哀雨
扉絵を描いてたのですが、間に合いませんでした。
完成し次第、今回の話にそっと付け加えとこうと思います。
すみません。
では、お先に、小説の方をどうぞ。
いつも、貴重なお時間を割いて読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけるよう努力致しますので、これからも何卒、宜しくお願い致します。
村長がご機嫌に軽トラックを運転し、翡翠が人生初めての車酔いに苦しんでいた頃、聖域の神秘的で幻想的な風景の中をゆっくりと歩むひとつの影があった。
その影は、聖域内に残され無造作に転がされたままの、マンティコアの半機械化兵達の残骸を一瞥すると、不快層に顔を歪ませ、舌打ちを漏らす。そして、聖域の景観を汚すしか出来ないそれらの残骸を無造作に持ち上げると、次々と、聖域を取り囲む樹海の草木の外へと放り投げて行った。
ひとしきり残骸を放り投げ、聖域をぐるりと見渡すと影は、満足したように頷き、再び、聖域の中心へと歩みを進める。
聖域の中心にそびえる、聖域の主とも言える巨木、神樹の元まで歩み寄り、影はその力強い枝葉を見上げる。
納得するように見上げた視線を元に戻すと影は、その極太の幹に、その表面を覆うきめ細やかな樹皮を、確かめるように、慈しむように手を添えた。
「まさか、世界樹『ユグドラシル』の亜種を、この森で見られるとは・・・」
影は、その龍の鱗のように束感の重なったファッションピンクの髪を手櫛でかき上げると、神樹の根元に腰を下ろし、樹海に不釣り合いの黒革のジャケットの胸ポケットから煙草を取り出しくわえた。しかし、聖域の空気を汚すのを嫌ってか、火を点けようとはしなかった。
影、アステア・ヴェルテシモは、その身を神樹に預け聖域をぼんやりと眺めながら呟く。
「どいつもこいつも、神聖なものに対する礼儀ってものを無くしやがって・・・くそが。」
切り立った崖のように視覚カモフラージュされた『聖域』の入り口から、アステアは誰にも見られぬよう、細心の注意を払いながら抜け出てきた。そこでようやく、くわえた煙草に火を点ける。
「お兄さん、聖域が分かったの?」
突然、後ろから声をかけられ、アステアは弾けたように振り返る。右手は左腰の刀の柄に添えられている。
周囲には細心の注意をはらっていたはずなのに、その気配すら感じることの出来なかった声の主を睨む。
アステアの厳しい視線を向けられた声の主は、感電でもしたかのように身体を硬直させ、蛇に睨まれた蛙そのままになってしまった。
「子供?」
アステアは、怪訝な表情をした刹那、その少年に向けていた殺気を慌てて解除する。
少年は、その場にへたり込み、肩で息をしていた。
「すまない、急に声をかけられたものだから、つい、警戒してしまった。」
アステアは歩み寄ると、へたり込む少年に手を差し伸べた。
「ぼく、大紀って言うんだ。さっきの凄いね。睨まれただけで、身体中に電気が走ったみたいにビリビリして力が抜けちゃった。」
少年はそう言って、アステアの差し出した手を無警戒に握った。
「俺は、アステアと言う。すまない、つい咄嗟に殺気をぶつけてしまった。強い殺気というのは、物理的に作用を及ぼしてしまうんだ」
アステアは、無警戒に握りしめられた手に少年の純粋さを感じながら、力を込めて少年を立ち上がらせる。
「すごいや!!でも、村長も、同じ事ができるよ。ビリビリはこないけど。」
立ち上がった少年は、尻についた土を手で払いながら笑った。
眩しい笑顔だ、と、アステアは思いながらも、その村長を警戒してしまう。この樹海の住民の中に、それほどの殺気を放つ事が出来る人間がいるという事実に。
「で、お兄ちゃん、『聖域』に入れたの?」
笑顔で問いかける少年からは、全てを包み込むような暖かさが感じられ、アステアは、心を開いてしまいそうになる。
「崖に見えたけど、何だかその先に何かあるような気がしてね、思いきって飛び込んでみたら、素晴らしい風景が見れたよ。」
アステアは、言葉を選んで口にしてから、子供相手に何を考えて喋ってるんだと心内で自分をなじる。
「ぼくも入れるんだよ。」
自慢気に胸を張る少年を見ていると、心底、微笑ましい思いが胸に去来した。
「お兄ちゃん、それ、綺麗だね。」
ふいに大紀が、アステアに腰に携えた刀の朱色に金の細工が施された鞘を指差し言った。
「翡翠のお姉ちゃんも似てるの持ってるけど、真っ黒なんだ。お兄ちゃんのは、真っ赤で綺麗だ。」
大紀の言葉に、アステアは一瞬顔を強張らせる。自分と同じ武器を持つ翡翠のお姉ちゃんという言葉に警戒を覚えたためだ。彼女の持つ武器は、刀であろうか?だとすれば、那国の人間だろうか?
