魔境
こたつです。
みなさん、シルバーウィークの恩恵を頂けているでしょうか?
そして、国の思惑通り、お金を使っているでしょうか?
私は、シルバーウィークってなに?って感じで仕事です。
恩恵を受けれてないので、お金も使いません!!!!
って、愚痴ったところで、本編をどうぞ。
楽しんでいただけると嬉しいのですが・・・。
ちなみに扉絵は翡翠さんです。
世界樹ユグドラシルの亜種をその中心に、美しい小川は穏やかなせせらぎの音を奏で、空間全体に神がかり的なバランスで生えている草が柔らかな緑をたたえそれに花が美しい色をそえている。
しかし、『聖域』と樹海の住人に呼ばれているその場所は、今日は、その雰囲気が違っていた。
聖域内を踊るように舞うオーブはその姿を隠し、降り注ぐ柔らかな光も分厚い雲に遮られている結果、捨てられた廃墟のような淋しさが満ちていた。しとしとと降り注ぐ雨が、それをより強固な物にしていた。
その聖域の神樹の前に、アンバー達は立っていた。アンバー達が、入ろうとして入れなかった聖域に、大紀の案内なしにアンバー達は立っていた。
別に、聖域に来ようとした訳ではない。魔境と呼ばれる場所に向かう途中、草木を掻き分けて最短距離で進んでいた時に、気がついたら、聖域に入っていたのだ。
「なんや、コレは・・・」
翡翠が、吐き捨てるように呟く。
アンバー達の怪訝そうに、神樹を見つめている。
あれだけ心癒された場所が、今のアンバー達にとっては、心を尖らせる場所に変わっていた。
「こんなとこに興味は無いわ。とっとと進もうや。」
コーラルが超ロングレンジスナイパーライフルを背負い直し、踵を返す。ライフルの部品の遊びが僅かな音を奏でた。
アンバーとガーネットも、コーラルに同意するように踵を返すと、銃器の部品が遊ぶ音をさせながら神樹に背を向け歩き出す。
神樹から消えて行くアンバー達を尻目に、翡翠は未だ神樹の前で、神樹を睨みつけていた。
「なんで、大紀を助けたらんかったんや?あんたには、その力があったはずや・・・」
神樹に向かい、翡翠が静かに呟く。静かな怒りが沸き出し、その身体を振るわせる。
「なんで、助けたらんかったんやっ!!!!」
翡翠は、怒りを露に叫ぶと、神速の速さで左右の腰に携えた超振動ブレードを引き抜き、その勢いそのままに神樹の極太の幹を斬りつけた。
翡翠の怒りを一身に受けた2本のブレードは、神樹の幹を深く抉り、バツ状に傷を残す。その傷に雨水が流れ込み流れ出す姿は、あたかも神樹が泣いているように見えた。
「お前は、そこで勝手に泣いてろや。大紀の仇は、ウチが討つ!!」
決意を胸に、翡翠はアンバー達の後を追った。
振り返らず歩く翡翠の背に、聖域の空からひと滴のオーブが舞い降り、ゆっくりと舞いながら、地面に溶けて消えた。
「ひゃひゃひゃっ!!これは、大変綺麗ですねぇ。超高値で売れますよぉ、これは。」
魔境の奥地の丘の上にある廃施設の3階の大ホールで、特別仕様の車椅子に座ったミイラのような老人が、ピンクに艶めく臓器が入ったガラス製の容器をテーブルに並べて嬉しそうに笑っていた。
その老人の護衛を務める側近達は、老人と同じテーブルで食事をとっていた。
「キャリー、お手柄ですよぉ。これほどの臓器は、子供のものとはいえ、初めて見ました。これで、幹部達からの評価も上がるというものです。まぁ、個人的には、ずっと傍に置いておきたいですけどねぇ・・・」
老人はそう言うと、ナイフとフォーックでガルダベアのステーキを上品に口に運ぶキャリーを見て、その黄ばんだゼラチン質の眼を細めた。キャリーも老人を見、お嬢様になりきったような仕草で、礼で返す。他の側近達は、特に何も思っていないようだが、アステアの心情は、不快極まるものであった。
「カージナル卿、食事中ですので、その辺で・・・」
アステアが、カージナル卿と呼ばれた老人が、ああ、ごめんごめんと、容器を床に下ろした。
「アステアは、まだ経験が浅いですからね、少々刺激が過ぎましたかね?」
カージナル卿が、アステアを見やり、歯茎を剥き出しにして笑顔を作る。
