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Peace Frontier  作者: こたつ
11/18

樹海の闘い(4)


樹冠が密集して構成された幾層もの林冠に、まばらに超高木が頭一つ顔を出している。

その永遠とも思えるほど広がっている樹海の樹々に崇められるようにして、大きな山がそびえ立っている。

その単独山は、中腹まで緑に覆われているものの、上層部は岩肌を剥き出しにし、月に照らし出されたソレは、見るものを威嚇するかのようなシルエットで、まるで天に挑みかかるかのようだ。

ガルダのシンボルマウンテンとして有名なその山は、ここまで治安が悪くなる前、旅行用のパンフレットの表紙を飾っていただけあって、世界中の人々が知っているほど有名な山だった。

太古のガルダの民は、この山を神として崇めていたとされている。

その証拠に、山中にある洞窟の幾つかには、当時の壁画や供物、生け贄の痕跡が今なお残されているらしい。

ごく稀に、自らの身を危険にさらしても過去を紐解きたいという狂った欲求を持つ古代文明学者がやってくる。


その人口の高層建築物が一切見当たらない、太古の自然を思わせるガルダの大樹海の山側の一部に、この樹海には珍しく夜霧が発生しており、林冠の隙間から湯気のように立ち上ぼり、揺らめきながら一帯を包み込んでいる。

月明かりを乱反射しながら蜃気楼のように揺らめきながら夜霧に包まれた樹海は、空からみればとても幻想的なものだったろう。


その夜霧に包まれた樹海のさらに一部分に、白い湯気のような夜霧に混じって、少し黒ずんだ部分があった。

その場所は、外からの月明かりを乱反射しているのではなく、内側から仄かに橙に発色していた。

上空からみれば、全く気づかない、気づけないような極小の部分であったが。


その夜霧が立ち込める木々の間を抜け進む奇妙な一団があった。

樹冠が密集し、それらが太陽を求め藻掻くように枝葉を伸ばし形成された林冠によって日光を遮られたその下にはつる植物や着生植物は見られるものの、下草はほとんど見当たらない。

日光が地表まで届かないため、成長を阻害されている結果だ。

おかげで特に大型の動物たちにとっては、非常に移動しやすい地形になっている訳だが、それは人間にとっても同様だ。

昼までも日光が林間に遮られるため仄暗いのに、夜のため、漆黒の闇と化した樹海の腹の中に、複数の靴のソールが地表を踏みしめる音が響く。

この樹海で見かける風貌といえば、ここに住む村民や集落民、そして、反政府ゲリラや、傭兵が主だったものだが、この一団はそのどれにも該当しない。

いや、一団の半分以上は武装した傭兵のようだから、全く該当しないと言うわけではない。しかし、残り半分以下の人間達によって、奇妙に見えてしまうのだ。

彼等はジャングルに的さないスーツや白衣姿で、髪型は整えられており、知的な風貌をしていた。そして、彼等ほぼ全員にかけられた眼鏡の奥の瞳には、少なからず狂気の光が宿っているように見えた。

その歩みが生み出す足音は、ジャングル経験の乏しさを如実に表しており、普段、現代文明にまみれて生活を送っていることは明白だった。

さらに奇妙なのは、その先頭を進むガイドらしきガルダ人と共に進む老人だ。

しゃれこうべの上に薄い皮を貼り付けたような顔には深い皺が幾重にも彫られており、その半ば飛び出したような眼球は今にもこぼれ落ちそうだ。

老人の乗った自動走行式の車椅子の車輪はキャタピラーとオフロードタイヤの中間のような形状をしており、樹海の地表を独特な音で踏みしめながら進んでいた。


タイヤが土を抉る音を響かせ、かん高い自動走行式車椅子のモーター音が静かになった。

辺りには蒸せかえるような黒煙が夜霧を押し退けるように立ち込めている。見つめるミイラか即身仏の出来損ないのような老人の顔を、赤みがかった橙色に染める。


狂気を含んだ白目が黄色みを帯びた色に変色した瞳が見つめる先には、小学校の体育館ほどの開けた場所に設営された、軍用キャンプが映っていた。

いや、軍用キャンプだったものの成れの果てと言った方が正しい。

それというのも、軍用テントの大半は倒壊しており、破壊され発火した機材から燃え移った火の手は、未だ黒煙を撒き散らせながら燻り続けている。

キャンプを囲む樹々の幹には銃痕が無数に穿たれ、テントの強靭な布地にも銃痕や刃痕が残されている。

車椅子が甲高いモーター音を発しながら、進み始める。

ゆっくりと回転するキャタピラとオフロードの中間のようなタイヤが木の根の這う地面をえぐる音を聞かせる。

車椅子の老人を先頭に、奇妙な一団がゆっくりと歩みを進める。

壊滅した軍用キャンプの内に入った一団の前に、ここまで道案内してきたガルダ人のガイドが立ち塞がる。

「早くココを離れた方がいいデス。」

よく焼けた肌に大きな目、彫りの深いはっきりとした顔立ちの若いガイドは、怯えた表情で口を開いた。

「離れる?何故?」

車椅子を止めると、老人はキリキリと音が聞こえそうなカラクリ人形のような動きで、ガイドの青年の方に顔を向けた。

「こんなに商品が転がっているのに・・・」

老人の瞳に宿る狂気の色が増幅し、笑みを浮かべ開かれた口には唾液が糸を引いている。

若いガイドは、その老人の表情にまるで恐ろしいものを見たかのように後ずさる。

「これは傭兵やゲリラのキャンプではナイ。どこかの国の軍デス。それなら、連絡が取れなくなった場所には、すぐに応援が派遣されるはずデス。ここにいるのは危険デス!!」

顔に脂汗をベットリと浮かべ恐怖に顔を引きつらせながらも、若いガイドは気丈に言い放った。

そんな彼の様子を老人は冷ややかな目で見つめると、

「この森は変わらんね。9年前と何も変わらない。ガイドがいなくても平気だね、きっと。」

と言って、目を細めた。

老人の中の何かに背中に冷ややかなものを感じ、流れる汗を感じた若いガイドは、ズボンのポケットから札束を取り出し両手を前に差し出す。

「オカネは返しマス。これ以上は、案内できナイ!!」

若いガイドがそう言い終わると同時に、彼の眉間に小さな穴が開いた。

何が起こったか理解する暇も無く意識を奪われた若いガイドは、そのまま後ろに大の字で倒れた。手から札を撒き散らせながら・・・。

「お金は結構、返す必要はありません、あなたを買ったんですから。あの世でも先立つ物は必要かも知れませんしねぇ。」

ひゃっひゃと嗤う老人の針金のような指に握られたクラシカルな拳銃の先端から、微かな煙が上がっていた。

「あー・・・」

老人は、しんと静まり返る後ろの一団をカラクリ人形のような動作で見渡すと、

「なぁにをのんびり構えてるのぉ?早く処置しないと貴重な商品がダメになっちゃうでしょ?脳はおしゃかになっちゃったけど、それ以外はまだ新鮮なんだからさ。」

と今まで何度も繰り返し言ってきたような口調で言う。

目を細め、口角を上げる老人の狂気の表情を目の当たりにした樹海に不釣り合いな一団は、特にその狂気におののく素振りも見せず、その言葉を合図とするように、這い回る木の根の上にその身を晒す若いガイドの周りに一斉に群がり始めた。

衣服を剥ぎ取ると、鋭利な医療用のメスで皮膚を裂き、ピンク味を帯びた赤く美しい臓器を、眼球を、諸々を、手際よく取り出すと、次々と冷気溢れる容器に赤子を扱うように丁寧に納めて行く。

「彼は煙草を吸っていたねぇ・・・。それはC級品になるけど・・・まぁ、一応、売れるから回収しときましょうか。」

両手に両肺を抱え見せに来た医師風の男は、老人のその指示を聞くと、Cラベルのプレートがついた容器にその肺を納めた。

つい先刻まで生命活動を営んでいた若いガイドの身体がみるみる脱ぎ捨てられた着ぐるみのようになっていく様を、老人は車椅子の肘置きを指でトントンと鳴らしながら見た後、

「みんながみんな、その子に構ってあげることないでしょ?このキャンプの商品も回収してらっしゃい。」と、不気味な笑顔のまま、少々怒気を孕んだ声で言う。

そんな老人に対して、一団の医師風のインテリ達は、特にこれといった感情も見せる事なく、手慣れたルーチン作業といった風に、キャンプに姿を消して行った。

そのインテリ達の後を追う形で、武装した人間達も、キャンプに姿を消して行く。どうやら、インテリ達を護衛するのが与えられた役割らしい。

各々の役割をこなしに向かった作業員達を横目に、老人は車椅子のレバーを前方に倒す。ゆっくりと進み始める車椅子は、戦死者達の間を抜けて行く。

いくつかの戦死体には、医療用のメスを持ったインテリが群がり、必要物と不要物とを分類していた。

老人は、何者かに襲われ戦闘虚しく命を散らした兵士の戦死体に値踏みするような視線を向けつつ、キャンプの奥まった場所に設営されている司令官用であったろう、半壊している一回り大きなテントの中に入って行く。