確かに事実上の鎖国状態の那国であっても、諸外国に那国人は存在する。それは、主に商人や学士であり、それぞれ海外の知識を得るため、御上の赦しの証である特別手形を持ち、留学しているのだ。
そして、那国の影で暗躍する御上お抱えの忍びの中の一部も、御上の命を受け、諜報員という形で諸外国に潜入し、溶け込んでいる。あとは、侍である。御上の怒りを買い、追放された侍や、日々の生活に苦しんだ下級侍の中に、那国を密出国し、諸外国にちらばるケースが存在する。そして、その大半は、紛争地帯で傭兵として腕を振るうのだ。
ガルダにおいて、商人や学士が学ぶ事があるとは思えない。仮にあったとしても、ここまで国内情勢が悪化している以上、とっくに帰国命令が出ているはずでる。政府機能が崩れた国での諜報活動も意味があるとは思えない。となると、残されたのは当然のように侍崩れの傭兵達である。アステア程の腕利きにとって、侍崩れの傭兵等、脅威になるとは思えなかったが、侍の技と心を知るアステアにとって、敵になれば厄介な事は確かであった。
「そのお姉ちゃんは、那国と言う国の人なのかい?刀を持ってるのかい?」
アステアは、探りを入れる。にこにこしながら鞘を眺める大紀の表情を見て、心が痛んだ。大紀の顔が、物音を聞きつけた小動物のような顔になる。
「ううん。確か、ニーズヘッグって国の兵隊さんだったと思う。刀?それ、刀って言うの?お姉ちゃんは、超振動ブレードって言ってたよ?」
アステアは、軽く息を吐く。那国の人間は、刀をブレードとは言わない。ニーズヘッグの軍人って事は、大方、ガルダの政府か反政府かの支援部隊だろう。政治的に不安定な場所では多くの場合、対立している双方の後ろに、状況を自国に有利なものにしようと画策する第三国が存在する。この少年の言う翡翠のお姉ちゃんとは、おそらくその紫煙軍隊の一人だ。一国の小隊くらいでは、アステアに対して脅威足り得ない。
それにしても、こんな樹海の奥地で少年と知り合いということは、脱走兵だろうか?脱走兵の一人が樹海に逃げ込み、ひとつの村の用心棒として住み着く事もよくあることだろう。その程度であれば、より、問題は無い。
そこまで頭を巡らせたところで、アステアは自分を見る大紀の視線に気がついた。いやに不安そうな表情を浮かべている。
「すまない、少し考え事をしてしまった。」
アステアは言うと、大紀が綺麗と言った鞘から、ゆっくりとした動作で刀を引き抜くと、その刀身を大紀の目前に差し出した。
その刀身を見た大紀の表情が、驚きと共に嬉しそうなそれに変わる。
「綺麗!!すごい、綺麗!!お兄ちゃん、刀ってみんなこんなに綺麗なの?」
白金を思わせる素材には、水に流れ出した油のような七色の揺らめきがホログラムのように浮かんでいる。それを引き立たせるように、美しい刃紋が波打っていた。
「ヒヒイロカネと言う希少金属を鍛えた刀だ。普通の刀とは、少し違う。しかし、刀と言うのは、どれも美しいものだ。刀匠の魂が宿っているからな。」
アステアは、刀を一振りすると、流れるような動作で鞘に戻す。
大紀はいつしか、憧れを見るような目で、アステアを見ていた。それに気付いたアステアは、困ったように人差し指で頬をひと掻きした。
「ぼくもいつか、刀、持ってみたいな・・・」
「勘違いしてはいけない。刀はあくまで、人を殺すためだけに作られたものだ。刀を手にするということは、人を殺すという意思表示に他ならない。君は、人を殺したいのかい?」
我ながら、子供相手にいじわるな事を言ってしまったと、アステアは言ってしまってから思う。しかし、刀の存在理由は、決してコレクションの為ではないのだ。
それを聞いた大紀ガ,今にも泣き出しそうに表情を歪めた。
「それならぼくは、村の皆を護る為に、刀を持ちたいな・・・」
その返しにアステアは、心底、驚かせれる。自分の事しか考えていないことが当然であるこの年代の子供に、そんな事を言わせてしまう程に、この国は荒れているのだ。しかし、その志しは素晴らしい、と、アステアは頬を緩める。アステアは、大紀の前に膝を折ると、その革の手袋に包まれた左手を大紀の頭に乗せると頭の形を確かめるようにゆっくりと撫でる。
「その志しを忘れずにいれば、いつか、刀が君を求めてやってくるかもしれないな。」
アステアの優しい眼差しと言葉に、大紀の泣き出しそうだった表情は、一瞬にして満面の笑みに変わる。この純粋さにアステアは、臓器収集の為に荒み気味だった心が洗われるような気がした。