痩せた歯茎はどす黒く変色し、その隙間だらけの歯は色んな物質の着色で不快な黄色を帯びている。アステアは、心底不快感を感じた。
「アステア、貴方は『表現者』に入って間もないのでしょう?先輩達を見習って、このくらい平気になっておかないと、この先大変ですよ?『表現者』の派遣先は、狂人や変人だらけなんですから。」
カージナル卿は言いながら、同じく『表現者』から派遣されている柳、キャリー、ノーマッドを同意を求めるように見る。見られた3人も、老人の要望に反する事無く、頷きで同意した。
「卿、わしも忘れてもらっては困りますぞ?」
カージナル卿とテーブルを挟み対面に座っている男が、ガルダベアのステーキを豪快に頬張りながら笑う。
その男は、法衣を羽織り、その上にガルダベアの革を被っていた。頭髪は綺麗に剃り上げられ、頬と口元は手入れされたワイルドな髭に包まれている。その眼には僧の見た目とは真逆の、残虐な光を宿していた。聞くところによると、元ネクロマンシスの上僧であるらしい。破戒僧というやつだ。
ネクロマンシスとは、永世中立国家であり、天宗という独自の宗教を国宗としている小さな国家だ。火・水・土・風・大気の五大妖精の力を借り、妖し気な術を使うことが可能とされるネクロマンシスの僧は、世界の軍関係者から怖れられている。それ故、小さな国家でありながら、他国の侵略を逃れ、今日に至るまで永世中立国家を保っている。その術は未だに科学的解明がなされておらず、軍科学者はその力を解明し、自軍に組み込む為に昔より注目されているのだ。ネクロマンシスの国民性は、天宗における最上位の救済神コリドラースの信仰によって、穏やかで思いやりがある為、元々争いを好まない。それ故、術を行使して他国を侵略しようとする事すら、今まで一度も無い。故に、この元ネクロマンシスの破戒僧は、その思想が小さな国内では治まりきらず、世界に出、『表現者』の手駒に堕ちたのであろう。
アステアが見る限り、キャリー達よりも、この破戒僧の強さは頭一つ抜けている。裏社会では、それなりに名の知れた存在らしかった。
「これは、申し訳ない、和尚殿。」
笑い、頭を下げるカージナル卿を和尚は掌で制す。
「アステアくん、君は筋が良い。いずれ、私も階まで登ってもこれよう。精進するんだぞ。」
和尚と呼ばれている男が、アステアを見て言うと、豪快に笑った。それは言い過ぎよ、と、キャリーが頬を膨らます。本人にとって可愛いのであろう仕草に、アステアは吐き気をもよおす。
さてと・・・カージナル卿は食事を済ませると、車椅子に接続した箱に綺麗な臓器、大紀の臓器の入った容器を綺麗に収納し、ホール奥の自室へと消えて行った。
あの醜悪な老人はこれから自室で大紀の臓器を並べ、それを見ながら自慰行為にふけってその歪んだ性欲を発散させるのであろう。
アステアは、老人の消えたホールで、革手袋を軋ませながら拳を握った。
村長にあてがわれた家の居間で、クォーツは精神を集中し、アンバー達の脳を通信する中継地点の役割をこなしていた。
その身体には汗が滲み、頬には赤味がさしている。
その傍らには村長が胡座をかいて座っており、クォーツを通して語られるアンバー達の状況を聞き、時には助言を伝えていた。もっとも、魔境の磁場の異常さは、村長をもってしても感覚を狂わせられる為、地理的なアドバイスは出来ないのだが・・・。
そんな家の周囲を、多数の人影が取り囲んでいた。その人影は、それぞれくわや刃物、はては猟銃まで持ち出し、殺気立ちながらも静かに円を狭めていた。
その正体は、村の村民達である。
無意識にでも信仰していた対象が失われた村民達は、その悲しさ、不安、怒りを抑えきれなくなり、ついには暴徒化しようとしていたのだ。
突如、居間のガラス窓が割れ、石が飛び込んで来た。続いて、猟銃の発砲音が響いた。しかし、クォーツは微動だにせずに、集中している。
発砲音がしたにも関わらず、銃弾が飛んで来ない事から、おそらくは壁に向け発砲したのであろう。
「隠れてないで出て来い!!」
多数の怒号が飛び交った。
