嗜虐
アンバー、翡翠、ガーネットの3人は、壁に背を預けた状態で、慎重に横歩きしていた。
廃施設の割に、施設内の電気は復旧されているようで、メインの蛍光灯は灯っていた。電気代が支払われているようには到底思えないので、おそらくは自家発電だろう。
現状において、自分達の潜入が表沙汰になるのは得策ではない。随所随所にいる見回りの兵士に見つからないように、身を隠し、やり過ごし、そうやってこの廃施設の1階を動いた結果、やはりこの廃施設は昔、カルト宗教団体の施設になるもっと以前は、研究所として造られたのだと確信できる作りになっていた。
1階は中央に大きなロビーが広がり、それから枝分かれしたように複数の廊下が伸びている。その廊下は中央のロビーの周りを取り囲むように円形に配置されていた。そして、廊下の壁際には、実験室のような部屋が等間隔で並んでいた。それらは廃施設であうがゆえに鍵がかけられておらず、巡回の兵士をやり過ごすのに重宝することが出来た。
魔境の特殊磁場によってオリハルコンセンサーを封じられたアンバー達は、銃を構え足の裏全体を床に着ける歩き方で、足音を消しながら廊下を進んでいた。
アンバー達の進む廊下の先の角から、突如、人の気配がする。
アンバー達は、静かに壁際の部屋の一つに身を滑り込ませると、息を殺し、施設の波長と自分の波長を合わせるようにして、その気配を殺す。
ゆっくりと廊下の様子をうかがうと、2人の巡回の兵士が緊張感なく、角を曲がり、廊下をこちらに歩いて来ていた。その手にはアサルトライフルを持ち武装されているが、その緊張感のない巡回からして、アクシデントに即座にアクションを起こせるとは思えない。
アンバーはガーネットと顔を見合わせ頷くと、部屋の入り口を挟んで、両壁に張り付いた。
ゆっくりとした足取りで巡回の兵士達が、アンバー達の潜む部屋に近づいて来る。
兵士達がアンバー達の部屋の前を横切る刹那、暗い部屋の中から飛び出したアンバーとガーネットによって背中から羽交い締めにされ自由を奪われた兵士は、何が起こったか分からぬうちに、部屋の中に引きずり込まれる。
声を上げようとした兵士達の首に、即座にナイフが押し当てられ、兵士は生唾を飲んだ。
「喋るんや」
ガーネットが背中から、低い、腹に響くような声を出す。
「な、お前等なぞに、喋ることなど・・・」
ガーネットに背中から羽交い締めにされた兵士が強がったと同時に、その顔に、水のような液体が飛びかかった。見ると、自分と同じく羽交い締めにされたもう一人の兵士が、アンバーによって、その喉を裂かれていた。喉を裂かれた兵士は、ゴボゴボを口から泡の混じったどす黒い血を吐きながら、その苦痛に滲んだ顔色はみるみる青冷めていく。それを見た兵士の恐怖が、羽交い締めにするガーネットの腕を伝わってきた。やはり、ここにいる兵士の錬度はそれほど高くない。大方、安い傭兵といったところか。
「なんでも話す、殺さないでくれ!!」
「ここの施設と警備の事を話すんや。」
懇願する兵士を羽交い締めにしたまま、アンバーが訊く。
「ここは、地下に解剖室と貯蔵室、監禁房がある。1階には何もない!!2階は医師や兵士の部屋が、3階にはボスと『表現者』から派遣されたボスの側近達の部屋と広間がある。警備は、侵入者対策としてこの1階と、商品のある地下がメインにされてる。」
「商品?」
自分の命欲しさに全てを話す兵士の言葉に、翡翠が訊く。
「ああ、回収した臓器だ。それと、これから回収する予定のものもある。」
「これから?」
「ああ、樹海の中で偶然出くわした村人達だ。ゲリラ達は武装してるから、その場で殺して摘出したが、非武装の村人達は、生きたまま連れて来て房に入れてるんだ。その方が、新鮮で上質な状態の商品になるらしい。くわしくは分からないが・・・」