その時、アステアが、何者かが近づいて来る気配を察した。アステアが、一点の方向を睨んだまま口を開く。
「大紀君、ここら辺りは今、悪い人達がうろついている。見つからないうちに村に帰って、じっとしてるんだ。村の人達にも教えてあげるんだよ、いいね?」
急に厳しい表情に変わったアステアに対し少年は少し身を引いたが、再び笑顔でアステアを見る。
「大丈夫だよ!みんなが言うには、ぼくは森に護られてるんだって!!」
子供特有の自慢気な言葉遣いにアステアは危うさを感じた。
「いいから、早く行くんだ!!」
アステアは、聖域と逆方向に向かって、少年の背中を強く押した。その表情には、切迫したものが浮かぶ。
分かったよ・・・と言いながら、大紀は不満そうな顔をしながら歩き出した。
「急ぐんだ!!」
アステアは、なるべく声を抑えながらも、少年に聞こえるように急かした。その言葉に少年は足を止め振り向いたが、力強く頷くと走って行った。
少年の姿が見えなくなって10秒程した時、樹海の樹々の隙間を縫って、女性が姿を見せた。その美しいとはとても言えない顔立ち、ツインテールの髪型、ゴスロリの衣服を身に纏い、その貧相な胸は、無理矢理に押し上げられ、不自然な谷間が覗いている。今回、アステアの属するチームの先輩であるキャリーだ。
片手にライフルを持っているが、アステアの視線は、そのライフルよりも、その背に背負われた箱に向けられていた。その箱は装飾の施され、どこぞの貴族の家にある金庫のように見えた。
「なんですか、その箱は?」
アステアは、素直に訊いてみることにした。
すると、キャリーの醜女顔が醜い笑みに歪む。
「いいでしょう、私の新兵器。今回ガルダに来る前に、マンティコアの友達から横流しして貰ったの。試作品だけどね♡」
自慢話を可愛い感じの口調で話すキャリーに、アステアは心底不快感を覚える。さっきの少年とは大違いだ。
アステアが不快感が顔に出ないように注意していると、何気なくすぐ傍に寄ってきたキャリーが、アステアの耳元に口を近づけてきて囁く。アステアは、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立つのを抑えられなかった。
「で?さっきのボクちゃんは誰なのかなぁ?」
言葉と共に、耳に息を吹きかけられたアステアは、いっそ叩き斬ってやろうかとか思ってしまう。
「この森に住んでる子供みたいですね。厄介な事にならないように、我々の行動を見られる前に帰しました。」
軽い笑顔で言うアステアを、じとっとした目でキャリーは見つめるとぶりっこするように身体をモジモジさせる。
「そんなの、殺しちゃえばいいのにぃ。健康な子供の臓器なんて激レアなのにぃ♡」
「何を言ってるんです、我々の組織は、一般市民には手を出さない不文律があるでしょう。分かってますか、キャリー?」
呆れたように言うアステアを一瞥したキャリーは、その顔にシワを刻む。
「分かってますか?は、おめぇダよ。そんなもん、建前に決まってんだろぉが!!そもそも死体からなら一般市民からもぎ取っても問題無ぇーんだ。事故に見せかけて殺しゃーいいんだよ。そもそも、こんな樹海の中じゃ、目撃者に気を遣う必要もねぇーんだ、組織の為を思うなら、率先してバラす商品だろぅが!!世界には臓器移植を待つ可哀想な子供達が私等を待ってるんだぜぇ?」
豹変したキャリーの態度に、アステアは眼を細める。
「善良な一般市民の子供を手にかけたことが表に出れば、問題では済みませんよ?」
「なんで善良って言い切れるんだよ!!この森に紛れ込んだテロリスト共は、村民のふりしていきなり銃弾ぶっぱなしてきやがるんだぞ?さっきのガキが、テロリストの少年兵じゃないって保証があんのかぁ?」
キャリーは怒りにまかせて、ライフルの銃口をアステアの胸に押し当てる。
キャリーの言う事は、一理ある。これ以上は、組織においての自分の立場を危うくするものだ。組織に身を置く以上、時として自分の思想を殺す必要もある。
アステアは、自分の胸に押し当てられた銃口を、ゆっくりと手で押し下げた。
「私は、お前の逃がした商品を追っかけるからよぉ、お前はしっかり、戦死者やイリーガルを土産に持って変えるんだぞ?あぁ、でも、森を知り尽くしてる現地の子供だろぉ?さすがに追い付けねぇか・・・」
言いたい放題言って、キャリーは、少年の後を追う為に、森に消えて行った。