3灯の電球に照らされたテントの中は、多量の血に染まっていた。その空間に、外のコンプレッサーの奏でる人工の音が、地震のように響いている。

大量の書類の散らばる地面剥き出しの床面には数人の指揮官クラスであろう死体が転がり、テントの内面に沿うように据え置かれた高級であろう機材からは、煙が揺らめいて火花が散っていた。

老人はその高級な機器には全く目もくれず、テント内の死体ひとつひとつを値踏みするような視線で舐めるように見て行く。

その最中、テント中央に置かれたテーブルの上の、散乱した書類の隙間から覗くひっくり返った灰皿と撒き散らされた大量の煙草に目をやった。

「まったく・・・グレードAの商品は、少なそうですね。」溜め息まじりの独り言を呟く。

「当然だろう、今日明日とも知れん命、兵士に禁煙を要求する程、上官も酷な事は言わんだろう。そんなもんにグレードAなんて・・・あんたも期待してしないだろ?」

「たまにはいるもんですよ、健康管理のしっかりした兵士と言うのも。それを見つけた時には、心躍るものです。」

不意にかけられた声に驚く様子も見せず、声のした方に老人はカラクリ人形のキリキリと音がしそうな動きで、首だけを回して顔を向ける。

そこには、テントのホロを捲って、テント内に足を踏み入れる青年がいた。

「心躍りませんか、アステア・ヴェルテシモ?」

老人にアステアと呼ばれた青年もまた、この樹海には不釣り合いな出で立ちをしている。

上下黒のレザー素材のジャケットとパンツ、インナーにはレオパード柄のシャツ。左手にだけグローブをはめている。

とても、樹海で見かけるファッションには程遠い。

髪は鮮やかなピンク色に染め上げられ、束感のあるヘアスタイルはまるで龍の鱗を思わせる。腰には、那国の刀が鞘に納められ、そこにあるのがさも当たり前のような自然さでぶら下げられていた。

「こんなに不節操に身体をいじくり回してる連中に心躍るわけないだろう。外の作業員達も商品になる部分が少な過ぎて、うんざりしてるだろうさ。」

アステアと呼ばれた青年は、そう吐き捨てながら、足元に転がる、身体に多くの機械を移植された死体を蹴り転がした。

このキャンプに転がる死体の全ては、同じように多かれ少なかれ、身体に機械が移植されていた。そう、ここはマンティコア兵の拠点司令部だったのだ。

「あなたは、マンティコアの機械化思想を大層嫌っているようですねぇ。」

「当然だろう、機械化して力を得ようなど、いかにもクソ野郎の考えそうなことだ。」

「そうですか。ですが・・・」

そう言うと、老人は、アステアの左手に視線を移す。

「そのカーボングラファイトの束を編み込んだ人工筋肉でできた左腕の義手も、マンティコア製でしょう?」

その老人の言葉に、アステアは明らかな嫌悪感の表情を浮かべた。

「それにしても、発がん性の高いカーボングラファイトを移植するなんて、恐ろしいマネをしますねぇ。」

老人はアステアの表情をまるで気にせずに、その左腕に、哀れみの視線を投げる。

「問題ない。こいつの発がん性は抑えられているそうだ。それに元の腕に一番近い動きを実現してくれるのがこの素材だっただけの話だ。腕さえ無事なら、誰が好んでこんなもの移植するものか、こいつらじゃあるまいし。」

そう言うと青年は目の前に横たわる死体の頭を踏み付け、足に力を込める。

「ひょっとしたら脳は使えるかも知れませんからね、潰さないで下さいよ?アステアくん。」

腐った野菜を見る様な視線で死体の頭を踏み付けていたアステアは、その言葉に頭を踏み潰す直前、我に帰ったように足をどかせた。

「それにしても、ここの状態は奇妙だ・・・」

青年はそう言うと、血痕飛び散るテーブル脇のイスに、勢いよく腰を降ろした。そして、テーブルの綺麗な部分に両肘を乗せ、指を組む。

「およそ火の手の上がる場所でないところにまで銃火機起因とは思えない火の形跡が残ってるし、兵の死体の大半は、内部から破壊されたり、なにか大きな力で押し潰されたりねじ切られたように思える・・・。」

「やつの仕業でしょう・・・間違えようもありません、この感覚・・・疼くんですよ、感覚を失った私の両足がね。」

アステアの疑問に返す老人の顔には憎しみの表情と同時に恐怖の表情が浮かんでいた。

「あんたの身体を下半身麻痺にしたと言う、超能力もどきの使い手の事か?だとしたら、この状況を一人で引き起こしたのなら、相当なものだな。」

アステアは組んでいた指を解き、イスの背もたれに腕を回すと、足を組んで恐怖と憎しみの入り交じる表情の老人を観察するように見る。

「9年間、やつに復讐する事だけを考えて生きて来ました。アステア、表現者<アーティスト>を通してあなた達には多額の依頼金を支払ったんですから、きっちり働いて下さいよ?でないと、あなただって、表現者に見放されてしまいますでしょう?」

つとめて冷静な口調を装う老人であったが、その感情を完全には隠せてはいない。

「別に俺は表現者に依存してる訳でもなければ、手下になった訳でもない。表現者と繋がっていれば、簡単に金が手に入るからそうしているだけだ。なにしろ俺には金が必要だからな。それより・・・」

アステアはそう言うと、老人の車椅子を勢い良く後ろに蹴り飛ばした。

「そこからはもう少し離れた方がいい。」

「アステア、いったいどう言うつもり・・・」

アステアに蹴られ、結果、急に後退した車椅子から投げ出されそうになった老人が口調を荒げたその時、テントの防弾・防刃の布地がいとも簡単に裂け、斬撃と共に一人の兵士が先程まで老人がいた場所に飛び込んできた。

アステアは足を組み座った状態のまま、斬撃と共に現れた兵士に観察するような視線を送る。

「急に通信が不能になったから戻ってみれば・・・。貴様達か、我らが同胞と上官殿を殺戮したのは!?」

怒りの表情を浮かべ叫ぶその兵士の顔は左半分しかない。いや、生身の部分が半分しかないというべきか。顔の右半分と頭を含む全身は禍々しいまでの金属機械に覆われており、両手にはネオカーボナード製と思われる高周波ブレードが静電気のような放電現象を刀身に纏いながら、ハチの羽音をさらに甲高くしたような音を響かせている。

ブレードは高周波のお陰で血ひとつ付いていないが、腕と機械の身体にいくつかの返り血が見えることから、このテントに来るまでに、一団の人間を幾人か殺してきたらしい。

「なんだ、このクソ野郎は?もう人間とよべる代物じゃねぇな。」

その台詞が終わるか終わらないか、兵士は瞬時に間を詰め、イスに座ったままのアステアを斬りつけた。

しかし、真っ二つになったのはイスだけで、アステアはテーブルの上にいつの間にか移動している。

「逃げ足だけは素早いじゃないか。」

兵士はテーブルの上のアステアを見上げそう言いと、アステアの腰に携えられた刀に視線を移す。

「そのブレードは・・・確か、katanaだったか?と言う事は、貴様、那国の侍か?」

兵士は再びアステアを見上げると、馬鹿にしたかのように口角を上げる。

「テーブルの上から俺を見下ろすか。未だに鉄ごしらえのkatanaのみで闘う、時代錯誤も甚だしい兵士が、随分と余裕を見せてくれるな。」

兵士は左半分の顔に笑みを浮かべそう言うと、片手のブレードをアステアに向けてかざしてみせる。

「ネオカーボナードの高周波ブレードだ。最先端の武器だよ。その武器をさらに最先端であるフルメタルソルジャープロトタイプ、コード・samuraiの俺が扱う。俺のブレードを受けとめた途端、貴様の刀ごと真っ二つだ。同じサムライの名が与えられている者同士でも、その差は歴然なんだよ。理解出来るかい、那国の若きサムライソルジャー?」