なるほど・・・と呟いた翡翠が、アンバーとガーネットを見て頷く。
「これで、俺が知ってるのは全部だ。言う通りにしたんだ、殺さないでくれ!!」
「ダメやな・・・」
懇願する兵士に対し、翡翠は冷たく言い放つ。その言葉に、アンバーとガーネットも、翡翠の顔を見る。
しかし、その時にはもう、抜き放たれた翡翠のブレードによって、兵士の首は床に滑り落ちていた。
「お前達が連れて来た村人達も、同じように懇願したはずや・・・」
息絶えた兵士を見る翡翠の冷たい視線は、アンバーとガーネットにも冷たいものを感じさせた。
エレベーターも稼働していたが、アンバー達はあえて、階段で地下へと降りていた。
階段に警備の兵士の姿はなかったが、足音を消し、細心の注意を払いながら地下に降りると、壁に背を預け様子をうかがう。見る限り、1階よりも警備の数は少なそうだ。
アンバー達は気配を消し、単調な廊下を進む。廊下の突き当たりの角から様子をうかがうと、すぐそこに扉があり、兵士が扉を挟むように2人立っている。
しかし、そこまでの廊下には遮蔽物は何もなく、身を隠して接近するのは不可能だ。
アンバーは後ずさり、胸ポケットから弾倉を取り出すと、目の前に放り投げた。
それは、カランカランと軽い音を立てて廊下を滑ると、ちょうど角を過ぎた辺りで止まった。
一人の兵士がその音に気付き、不審に思って近づいて来る。
兵士は廊下に落ちている弾倉を見つけると、不思議に顔を傾け、拾い上げようと身を屈める。刹那、角から伸びた手が兵士を引き込み、勢いそのままに壁に顔面叩き付ける。
ゴンっと鈍い音を響かせて兵士は昏倒した。
「どうした!?」
すぐさま、その音を聞きつけたもう一人の兵士が走り寄って来る。
その兵士も、共に警備していた兵士の昏倒している姿を発見した瞬間、意識を失った。
「あっけな過ぎやな。」
昏倒した兵士を物置のような部屋に隠すアンバーとガーネットを尻目に、翡翠が呟く。
「世界最強部隊とどこぞの軍隊崩れの傭兵を比べたら可愛そうやで。」
ガーネットが軽口を叩きながら、昏倒した兵士の首を捻り、頸椎を砕いていく。
「こんな面倒臭いことせんと、一気に力で叩き潰したらええのに・・・」
「大紀の臓器を取り戻すのが最優先や。派手にやって逃げられたら、元も子もない。」
イライラを隠せなくなっている翡翠を、アンバーは静かに制する。
アンバー達は、兵士が警備していた扉の前までくると、ゆっくりとドアノブを回し、静かに開ける。ドアの隙間から中を確認し、人の気配がない事を確認した後、扉の中に身を滑り込ませ扉を閉めた。ひんやりとした冷気が、アンバー達の剥き出しの顔の皮膚を撫でる。アンバーは部屋の中をライトで照らし再度人が居ないのを確認して、電気を点けた。
複数の蛍光灯に照らされたその部屋は、巨大な冷蔵庫のような部屋で、室内はかなり冷やされている。マンティコア製のスーツを着ていなければ、おそらく寒さに震えることになったろう。
部屋には天井に届きそうなラックが規則正しく並んでおり、ラックにはいくつもの飾りけの無いケースが大小様々並べられている。
アンバーはゆっくりと部屋の中を歩き、ラックに並べられたケースを手に取る。そして、無造作に置かれているアルミテーブルの上にケースを置くと、ケース上部の突起を押した。
ケースは軽いエア音を漏らすと、その上部がスライドする形で開いた。開いたケースの中から、低温の冷気が白い靄となって溢れ出ている。
アンバーはその中に注意深く両手を沈めると、中に保存されている物を丁寧に持ち上げる。
アンバーが持ち上げた物を見ても、その場の誰も顔色ひとつ変えることはない。それが予想通りの物であったから。