普通に考えれば、キャリーが少年に追いつける可能性は皆無に等しい。地の利の不利とはそれほどのものだ。しかし、アステアは胸騒ぎを感じていた。願わくば、少年の言っていた森に護られていると言う言葉が真実である事を・・・。
煙草を地面に落とし、ブーツの底で捻り消して、アステアもまた、森の中に姿を消して行った。
対になった4枚のローターが轟音と共に強烈なダウンフォースを引き起こし、眼下の樹々の枝葉を縦横無尽に揺らしている。その4枚のローターの中心に位置する小さな台形状の箱はさまざまな対空・対地の銃火機が取り付けられていた。その巨大なドローンのような国連所有のマンティコア製最新戦闘ヘリは、街から飛び立ち、樹海を縦断するように猛スピードで飛行していた。
その戦闘ヘリの中に、アンバー達は居た。
瞳を閉じ、クォーツと脳波リンクした状態で、現在、樹海内を捜索中のコーラルとガーネットと視覚を共有しているのだ。
共有している視覚は、中継者の精神に大きく影響されるため、その映像に度々ノイズが走る。その事から、クォーツがかなり狼狽している事が分かった。
初めて外で出来た友人とも言える人物だ、無理も無いと、アンバーは思う。
喫茶店でクォーツから緊急連絡を受けた後,翡翠の懇願もあって、すぐに村長は帰路に着く事を決めた。その際、状況を見ていたアブラハム少年が、こっちの方が速いと、自分達が乗ってきたヘリに便乗させたのだ。当然、乗ってきた軽トラックがあったので、村長は断ろうとしたが、翡翠のただならぬ様子を受け、好意に甘える事にした。結果、ヘリに乗るはずもない軽トラックは後で取りに戻らなければならないが、この際、仕方ない。
眼を閉じたまま、アレやコレやと支持を出したり、意見を言ったりしてるアンバーと翡翠をアブラハム少年は見ているうちに、彼らが何らかの方法で、仲間と視覚や思考を共有出来る事に気がついた。
ほう・・・と漏らしたアブラハム少年の眼は、新しい玩具を見つけたように輝いている。それが村長の心に、暗い靄を発生させていた。
ヘリが街を飛び立って1時間と少しが経過していた。
今日のガルダの樹海の上空は、激しい乱気流が発生していたため、かなり低空を飛ぶハメになってしまい、本来よりも時間がかかっているようだった。しかし、それでも、村までは、あと少しと言う位置にまで近づいている事は、ヘルメットを目深にかぶり、色付きのゴーグルを装着しているため素顔が分からない、パイロットの報告から分かっていた。
流石に速い・・・と、軍用ヘリに乗り馴れているアンバーが呟いていた。
アンバーと翡翠の閉じられた瞼の裏には、ガ-ネットとコーラルの見ている樹海内部の様子が映し出されていた。その視界には度々村人の姿も映し出されている事から、村人総出での捜索である事が見て取れたが、その顔にはさほど、緊張感は伺えない。おそらくは、今まで何度かあった事態であり、今まで問題が起こってない事から、形だけの捜索といった感じだ。クォーツが騒いだので、仕方なく捜索に出たというのが本音だろう。
「大紀やぁ~い」
と、複数の村人が発する声が聞こえて来る。
コーラルは、オリハルコンセンサーをフルに拡大して捜索している。感度も同様である。ガーネットも同様に、ヘタクソながらも、オリハルコンの恩恵を最大限活用していた。
村人が緊張感のない捜索をしているにも関わらず、2人が真剣に捜索しているのは、クォーツと翡翠の有り得ないくらいの狼狽ぶりが原因であることは言うまでも無い。ピースフロンティアは訓練の過程において、その危機察知能力を最大限に発現できるように訓練される。それは、いち早く危機を察知して対応できるようにとの目的であるのだが、翡翠とクォーツはその訓練の成績が非常に良かったのである。今回の捜索に出る前に、緊張感のないコーラルとガーネットを前に焦ったクォーツが、その能力で軍事衛星にアクセスして捜索しようとしたので、慌てて止めたのだ。その後、コーラルとガーネットはクォーツを安心させるため、村の男衆に頼み込んで、捜索に出た。しかし、当たり前の事ながら、それで村人の緊張感を高めるのは無理だった。それでも、ガーネット達の頼みに応じて捜索に出てくれただけでも、ありがたく思わなければならない。
「『聖域』におるんとちゃうか?」
アンバーは、ガーネット達に意見した。
「それなら、見つからんわ。だって、私等、大紀か村長の案内なしで『聖域』に入られへんもん。」
コーラルが、不安をぬぐい去ろうとするように笑う。
「それやったら、ええねんけど・・・」
翡翠が、そうであって欲しいという風に呟く。