饒舌な演説を聞いても尚、アステアは刀に手を添えるでもなく、テーブルの上から悠然と見下ろしたままだ。

「貴様・・・!!」

その姿が癪に障ったか、samuraiはアステア目掛け、ブレードを横薙ぎに振る。

しかし、またもブレードは空を斬り、アステアはテーブルの向こう側へと移動していた。

「その腰の刀は飾りか!?」

samuraiは叫びテーブルを叩き斬ると、両ふくらはぎに付いた2対のスラスターを始動させ、瞬時にアステアとの間合いを詰め斬り掛かる。

スラスターと人工筋肉と超硬度人工骨格が産み出す速力と脚力、腕力は人間のそれを遥かに超越し、特に両腕から振るわれる2本のブレードは、目にも留まらぬ速さだ。

しかし、それをアステアは、身体を移動させ、身を翻し、まるで舞うかのように躱していく。依然、刀は腰の鞘に納まったままだ。

samuraiは背中のスラスターをも起動させ、さらにそのスピードを上げる。

しかし、それでもアステアの身体に2本のブレードが触れることは叶わない。全て紙一重で躱されていく。まるでsamuraiの動きがあらかじめ解っているとでもいう風に。

samuraiが放った大振りの一撃を大きく躱すと、アステアはsamuraiから3メートルほど距離を取り、相変わらずの観察するような視線を投げる。

瞬時にその人間離れしたスペックで間合いを詰め斬撃を繰り出し続けるsamurai。

まるで攻撃を予知しているかのように最小限の動きで躱し続けるアステア。

テント内のテーブル、書類、機器、設備がsamuraiによって斬り裂かれ、宙を舞う。

切断された舞い上がった配線コード類から放たれる火花に包まれながら戦闘中の二人は、さながら大舞台のバレイダンサーのようだ。

そのバレイダンサーと同じ部隊で落下してくる、斬り裂かれた破片を焦り顔であくせくと躱し続ける車椅子の老人。

まるで、質の悪いコメディーを見ているような場面が繰り返され続ける。


「えあぁぁぁっっ!!」


大声と共に大振りの斬撃を繰り出したsamuraiを踊る様な動きで舞い、アステアが再び距離を空ける。

相変わらずの涼しい視線を送るアステアの瞳に映るsamurai、そのsamuraiのブレードを持つ手首が刹那、垂直にスライドしたかと思うと、そこにガドリングの砲身が現れた。

その砲身が高速に回転し始めた途端、無数の弾丸を高速で吐き出し始めた。

アステアは若干目を細めながら、右へ左へと走り、的を絞らせないようにしながら弾丸を躱す。

「銃器とは・・・samuraiが聞いて呆れる。」

静かに呟いたアステアの言葉を驚く事に、けたたましい銃声の中で聞き取ったらしいsamuraiは、その顔に歪んだ笑みを浮かべると、

「那国のサムライ達の中にも、魂と言えるカタナを捨て、銃を持つ者も出て来ているらしいぞ!!」

と、嗤いながら叫んだ。

「嘆かわしい・・・」

いっそう静かに呟くアステアの耳に、爆音の銃声にまぎれた微かな悲鳴が聞こえた。

アステアは、叫びが聞こえた方向に視線のみを向ける。

「アステア!!逃げ回ってないで、何とかしなさい!!私が死んでしまうっ!!!!!」

そこには、飛び散る破片や銃弾の流れ弾に当たるまいと、顔中に汗を浮かべながら必死に車椅子を動かす老人の姿があった。

子供向けのアニメのワンシーンだ・・・。

アステアは軽く溜め息をつき踵を返すと、利き足に力を込め、samurai目掛けて走り出した。

猛スピードでsamuraiとの距離を詰めるアステアのすぐ傍を、無数の銃弾が通り過ぎて行く。

今まで左右に逃げ回っていた標的が、急に直線の動きで真っ直ぐ自分に向かってきたため、狙いが付けられないsamuraiは、砲身を手の中に収納し、手首をスライドして元に戻すと、ブレードを握る右手に、左手に、力を込め、振るうタイミングを測る。

警戒すべきは、アステアの腰にぶら下げられたカタナ。

未だ抜刀されていないその腰のカタナのみに意識を集中する。

アステアが抜刀しようと、その柄に手を添えた瞬間、抜刀するその一瞬前に間合いを詰めて斬り捨てる!!

samuraiはブレードを構えたまま、ふくらはぎのスラスターがいつでも火を噴けるようにスタンバイした。


samuraiとアステアの距離が3メートルに迫った。

しかし、アステアの右手は、未だカタナに触れようとはしない。

余程、速抜きに自身があるのだろう・・・samuraiは焦る事無く、ブレードを握る手に力を溜め、さらにアステアのカタナに集中する。


samuraiとアステアの距離が2メートルを切った。

未だ、アステアの右手は、動く素振りを見せない。

samuraiの顔の生身の部分に、僅かに汗が滲んだ。


samuraiとアステアの距離が1メートルを切る。

アステアの右手は、動かない。

まさか・・・samuraiの顔の生身の部分が、じっとりとした汗に濡れた。


次の瞬間、ブレードを構えたままのsamuraiの脇を、アステアが走り過ぎた。抜刀する事なく・・・。


samuraiの生身の顔に血管が脈打ち、怒りの表情が浮かぶ。

「貴様、いつまで逃げ回ってるつもりだ!!それでも那国のサムライか!?闘え!!抜刀しろっっっ!!!!」

口から唾液を飛び散らせ、怒りのままに荒ぶるsamurai、その額の生身の部分に浮かび脈打つ血管は、今にもブチ切れそうである。

「なにを言ってる・・・」

そう言って、samuraiの方に、足を止めたアステアが静かに振り返る。

「抜刀なら、もうした。」

細めた眼から鋭い眼光を向けられたsamuraiは、その大半を機械に占められた身体に、強力な電気が走ったような感覚に捕われた。

しかし、その感覚は、怒りに支配された彼には些細な事だったのだろう。

「何を・・・言ってる?俺の眼球型カメラは、銃弾すら捕らえる。貴様が抜刀するところなど、見ておらんわ!!嘘なら、もっとまともな嘘をつけっっっ!!!!!」

samuraiは怒りそのままに、左手に握りしめたブレードを、横に転がっていた機材目掛けて振り下ろした。

ブレードを通して怒りを叩き付けられた機材は、鈍い破壊音を響かせながら、破片を撒き散らす。

撒き散らすはずだった。

しかし、そこでsamuraiは初めて、何か異変を感じた。

何かがおかしい・・・。

そう、機材から破壊音が聞こえなかったのだ。

samuraiは、機材の方に視線を向ける。

そこには、破壊されることなく、転がっているだけの機材があった。

わけもわからず、samuraiは視線をアステアに戻す。

samuraiの視界に映ったアステア。

そのアステアの手には、ブレードを握りしめたsamurai自身の左手が握られていた。

状況が飲み込めないままに、samuraiは自分の左手を、左手があった場所を見た。

そこには、見事に鋭利な断面を残して肘から先が消え失せていた。


「あああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・!!!!」


自身の理解を超えた事態を目の当たりにし、逆上したsamuraiは、ブレードを持つ手を再び手首からスライドさせ、出現させたガドリングからアステアに向け弾雨を放つ。

今までのように、アステアは神速で躱すかと思いきや、意外な事にアステアはその場を動かず、黒い革手袋に覆われた左手を眼前に差し出し掌を開いた。

途端、アステアの開かれた掌の前に半透明の光り輝く琥珀色のシールドが現れたと思うと、そのシールドは降り掛かる銃弾の雨を全て防いでみせた。

samuraiは逆上しているからか、その超常的な現象を目の当たりにしても驚きの表情ヒトツ見せずに、手首を元の状態に戻すと、ブレードを超振動させ、血走った目を見開きながらアステア向けて地面を蹴る。