それは、ここを占拠している組織が集めた臓器であった。
厳重に保存されたそれは、素人が見ても鮮度が保たれていると分かる。
想像通りの物ではあったが、アンバー達が想像以上であったのは、その数量であった。
それほど大きな部屋ではないが、それでも所狭しと並べられたケースの数は予想をはるかに越えるものであった。
「これ、全部、樹海で回収したんかな?」
思わず翡翠が呟く。もしそうであるならば、かなりの数の一般人が犠牲になってる事を想像させる。
「とりあえず、どれが大紀のものかは分からへんな。」
ガーネットも言うと、部屋を見渡す。
「なら、知ってるヤツに聞けばええだけや」
アンバーはケースを元の位置に戻すと、この保存室を後にした。
備品室と思われる小さな部屋に兵士の死体を引きずり押し込む。
先程と同じ方法で警備の兵士を無力化したアンバー達は、その兵士が警備していた部屋へと入る。そこは、階下の部屋を見下ろす見学通路のようになっており、通路の少し先に警備の兵がいた。
扉の開く音に気がついた兵士が、首をこちらに向ける。向けられた視線のすぐ目と鼻の先、そこには超振動に振るえるブレードの切っ先があった。
兵士が気付いた時にはすでに一足飛びで間合いを詰めた翡翠が兵士の首を飛ばしていた。斬り口から鮮血を噴き出しながら、兵士が崩れ落ちる。
「あー、こんなに出血させて!!こりゃ、隠せんで・・・」
ガーネットがわざとらしく慌たような素振りで言う。
アンバーはそんなガーネットを無視するように窓際に近づくと、ガラス越しに見える手術室のような部屋を見下ろした。
「じゃ、さっさと用事済ませて、皆殺しにして帰ろか。あいつらならどれが大紀か知ってるやろ・・・」
そう言ってアンバーはガラス窓を軽くこつく。
ガーネットがアンバーの隣で見下ろしたそこには、いくつかのアルミ台と、その周りに格3人ずつ医師風の人間達が手術着で作業している。アルミ台の上には人間が寝かされている。
寝かされている人間達は、反政府ゲリラのような男から、樹海の集落の現地民まで様々で、皆、一様に口にマスクをつけられ身体からはコードが伸びてアルミ台周りの機器に接続されていた。その機器は、彼等が今現在、生きている事を示している。医師風の人間達は、彼等に群がるウジ虫のように現在進行形で彼等に纏わりつき、切り刻み、摘出し、ケースに丁寧に詰めていた。少しでも良質な臓器を入手するために、可能な限り生かした状態で全てを奪い取っているのだ。これは、彼等が掲げる、イリーガルな人間の死体からのみ臓器を摘出し、弱き善良な人々の為に提供するという狂った正義にすら反する行為であることは明白であった。
翡翠は、嫌悪感に顔を歪めながら、目で先を急かしていた。
アンバーは応えるように頷くと、静かに摘出室ともいえる部屋に降りて行った。
「汗。」
男は、額に浮かんで流れる直前の汗が眼に流れ込まないように、アシスタントに汗を拭くように指示を出した。
アシスタントの中年女性は、表情の無いマネキンのように顔色ひとつ変えずに、喉元から股間まで着ぐるみのジッパーのように縦に切り裂かれ、開かれた彼の身体から医師風の男に視野を移すと、その手にガーゼを持ち、医師風の男の額に手を伸ばす。
医師風の男は視界の隅にアシスタントの持つガーゼを確認すると、汗を拭きやすいように顔を上げる。そして、視線を一点に留め、眼を見開いた。
その医師風の男の視線の先には、今まさに、見学用通路からの扉を開け、部屋に入って来たアンバー達の姿があった。
「君達、何をしている!!クリーンルームだぞっ!!!!」
巡回の兵士と思ったのだろう、医師風の男は無菌室に戦闘服のまま入室してきたアンバー達に、まるで権威を振りかざすかのように怒鳴り散らした。
