぜた人口皮膚を移植したそうだ。弾丸くらいじゃ傷ヒトツつきやしない。美しいし、気に入ってるよ」

「狂ぅとる・・・」コーラルが呟く。

アンバーはダイヤとルビーだった物から目を離せずにいた。

兄のように優しく、強かった2人の想像だに出来なかった成れの果ての姿に・・・。

あの崖で、最後に向けられたダイヤの笑顔が脳裏に浮かんだ。

そしてアンバーの心の底から何か大きな闇が浮かび上がってきた。その空虚な闇はアンバーの全身をくまなく包んで行く。

アンバーは何も考えられないでいた。ただただ空虚な闇に包まれて行った。

血液中を流れるオリハルコン粒子の濃度が急激に跳ね上がる。

グリーンの瞳が、琥珀色に染まる。

キリングマシンの本能が目を覚ます。

身体がキラーDNAの完全支配下に置かれた。


「パァールゥ・・・・・!!」


アンバーは野獣のように唸ると、突然、パールの視界から消えた。

その後のアンバーの敏捷性は人のそれを遥かに超えていた。

まず自分に対し、右腕に移植されたガドリングガンの銃口を向けていた左の半機械化兵に瞬時に接近すると、その銃身を左手で押さえ、銃口を下へ向けさせた。それと同時に右腕に握ったハンドガンを相手の心臓目掛けて1発撃った。

ガドリングガンの男は、死の淵に落ちる瞬間、アンバーの瞳を見た。

その琥珀色の瞳は、感情や意志の全く宿らない、深淵の底を覗きこんだような底知れず深い闇のようだった。死、そのもののように感じた。

右にいた目に高性能スコープと、左手に誘導ミサイル砲を移植している男が、誘導ミサイルを発射した。

アンバーは倒れ始めるガドリングガンの男を踏み台にして飛び、バク転するようにして空を舞った。誘導ミサイルが同じ軌道を描き、アンバーを追跡する。アンバーは空中でそれを確認すると、スコープの男の肩に着地した。

そして誘導ミサイルをギリギリまで引きつけると、後方へ力一杯飛び退く。スコープの男は短い悲鳴の後、自身が発射したミサイルによって、轟音と共に文字通り散りと化した。

後方に飛んだアンバーは空中で呆気にとられている最後の半機械化兵に狙いを定めると、着地と同時に引き金を引いた。

全く状況が理解できないと言った風な表情をしていた最後の兵は、眉間を打ち抜かれ、訳も分からぬまま息絶えた。

アンバーの身のこなしは、眼にも止まらないと言う表現を体現したようだった。

アンバーはゆっくりとパールを含む、カイザーシリーズ3体に身体を向けた。


カイザーワン・パールは驚愕していた。想定を超える戦闘能力・・・自分達の前に立つソレは、『死』そのものを体現しているように見えた。

そして、崖での出来事を思い出していた。

ダイヤにトドメをさした時の事を・・・。

四肢を切断され不様に横たわるピースフロンティアNo.1の男にパールは訊いた。何故、自分達の命を賭けてまで、最年少組のアンバー隊を逃がしたのかと。

四肢を切断され、イモムシのように蠢くしかないピースフロンティアNo.1の男は脂汗と苦痛にまみれた顔に笑みを浮かべて答えた。彼らはピースフロンティアの希望だと。彼らこそがピースフロンティアなのだ、と。

その時パールにはその意味が全く分からなかった。この哀れな姿を晒すNo.1の男は、薬切れで狂ったのだとさえ思った。

しかし、今、目の前にいる16歳の少女のような顔立ちの少年に、ダイヤの真意を見た気がした。

ニーズヘッグの軍部から与えられたピースフロンティアのスペックでは到底なし得ない戦闘力を見せつけるこの少年に。

「カイザーツー、カイザースリー!!」パールが叫ぶ。

先に動いたのはカイザースリーだった。構えたマシンガンをアンバー目掛けて乱射し始めた。最初の弾丸がアンバーに到達しる直前、再びアンバーの姿が消えた。

アンバーは弾丸を躱しながら回転しながら前方に飛ぶと、ベストの胸からサバイバルナイフを抜き、遠心力そのままにカイザースリーの頸動脈目掛けてナイフを叩き付けた。

激しい金属同士の衝撃音が響き、折れたサバイバルナイフが勢い良く回転しながら、樹海に姿を消した。カイザースリーはよろめいたが、オリハルコン粒子とダイヤモンド鉄鉱製の皮膚には傷ひとつ付いていなかった。