アステアももう躱す事に飽きたのか、ゆっくりとした流れるような動作で抜刀すると、その抜刀動作の延長線の動きであるように流れを乱す事無く構え、迎え撃つ。

刹那、金属音が空間に響き、交差された高周波ブレードと刀は火花を散らせながら鍔迫り合いの状態になった。

途端、samuraiの血走った目と口が歓喜に歪む。

それもそのはず、この瞬間、勝負が決した事は、素人目にも明らかであった。

ネオカーボナード材の超振動するブレードは、ただの鉄を鍛え上げただけの刀など難なく粉砕するからだ。

「お前の刀〈魂〉が粉砕された瞬間、お前の身体も真っ二つだ!!」

超振動するブレードを刀身に受け、火花を散らせ続ける刀ごしにアステアの顔を覗き込みながら、samuraiは勝利を確信した叫びを上げる。

しかし鍔迫り合いの向こうのアステアの顔を視界に捕らえた瞬間、samuraiの背筋に得体の知れない冷たいモノが這い回った。

鍔迫り合いの向こう、火花に照らされたアステアの顔・・・。

それはsamuraiの予想に反し、焦りどころか、今までと何一つ変わらず、無表情で観察するような視線のままだったから・・・。

samuraiがそれを感じた直後、金属の折れる鋭くも軽い音が空間に響き、刀身が宙に舞う。

samuraiは、この瞬間を待っていたと言うように、背中の寒気を押し切り、刀を叩き折った勢いそのままに、アステアを斬りつけた。

その後、一部始終を見守っていた車椅子の老人の眼に飛び込んできたのは、肩口から反対側の肋まで斬られ、崩れ落ちる哀れな機械人形の姿であった。

その斬り口は芸術的なまでに美しい。

常識に反し、折れ飛んだのは、samuraiの高周波ブレードの方だったのだ。

刀を振り、血色のオイルを刀身から飛ばしたアステアは刀を鞘に納めながら、無表情のまま地面に転がるsamuraiを見た。

その表情は、勝利を確信した笑みを浮かべたままで絶命していた。

常識に反した状況を疑問に思う事もなく、己の敗北を、死を、それすら把握することもなく。


たたずむアステアの傍に車椅子の老人が近づく。

「侍の魂は、先端科学技術でも砕けませんか・・・」

ひゃひゃひゃっと卑下た笑い声を発する老人を一瞥すると、アステアは反応することなく地面に転がるsammuraiの切り離された腕をおもむろに掴み上げた。

その手に握りしめられたままの、高周波ブレードをマジマジと見る。

柄を握りしめている指を一本一本丁寧に剥がし、その高周波ブレードを自身の手で掴む。

ブレードの柄から引き剥がされ重力に引かれ落下する腕に、アステアが奪ったブレードを振るう。

ヒュンッと言う風を斬る音と同時に、一瞬、キンッと言う金属音が混じる。

ガシャン・・・と音を立てて地面に落下した機械仕掛けの腕は、見事に真っ二つにされていた。

ヒュウー・・・と老人が口笛を鳴らす。

「ほぼ形状が同じなだけあって、扱い慣れた物ですねぇ、そのブレードが気に入りましたか?」

「見た目は近くとも、コレには魂がない。だが、玩具としては丁度良い。」

アステアはsamuraiの亡骸からブレードの鞘を外した。

丁寧に、まるで、samuraiに対し、敬意を表するように。

その鞘にブレードを納め、自身の刀とは反対側の腰にぶら下げると、アステアは老人を残し、テントの外に出て行った。

残された老人は、先程、アステアが斬り折ったsamuraiのブレードを見つめていた。

「玩具・・・ねぇ。」

マンティコアの技術の粋を集められて造られたブレードの切っ先は、炎の光に照らされ、美しい光を放っていた。


テントの外に出たアステアは、近場の手頃な岩に腰を降ろし、煙草に火を点けた。

肺一杯に吸い込むと、ニコチンと共に、熱帯雨林特有の湿気の多い空気が広がる。

それをゆっくりと吐き出すアステアの前を、箱一杯に容器を抱えた医師風のインテリ数人が歩いて行った。

インテリが歩いて来た方向に眼をやると、そこには先程までインテリの護衛についていた武装した人間の亡骸が転がっていた。

おそらくはsamuraiに殺害されたであろうその武装した人間の亡骸は、内臓などのリサイクル可能なパーツを取り除かれ、脱ぎ捨てられた着ぐるみのようになっている。

「仲間でも、死ねばそく商品か・・・。」

アステアが初めて機嫌の悪そうな表情を浮かべた。

「早く、こんな仕事は終わりにしたいもんだ・・・クソが!!」

呟きながら、一気に煙草の煙を吸い込んだ為、危うく咳き込みそうになる。

「随分、時間がかかったみたいだなぁ、新入り?」

いつの間にか、岩に腰掛けたアステアの背後に銃火機を持てるだけ装備した大男が立っていた。

刈り込んだ坊主頭に、ボディービルダーのように隆起した筋肉がTシャツに張り付いている・・・漫画に出てくる軍人そのままだ。

「ノーマッド・・・」

アステアは大柄な男を一瞥する。

「まぁ、傷ひとつ負ってないのは評価に値するんじゃないかしら?」

大柄な男に次いで近づいたのは、小柄で細身、黒髪をツインテールにした、浮腫んだ顔に多数の吹出物をこしらえた醜女だ。

露出の多いゴスロリの衣装に身を包み、アサルトライフルとスナイパーライフルを携えた彼女は、安っぽいポルノ女優のようだ。

大きく開いた胸元からは、無理矢理寄せて上げられた結果生まれた谷間が覗いている。今にも貧そうな胸から悲鳴が聞こえてきそうだ。

「キャリー・・・」

アステアは醜女を見ずに言う。

「そうかぁ?こいつ、俺の接近に気付いてなかったぜ?俺が敵だったら、こいつ、もう死んでるぜ?」

キャリーと呼ばれた醜女の言葉に、ノーマッドと呼ばれた漫画の軍人のような男が食って掛かる。

「新人イジメも、その辺にしておけ」

最後に近づいて来たその声の主は、長身でバランスの取れた体躯をした短髪のドレッドヘアを真っ白に染めた黒人だ。

その背中には、身の丈程ある忍者刀を携えている。

「我々は表現者の傭兵。アステアとてココにいる以上、表現者が認めた逸材に違いないのだから。」

「柳の言う通りよ!!」

キャリーは乙女の顔でそう言うと、柳と呼ばれた白髪の黒人にまとわりついた。

「なんだと、この醜女!!気持ち悪ぃーんだよ、ぶっ殺すぞっ!!!!」

そんなキャリーにノーマッドが、ただでさえ熱苦しい筋肉をさらに隆起させて凄む。

「誰が醜女よ!!やれるものならやってみなさいよ!!!!」

キャリーは売られた喧嘩を即買いし、アサルトライフルを構える。

「やめないか!!」

柳の怒号にキャリーとノーマッドが飼い主に叱られた小型犬のように固まる。

そんな二人に対し、柳は軽い溜め息をつき、

「どちらが勝つにせよ、お互いただでは済まないんだ。無駄な争いはせず、仲良くしなさい。僕たちは・・・」

「チームなんだから・・・でしょ?」

柳の言葉をキャリーが引き継いだ。

いつものやりとりなんだろうな・・・

三人の様子を無感情な表情で観察していたアステアは思う。

三人はその後,二言三言会話し、ノーマッドとキャリーは樹海に消えて行った。

彼らの役割は、車椅子の老人率いるインテリ軍団を広域に警護する事だった。

老人の軍団を全く危険に晒さぬように、老人から最も遠い場所で危険を排除するために。

先程のやりとりから察するに、samuraiはアステアの実力を試す為に、わざと見逃した・・・と言ったところか。

このツケはおそらく後程払わせられるだろう。老人にグチグチ嫌味を言われる程度だろうが。

そんな事を思考しているアステアの前に、柳がしゃがみ込んだ。

「まったく、アイツ等には困ったもんだ。」

「いえ、彼らの言う通りですから。このチームは長いんですか?」

アステアは表情豊かな笑顔で柳に問いかける。

「ああ、もう3年になる。ずっと3人でやってきたからな、急にお前が派遣されてきたから、戸惑ってんだ。許してやってくれ。」

柳は立ち上がりながら優しく言葉をかける。

「もちろん。気にしていません。」

柳は、アステアの言葉に頷くと、自身も自身の役割に戻るため、樹海の中に向かい歩いて行く。

「柳、気遣い、ありがとうございます。」

アステアは立ち上がり、柳の背中に向かって、先輩に感謝をする後輩の見本の様な立ち振る舞いで声をかけた。