その額を、サプレッサーで音を消された銃弾が貫通する。
「教授っ!!!!」
額から血を噴き出し、銃弾の勢いそのままに仰向けに倒れる医師風の男を見たアシスタントの女性が発作的に叫ぶ。
その悲鳴に、その空間で作業に勤しんでいた全ての人間の視線が、アシスタントの女性に一点集中し、その動きを止めていた。予想外で突然の出来事に混乱し、頭が追いついていないのだ。その姿から、今までいかに汚れ仕事は兵士に押し付けてきたかが分かる。
「全員、動くな。」
無菌室の空調の音のみが耳につく固まった空間に、アンバーの静かな声が響く。
「わあぁぁっっっ!!!!」
「きゃぁぁぁぁっっっ!!!!」
混乱した頭に現実を嫌が応に叩き込まれパニックに陥った人間達がアンバーの静止を聞かずに悲鳴と共に右往左往しだす。
それを予期していたように、天井に向けられていたガーネットのマシンガンから十数発の弾丸が吐き出され、重なるような無数の銃声と共に天井を抉った。
「動くなや、殺すぞ?」
ガーネットの怒りを含んだ低い声に、パニックに支配された人間達に再び静寂が訪れる。
「ここに集まれや」
ガ―ネットは、アルミ台の上の臓器を抜かれ空っぽになった肉塊ごとアルミ台を蹴り飛ばすと、空いたスペースに向けてマシンガンの銃口をしゃくる。医師風の人間達は、派手な音を立てて転がり滑るアルミ台の音にビクつきながらも、ガーネットが指示したスペースに集まり膝をつく。皆、青い顔をアンバー達に向け、涙を浮かべ歯を鳴らし、震える身体を隠そうともしない。
「こん中で、一番エライ人は誰や?」
アンバーの問いかけに、即座に医師風の人間達は一人の人物に視線を集めた。皆の視線を一身に浴びた中年の男は、裏切られたかのような表情を浮かべ、身を竦み上がらせる。
すらりとした細身のシルエットに、ポマードでオールバックに黒髪を寝かせつけたその男は、皆に隠れるようにして一番奥に位置どっていた。自らの保身と欲望、そして権力のみに興味を向け、おそらくはそれを今まで最大限部下に発揮して来たのであろうその男の顔は、見る影も無く恐怖に怯えていた。今も、部下を犠牲にしてでも自分の命が助かることのみを考えているであろうことが透けて見えたため、翡翠は不快感が限界に達しそうになる。それを気付いたアンバーが手で抑えるように指示した。
「大紀の中身は何処や?」
膝をつく他の人間達の間を縫って男の前まで来たアンバーが、ライフルの銃口を男の額に押し付けながら訊く。
「だ、大紀?誰だ、分からない。」
男は、今にも恐怖の中でかろうじて正気を保ちながら応える。
この答えは当然だ。こいつらが商品の名前等把握しているはずはない。しかし、その応えにアンバーは、激しく苛立ちを覚えた。後ろから翡翠の舌打ちも聞こえる。
「お前達が樹海で臓器を盗んで、綿の抜けたぬいぐるみのように棄てた少年がおったやろ!!」
アンバーは、ついに自分を制し切る事が出来ずに怒鳴る。その殺気に当てられた男の股間が塗れ、床に水溜まりを作った。
「そ、その少年の臓器なら、ボスが持ってる。えらく気に入ったようで、肌身離さず持ってたはずだ!!」
男は最早、プライドも体裁もかなぐり捨てて、叫ぶように吐き捨てる。
ここに無いという事実が、アンバーをさらに苛立たせ、無意識に舌打ちを鳴らさせた。
「ボスは何処や?」
「3階の一番奥の部屋だ!!そこがボスの部屋だ!!!!」
即答だった。
自らの命欲しさにこの男は、なんの躊躇いも無く、自分のボスを売ったのだ。そしてそれは、次の言葉でさらに顕著になる。
「助けてくれ、な?知ってる事は何でも、全部話す。だから、俺だけは助けてくれ、な?な?」