アンバーは表情ひとつ変えずに、カイザースリーの腕を取ると、捻りながらカイザースリーの後ろに回り込んだ。

そのカイザースリー目掛けて、カイザーツーがグレネードランチャーを放つ。

オリハルコン粒子とダイヤモンド鉄鉱製の皮膚に護られているとは言え、グレネードの直撃を受けたカイザースリーは、爆発と共に後方へ弾け飛んだ。いかに皮膚は頑丈でも、中身はそうはいかない。あれだけの激しい攻撃を直撃でくらえば、内臓に少なからずダメージをおって然りだ。すぐには動けないはずだ。

それを覚悟の上でのカイザーツーの砲撃だったが、グレネードがカイザースリーに着弾した時、既にアンバーはそこにはいなかった。

「後ろだ、カイザーツー!!」パールが怒りをあらわに叫ぶ。アンバーはカイザーツーの後ろに立っていた。

素早く振り向くカイザーツーの眉間目掛けて、11口径のオートマチックの引き金を引く。寸分の狂いのない3連射。エジェクションポートから空になった薬莢が3つ弾けるように飛び出した。

直後、カイザーツーの顔面が首を支点にガクガクガクと小刻みにのぞけった。ゆっくりと顔を起こしたカイザーツーは、激しい目眩に襲われたように、その場にへたり込んだ。眼球が小刻みに振るえ、視点が定まっていない。

パールは信じられないと言った表情をした。グレネードならともかく、11口径くらいの弾丸では傷ひとつ付かないのは、先程実証済みだ。なのに、カイザーツーの眉間には亀裂が入っていた。

連続した1ミリもずれない3連射、そんな神業のような技術がオリハルコン粒子とダイヤモンド鉄鉱製の皮膚に亀裂を生じさせたのだ。そして絶妙なタイミングで3回、頭蓋骨の中でシェイクされたカイザーツーの脳は、当然のように、激しい脳震盪を起こしていた。

パールは恐怖に汗を滲ませた。

自分はマンティコアの半機械化技術とニーズヘッグの特殊軍事技術によって、ピースフロンティアを超える存在になったハズだった。

しかし、目の前の自分より4つも歳下の少年兵が、自分と同じシリーズのモデル2体をいとも簡単に行動不能にしたのだ。

アンバーがパールに近づく。深淵の奥底の虚無のような琥珀色の瞳で。死の瞳で。

パールは悲鳴をあげながら、ハンドガンを抜いた。流れるような動作でセーフティーを外し、引き金に指をかけながら、銃口をアンバーに向ける。

既にそこにアンバーは居なかった。

背中に冷たい空気を感じたような気がした。ピースフロンティア時代に体内に注入され、今も血液中を流れるオリハルコン粒子が危険を告げる。一瞬にして人工物である背中の皮膚に鳥肌がたったような気がした。