柳は手を挙げ、その言葉に応えると、急に思い出したかのように振り返った。

「アイツ等も言ってたが・・・近づく俺達の気配くらいは気付いてくれよ?」

笑顔でそう言うと、柳は樹海に音もなく消えて行った。

柳の姿が消えて暫くし、アステアは再び岩に腰を降ろすと、煙草を地面に落とし、赤茶色革のブーツの白いソールの踵でねじり消す。

「気付いていたさ・・・とっくに。」

空を見上げたアステアの視界には、樹冠に覆われ、星一つ見ることは出来なかった。

「クソが・・・」

アステアは呟くように毒づいた。






上空からもれば、シンボルマウンテンを抱えたガルダの樹海は地平線な彼方にまで広がっているように見える。 

その樹海が、月明かりに照らされて、幻想的な世界観を浮かび上がらせていた。

その腹の中で行われている出来事を隠蔽しているかのように、上空から見たガルダの樹海は恒久に続き続いてきた大自然の営みのみが起こりうる、平和そのものだ。

しかし、実際、その腹の中では、近年、テロ組織や犯罪者、傭兵や怪しい新興宗教達が入り込み、不自然な営みによって、独特の血なまぐさが蔓延している。

それでも、この樹海に住まう人達は、慎ましくもこの樹海と共に生き、そして死ぬ事を望むのだ。

しかし、この樹海内にいくつかに分かれて彼等の住まう彼等の集落もまた、闇夜の帳が降りた今、月明かりだけではその存在さえも確認出来ない。


その樹海の一部分、霧がかかった場所。

老人と医師風のインテリと護衛兵、そしてアーティストなるものから派遣された傭兵達が、彼等の生業である商品を人間の肉体から取り出す作業を行っている場所から、3kmほど離れた場所。

上空から見る限りそこは、すぐ側に大きな滝が見えるだけの、樹海の他の場所となんら代わり映えしない、ありふれた場所に見える。

耳を澄ませば、大滝の、水が上空から滝壺に落ちる音が聞こえてくる以外は、静寂そのものである。

その静寂が、なんの前触れも無く、突如破られた。

轟音と共に大滝の周囲の林冠から悲鳴のような鳴き声と共に2、30羽の鳥達が月に照らされた闇夜に飛び立つ。それとほぼ時を同じくして火の手が上がった。

その轟音は樹海に反響しながらこだまして、徐々に小さくなり、やがて再び静寂に包まれた。

しかし、先程までとは違い、大滝の側で上がった火の手は、未だその周囲を赤い炎で照らしている。



戦闘を見つめるガーネットとコーラルの顔に、明らかな驚愕の表情が浮かんでいた。

ガーネットのその腕に包まれた子供のガルダベアは、恐怖の余り、ブルブルと震えている。


樹々を焼く炎の赤い光が紅味の差したその頬をさらに赤く染めていた。

傷一つついていないその顔は、恍惚の表情を浮かべている。

火の光に照らされ恍惚の表情を浮かべる翡翠の姿は、ひどくエロティックに見えた。


アンバーは爆風に飛ばされながらも何とか着地の際に受け身をとり、そのまま転がるように、身近の岩陰に身を隠した。

自分が身を隠せば、ガーネットやコーラルがその標的にされるリスクもあったが、今の翡翠にとって、強者こそ自分の欲望を満たす対象であると考えられたため、自分以外に注意が向くとは思えないための判断だ。

すでにアンバーの身体のあちこちからは、翡翠の高周波ブレードによる傷が多数つけられており、刃物特有の、傷の浅さの割に激しい出血が、その身体を濡らしていた。

一瞬、左肩に鈍痛を感じ、アンバーはその場所を見やる。

そこには、爆発によって木っ端みじんにされた樹木の破片が突き刺さっていた。

歯を食いしばり、呻きながらその破片を一気に引き抜くと、一瞬激しく血が噴き出し、その血は肩から肘を伝って滴り落ちた。

アンバーは、グランドゼロ(起爆地点)を見る。

そこに群生していた樹木は姿を消し、球状の空間に変わっていた。それを囲む樹木のいたるところから火の手が上がっている。

翡翠の斬撃を躱しながら距離を取って闘うアンバーにイラついた翡翠が、高周波ブレードの鞘に仕込まれたプラズマ砲を放った結果だった。

先程闘ったフルメタルソルジャーも変形し、プラズマ砲を放った。その威力に比べれば、翡翠の放ったソレは、規模、威力ともに劣るものだった。しかし、対人間兵器としては充分過ぎる威力は持ち合わせている上に、なにより腰のベルトにボールジョイントによって取り付けられたソレは、小回りが利き過ぎる。兵士一人が扱う銃火器としては明らかなオーバースペックであると同時に、やっかいの極みだ。

もちろん、オーバースペックの兵器だけあって、それを扱う兵士にも応じたポテンシャルが求められる。しかし、翡翠には、その資質が十二分にあるのだ。

アンバーは、岩陰から顔を少し覗かせると、アサルトライフルの銃口を覗かせ、翡翠のいる方向に向けて引き金を引く。

しかし、翡翠はその場から動く事もなく、左肩から発生させている、おそらくは無意識に体内のオリハルコン粒子を霧状に放出したものをカーテンのように自身の前に展開すると、自分目掛けて飛んできた銃弾を全て防いでみせる。

それでアンバーの位置を把握した翡翠はうっとりとした表情で、一足飛びに斬り掛かってくる。

今の翡翠には何故かオリハルコン粒子を展開したセンサーが使えないらしい。

アンバーは、即座に翡翠の行動を予測し、事前に動く事で、並外れたスピードで動く翡翠の攻撃を躱す。

しかし、その度、アンバーの予測を越えた動きをする翡翠に、斬り傷を増やされていく一方だ。

翡翠との戦闘開始から、嫌というほど繰り返されているやりとり。

しかし、傷とともに増えていく出血量からも明らかなように、時間と共に、状況はアンバーに不利になっていた。

アサルトライフルからサブマシンガンに持ち替えたアンバーは、防がれるのを承知で引き金を絞る。オリハルコン粒子のカーテンが翡翠の身を覆うのと同時に、翡翠の死角をついて、樹木の幹や岩など、自然の遮蔽物を移動して行く。

あのカーテンの強度は相当なものだが、寸分狂い無く弾丸を数発打ち込めば、貫通出来る事は解っていた。しかし、それは、射撃反動の大きいアサルトライフルやサブマシンガンでは不可能な芸当だった。

アンバーはホルスターからハンドガンを引き抜くと、隠れた樹木の幹から最小限の身を晒し、狙いを付ける。

が、その時、翡翠と眼が合った。

見つかった!!しかし、この距離であれば、翡翠の斬撃よりも、自分の銃弾の方が速い!!

そう思った瞬間、翡翠は片方のブレードを鞘に戻すと、腰のボールジョイントを巧みに操作し、プラズマ砲と逆の方の鞘の底についた銃口を向けた。

本能的に命の危機を察したアンバーは即座に鞘に狙いを付け、引き金を引くと同時に、全力ダッシュでその場を後にする。

その直後、プラズマ砲と対になった鞘に搭載された荷電粒子砲から発せられた荷電粒子が、接地した一体を破壊した。

アンバーは粉々になった樹木や岩などの破片、土砂にまみれながら、その爆風に飛ばされ、地面に叩き付けられた。

肺に激痛が走り、呼吸が止まるが、それでも歯を食いしばり足を動かして、自然の遮蔽物に身を隠す。

荷電粒子砲が放たれる直前、アンバーの放った弾丸が鞘に当たって弾道を逸らせたため、直撃を回避できたのは幸運というしかなかった。

アンバーは数少ない下草に伏せて、息を整える。

呼吸が整ってくるにしたがって、身体のあちこちから痛みが自覚させられる。

あちこちから派手に出血はしているものの、主要な動脈は無事のようだ。脇腹の痛みも、内臓に損傷はなさそうだが、肋骨が何本か折れたかもしれない。足首にも鈍い痛みがあるが、幸い、骨折はしていなさそうだ。

アンバーは下草に伏せた状態で翡翠を観察しつつ、ジリジリと匍匐前進で慎重に移動する。

翡翠は、相変わらずの紅らんだ頬に卑猥な笑みを浮かべながら、特に動く素振りも見せずに、うっとりと立ち尽くしている。

それにしても・・・と、アンバーは、翡翠の両腰にぶら下がった一対の鞘に視線を移した。

片方の鞘・・・プラズマ砲。

プラズマは大気中に放たれると、急速にエネルギーが逃げ出しプラズマ状態を維持出来ないため、磁界でプラズマを包み込み標的にぶつける必要がある。しかし、理論上は可能であっても実用化は不可能と思われていた。