周りの非難の視線と呟きを無視し、男はだらしなく涙と涎を溢れさせながらアンバーの足に縋り付く。
アンバーは、縋り付く男を蹴り飛ばすと、その太腿に銃弾を撃ち込んだ。
男が悲鳴と共に、太腿を押さえ、床を転がり回る。
その肩に銃弾を撃ち込む。
男の悲鳴がさらに大きなものとなる。
アンバーは表情を変えず、残りの手足に向け銃声を轟かせた。自分の前で蠢くウジ虫以下の存在に向けて・・・。
男は最早痛みで意識を失い、涙に涎、糞尿を垂れ流しながら痙攣していた。それでもなお、男への嫌悪感は消えない。
アンバーは周囲を見渡した。
そこには、すすり泣き、口々に助けを懇願し呟くウジ虫にすら値しない存在が蠢いている。
随分と勝手な話だ。罪なき者達の命を無感情に奪っておきながら、自分達の命や人権は主張したいらしい。その全てを、考えうる最も残虐な方法で殺したい衝動にかられる。
そんなアンバーの肩を、ガーネットが掴む。
振り返ったアンバーの顔を無言でガーネットが見つめていた。
「裁判で罪を証言する人間もいるわな・・・」
アンバーは心持ち肩を落としそう呟くと、ガーネットを見つめる。
「ガーネット、俺達は先に行く。お前はこいつらを捕縛してから来てくれ。」
アンバーの瞳が正気であるのを確認したガ―ネットは、了解とだけ発し、アンバーと翡翠を先に促した。
アンバーは翡翠に頷くと、ガーネットに力強く頷き、無菌室を後にした。
無菌室中央に医師風の人間達が膝を一列に並んで床に膝をついている。その後ろを、ひとりの医師風の男が憔悴顔で歩いていた。その男は、床に膝まづく一人一人の後ろで身を屈め、何やら作業しながら歩を進めていた。
「キツく絞めるんやぞ?」
無菌室の壁にもたれながら厳しい目で彼等を見つめているガーネットが釘を刺すように言う。それを聞いた男は、一瞬顔を跳ね上げると、ガーネットを見て何度も首を縦に振った。
男はガーネットに指示され、他の医師風の人間達の腕を結束バンドで縛っていたのだ。
ほどなくして、全員を拘束した男は、列の一番端に移動すると、他の人間と同じように膝をついた。
「お、終わりました。」
男の声を聞いたガーネットが、面倒臭そうに壁から背中を剥がし、男に近づく。そのまま背後に回り込んだガ―ネットは、男の手首をしっかりと結束バンドで縛り上げた。
ガ―ネットは一仕事終えたように背中を伸ばすと、首を鳴らす。
その時、ガラスの割れる音と共に、上部から何か重量物が落ちたような音が無菌室に響いた。ガ―ネットは、咄嗟にその地点に向け、マシンガンを構える。
拘束された医師風の人間達を挟んだ向こう側、ガラスの破片を纏いながら降り立った影が、着地の衝撃を急襲する姿勢でうずくまっていた。上の見学用通路のガラス窓を割って落ちて来たのだ。
「なんだよ、こりゃぁ・・・・。あ?」
短く刈り込まれた坊主頭を掻きながら、男はむくりと身体を起こす。その身体は、薬物によって作り上げられたのであろうことが容易に想像出来る程不自然に肥大した筋肉が鎧のように覆い、その上を鳩尾の部分でクロスするように弾丸の帯が蛇のように巻き付いている。その両腕にはバズーカー砲と設置型のガドリングガンが握られていた
「ノーマッドさん!!」
拘束された医師風の人間の誰かが叫ぶと同時に、皆の顔に安堵の表情が浮かぶ。この事から、いかにゴリマッチョの力が信頼されているかをガ―ネットは見て取り、緊張感を高める。
「まったく、こんなとこまで侵入されやがって、傭兵ってやつもたかが知れてるなぁ。いや、誰にも気付かれずにここまで侵入したお前が優秀と見るべきかな?」
ノーマッドと呼ばれた男は、仰々しい手振りを交えてガーネットに言う。