「あいつは、森に護られてるんやろ?そんな心配せんでも平気やで!!」
ガーネットが、力強く言った。その言葉には、翡翠とクォーツを安心させようとする思いが含まれていたが、翡翠の暴走を抑えた大紀の不思議な力を前に、危険の可能性を見いだせなかったという本心もある。あの、人智を超えた『聖域』の力に護られているとするならばなおさらだ。
アンバー達を乗せたヘリが、ガーネットとコーラルの捜索している地点のほぼ直上に来たのが、体内のオリハルコン粒子の影響で分かった。
アンバーと翡翠が、ヘリの窓ごしに、直下に広がる樹海を見下ろす。当然の事ながら、太陽の光を求めて地獄の底から手を伸ばす亡者のように枝葉に埋め尽くされた視界には、ガーネット達、捜索隊の姿は見て取れない。
ヘリが、降りるポイントを探して、その場でホバリングをするが、この辺りではどうにも降りられる開けた場所は見当たらない様子だった。仕方ないから、村まで行く旨、パイロットから伝えられる。
アンバーと翡翠が、座席に座り直した時だった。
「あれ、大紀ちゃうか?」
というコーラルの声と共に、小高い丘の上の樹木の一本にもたれるように座っている小さな人影がアンバーと翡翠の脳内に飛び込んできた。それは、太い幹にもたれかかって座り、すやすやと眠り込んでいるように見える。顔は俯いているので見えないが、あのイガグリ頭は、大紀のものだ。
翡翠は、無事だったと言う思いに胸を撫で下ろした。
オリハルコンごしに伝わるクォーツの心情もまた、安堵を感じているものだった。
ガーネットとコーラル、そして村人達がやれやれと言った風に、眠る大紀に近づいて行く。
小さかった大紀のシルエットが徐々に大きくなり、輪郭がはっきりとその線を結んで行った。
「おい、大紀、心配させよって。こんなとこで居眠りかぁ?」
近づきながら呼びかけるガーネットの声に、村人から笑いが溢れた。
ゆっくりと大きくなっていく大紀の姿。ガーネットの呼びかけに対する返事はない。余程、深い眠りについているのだろうか。
アンバーは、何か、嫌な予感を感じた。見ると、翡翠の顔も真顔に戻っている。
大きくなって行く、大紀の姿。
その姿はまるで、銃に胸を貫かれ、崩れ落ちた兵士の格好にも似ていた。
アンバー達の緊張が伝わったのか、ガーネットも軽口を封じている。
大紀の姿は、もう眼の前だ。
大紀の周りには、血痕などは見当たらない。どうやら傷は負っていないようだ。
気絶しているのかもしれない、と、コーラルは思った。
大紀の方に、ガーネットの手が置かれた。
その反動で、眠っている大紀の身体がゆっくりと前のめりに倒れてきた。
「見るな!!ガーネット!!!!」
気付くとアンバーは、ヘリの中で大声を上げていた。
次の瞬間、脳内通信が激しく乱れ、突然切れた。クォーツの脳の負荷が、一瞬にして限界を超えたためだ。
アンバーは、ヘリの中を見渡すと、隅に無造作に置かれたロープを手に取る。
村長とアブラハム少年は、突然の出来事に、何が起きたのかと眼を丸くしていた。
アンバーは決死の形相でロープの一端をヘリの突起に結びつけると、ドアを壊す勢いでスライドさせた。
「なにをする気じゃ!?」
ドアが開いた為に外の空気が勢いよく室内に流れ込み、ローターの奏でる爆音が静寂を支配したため、村長は大声を出す。
刹那、アンバーは村長の質問も静止にも耳をかさずに、ロープを握ったまま、ヘリの外に身を投げた。当然のように翡翠も直後に続く。
豹変したアンバーと翡翠に嫌な予感を覚えた村長は、咄嗟に開け放たれたヘリのドアから半身を乗り出し、アンバー達の姿を探した。
アンバーと翡翠の姿は、ヘリから垂らされたロープ滑るようにして、樹海の枝葉の中に消えて行ってしまった。
突然の事に、状況を理解出来ない村長とアブラハム少年をその内に抱え込んだまま、ヘリは樹海の上空で、爆音を鳴り響かせていた。
息を切らせながら、大紀は樹海の中を走っていた。
アステアと別れた後、村に帰ろうとも思ったが、実に子供的な好奇心の方がアステアの忠告よりも勝ってしまった結果、すぐにあの場所を離れず、森をうろうろしていたのだ。
「ぼくちゃん、見ぃっけ♡」
声をかけられたのは、そんな時だった。
大紀は声の方に眼を向けると、即座に恐怖の感情に支配された。
それは、その人物が、木の枝に立っていたからでも、場所に不釣り合いなおかしな格好をしていたからでもない。おかしな格好でいえば、アステアも充分、場所に不釣り合いな格好をしていた。
ならば、大紀を恐怖させたものは何だったか?
