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Peace Frontier  作者: こたつ
10/18

樹海の闘い(3)

『きゃっ・・・』

翡翠らしからぬ可愛らしい悲鳴がイヤホンから流れたあと、砂嵐のノイズが走り、通信は突然切れた。

「翡翠、どうした翡翠!!」

アンバーは何度も怒鳴るように通信機の通信ボタンを押した。

だが、通信はつながる事は無く、呼び出している素振りもない。翡翠の通信機が壊れたのだ。


ーーーマンティコアの完全機械化兵ーーー


その存在が脳内を駆け巡ったアンバーは俯き、無言で近くの樹の幹を殴りつけた。

そして頭を上げたアンバーの顔に決意の表情が浮かぶ。

アンバーは体内のオリハルコン粒子の濃度を上げると、樹海の葉々の隙間から月明かりが僅かに差し込む空に向かって叫んだ。

「クォーツ!!全員に強制コネクトや!!!!」

【ど、どないしたん?一体・・・】

一瞬置いて、オリハルコン粒子を介して脳内にクォーツの声が直接響いた。

「緊急事態や、急げ!!」

アンバーは出来るだけ冷静な口調で、クォーツを急かす。

【ちょ、ちょっと待ってや、全員の位置を捕捉するから。】

そう言うと、クォーツは黙った。

”オリハルコン粒子を介してピースフロンティアの隊員に個々の意識と視覚情報を全員に共有させる”という自分の能力を使うため、自身の意識を広げ、ガーネット、コーラル、翡翠の位置を捜索しているのだ。

クォーツの能力の干渉範囲はオリハルコン粒子を体内に埋め込まれたピースフロンティアだけに留まらない。まだ未熟とは言え、長い期間を共にした者であれば、その人間独自の脳波の波長を捕らえ、居場所を割り出す事も出来る。

アンバーは出来る事ならクォーツにオリハルコンを使わせたくはなかった。クォーツは確かにピースフロンティアではあったが、まだ幼く、そして誰も殺害していない。ピースフロンティアではあるが、兵士にはまだなっていないのだ。

ピースフロンティアが壊滅した今、普通の人間に戻れる可能性があるとすれば、クォーツだけかもしれない、アンバーはそう考えていた。だから、今、クォーツに能力を使わせる事に対して、自身の中で並々ならぬ葛藤があったのだ。

【おぁっ!!なんや!?】

ガーネットが突然、強制コネクトされて、驚いた声と、ガーネットが現在見ている景色がアンバーの脳内に飛び込んで来た。

もちろん、ガーネット側にもアンバーの声と視覚情報は送られている。

なんの前フリもなく突然自分の意識の中に、他人の意識と視覚が飛び込んで来たら、誰でも驚く・・・。

いや、驚くどころか、経験したことのない人間であれば、ほぼパニックに陥るだろう。

【ビックリした!!クォーツ?なんなん、急に?】

続いてリンク状態になったコーラルの声と視覚情報が繋がった。

「緊急事態や。翡翠の身に、なんか起こった。」

アンバーは小声でクォーツを使うに至った状況を短く伝えた。

実際、リンク状態では声に出さずとも念じるだけで伝わるのだが、やはり声に出した方がハッキリ伝わるのだ。念じるだけでは、若干籠ったような声になることが以前のテストで解っていたから。