「だとすれば、殺すにゃ惜しいな。どうだ、大将、俺等の仲間になんねぇか?金も女もヤリ放題だ。どこの国か組織か知らねぇが、うちの方が楽しいぜ?」
いきなりの引き抜きに、ガ―ネットは面喰らう。こんな事は、ガーネットが経験した戦場では初めての事であった。しかし、すぐに表情を引き締めた。
「だから、子供を殺して臓器を取れ!ってか?」
ガーネットは吐き捨てるように返す。その返答に、ノーマッドの顔に険しい皺が刻まれる。
「なるほどな、正義の味方ってわけか・・・」
呟きと同時に、ノーマッドのガドリングガンが、その異常な重量をものともしないように持ち上げられ、ガーネットに向けられる。
咄嗟にガーネットが横っ飛びでアルミ台の影に飛び込むのと、ガドリングガンから無数の弾丸が吐き出されるのはほぼ同時であった。
医師風の人間達の向こう側から、拘束され逃げる事が出来ないその身体を貫いて無数の弾丸が襲いかかる。耳をつんざく轟音を轟かせながら、ガーネットのすぐ数センチ横を空気を切り裂きながら弾丸が通過した。
ガーネットを無数の弾丸から金属音を響かせながら護っているアルミ台も、長い時間はもちそうもない。
ガ―ネットは中腰のままさらに横に飛び、隣の医療機器の影に身を投げた。弾丸のひとつが、その足の表面を削った。
「おいおい!仲間ごとかいな!!!!」
圧倒的火力の前になす術の無いガ―ネットは、遮蔽物を移動しながら叫ぶ。
「こんな脳でしか語れねぇやつらなんて、仲間でもなんでもねぇ!!この地でのノルマは達成されてる。だったらもう、こんな奴ら、不要よ!!せめて壁にくらい役に立ってもらわねぇとなぁっ!!!!」
降り注ぐ弾丸の合間を縫って覗くと、ノーマッドの前には、血まみれで息絶えた医師風の人間達が、床に膝をついたままの体勢で肉塊の壁になっていた。
その光景に、ガ―ネットは虫酸が走る思いを噛みしめる。
「お前は違うだろ?お前は、脳でしか語れねぇ人間じゃねぇはずだ!!隠れてねぇでほら、出て来いよっ!!!!」
ノーマッドは、無数の弾丸と肉の壁に護られながら、どでかい銃声に掻き消されないよう大声で叫ぶ。
マシンガンを腰のベルトに差し、背中のライフルに持ち替えたガーネットが、弾雨に僅かに身を晒しながら、狙い、撃つ。
弾丸はノーマッドの肩口に命中し、その肩に掛かっていた弾丸の帯を切り落とす。
支えを失い床に散らばったガドリングガンの弾丸に舌打ちしたノーマッドは、驚くべき筋力でその本来設置式のガドリングガンをガーネットの隠れる遮蔽物に投げ飛ばすと、これまたでかいバズーカー砲に持ち帰る。
「おいおい、マジか!?」
ガ―ネットは、青冷めた。
本来、肩に固定して発射する反動の強いその対人用では無いバズーカー砲を、ノーマッドは肘だけで支え構えた。そして、引き金を引く。
鍛えられた兵士ですら、身体ごと持って行かれそうになる反動を肘の関節だけで吸収したノーマッドの放った弾頭が、白い煙を後方に引き連れながらガーネットに迫る。
ガ―ネットは、前方の金属の扉に向かい、マシンガンを連射しながら走ると、扉にダイブし、破り、隣の部屋に転がり込んだ。
その後ろを、白い帯が通り過ぎ、轟音を響かせて大炎を放つ。扉から侵入してきた爆風をくらいガ―ネットは飛ばされ、鉄骨に身体を打ち付けた。
「こんな狭い地下であんなん使いよって・・・下手したら両者生き埋めやで・・・」
ガ―ネットは頭から使い落ちる血を手で拭いながら、顔を上げて固まった。
ガーネットが見たそこには鉄格子が並んでおり、その中にはゲリラと見られる大人や、現地の子供達が多数収監されていた。
中の人間達は、外の出来事に怯え、不安そうな顔でガーネットを見つめている。
呆然と見つめるガーネットの耳に、扉の向こうから瓦礫を踏み越えて近づいて来るノーマッドの足音が聞こえた。