パールが振り向くより速く、アンバーの銃のグリップの底でこめかみを殴打された。皮膚にダメージはまるでない、しかし脳は揺れた。

軽くふらつきながらパールはアンバーから距離をとる。

アンバーは逃がさない。

再びアンバーの姿が消えた。

全身得体のしれない恐怖に包まれたパールは短い悲鳴をあげて、両腕で顔を覆った。

両腕の隙間からアンバーの姿が見えた。それは、パールの目前で、ゆっくりと倒れた。


アンバーは薄い意識の中で身体が限界を超えた事を感じた。

全身が、筋肉が、骨が、全ての細胞が悲鳴をあげ軋み、感覚を失った。指1本動かせない程に。

オリハルコンとキラーDNAが要求した動きに身体がついていけなかったのだ。

身体が感覚を失って行くのと変わるように、意識が深淵からゆっくりと浮上してきた。

目の前で胸部の皮膚に蜘蛛の巣のような亀裂を走らせたカイザースリーが自分の頭に銃口を向けていた。

カイザーツーは、ガーネットと翡翠の隠れる岩の方へ歩いていく。

「やはり、最強は私達。惜しかったわね、アンバー?」パールはアンバーに意地悪な微笑みを向けると、広場の中心の大樹に向かって歩き出した。

「クォーツちゃんの悲鳴はどんなかしらね?」パールは高笑いを浮かべ、スキップした。狂人・・・その意味が示すのに最適に思えた。

アンバーは指1本動かせないはずの身体で無感覚のまま手を伸ばした。自然と涙が溢れた。

「やめろ・・・やめてくれ・・・」アンバーには力無く呻く事しか出来なかった。

そんなアンバーを見て、パールの顔がさらに狂気に歪む。

アンバーに銃口を向けているカイザースリーの引き金にかかる指に力が込められる。

ピースフロンティアの最後と言う現実が目の前に突きつけられる。アンバーは自分の無力さを呪い、無感覚な拳を握り、歯を食いしばった。

マシンガンにしては大きな轟音とも思われた銃声が1発、広場に響いた。

カイザースリーの顔がまるで内側から膨らみ、破裂したかのように、消し飛んだ。

その場に大の字で崩れ落ちるカイザースリー。

振り返るパールとカイザーツー、アンバー隊、その場の全てが今起こった事が理解出来なかった。

グレネードの直撃でも亀裂しか入れられなかったオリハルコン粒子とダイヤモンド鉄鉱製の皮膚に護られた顔が吹き飛んだのだ。驚くなと言うほうが無理だ。

呆然とし横たわるアンバーの視界に、民族衣装の足が映った。次いで、プラチナカラーに金の龍の装飾が施されている、馬鹿でかい大口径のリボルバーが映る。

「やはり、弱いのぉ・・・お前達は。」

少しだけ身体に感覚の戻ったアンバーは顔を起こし、自分の側に立つ声の主を見上げた。

ターゲットの砦に向かう途中に樹海の中腹の集落で出会った老人が、そこに立っていた。

老人の瞳は力強い何かが宿っているように思えた。

老人の周りの空間が、老人が発する何かによって歪んでいるような錯覚にとらわれた。側にいるだけで、息が詰まる・・・。

「なんだ、お前は?」パールが警戒の色を表情に浮かべ訊く。

「何故、村を迂回した?」老人がアンバーに訊く。

「お前は何だと訊いてるんだ!!」パールが怒りを露に叫ぶ。

「何故、村を迂回した?」老人は再びアンバーに訊いた。

「カイザーツー!!」パールが叫んだ。

カイザーツーが瞬時に老人に向けて、グレネードランチャーの引き金を引いた。弾頭が高速で老人に向かう。

老人は弾頭の方に左の掌を向けた。

グレネードランチャーの弾頭は老人の掌の直前でピタリと止まり、爆発することなく地面に落ちた。

そのまま掌をカイザーツーに向ける。カイザーツーは意味が分からず首を傾げたが、急に目を見開き、ガクガクと痙攣し始めた。

カイザーツーの眼球が内側から押し出されるようにせり出てくる。次の瞬間、カイザーツーは身体の穴と言う穴から激しく出血し、痙攣しながら自分の血溜まりの中に崩れ落ちた。