それは、大紀自身にも分からなかった。その女の身体からかもし出される雰囲気、それが、なんとなく人ではなく、危険な獣のような感じがしたのだ。つまり、大紀の本能が、彼女を危険と判断したのだ。
大紀は走った。
アステアの言っていた悪い人が、彼女である事が即座に分かった。理由は分からないが、そう確信して、一目散に走り出した。
「逃げなきゃ・・・」
呟きながら走る大紀は、アステアの言う事を聞かなかった事に、心底後悔していた。
「おじいちゃん、お姉ちゃん・・・」
激しい息づかいと共に呟く声は震え、その視界は歪んでいた。
キャリーは、逃げる大紀を動かずに見つめていた。
「・・・・9ぅ、10っ!!はい、鬼ごっこ開始ぃ~♡」
キャリーはゆっくり数え、木から身軽に飛び降りると柔らかく着地し、そのまま駆け出した。
いくら全力とはいえ、子供の足だ。気分的には、鈍足な小動物を嬲る、獣の気分であった。その思いが、彼女のサディスティックな部分に火を点けていた。
しかし、時間を刻む毎に、大紀とキャリーとの距離は徐々に開いて行く。
キャリーが足を取られ、つんのめりながら走っている樹海の悪路を、大紀はつまづくことなく、すいすいとスピードを落とさずに走って行くのだ。まるで、森が、大紀が走った後の道を、意図的に悪路に変化させてるような気分になる。
「あぁ~ん、このままじゃ、逃げられちゃうぅ~♡」
誰が聞いてるわけでもないのに、キャリーはぶりっこ口調で言う。そう言ってる間にも、大紀との距離はみるみる開いていた。
キャリーが、地表に顔を出していた木の根を飛び越える。
しかし、飛び越えたはずの木の根に足を取られ、キャリーは派手に転倒した。
キャリーは、おかしいなぁ?等と呟きながら、むくりと起き上がる。服に付いた土を払い落とす時に、スカートの裾が少し破れているのが目に入った。
「てめぇっ!!」
みるみるキャリーの顔色が険しくなる。その美しいとは言い辛い顔に深い皺がいくつも刻まれ、まさに醜女顔になる。その怒りの感情は、大紀に向けられた。
「てめぇが、ちょろちょろ逃げるからだろうがぁ!!」
キャリーが怒りに任せて叫び、ライフルを構えるや、引き金を引いた。大紀に向かって飛ぶ銃弾が突如折れた樹の枝に当たり、その軌道を変えた。
「ああっ!?」
逸れた銃弾が虚しく樹の幹を削るのを見ながら、キャリーは怒りを漏らす。
しかし、大紀は止まる事も、振り返る事もせずに、走り続けていた。
キャリーは立ち止まると、その場で片膝立ちになり、今度はしっかり狙いを定め、引き金を引いた。しかし、その弾丸も、樹の枝に当たり、僅かに逸れる。
「どうなってやがる!!止まれ、ガキっ!!!!」
激高したキャリーが、ライフルを樹の幹に叩き付け、ドスの聞いた声を張り上げる。しかし、大紀は、耳を手で塞ぎながら、必死に逃げて行く。キャリーの表情が、一瞬無表情なものになる。
「無視?ああ、そうかい。なら、てめぇを、これの練習台にしてやらぁ!!」
キャリーは叫ぶと、背負っている貴族の金庫のような箱の蓋を開けた。
箱の中から何かが飛び出す。キャリーは氷のように冷たい笑みを浮かべると、手を前に押し出す。
箱の封印から解放されたそれは、キャリーのサディスティックな微笑みに見送られながら、大紀に向かって進んで行った。
村長が村に着いた時、もう村は夕日に赤く染められていた。
アンバー達が飛び出したあと、上空の乱気流の影響もあって、なかなか着陸できる程の開けた場所に降りれず、村から随分離れた場所に降りてしまったためだ。
村長が帰ったにも関わらず、村はしん・・・と、静まり返っていた。
村長は、無表情のまま、その歩みを村の集会場に向けた。
村の浴場よりも少し奥まったところにある村の集会場の周りには、かなりの村人が集まっていた。その顔を見ると、各々、神妙な表情を浮かべ、沈みきっている。
村長が集会場に近づくと、その扉がゆっくり開き、中から、男性に肩を抱かれた女性が出てきた。その様子は、非常に疲れきっている様子だ。大紀の両親だった。
とはいっても、大紀の本当の両親ではない。
大紀は、赤ん坊の頃に、聖域の神樹の根元に捨てられていたのだ。それを村長が見つけ、村に持ち帰ったところ、丁度、子供が出来ずに悩んでいた若い夫婦が名乗りを上げた。
大紀は、その夫婦の元、明るく健やかに育ち、その持ち前の性格で、村人の太陽のような存在になった。
大紀が来てからというもの、村の争い事は激減し、農作物の収穫量も増え、狩りも、とても贅沢が出来るほどではないが、充分な量が確保できるようになった。
いつしか村人は、大紀を森の神が遣わせてくれた子と思うようになっていった。だから、大紀が、この森で事件や事故に巻き込まれるなどとは、思いもしなかったのである。それは、村長も同様であった。
集会場から出てきた大紀の母は、村長の顔を見るなり、その疲れきった顔の眼に涙を溢れさせ、嗚咽と共に崩れ落ちた。
村長は、その横を何も言わずに通り抜け、集会場の中に入っていった。