「えらい、面倒臭いことになってきよったで・・・」
ガ―ネットは苦笑いを浮かべて、扉に向かい立ち上がった。
ズン・・・と、鈍い音と深い振動が施設を揺らした。
アンバーと翡翠は、地下から階段を上り、一気に3階まで上がろうとして、現在、1階に戻って来ていた。
「ガーネット?」
アンバーが脳内通信でガーネットに問いかける。
『敵さんに遭遇や。こっちはなんとかするから、そっちは先に進め。』
ガ―ネットは話すと、一方的に通信を切った。
アンバーと翡翠は頷くと、ホールを突っ切り、2階への階段に手をかける。その翡翠の背中をアンバーが力一杯突き飛ばした。
「なっ!?」
翡翠が振り返るその場所を、幾筋もの弾丸の火線が通過する。振動を不審に思った警備の兵士達に見つかったのだ。
「ここは俺がなんとかする!!お前は、大紀の中身を取り返して来い!!!!」
アンバーは壁に身を隠しながら叫ぶと、警備兵に向かって、狙いもつけずにライフルを乱射した。
ここで押し問答をしている時間はない。翡翠は即座に理解すると、頷いて階段を駆け上がって行った。
それを確認したアンバーは、兵士がいるであろう場所にアタリをつけ、そこに向けてライフルを乱射しながら、ホールに点在する柱に向かって走る。
途中、兵士の呻きが聞こえたので、当たったのだろうが、アンバーが走り過ぎた場所にも容赦なく弾丸が撃ち込まれてきていた。
アンバーは、柱から柱へ移動を繰り返しながら、兵士の位置と人数を把握し、丁寧に一人ずつ狙撃していった。
遮蔽物の影に手榴弾を投げ込む事で最後の兵士をあぶり出し、狙撃する。最後の兵士は、左胸を打ち抜かれ即死だった。
これでおそらく1階の兵士は排除完了だと思われるが、アンバーも無傷とはいかなかった。
防弾・防刃性能の高い、マンティコア製最新戦闘スーツに身を包んでいるとはいえ、その身に何発か敵兵の弾丸を受けてしまい、おそらく数カ所、骨にヒビが入っている。そのヒビにはオリハルコン粒子が入り込み補強されているが、完全に痛みは消し去ってはくれていなかった。敵兵の攻撃で飛び散ったコンクリートの破片を受けて打撲もしているし、切り傷や火傷もある。しかし、あの人数を相手にしての傷としては、軽傷といえた。
アンバーは一息つくと、翡翠の後を追うために、2階への階段へ向かいホール中央に出た。そこで、乾いた拍手がホールに鳴り響く。
それは、アンバーの向かう階段の前に、いつの間にか立っていた。
白髪のドレットヘアに金属プレートのついたバンダナをし、戦闘服と言うには酷く軽装な身なりをしている。背中には、身の丈程の刀を差し、銃器と思われるものは見当たらない。
「すばらしい!!実に素晴らしい!!個人的には、是非、勧誘したいところですが、こんなに仲間を殺されたのでは、さすがにそれは無理と言うもの・・・」
「那国の・・・侍・・・」
アンバーは白髪の男の身なりと装備からそう判断し、集中する。しかし、男は顔の前で手を振り、それを否定する。
「侍などと、野蛮な連中と一緒にされては困る。私は、忍。芸術的な技術で誰にも悟られる事無く目標を殺す、静かなる暗殺者。」
「忍?」
那国は、その閉鎖的な国柄、外に伝わる情報が極端に少ない。それ故か、アンバーはその忍の情報を持っていなかった。
「我が名は柳。参る。」
そう言うと、ライフルを構えるアンバーの目の前から、いきなり柳が消えた。
コーラルは、外周のフェンスを乗り越え、廃施設の敷地内へと踏み込んだ。
アンバー達が施設内に入った後、外周の警備の兵士達を丁寧に狙撃し、排除してからようやく敷地内に入って来たのだ。