数年前にマンティコアによって実用化された事で、マンティコアを軍事兵器産業国家のトップに押し上げた訳だが、同時に、自称を含めた数多ある軍事国家をザワつかせた。それから僅か数年で、先程のフルメタルソルジャーサイズですら驚愕に値するのに、鞘としては大型とは言え、鞘サイズにまで小型化に成功しているとは。

そして、もう片方の鞘・・・荷電粒子砲。

名前の通り、荷電粒子を高速で打ち出す兵器だが、粒子加速器を巨大過ぎるサイズにせざるをえないこと、そして莫大な電力を必要とすること、そして地磁気の影響で容易に偏向すること、などの理由から、数年前まで架空の兵器としてまともに研究もされてこなかった。

そんな中、これも、試作品を完成させたのはマンティコアであり、当時、その技術面において多いに評価はされたが、その巨大過ぎるサイズと莫大な電力がネックとなり、軍事国家を名乗る国々は、同時期に発表されたプラズマ砲の方に興味をしめし、荷電粒子砲は表舞台にその姿を晒すことは無かった。

そのプラズマ砲ですら、コストや複雑な事情が絡み合い、三大軍事国家に少量配備された程度だったのだが・・・。

世間には知られていない、僅かな軍事関係者のみ知る兵器である。

それを、どのような技術をもってか知らないが、問題を解決したあげく、これも不可能と言われた小型化をここまで実現するとは・・・。

アンバーは、この一人の兵士に装備させるにはオーバースペック過ぎる一対の兵器を見ながら、マンティコアの行く末に不穏なものを感じずにはいられなかった。

ただ、いつか訪れるかもしれない不穏な未来よりも、今直面している危機の方が急務であることは明白で、アンバーは匍匐前進のまま廃棄され朽ち果てかけている、樹海に住み着いた無法者共が使っていたであろう車までに移動すると、滑る様な動きで、その影に身を滑り込ませる。

その位置から翡翠を狙撃するべく、ハンドガンを構える。

今までことごとく銃弾をシャットアウトしてきた、翡翠の左肩から発生している靄のカーテンようなオリハルコン粒子、あれを突破するには、寸分違わぬポイントに連続で銃弾を叩き込む必要がある。それをするには、銃弾を発する度に銃身が大きく跳ね上がってしまうサブマシンガンやアサルトライフルには不向きだった。比較的跳ね上がりの少ない、かつ自分の最も得意とするハンドガンこそが可能にするのだ。

狙いを定め射撃するために、アンバーは樹の影から一瞬顔を覗かせる。

構え、狙いを定めた瞬間射撃する特技を持つアンバーにとって、この一連の動作は、さも当たり前のように自然で、流れるように行われた。

その動作が、一瞬止まる。

翡翠に位置を特定されぬように動いた。察知されぬように細心の注意をはらって移動した。翡翠はアンバーの位置を見失っていた。

・・・はずだった。

しかし、アンバーが樹の幹の影から一瞬顔を覗かせた瞬間、翡翠と目が合った。

さもアンバーがその位置に移動するのを予知していたかのように、こちらに首をもたげかけて、トロンとした眼で視線を送っている。

ー誘導された!?ー

アンバーの背中に冷たい汗が噴き出した。

しかし、だからといって、どうする事も出来ない。ここから移動しようにも、イニシアチブは向こうにある。この状況において、最も理にかなった行動は・・・このまま射撃する事だ。

アンバーが引き金を引くのと、翡翠がアンバー目掛けて駆け出したのは同時だった。

アンバーに向かって走る事はすなわち、自分に放たれた銃弾に向けって走るのと同意だ。アンバーはおそらく翡翠が銃弾を躱すであろう方向を先読みして、そこにハンドガンの銃口をポイントする。

しかし、アンバーの読みは外れる。

翡翠は躱さなかった。

翡翠に向けて2連射された弾丸。1つめの弾丸の直後に隠れるように、寸分違わぬ位置を飛ぶ2つめの弾丸。その1つめが翡翠に着弾する刹那、一瞬火花を散らし、2つの弾丸がほぼ同時に真っ二つになった。

翡翠が、その両手に握った2本のマンティコアの最新型高周波ブレード。それを振るった結果だった。

一瞬、その神がかった絶技に、アンバーの時間が止まった。

一瞬後、我に戻ったアンバーの前に、すでにブレードの間合いにまで接近した翡翠がいる。

反射的にアンバーが翡翠にハンドガンを向ける。

翡翠の左手に握られたブレードが、ハンドガンを握ったアンバーの右手めがけ、斜め下から襲いかかる。

それを察したアンバーは、ハンドガンを手放し、腕を引く。

持ち主を失ったハンドガンの、重力に引かれて落下する直前の一瞬の無重力な状態に、ブレードが襲いかかる。

ブレードは一瞬の火花を散らせ、いとも簡単にハンドガンの銃身を真っ二つにした。

直後、翡翠の右手に握られたブレードが、斜め上からアンバーに襲いかかる。

アンバーは、アサルトライフルを身体の前に引き上げ、材質の密度の高いボディ部でブレードを受けとめた。

超高速で振動する高周波ブレードとアサルトライフルのボディが接触し、チェンソーのような甲高い音と、火花が散る。しかし、1秒と持たず、アサルトライフルは真っ二つにされてしまう。

アサルトライフルを真っ二つにし、ブレードが振り抜かれたその剣閃をなぞるかのように、アンバーの身体から鮮血が噴き出した。

アンバーは、ポーチから手榴弾を取り出し、ピンを指で弾いて抜くと、翡翠の前に落とし、近くの岩陰に全力で飛び込んだ。

爆発まで3秒、苦し紛れのこのアタックは、勿論翡翠に傷など負わせられない。翡翠は爆発までの時間で、充分、退避した。

しかし、アンバーとて、それは百も承知、この攻撃で翡翠をどうこう出来るとは考えていなかった。翡翠から時間と距離をとる事が目的の行動だったのだから。

とりあえず、目的を達したアンバーは、岩陰で呼吸を整えながら、胸から脇腹にまで続くブレード傷に手をやった。

軋むような痛みと、出血が酷い。が、出血の割には傷は奇跡的に深くはないようだ。アンバーは体内のオリハルコン粒子を少々コントロールし、出血量を抑えた。

その時、頭の中に、誰かが自分を呼ぶような声が、かすかに聞こえた気がした。

ー身の内に潜む、得体の知れない虚無か!?ー

アンバーは、即座に緊張する。身体の奥底で常に自分を見つめる本能、キラーDNAが再びアンバーを支配しようとしている。アンバーは、そう考えた。

今、これ以上、体内のオリハルコン量を増やし、身体の支配権を渡す訳にはいかない。今、ここで、身体を虚無に明け渡せば、自分の攻撃性は翡翠のみならず、ガーネットやコーラルにも及ぶ可能性があるからだ。

かと言って、今の翡翠からは未だ余裕の色が感じ取れた。今のままで勝てるのか?自身に問う。

「アンバー?その程度なん?」

迷うアンバーの耳に、翡翠の喘ぎ声のような声色が聞こえた。その声は妖艶なまでに色っぽい。

岩陰から顔を最低限覗かせるアンバーの眼に翡翠の姿が映る。

翡翠は左手で自身の乳房を揉みながら、顔を紅らめ、息も荒い。

「アンバーも我慢せずに、こっち側においでや。凄い、気持ちええで・・・。一緒にイこうやぁ。」


この発言には、遠巻きで見ていたガーネット達も冷たいものを感じさせらずにはいられなかった。

アンバーと翡翠の息詰まる闘いは、ガーネット達より次元がヒトツ上のものだったため、到底割って入る事など出来なかったが、なんとなく、翡翠にはまだ余力が有るように感じられた。

しかし、アンバーがそれに劣るとは考えたくなかった。

だが現実は、ほぼ無傷な翡翠に対し、時間と共に傷を増やして行くアンバー。

そんな時の翡翠のこの発言は、翡翠はアンバーよりも、もうヒトツ上にいるという現実を突きつけられた格好になった。

ダメで元々、アンバーの加勢に入るか?