集会場の中は、しんっと静まり返っていた。
こじんまりとした空間の壁に、アンバー、翡翠、ガーネット、コーラルが、それぞれもたれ掛かっていた。クォーツは、いない。その表情は感情を含んでおらず、今、何を考えているのかうかがう事は出来ない。
「アブラハムは?」
村長の姿を視界の隅にとらえたアンバーが、顔を向けずに感情のこもらない口調で訊いてきた。
「帰ったよ、あれも忙しい立場じゃからの。」
村長も、無感情に応える。そして、足を止め、空間の中央に置かれている長テーブルを見る。
長テーブルの上では、大紀が裸で眠っていた。
村長は、長テーブルのすぐ傍まで寄ると、眠る大紀を眺める。
テーブルの上で大紀は、穏やかな顔で眠っていた。両足に大きな傷があるが、それ以外に外傷は見当たらない。ただ、その閉じられた瞼は、えぐれるように沈んでいた。
おもむろに、村長が大紀の脇に手をかけ、大紀をうつ伏せにひっくり返した。その背中を見、村長の歯が、歯ぎしりを上げた。
大紀の背中は、背骨に沿って、着ぐるみの背中のファスナーのように大きく切り開かれていた。
そこから見える大紀の内部には、内臓と呼べるものは何も無く、ぽっかり開いた暗い空間に、骨だけが綺麗に浮いているように見えた。
村長は、丁寧に大紀の身体を仰向けに戻す。その不自然に沈んだ瞼の下には、眼球は存在していなかった。
村長は、羽織っている着物を大紀の上にかけると、深々と手を合わす。
アンバー達は、その様子を、無表情で見守っていた。
村長が、アンバー達の方に振り向き、口を開こうとした時、集会所内に、村人達がなだれ込んできた。村長もアンバー達も何事かと村人達を見る。
「あんた達のせいよ!あんた達が、悪魔を連れてきたのよ!!」
大紀の母親が、アンバー達に向かって、涙ながらに叫ぶ。他の村人達も大紀の母親を抑えてはいるものの、同意見とばかりの眼を向けていた。
「あんた達さえ来なかったら、森に悪魔は来なかったのよ!!大紀を、大紀を帰してよ!!!!」
母親の非難を受けながら、この場にクォーツがいなくて良かったとアンバーは思う。
「やめんか!!」
その後も罵声を浴びせ続ける母親を静止しようとした村長の腕をガーネットが掴み、顔を横に振る。ガ―ネットは拳を握り、母親の罵声と村人の非難の眼に耐えていた。
4人の中で一番気が短く感情的なガーネットが耐えているのだ。他の3人が耐えないわけにはいかない。
結局、母親は、実に30分近くアンバー達に罵声を浴びせ続け、最後はその場に泣き崩れた。
母親が、村人に抱きかかえられるようにして集会場を出て行く。その間も、村人達は非難の眼を容赦なく向けてきていた。ガーネットの握り締められた拳からは、血がしたたっていた。
「すまん、わしが10年前にきっちり殺していれば、今回の事は起こらんかったのかもしれん・・・」
村長が、力無く言う。
その言葉を聞いたガ―ネットは、やはり、と思う。この村はつまるところ、不思議な力を持った大紀への無意識な信仰心と村長のカリスマ性で成り立っている。その柱のひとつを失った以上、村長の告白によって、村長への求心力まで失ってしまっては、村が荒れ、瓦解するのは目に見えていた。今、この村に必要なのは、全ての責任を押し付ける悪者なのだ。そしてその悪者には、余所者である自分達が最も適しているのだ。
「いや、組織を連れてきたんは俺等やろ。マンティコア兵とピースフロンティアの闘いが、呼び寄せたんや。じいさんが昔に殺してても、別の組織が来とったやろ。」
ガーネットが、村長に意図が伝わるように、真っ直ぐに見据えて言った。組織の事は、アンバーから聞いたのだ。でもな、とガ―ネットは続ける。
「俺等の弟分に手を出したんや。落とし前はきっちりとつけさせてもらわんとな。」
静かな口調で話すガーネットの瞳が、薄い琥珀色に染まっていた。
「そやね。大紀の中身も取り戻さんとあかんしね。」
コーラルは、言いながら、大紀の頭を撫でた。
待て!!と、村長が会話を区切る。
「組織には、頭を掴む為に国連のエージェントが潜入しとる。お前達が組織に介入すれば、国連はその目的を果たせなくなるやもしれん。そうなれば、お前達が国連入りする話も流れてしまうかもしれんのじゃぞ?アブラハムにとって、お前達は是が非でも欲しい逸材ではないのじゃ。」
「だから、自分の身可愛さに、受け入れて何もすんなって?」
村長の言葉にかぶせるように、翡翠が口を開いた。
「俺達が戦場でしか生きられへんとしても、世界に戦場なんていくらでもあるわ。そこで傭兵でもやって生活するわ」
アンバーが、続けた。
村長の顔が、今にも泣き出しそうに歪んだ。
「恩返しせんと、出て行くにも出て行かれへんと思ってたしな。恩返しどころじゃなくなったけど。」
そう言うと村長の返しも待たず、ガーネットとコーラル、翡翠は集会場から出て行った。その後に続いたアンバーが、出る直前に足を止め、背中越しに声を放つ。
「根城はどこや?」