最後の警備兵を射殺した時に、鈍い低音と共に振動を感じた。その後、施設の中の兵士達が騒がしく走って行くのが外から見て取れた。その事から、アンバー達はどうやら見つかったらしい。
早く合流しないと・・・考えながらコーラルは、施設内へと繋がる出入り口の一つに向け、注意深く走っていた。
多数の敵を相手にする場合、味方にスナイパーがいるのといないのとでは、戦況が大きく異なる。
コーラルは出入り口を見つけると、いったん周囲にライフルを向け確認してから、その出入り口に向かい全力ダッシュする。
ふいに、強烈な空腹感に襲われた。
あまりの空腹感に、コーラルは走っていた足をいったん止めた。その時、あのまま進んでいたらそこにいたであろう位置に、何かが落ちて来た。
それは、ドンっという着地音と共に、砂埃を巻き上げた。
砂埃が晴れると共に、その落下物が姿を現す。その姿に、コーラルの顔が驚愕のそれに歪んだ。
「お前、死んだはず・・・」
よく鍛え込まれた身体に僧のような衣装、それらの上に頭まですっぽりと被ったガルダベアの皮・・・。隣の丘からの狙撃によって、心臓を打ち抜いたはずの男がそこに立っていた。
「はっはっはっ!!すまんな、わしはあの程度では死ねんのだ!!!!」
豪快にそう言うと僧は、左胸を指差した。そこには、狙撃によって空いたと思われる穴が服に空いていた。
「しかし、良い腕だ。全く気配すら感じられんかったわ!!!!」
僧は、笑いながら、コーラルを賞賛した。それは、見る限り、本心のようであった。
コーラルは、僧の言っている事がまるで理解出来なかったが、それは今は問題ではない。
コーラルはバックステップで僧から距離をとると、ミドルレンジのスナイパーライフルを構える。これは、ニーズヘッグ製の、ショートからミドルレンジまでをカバーするライフルで装填も速く、長年コーラルが愛用してきたスナイパーライフルだ。長年戦場を共にして来た、信用のおける相棒を咄嗟に手に取るほど、コーラルはこの男を脅威と見なした。
僧は、そんなコーラルを見て、口角を上げ、歯を剥き出しにする。
「お前は、俺を殺してくれるのかな?」
翡翠は、2階の廊下を進んでいた。
2階は、宿泊部屋のエリアらしく、いくつもの部屋が廊下に並んでいる。兵士や医師達は出払っているのか、そこに人の気配は感じられなかった。それでも翡翠は、慎重に歩を進めた。
この階は、中央にリクリエーションスペースのような広間があり、そこから十時に廊下が延びて部屋が設置されている間取りらしかった。
階段は一旦2階で途切れ、広間を通った反対側の突き当たりに3階への階段があるのが見えた。だから翡翠は、その階段へ向かい廊下を進んでいるのだ。
「いらっしゃ~い♡」
翡翠が広間に入ると、突然、甘ったるい声をかけられた。翡翠はすぐさま、ブレードの柄に手を添え、声の主を捜す。その主は、広間の隅に置かれた、トレーニングマシンの上に女の子座りでちょこんと座っていた。
コテコテのゴシックロリータの衣装に身を包み、ライフルやマシンガンを装飾のように携えている。背中には何やら昔の貴族の金庫のような箱を背負い、少し高い位置で結ばれたツインテールの髪を指でクルクルと弄んでいた。顔はガスマスクで覆われている為に確認出来ないが、声からして、ご機嫌に笑っているであろう事が想像できる。殺戮を心底愉しめる人格破綻者、狂人、それを隠そうとしないタイプの人間だ。
「ねぇ、キャリーと遊ぼっ♡」
忌々しいまでのブリッ子具合に、不快の余り翡翠はブレードを抜く。
「うちはあんたと違って暇やないんや。あっさりと先に行かせてもらうで!!」
「んも~、つれないこと言わないで♡」
翡翠が床を蹴るのと、キャリーがマシンガンの引き金を引くのは同時だった。
樹海の樹々を、湿気を含んだ風が怪しく吹き抜けていった。