ガーネットは、腕の中で怯えて震える小熊に眼を落とす。そこで、初めて、自分の腕も震えている事に気がついた。

この闘いに割って入る・・・考えただけで、初めて恐怖の感情を自覚した。

たまらず、コーラルに視線を投げる。

カーラルは翡翠を凝視していた。よく見るとやはり小刻みに振るえ、額に、頬に、冷汗が浮かんでいる。

ピースフロンティアにいた時、薬によって麻痺させられていた感情・・・コーラルも、初めて恐怖を感じているのかもしれない。ガーネットは思った。


アンバーは意を決して、岩陰から飛び出すと同時に、サブマシンガンをぶっ放す。

自分に降り注ぐ弾丸を、翡翠は靄のカーテンで面倒くさそうに払った。

「それ以上は無理なん?アンバーなら気持ちよくさせてくれると思ったのに・・・」

翡翠が不満そうな顔を浮かべて言った。その顔は、好敵手と思っていたのに裏切られたと言うよりは、満たされぬ自身の性欲に不満を感じているかのようだった。

「もう、殺すかぁ。」

その言葉を聞いたガーネットとコーラルに驚愕の表情が浮かぶ。翡翠のその言葉から不可避の何かが感じ取れたからだ。

アンバーの表情は闇に紛れ、見て取れない。

ゆっくりとアンバーに向かって歩みを進める翡翠の足元に、何かが転がってきた。

翡翠がつまらなそうにソレに視線を移したその時、ソレは炸裂し、強烈な光を放出した。

発光手榴弾!?

翡翠は咄嗟に腕で眼を庇ったが、光はすでに、翡翠の眼に飛び込んでいた。

一時的に視力を失った翡翠の前にアンバーが勢い良く飛び出して来た。

銃弾に備え、靄のカーテンを前面に展開する翡翠。アンバーはそのカーテンを手で開けるように振ると、そのまま翡翠のこめかみにサブマシンガンの銃底を思い切り叩き付けた。

予想外の攻撃だったのか、翡翠の身体がぐらついた。

間髪入れず、ぐらついた翡翠の身体に全速力のタックルをぶちかます。みぞおちにショルダーをめり込まされた翡翠の内臓が悲鳴を上げた。息を吸い込むと激痛が走り、呼吸がままならない。

アンバーは翡翠にタックルした状態のまま数メートル押し込むと、身体を引き、翡翠との間に隙間を空けると、翡翠の肝臓めがけて拳をめり込ませた。

呼吸が出来ない状態でのレバーへの強烈な一撃に、翡翠の身体がくの字に折れ曲がる。肺が酸素を求め、もがく度に、翡翠の胸部に激痛が走った。引きつった笑みの顔からは、明らかな酸欠状態が見て取れた。


近接戦闘術!?

一転、アンバーの攻勢に、ガーネットは眼を見張った。

これなら、加勢出来るかもしれない!!

それもそのはず、近接戦闘術はガーネットの一番得意とするモノだったからだ。

実際、訓練においても、ピースフロンティアの中で5本の指に入る順位で、それは、アンバーよりも上の成績だった。

ガーネットは、抱いていた子熊をコーラルに押し付けた。コーラルは状況が飲み込めず、混乱した表情でガーネットを見る。

ガーネットは、体内のオリハルコン粒子の濃度を上げた。

体内のオリハルコン粒子のコントロールを苦手とするガーネットだが、先のパール戦の後,村長に体内のオリハルコン粒子をコントロールしての治療法を教わって以来、密かにそれを応用して、自分なりのコントロール法を練習していた。まだ完全とは言えずとも、確実に身体のポテンシャルは上がっている。

オリハルコン粒子の濃度を上げている途中、ガーネットは身体の奥底から気怠さが湧き出たような感覚に襲われた。が、無視した。

そして、大地を蹴った。


酸欠状態のまま笑みを浮かべた翡翠の顔めがけて、アンバーはフックを見舞う。

しかし、それは、紙一重で躱されてしまった。

その躱した翡翠の顔面に、ガーネットの拳が直撃した。

「ガーネット!?」

突然のガーネットの参戦に、アンバーも翡翠も声を揃えた。

「一気に叩き込むで!!」

ガーネットの拳の直撃に身体をグラつかせた翡翠に、肘を繰り出しながら、ガーネットが叫ぶ。

この予想外のガーネットの参戦は、アンバーにとって嬉しい誤算だった。と、同時に、ガーネットを戦力から外して考えていた事を申し訳なく思う。

何故なら、ガーネットの近接戦闘術の実力は、組み手でしょうっちゅう負けていた自分がよく知っていたからだ。

事実、ガーネットが参戦してから、翡翠は未だ酸欠状態から抜け出す隙を見つけられず、防戦一方だ。その顔には、明らかなチアノーゼが浮かんでいる。

「3P?ええで、2人でウチを気持ちよくさせてや。」

防戦一方の翡翠がチアノーゼの浮かんだ顔で、嗤ってみせた。

「さすがに2人相手は厳しいんちゃうかぁ?」

ガーネットは自身の攻勢に、完全にテンションが上がっている。ノリノリで繰り出すガーネットの近接戦闘術は、まるで激しいブレイクダンスのようだ。

しかし、アンバーは何か嫌な予感を感じていた。

確かに、完全にこちらが優位な状況に持ち込めている。ブレードの間合いの内側に入り込まれ、翡翠は完全に防戦一方だ。

しかし、だからこそ、嫌な予感を感じるのだ。

先程まで圧倒的でパーフェクトな闘いを繰り広げていた翡翠が、ブレードの間合いを潰されたくらいで、ここまで防戦一方になるものだろうか?

確かに、刀に長けた、その技術を特化させるべく修練を積み重ねた那国の侍ならば、剣の間合いを潰されれば、圧倒的に劣勢になるかもしれない。まぁ、侍相手に剣の間合いを完全に潰すことが出来るかは別として。

しかし、翡翠は侍ではない。アンバー達と共に訓練を積んだピースフロンティアの仲間なのだ。勿論、その訓練には近接戦闘術も含まれる。いくら暴走状態であっても、その訓練を忘れるものなのか?

そう考えていたアンバーの視線が、信じられないものを捕らえた。

先程まで翡翠の顔に浮かんでいたチアノーゼの色が綺麗に消えていたのだ。

アンバーとガーネットが間髪入れず繰り出す近接戦闘術に、呼吸を整える隙などなかった。

しかし、実際翡翠は、防戦一方に見えながら、呼吸を整えていたのだ。

「ガーネット、気ぃつけぇ!!」

アンバーが叫んだその時、ガーネットの顎が跳ね上がった。

ガーネットの鼻腔と口腔から血が漏れる。

翡翠がブレードの柄で、ガーネットの顎を突き上げたのだ。

それを見ながら、アンバーは翡翠のブレードに違和感を覚えた。しかし、ソレが何か、瞬時には気付かなかった。その違和感の正体に気付いたとき、ブレードの切っ先はガーネットの喉元に向かって、最短距離を超スピードで進んでいた。

アンバーは咄嗟に翡翠とガーネットの間に割って入り、翡翠の腕に干渉することでブレードの軌道を逸らす。切っ先は、すんでのところで、ガーネットの首紙一重のところを逸れた。

しかし同時に、こめかみにブレードの柄を叩き込めれたアンバーは、ふらつきながら後退していた。

「やっぱ、受け身ばっかりはあかんなぁ。気持ちよぉない。お互い攻め合わなな。」

膝をついたガーネットと、こめかみを押さえて樹の幹に寄りかかるアンバーを見下ろすように顎を上げて、翡翠はその顔に卑猥な笑みを浮かべる。

その立ち姿を見たアンバーは、違和感の正体が正しいものだったことを再確認した。

左手の高周波ブレードの超振動が止まっている。そして、そのブレードの柄に左手は握られておらず、その左手は超振動の止まったブレードの鍔元を握っていた。

右手が握るのは、依然、超振動する高周波ブレードだ。

それはすなわち、右手のブレードでロングレンジを、鍔元を握る事で強制的に刃渡りを短くした左手のブレードでミドルレンジを、そして左右ブレードの柄でショートレンジを、つまり、今の翡翠は、全間合いを支配できる状態になっていた。