村長は少し悩んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「魔境と呼ばれる、異常地場の森じゃ。その奥の高台に建つ、元カルト宗教の施設の廃墟を拠点にしておった。」
アンバーは、少し考える。そして、前にマンティコアのフルメタルソルジャーが出てきた森が、異常地場とか言ってたのを思い出した。
「分かった」
アンバーはそのまま、振り返る事無く、集会場から姿を消した。
陽が沈む頃から広がり出したどんよりとした雲が、月明かりを遮断し、細かい雨粒を落としている。
大紀が泣いていると、村人達は口々に呟いていた。普段なら恵みの雨を喜んでいるであろう森の樹々達も、心無しか悲しんで見えるのは、人の自分勝手な思い込みなのかもしれない。
村人が寝静まった、日が変わろうかという時間になって、雨に打たれながらぬかるんだ地面を踏みしめるアンバー達の姿があった。
マンティコア兵から回収した武器に身を包み、回収した黒の戦闘スーツに身を包んだアンバー達は、月明かりのない暗闇に完全に溶け込んでいる。
先程までショックで熱を出して倒れていたクォーツは、アンバー達が出る時に起き出してきたが、自分が足手まといになる事を承知していたのか、自ら後方支援を志願してきた。アンバーにしても、もとよりそのつもりだったので快諾したのだが、心労著しいクォーツの顔色は非常に悪く、出来る事なら何もさせたくなかったが、今から行う報復活動にはクォーツの能力は必要と考えたため、参加させることにしたのだ。クォーツにしても、少しでも関わった方がショックに対する心のバランスがとりやすいだろうと言うのは、アンバーの自分勝手な理屈だろうか。
アンバーは雨に濡れた翡翠の顔を、ガーネットの顔を、コーラルの顔を見つめた。
場数は踏んでいるとはいえ、今回のように私事の感情で出撃する経験がないため、変に気負ってしまうかとも思っていたが、皆の顔からは、気負いは感じられなかった。皆、引き締めた表情に静かな怒りを携え、その瞳は、薄い琥珀色が滲んでいる。誰がいつ暴走するかもしれない兆候に思えたが、皆、大紀の弔い合戦としての気持ちを強く持ち、それを抑え込んでいた。それは、アンバーも同様であった。
暴走を経験しているアンバーと翡翠は、感覚的に分かっているから可能に思えるが、暴走を経験していないガーネットとコーラルが暴走を抑え込めていることに、アンバーは驚いていた。2人のキラー因子は、暴走しないタイプなのか?もしくはキラー因子自体に、そこまでの本能がないのか?はたまた、別の要因なのか?理由は分からなかったが、とにかく、暴走していないという現状が、それだけでありがたかった。おそらく、今の状態が、最もポテンシャルを発揮出来るベストな状態に思えたからだ。
皆の顔を見つめていたアンバーが頷く。
それに応えるように、翡翠、コーラルが力強く頷いた。
「世界最強部隊に喧嘩売った事、死ぬ程後悔させてから、皆殺しや。」
軽口ように話すガーネットに、いつもの笑みは無い。
「いくぞ!!」
アンバーが満を持したように言い、皆が樹海に入ろうとした時、建物の影から、神妙な顔で村長が現れた。
「今や、ひとつの村の主が、虐殺行為をするんはまずいやろぉ。また、村人が狙われたらかなわんで?」
村長が口を開く前に、ガーネットが笑顔で言う。しかし、その眼は全く笑っていなかった。
村長が自分の立場と感情の板挟みにあい、精神の苦痛に顔を歪める。
「今回は、俺達に任せてくれ。村長は、クォーツを頼む。」
アンバーが言うと、翡翠とコーラルも村長を見て、笑顔で頷く。
村長の返事を待たずに踵を返そうとするアンバーに、村長はおもむろに近づくと、その手を取り、ズシリと思い物を掌に乗せた。
アンバーが視線を落とすと、掌にはオリハルコン成形の武器、その特性のせいで10神器に名を連ねる事が出来なかった不運の銃、そして、聖域においてのパールとの闘いにおいてアンバーの命を救った銃である『野櫻』が置かれていた。
アンバーは、驚きに満ちた表情で村長を見る。
「お前になら、野櫻が心を開くやもしれん。お前に託す。だから、必ず、一人も欠ける事無く、生きて戻るんじゃぞ!!」
村長は、野櫻越しにアンバーの手を握り、祈るように言う。
アンバーは力強く頷くと、野櫻を腰のベルトに差し込んだ。村長より託された野櫻が、ずしりとした重さを感じさせるが、それは、重量的な重さではなく、託された責任の重さなのだろう。
アンバー達を見る村長の姿が、酷く弱々しく見えた。
「当たり前やんけ!俺等は、世界最強部隊やぞ!!心配すんなや!!」
ガ―ネットは言うと、村長の背中を強く叩いた。咄嗟の事に、村長がむせた。
咳き込みながら、アンバー達を見る村長に、コーラルと翡翠が笑顔で頷く。
「クォーツを頼んだで。」
アンバーは言うと、踵を返し、樹海に向かった。翡翠達も、後に続き、その姿は樹海の中に消えて行った。
「必ず、生きて戻るんじゃぞ・・・」
その姿が完全に樹海に飲み込まれるまでアンバー達の背中を見送った村長は、雨の降りしきる空を見上げ、祈るように呟いた。