村長によってあてがわれた家にいるのを隠れているとは、無茶苦茶な言い分である。
村長は、正座して集中しているクォーツを一瞥すると腰を上げ、居間を後にした。
家の外では、暴徒化した村民達が、家から誰も逃げられぬよう、円を描くように取り囲んでいた。
ある者は拳を振り上げ、ある者は、手にした武器を振り回している。その村民の中には、大紀の両親も含まれていた。皆一様に、怒りに狂った表情で殺気立っている。
冷静に考えれば、特殊訓練を受けたアンバー達を村民風情が包囲したところで、子供が公園で作った砂の山のようにあっさり潰される事は分かりきっているのであるが、今の彼らはそんな事も分からぬ程、暴徒と化していた。大紀と言う信仰の対象を自分達から奪った悪を排除するという、無理矢理こじつけた正義を振りかざしているが故、盲目にさせたのだ。
村民の殺気立った視線がそそがれる中,玄関の引き戸が静かに開いた。
村民達は、今にも飛びかからんばかりに身を構え、鼻息を荒げている。しかし、玄関から現れた人物を見て、立ち止まる。
「お主達、いったい何をしておる・・・何をするつもりじゃ?」
村長の静かで、それでいて腹に響く声が、村民の耳に届く。
「村長、なんでここに・・・」
村人の一人が、予想外といった風に口を開いた。
「何をするつもりかと聞いておるのだっ!!!!!!」
村長の怒鳴り声は、村長の殺気と共に村民に届き、その物質に影響を与える殺気を叩き付けられた村民達は、突き飛ばされたようにその場に倒れる。
その声に、家の裏手に陣取っていた村民達も駆けつけて来た。村長の怒りを前に、村民達の身体が自分の意思に反するように竦み上がる。
「大紀が殺された腹いせに、あやつ等を悪者にして責任を負わせ、殺しに来たのか?」
怒りをかみ殺すように、村長が刃を喰い縛りながら話す。
「でも・・・でも、村長。あいつらが来なかったら、大紀は殺されずにすんだんだ・・・」
村人の一人が、萎縮しながらも、強く言う。村長は、その村民を睨みつける。
「何故、そう言い切れる?樹海には、ゲリラやテロ組織といったイリーガルな人間が住み着き、常に小競り合いを繰り返しておる。それらを目当てに、人身売買の組織が入り込んだのも一度や二度ではない!!何故、大紀は殺された?大紀が、樹海の中を一人でうろついておったからじゃろう?では、何故、大紀は一人で樹海の中をうろついておった?他の集落の大人は、子供だけで樹海をうろつかせるという愚はおかさん!!お主達だって、大紀以外の子等は、一人で森に行かせんかったはずじゃ。何故、大紀だけが、誰の注意も受けずに森に行けた?」
村長の問いに、全員の精神が落ち着きを取り戻し始めた。皆、何も言い返せずに、下を向く。
「大紀が特別じゃと思ったからであろう?大紀の性格が、積み重なった不思議な偶然が、大紀が特別な力を持ち、森に愛されておると勝手に思い込み、ただの子供を神にした。わしも、お主等も、そうであって欲しいと、そこらの子供と何一つ変わらん大紀を、勝手に特別な子供のしたんじゃ。大紀を殺したのは、あやつ等ではない。わしであり、お主達じゃ。」
村長は声を震わせながら必死の思いで口にし、涙を堪え、歯を食いしばる。
村民達もまた、自分達の過ちを突きつけられ、同様に俯き、すすり泣く声が響き始めた。
「それでも、あやつ等は、お主達の責任転嫁を何も言わずに受け入れ、そして、奪われた大紀の臓器を取り戻しに行った。幼少期より人間平気として戦場以外を知らずに育ち、ようやく接し心開けると思われた村人に不条理な罵声を浴びせられ、それでも全てを受け入れて力の無い村人の代わりに仇を討ちに行く・・・その思いが、あやつ等の心が、お主達に分かるか?わしは・・・わしは、あのような強い兵士は見た事が無い!!」
村長の頬に、ついに堪えくれなくなった涙が伝い落ちる。
村長の言葉に、村民達の間にざわめきが起こる。自分達が悲しみにくれ、怒りに狂い、アンバー達に全ての罪を押し突けようと決めた時、彼等は、自分達のために、大紀を取り戻しに行ったと言うのだ。