「絶望的な適応能力やな・・・」

唯一と言っていい程だったアドバンテージを奪われ、ガーネットが投げやりな笑みを浮かべた。

再び頭の中に、自分を呼ぶ声がした気がして、応えずにいるアンバーの手元に、ガーネットが自身のハンドガンを投げてよこした。

「近接は俺がメインでやる。お前はサポートと、そいつで援護、頼むわ。」

アンバーはガーネットのハンドガンを握る。それは、先程、真っ二つにされた自身のハンドガンより口径が一回り大きく、銃身も少し長い。つまりは、反動も大きい。

アンバーの表情に決意の色が浮かんだ。



まるで剣山のように立ち並ぶ樹木の幹の間を、縫うように3つの影が超速で動き去って行く。その影から遅れて、子グマを抱えた影がその後を追っていた。

僅かな枝葉の隙間から抜け落ちた日光の光で育ったであろう、下草が、薙ぎ払われたように、その葉を舞い上がらせた。

もつれるように絡み合う3つの影。生身がぶつかり合う音。骨がぶつかり合う音。肉体の軋む音。長い刃物が空を切り裂く音。そして銃声。金属音。それらの音が、樹海の自然の音と混じり合い、壮大なオーケストラの演奏を聞く様な錯覚を覚えさせる。

樹の匂い、水の匂い、土の匂い、汗の匂い、血の匂い、硝煙の匂い、金属の匂い、それらは演奏をさらに素晴らしいものに感じさせるスパイスのようだ。

3つの影は激しくポジションを入れ替えながら、樹海内を移動していた。

ガーネットが、マンティコア兵の死体から回収した、翡翠のブレードと同素材のコンバットナイフを片手に、近接戦闘術を駆使して翡翠に挑む。

しかし、翡翠は暴走状態にありながらガーネットのそれに冷静に対処し、ダメージを最低限に抑えていた。それどころか、ガーネットの攻撃の隙間をついて、的確に効果的な反撃をしかけてくる。

アンバーも近接戦闘術と距離をとっての射撃で応戦するが、翡翠の顔から高揚した卑猥な表情を消す事すら出来ていなかった。

コーラルは移動する3人を追いながら傍目から見ていたが、翡翠相手に2人がかりでようやく互角といったところだった。あまりに3人がもつれ、あまりに3人が接近しているため、スナイパーとして援護する事さえ出来ない。

もし、翡翠との間に距離が開き狙撃可能になったとしても、今の翡翠に当てられる気はしなかったが。

「翡翠・・・」

何故、仲間同士で争わねばならないのか。最後のピースフロンティアの生き残りなのに。折角、生き残れたのに。コーラルの眼に自然と涙が浮かんでいた。


しばらくその状態が続いていたが、ついにその均衡が崩れ出した。

地力で劣るアンバーとガーネットが押され始めたのだ。

「マジか!?」

激しい戦闘を繰り広げながら、ガーネットが毒づく。

しかし、アンバーは、やはりと言う感が強かった。戦闘が長引けば、この展開になる事は予想していたのだ。

そして、そうなった時は、最後の手段をとるしかないという事も。


翡翠の放った2連撃をコンバットナイフで受けたガーネットは、体勢を大きく崩した。

援護に入ろうとしたアンバーのみぞおちに蹴りを見舞った翡翠は、そのままガーネットの脇に入り込み左腕を取ると、そのまま絡めて関節を極め、一瞬で肩を外した。

呻き声を上げるガーネットに向かって、翡翠の凶刃が振り下ろされる。

アンバーは、ガーネットに蹴りを放ち、吹っ飛ばすことでその凶刃を躱させた。

そのアンバーに向かい、振り下ろしたブレードをそのまま横薙ぎに切り替えた凶刃が迫る。

胸のコンバットナイフを引き抜き、それでブレードを受けるが、一呼吸の間もなく、それは簡単に切断されてしまう。しかし、その一瞬のブレードの停止の間に、アンバーは大きく後ろに退避した。

それを見た翡翠は、あからさまにつまらなそうな表情を浮かべて、その場でブレードを振った。刃についた血糊を飛ばすかのように。

そんな翡翠の足元に何かが転がっている。

「手榴弾?」

次の瞬間、それは炸裂した。

ピンを抜いて2秒数えてから転がしたそれが爆発するまでに、いかに翡翠と言えども完全回避は出来ない筈。アンバーは木の幹に身を隠しながら考える。

しかし・・・アンバーその爆発音に違和感を覚えていた。なんと言うか・・・すかっとした爆発音のはずが、なにかこもった音に聞こえたのだ。

樹の幹から顔を覗かせて確認すると、翡翠はその場に平然と立っている。

その足元、手榴弾が爆発した場所には、なます切りにされたガルダベアの死体がその巨体の下から煙を上げていた。

全く気付かなかったが、いつの間にか翡翠がガルダベアの一頭を殺害した場所まで移動していたらしい。

しかし翡翠は自分の置かれているフィールド全てを把握しており、近場に落ちていたガルダベアの死体を手榴弾に被せることで、その爆発の威力を抑え込んだのだ。

それは、圧倒的な力の差・・・それを如実に現していた。

もう、最後の手段に移るしかない。

アンバーは覚悟を決めた。


『ガーネット、コーラル、一刻も早く、この場から離脱するんや』

アンバーはクォーツの能力を使って、2人の脳内に直接話しかけた。ずっと自身の能力で状況を見ているはずのクォーツは、ショックで混乱しているのだろう、能力が安定していない。アンバーは続ける。

『粒子の濃度を限界まで上げる。おそらく自我は保てない。』

『アンバーも暴走するって事?』

コーラルが不安そうに応える。

『もうこれしか方法がないんや。そうなったら、もう、敵味方の区別はつけへん。お前等まで巻き込んでまう。』

コーラルはガーネットとアンバーの顔を交互に見る。

『どっちが勝つか解らへんけど、どっちもただではすまんはずや。勝負がついても元に戻らへんかったら・・・お前等が殺してくれ。消耗しきった状態の俺等やったら、殺せるはずや。』

『コーラル、離れるぞ。』

ガーネットが外された肩を強引に押し込み、呻きながら言う。

『で、でも・・・』

「邪魔になるんや、俺等がおったら!!」

ガーネットは脳内通信ではなく、声に出して怒鳴った。その表情は自分の力の無さを責めるように険しい。

「悪いなぁ、あとの事は任せるわ。」

そんな二人に柔らかい笑顔を浮かべると、アンバーは言葉を声にした。


「前戯は終わり?やっと本番?イカせてくれるん、アンバー?」

「そやね。お互い、気持ちよくなろか。」

翡翠の言葉に、再び翡翠の方に振り返ると、瞳を閉じてオリハルコン粒子の濃度を上げ始める。

その姿を見つめる翡翠の顔は、より一層紅味を帯び、瞳は恍惚の色に染まり、身体は快楽を感じているかのように小刻みに震えている。その呼吸はみるみる荒くなって行く・・・。

その翡翠に見つめられながら、アンバーは徐々に体内のオリハルコン粒子の濃度を引き上げていた。

身体の奥底に眠る本能が、得体の知れない虚無となってアンバーの意識にすり寄ってくる。

それは女性器のヒダのように絡み付き、亀裂のように開いた穴の奥にアンバーの意識を送り込む。

穴の肉壁のぬめりを感じながら、アンバーの意識は徐々に薄らいで行き、身体の主導権が奪われて行くのが解った。

薄く外界との意識を残しながら、身体の自由は奪われると共に、感情も失われて行くのが解る。

何も感じない・・・。

何も考えられない・・・。

ただ、目の前にいる生物を破壊するためだけにある存在へと、身を堕としていく感覚・・・。

頭の中で、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした・・・。



完全に身体の主導権が本能に移行する直前、急に轟いた銃声によって、アンバーの意識は身体に引き戻された。

大口径から放たれた轟音は、アンバーの身体を支配しようとしていた本能を、元有る場所へ一瞬で引き戻した。

まだ愛液のぬめりのこびりついたような淀んだ意識の状態のアンバーの眼が、ひとつのヒトガタのシルエットを捕らえる。

それは、いつのまにかアンバーと翡翠の間に立ち、空に向けて銃を突きつけていた。

ぬめりが意識からから滑り落ち、頭が澄んだ状態に戻るにつれ、そのシルエットがはっきりと人物像を結んで行く。

「なんで、あんたがココに・・・?」

アンバーは、そこにいるはずのない人物に向かって呟いた。

「簡単に意志を手放そうとしおって、この馬鹿者が。」

人物は、アンバーの方を振り向き、険しい顔で口角を上げた。

人物・・・村長、東雲和泉がそこにいた。

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