【翡翠が!?】

ガーネットの澄んだ声と、コーラルの籠った声がアンバーの脳内に同時に響く。

「はっきりとした状況は解ってないが、翡翠との通信が突然切れたんや。短い悲鳴の後にな。」

【通信機が破壊されたって事やな?】

ガーネットの声と共に、樹の根が張り巡らされたゴツゴツとした地面の映像が脳内に流れる。ガーネットが俯いたのだろう。

【なんかに躓いて、転んで壊しただけかもよ?あの子、戦場以外ではドジなトコあるから。】

今度は言葉を口に出したのだろう、コーラルの澄んだ声が響いた。

「なにも無ければ、それにこしたことない。とにかく今は、クォーツのコネクト待ちや。」

アンバーはそう言うと、足下の小石をイライラした様子で蹴り飛ばした。

這い回る樹の根に当たって、不規則に跳ね回る小石の映像が、クォーツ、ガーネット、コーラルにも視覚情報として見えているだろう。

アンバーは左手首に巻かれた軍用デジタル時計を見る。

まだ2分しか経過していない。アンバーの中ではこの2分が十数分にも感じられていた。

イラつきは焦りとなって、アンバーの片足を小刻みに揺らす。こんな感情は、部隊にいた頃は、味わった覚えのないものだった。これも村長の言う”意思”の中に組み込まれているものなのだろうか・・・。

腕時計の数字が3分を過ぎた頃だった。

【あかん!!】

クォーツの大声が脳を揺らした。

急に響いた大声にアンバーは一瞬、脳震盪になった感覚に陥った。

アンバーは揺れた脳を立て直しながら、頬を冷や汗が溢れるのを感じた。

慣れ浸しんだ翡翠の位置が割り出せないと言うことはすなわち、翡翠の生命活動の停止を意味する。

アンバーの脳は、脳震盪のような感覚を味わいながらも、冷静にその事実を瞬時に理解していた。

「翡翠の位置が…割り出せないのか…?」

アンバーは、慎重に、言葉を選びながら訊いた。

アンバーの質問に対する答えを、情報を共有しているガーネット、コーラルも緊張しながら待つ。

【ちゃうねん、コンタクトを拒絶されたんよ!!】

・・・拒絶!?

クォーツからの想定外の返答にアンバーは元より、ガーネットとコーラルも驚きを隠せずにいた。

コンタクトを自分の意志で拒絶し、リンクを結ぶ事を拒否する事など、全く予想していなかった。なにより、そうする理由が見当たらなかった。

・・・クォーツのコンタクトに割って入って、リンクを妨害する機能を備えた機械化兵・・・

アンバーの脳裏に浮かんだその存在は、クォーツの形成したリンクで共有されたガーネットとコーラルにも、そしてリンクの根幹であるクォーツにも当然のように瞬時に伝わった。