「村長、彼等は・・・」
さっきまでとは打って変わって、水をうったような静けさに沈んだ村人達の最前に出て来た大紀の母親がたまらずといったように訊く。
村長は、涙を拭い、樹海の方に眼を向ける。
「もう、戻って来んじゃろうな・・・。大紀の中身を取り返した後、村の外れの見つかりやすいところにでもそれを置いて、そのまま人知れず姿を消すじゃろう。」
村人達にざわめきが起こる。互いが互いの顔を見合わせ、途方に暮れる表情を浮かべていた。
「そんな!外から見ましたが、まだクォーツちゃんがいるでしょう!!彼等はクォーツちゃんを置いていくと言うんですか!?」
大紀の母親が、大きな手振りをしながら声を張り上げる。
「静かに!!クォ-ツは今、大事な作業に集中しておる。」
大紀の母親が、我に帰ったように口を押さえる。
「クォーツは、まだ誰一人として人を殺しておらん。あやつ等は、クォーツに普通の暮らしを望んでおった。あやつ等は、出る前にわしに頼みよったよ。クォーツを頼む、と。わしはクォーツの今後を託された。わしには、彼等との友情を護る義務がある。クォーツに手を出す事は、わしが許さん!!それでも先に進むと言うのなら、もう村人でもなければ村長でもない!!敵として排除する!!」
村長はそう言い、家を取り囲む村人、ひとりひとりを厳しく睨んだ。
しかし、もはや村人達にその意志はほぼなく、ただただ、自分達の軽はずみな愚行に苛まれながら立ち尽くすしかなかった。
降りしきる雨が、少し弱まった気がした。
アンバー達は、それぞれ適度な距離を保ちながら展開していた。すでに、魔境と呼ばれる一体に侵入してから30分近く経過していた。その間、敵影はない。
「ほんま、けったいな森やなぁ。きっついわぁ・・・。」
ガーネットが、脳内通信越しに話しかける。どうやら、脳内通信は問題なく作用しているようだ。
というのも、魔境に入った途端、感覚と言う感覚の全てがズレたように思えたのだ。方向感覚は元より、五感や、ともすれば、上下すら分からなくなりそうな感覚。
その上、粗悪な環境においても、ほぼ影響を受けないとされているオリハルコン粒子を体外に放出し、周囲の状況を把握するオリハルコンレーダーですら、魔境の環境下においては、いびつに歪みその効力を失ったと言って良い状態になっていた。
ピースフロンティアは、そのオリハルコンレーダーによって状況を把握し、結果、神がかり的なスピードで拠点に侵攻、制圧してきた。その頼るべきオリハルコンレーダーが使い物にならない以上、策敵能力は著しく低下したといって間違いない。オリハルコンレーダーを使わずに戦場に出ること事態が初めてなのだ。アンバー達にのしかかる精神的負担も大きなものであった。当然の事ながら、その侵攻スピードも、格段に低下する。むしろ感覚を惑わせるだけになったオリハルコンレーダーをアンバー達は早急に解除し、現在は、自分の目と耳を頼りに、木や下草、地面の凹凸に身を隠し、這いずりながら慎重に進んでいた。
魔境に入った途端感覚を失ったので途方に暮れたが、辺りを捜索するうち、雑草に覆われた、車一台が通れるほどの幅の風化した道を見つけられたのは大きかった。おそらく、奥の施設を使っていたという妖し気な宗教団体が作ったのであろうその道は、ひび割れ、雑草が生え、土を被っていたが、その土の上に真新しいタイヤ跡が残っていることから、これを辿れば目的の施設まで辿り着けるということだろう。
結果、アンバー達は、その道を中心に左右に展開する形をとった。
「なぁ、こんな警戒して進まんでもええんとちゃうか?人身売買の組織の武装なんて、ええ加減なもんやろ?」
ガーネットが、面倒くさそうに言う。
「普通の組織ではそうやろうけど、今回の相手は国連が動く程の巨大組織や。私軍はもちろん持っとるやろうし、どこぞの国の武器が横流しされてるとも限れへん。」
「そんな事も分かれへんのかいな、アホやな。」
アンバーの応えに続いてコーラルの馬鹿にしたような一言、そして、翡翠の溜め息が聞こえた。