その場の全員が、およそこの世では起こりえない出来事を目の当たりにし、意味も分からず立ち尽くしていた。

「何故、村を迂回した?」老人がアンバーに顔を寄せ、三たび訊く。

「・・・分からへん。何となく、関係ない人を巻き込んだらあかんと思ったんや。」アンバーは老人の問いに答えた。

「兵士としては失格じゃのう・・・」老人は腰に手を置き、伸びをした。

「さっきのお前さんの闘い見せてもらった。あれはいかんのぉ・・・闇に呑まれ意志を失えば、獣同然じゃ・・・。じゃが、お前になら、使えるかもしれんの?」

老人はアンバーを見下ろす。

「立てるかの?」

「なんとか・・・」アンバーの身体の感覚は徐々に戻りつつあった。

老人はパールの方を見やる。パールは警戒し身構える。

「主とあの姉ちゃんとは何かしら因縁があるようじゃのぉ・・・」そう言うと老人は持っていた大口径のリボルバーをアンバーの目の前に落とした。

「貸してやる」そう言い残すと、老人は大樹の寝に腰をかけて一息ついた。「この歳になるとこたえるのぉ」などと言いながら。

パールは老人の方を見る。そして老人に戦意はもう無いと判断した。

アンバーがゆっくりと老人の落としたリボルバーのグリップを握った。

身体から何かが銃に吸い取られたように感じ、足元が微かにふらつく。ガチリッと音がして、弾丸が装填されたのを感じた。

その隙をパールは見逃さなかった。

早撃ちの要領で、ハンドガンを構えながら引き金を引いた。アンバーは完全に遅れた。

遅れながらも、アンバーは大口径のリボルバーの引き金を引いた。銃声とは思えない轟音を轟かせ、銃弾が飛び出した。

リボルバーから飛び出した弾丸は迫り来るパールの弾丸を粉砕し、パールの肩口に命中すると、オリハルコン粒子とダイヤモンド鉄鉱製の皮膚に護られた右手をいとも簡単に吹き飛ばした。

『外した・・・』アンバーは思った。全身から汗が噴き出て、身体を重い倦怠感が襲う。銃に生命力を奪われたかのように。

大口径の銃だと考慮し、相当な反動も計算して撃った。しかし、このリボルバーは驚くべきことに、ほぼ無反動だった。結果、狙いがそれてしまった。

もう一度・・・アンバーは腕を上げようとするが、重い・・・。

パールは恐怖にかられ、アンバーに背を向け、逃げ出した。樹海目掛けて全速力で走った。

「強く意志を持て!!銃に呑まれるな!!!!」老人が立ち上がりアンバーに喝を入れるように叫んだ。

急に意志を持てと言われても困る。今まで何も考えずにミッションをこなす為に引き金を引いてきたのだ。

途方に暮れるアンバーの視界に地面に哀れに転がるダイヤとルビーの首が飛び込んできた。ダイヤの飛び出しぶら下がる眼球と目が合った気がした。脳裏にダイヤとルビー、ピースフロンティアの隊員達との思い出がフラッシュバックした。

再び、自分の中の深淵の底から闇が浮かび上がり、闇が全身に絡み付いてくる感覚がした。意識がゆっくりと闇に溶け込んで行く。

「だめかのぉ・・・」老人が不満そうに膝に肘を付いて漏らす。

意識が闇に完全に溶け込む直前、ダイヤの優しい愛情溢れる笑みが浮かんだ。『お前達が最後の希望だ』ダイヤの言葉が闇に溶け込む意識を引き戻す。

体内に流れるオリハルコン粒子の濃度が上がるのをはっきりと感じた。琥珀色に染まった空虚な瞳にはっきりとした意志の光が宿る。ルビーに対する明確な殺意の意志が。

「おっ?」老人がその変化に顔を上げた。

体内の高濃度になったオリハルコン粒子に共鳴するかのように、リボルバーの銃身が薄い桜色に発光し始める。

アンバーは引き金を引いた。生まれて初めて、自分の意志で。自分の殺意で。

発光する銃身から飛び出した弾丸は、およそ説明のつかない速度で逃げるパールに向かって飛んで行く。アンバーの意志を乗せて。

アンバーはその後の事を確認することなく、引き金を引いた瞬間意識を失い、その場に倒れていた。


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