ガ―ネットは座り込み指で土をグリグリいじけて見せたが、現在、これも邪魔になるからという理由で視覚を共有していないので、ガーネットの仕草はアンバー達には伝わらない。ガ―ネットは、大きく溜め息を吐いて、腰を半ば下ろした姿勢で周囲を確認しながら進む。どうも、大紀の死を目の当たりにしてからというもの、激しい怒りと当時に、倦怠感が心と身体を包んでいるのだ。簡単に言うと、すごく面倒臭いのだ。
「敵や。」
翡翠の静かな声が、そんなガーネットの脳内に響く。
草むらに匍匐の体勢になり、草ごしに見ると、50mほど先を3人の兵士と思われる格好をした者が、ライフルを抱え、辺りを巡回しているのが見えた。銃の先で草むらを撫でたりしているが、さほど緊張して巡回しているようには思えない。
アンバーは指で合図し、ガーネットと左右に分かれ、慎重に物音を立てないように、兵士達の側面に回り込む。コーラルは、その場で匍匐の体勢をとると、そのままの格好でスナイパーライフルの先端にサプレッサー(消音器)を取り付け照準を合わせる。
翡翠が、木の陰から見回し、アンバーとガーネットが配置についたところで合図を出した。
引き金を引いたコーラルの銃口からパスッという空気銃のような音と共に押し出された銃弾は、真ん中の兵士の眉間を吹き飛ばす。
力無く崩れ落ちる兵士の異常を察知し、両側の兵士の注意が中央の兵士に一瞬集まった。その瞬間を逃さず、アンバーとガーネットが左右の草むらから飛び出し、背中から兵士の顎を掴み上げると、無防備になった首をほぼ同時にナイフでかっ切った。切られた兵士は何が起こったか理解出来ないままに首から鮮血を噴き、力無く崩れ落ちた。
再び魔境に静寂が訪れる。
「こっから先、警備は厳しくなるやろ。警報を発せられても困る、こっから先、出来る限り警備に見つからないように進む。殺すのは最低限や、いいな。」
再び集まったところで、アンバーは皆に指示を出す。
皆、頷いて、再び散開した。
気がつくと、雨は上がっていた。
ただ、雲は晴れていない為、未だ魔境内は闇に包まれている。雨が上がった分、雨音で物音をごまかせなくなるため、さらなる注意が必要になった。
その後、それなりの数の警備を見つけたが、隠れ、やり過ごし、必要最低限の殺しで進んだ結果、肉眼で丘の上の廃施設を捉えられるところまで来ていた。
「奇妙なくらい静かやね・・・」
コーラルが呟いた。
この魔境に入ってから、虫の鳴き声は聞こえるものの、野生動物の気配は全くと言っていいほど感じられなかった。太古の自然がそのまま残されたような原生林において、野生動物の営みの気配がないのは、不自然極まりない。
アンバーは、丘の上の廃施設までのルートを見る。
丘の上の廃施設は、凹状の丘のへこみ部分にあり、そこまでの道にも樹々がうっそうと生えていることから、上から見下ろされる不利な状況でも、施設までは問題なく辿り着けると思われた。
しかし、施設の構造が分からなかった。
施設が凹状のへこみ部分にあるとはいえ、施設の両サイドの盛り上がった丘は、さほど高くない。そこに登っても、施設の全容は見えないだろうと思われた。施設制圧作戦において、その全容が分からないというのは、リスク的に非常にまずい。出来れば、中の間取りも把握出来ればより良いのだが、それは贅沢というものか。それでも、窓や出入り口の位置と個数は把握しておきたかった。でなければ、異変を感じたターゲットに逃げられるのは元より、自分達の撤退ルートが事前に把握出来ない。
アンバーは、仲間を見る。仲間も、良い案が浮かばないのか、首を横に振る。
行き当たりばったりで退却ルートを確保しながら行くしかないか・・・とアンバー達が思ったその時、全員の脳内に唐突に画像が浮かんだ。
それは、廃施設の上空画像であった。
「クォーツ!?」
翡翠が、思わず声を上げる。
その画像は驚く程に高解像度で、出入り口や窓の位置まで容易く判明できた。
施設敷地内を警護の兵士が巡回に動き回っていることから、これが静止画ではなく、リアルタイムの動画である事が分かる。
「お前、これ、どうやって・・・」
ガーネットが、怒りを滲ませて呟く。それに応え、クォーツのおどおどした声が脳内に響いた。
「ちょっと、軍事衛星にリンクを繋いで乗っ取ってん・・・」
予想通りの答えに、ガーネットの顔色が変わる。クォーツの貴重な能力のひとつで、どういう理屈かは軍科学者にも分からないらしいが、彼女はオリハルコン粒子を電子機器に干渉させることで、その機能を思うように扱う事が可能になるのだ。おそらくは、オリハルコン粒子を体外に射出して機器に潜り込ませるのであろうことが予測できるが、宇宙空間に存在している衛星にまで干渉出来るとは、予想以上であった。
「軍事衛星ってお前・・・。ガルダ軍の物や、廃棄衛星ならここまでハイスペックじゃないやろ・・・。」
ガーネットの言葉に、クォーツの緊張をリンクを通じて感じた。
「ニーズヘッグの衛星をちょっと・・・」
「アホかっ!!!!!」
大声をあげたガーネットの口を、慌てて翡翠とコーラルが押さえ倒し込む。
「そんな事したら、逆探知でお前の位置が割れてまうやないか!!お前はもう、こんな世界から足洗うんや!!朝が来たら、村長に言って、すぐに場所を移してもらうんや!!」
翡翠とコーラルに抑え込まれ、コーラルの胸を頭の上に乗せた状態で、ガ―ネットは怒り治まらぬと言った風に呟いた。アンバーはそれを手で制する。
「今はよせ、ガーネット。クォーツだって、大紀の為に、出来る事をやっただけや。」
アンバーの言葉に、ガーネットがでもよぉ・・・と言いながら俯く。
「よくやった、クォーツ。もう良い、衛星とリンクを切れ。短時間なら逆探知でも正確な位置は把握できないはずや。」
アンバーが言った直後、脳内に浮かんでいた廃施設の上空映像が消えた。一瞬、真っ白なスクリーンを見ているような感覚に陥った。
リンクを通じて、クォーツの申し訳なさそうな感情が流れ込んで来る。
「よくやった、クォーツ」
アンバーはそんなクォーツにもう一度、声をかけた。
コーラルはアンバー達と別れ、一人、廃施設の右側の丘の上で匍匐体勢を取っていた。
クォーツによる廃施設の上空映像によると、それは3階建ての病院か研究所のような外観であり、出入り口は正面玄関と裏口、そして右側面に非常口がある。
警備は、正面玄関に2人、裏口に2人、そして非常口に1人である。それ以外に、フェンスの中と外にそれぞれ巡回警備が2人一組で2班、屋上にスナイパーライフルを構えた兵士が一人、である。
アンバー達は相談の結果、廃施設向かって右の非常口からアタックすることに決めた。
コーラルは、屋上のスナイパーを排除するために、右の丘へ登ったのだ。
コーラルが狙撃ポイントに着いたとき、そこには警備のスナイパーがスコープを構えていた。
コーラルは静かに近寄ると、そのスナイパーの首に腕を巻き付け絞め上げる。そのまま、女性の腕力とは思えない力で、頸椎を粉砕した。兵士の背中にコーラルの豊満な乳房が当たって潰されていたが、残念な事に兵士には、それを感じる余裕すらなかったようだ。
その後、兵士の死体を草むらに隠し、今まで兵士が寝そべっていたポイントについたのだ。
まず、コーラルは、マンティコア製最新超ロングレンジライフルを構え、スコープに右目を当てる。そのまま、廃施設の屋上を通り過ぎ、反対側の丘に視線を振った。
「やっぱり・・・」
そこには、敵スナイパーがライフルを構えていた。
クォーツの上空映像では、樹々に阻まれ確認する事が出来なかったが、こちらの丘がそうであったように、反対側の丘にもスナイパーは居た。
そのままコーラルは、周囲の状況をスコープ越しに確認する。どうやら、それ意外にスナイパーは潜んでいないようだ。
コーラルは、再び視線を向かいの丘に向ける。相手のスナイパーはまだ、こちらに気付いていない。
コーラルは、向かいの樹々の揺れから風の向きと強さを見て取り、その上、星の自転と重力をも計算に入れ照準を絞る。
相手までの距離はおよそい1km。
コーラルは、静かに引き金を引いた。
サプレッサーが空気の抜けたような音を奏でる。音から一瞬遅れて、スコープの中のスナイパーは眉間から血を噴きながら息絶えた。
超長距離の精密射撃でコーラルの右に出る者は少なくともピースフロンティア内には居なかった。
ふう・・・と、コーラルはひとつ息を吐くと、そのまま視線を屋上に動かし・・・ギョッとした。屋上に、もう一人増えていたのだ。
その人物はスナイパーどころか、兵士かどうかも怪しい。
スコープ越しに見えたその人物は、獣のような髭で顔を覆い、異様に広い肩幅を持ったがたいの良い男だった。さらに異様なことに、法衣の上にガルダベアの革をかぶり、頭には、ガルダベアの顔を帽子のように乗せている。どうにもただの僧というのには無理がありそうだ。
コーラルは、ライフルの薬莢をひとつ口に加え、自身を落ち着かせると、手前のスナイパーに照準を合わせて待つ。
連続で仕留める・・・コーラルは呼吸を整えて、集中を持続させる。蜘蛛が身体を這い、頬を横切ったが、ピクリとも動かない。
スコープの中の僧が、スナイパーと一言二言話し背を向けて歩き出した。その瞬間を狙い澄ましたように、コーラルが引き金を引く。僧の頭に着弾した時に、すでにコーラルは次弾を装填し、狙いをつける。
倒れたスナイパーの物音に気付き振り向いた僧が、怪訝そうにスナイパーに近寄った。それを狙い澄まし、ガルダベアのかぶり物で不明な頭部を裂け、胸に弾丸を打ち込んだ。
一瞬で胸を打ち抜かれた僧は、驚きの表情と共に崩れ落ちると、少しの時間痙攣し、動きを止めた。
「良っし・・・」
コーラルは静かに右手を握るとスナイパーライフルを背負い、枝葉の隙間から微かに見える星一つ見えない曇り空を見上げる。
「お腹減ったな・・・」
コーラルは呟くと、胃の辺りをさする。どうにも、気がつくと空腹感に苛まれていた。
何を食べても、満腹感を感じないのだ。射撃の際、薬莢を口にくわえていたのも、空腹感を紛らわせ集中するためだった。しかし、実際のところは、空腹感に苛まれながらも何故か、五感は研ぎすまされていた。よって、薬莢をくわえたのも、なんとなく・・・だ。
今まで、そんな事は無かったのに。いつからだろう・・・と、コーラルはみぞおち辺りをさすりながら考える。
昨日までは、そんな事はなかった。はっきりとは言えないが、大紀の遺体を見て怒りを感じてからのような気がする。
「胸以外が太っちゃったら、どないしよ・・・」
コーラルは呟き、自分の胸を見下ろす。
「これも、これ以上大きくなったら邪魔やな・・・」
コーラルは、ポケットから取り出したバー状の携帯食糧を加えると、丘を降りて行った。
『クリア』
アンバーの脳内に、コーラルの声が響いた。
アンバー達は、フェンス脇の茂みに、身を潜めていた。目の前を、巡回の2人組が通り過ぎて行く。
アンバーとガ―ネットは、後ろから一瞬で間を詰めると、兵士の口を押さえ首をかっ切る。そして、死体を茂みに隠すという動作を、手慣れたようにこなした。
同時に茂みを飛び出した翡翠は、一足飛びにフェンスを越える。そのまま一気に非常口を警備する兵士に肉薄すると、気付いた兵士が声を上げる前に、その喉に超振動ブレードを突き立てた。
その死体を遅れてフェンスを越えて来たアンバーとガーネットが、フェンスの外の茂みに放り投げた。その間、翡翠は、建物の角で巡回の兵士の様子をうかがう。
『クリア』
翡翠の声が脳内に響くと、アンバーはライフルを構え、非常口の扉を開ける。扉が開いた瞬間に死角に身体を隠し、顔の一部だけで中を確認する。
廊下の奥にいた兵士が、独りでに開いたドアに気付き、不審に思ったのか近づいてくる。
「風か?」
兵士がドアノブに手を伸ばした瞬間を狙い、ライフルからサプレッサー付きのハンドガンに持ち替えたアンバーが引き金を引いた。
間抜けな発砲音と共に崩れ落ちた兵士をガーネットが受け止め、フェンスの外の茂みに投げ捨てる。
「クリア」
アンバーが、内部を確認して呟いた。
アンバーに続きガーネットが、そして翡翠が廃施設に侵入する。
閉じられた非常口の前を、世間話をしながら巡回の兵士が通り過ぎて行った。