クォーツの混乱した感情がリンクを通して伝わってくる。

【そんな・・・そんな機能を搭載した機械化兵まで?】

コーラルが動揺を抑えようとしながら呟く。

「今回のピースフロンティア殲滅作戦にあたって、当然、ニーズヘッグからマンティコアに俺達の情報は流れとる。充分、考えられる事態や。」

【それにしても・・・開発が速すぎやろ。一体いつから情報が渡されとったんや。】

アンバーの言葉にガーネットが低く呻くように言う。

いつから・・・マンティコアとニーズヘッグが提携を結んだのは、いつだ?そんな事は自分達いち兵士には知らされない。

もし、ピースフロンティア計画自体がマンティコアとニーズヘッグの共同プロジェクトだったとしたら・・・

初めから二国間で情報を共有されており、それに対する対策プロジェクトも同時に進行していたら・・・・

「そんな答えの出ない事を今考えてもしゃあない・・・」

アンバーは小さく呟くと、拳を握り、前を向く。今、最優先でとらなければならない行動の為に。

「クォーツ、翡翠の位置情報を教えてくれ!!」

アンバーは樹海の枝葉に覆われた空に目掛けて叫ぶ。

【分かった。ちょっと待って、ニーズヘッグの軍事衛星にコンタクトして、地形情報と一緒に送るから・・・】

「あかんっ!!!!!」

クォーツのとろうとした行動を、アンバーは即、力強く否定した。その強い口調に、クォーツのおびえた感情が伝わってくる。

「ニーズヘッグの軍事衛星を使えば、俺等の場所が国に割れてまう。」

【でも、それやったら、白い紙の上に石を置いただけみたいな単純な位置情報しか送られへんよ?途中に崖とか谷とかあるかもしれんのに・・・】

クォーツがおろおろしているのが伝わってくる。

「それで、かまへん。地形の方は、こっちでなんとかする。送ってくれ、クォーツ。」

アンバーは、混乱気味のクォーツをなだめるような優しい口調を意識しながら言った。

【・・・分かった。】

数秒の時間を置いて、クォーツが心配そうな感情を含ませた声で返す。

その言葉とほぼ同時に、脳内に真っ白な紙の上に色付きの丸石を4つ置いたような絵が飛び込んで来た。

自分を示す石から東2kmの位置にコーラルを示す石、北東3kmの位置にガーネットを示す位置。そして南西1kmの位置に、ターゲットである翡翠を示す真っ赤な石。

アンバーは頷くと、草木や枝を掻き分け、南西に向かって現状出来得る最大速度で駆け出した。

脳内の真っ白な位置情報マップに示された翡翠以外の石が、リアルタイムで翡翠の方向に向かって動き出した。

コンバットナイフで邪魔な枝葉を切り開き、雑草を踏み走ると、河幅4メートル程の大河の支流にぶち当たった。

しかし、それを前にアンバーは速度を落とす事無く川岸で踏み切ると、一足飛びに対岸へ飛び渡る。

着地した衝撃さえも前へ進む反動に変え、アンバーはさらに速度を上げる。

脳内マップ上で翡翠のいるポイントまであと約250メートルまで迫ったとき、目の前に大きな谷が立ち塞がった。

その樹海内に出来た、まるで大男が薪でも割ったような亀裂は、軽く幅10メートルを超え、左右、視界に映るむこうまで続いている。その上、対岸とは高低差が5メートルほどあり、まるで翡翠の元には行かせないと言わんばかりに立ち塞がっていた。

それを前にさすがに立ち止まったアンバーは、思考を巡らせる。

そして元来た道を10メートル程戻り、谷の方へ向き直る。

【あんた、飛ぶ気じゃないやろね?】

【もうすぐ、俺とコーラルがポイントに着く。アンバー、他のルートで来い!!】

脳内リンクを介してアンバーの視覚情報を得ているコーラルとガーネットが矢継ぎ早に声を掛ける。

その声を聞きながらアンバーは眼を閉じ大きく深呼吸すると、自身の身体能力を上昇させるため、体内のオリハルコン粒子の濃度を上げる。

途端に身体の奥底から虚無が湧き上り、アンバーの意識を呑み込もうと迫って来た。

アンバーは瞼を開き、琥珀色の光を携えたその瞳で谷を見据えると、内より迫り来る虚無から逃げるように全速力で駆け出した。

ものの数メートルでトップスピードに達したアンバーは谷ギリギリで踏み切ると、力一杯飛び出した。

7メートル程で失速し落下し始めたアンバーは、敵から奪い取り着込んだマンティコアご自慢の最新技術が詰め込まれたであろうインナーパワードスーツの腰の部分から、アンカー付きのワイヤーを対岸目掛けて打ち出す。

アンカーは対岸の切り立った崖の中腹に突き刺さった。

それを確認したアンバーは、パワードスーツの腰から伸びるワイヤーをモーターで急速に巻き上げると同時に、崖の上から覗く大樹の枝に狙いを定め、左手首からアンカーワイヤーを射出する。

枝にアンカーワイヤが巻き付くと同時に崖に刺さったアンカーを解除し、左手首から伸びるワイヤーを急速に巻き上げる。

あっと言う間に巻き上げられたアンバーの身体は、勢い良く跳ね上がり、勢い余って地面を転がった。

両足を投げ出したまま上半身を起こしたアンバーは、オリハルコン粒子の濃度を下げながら左手首のワイヤーアンカーを見つめる。

なんとか、身の内から湧き上る”虚無”に追いつかれずに済んだ・・・アンバーは胸を撫で下ろした。

【全く、マンティコアの技術は恐ろしいなぁ。】

視覚情報で今しがたの出来事を得たガーネットの言葉が突然脳内に響いた。

【限界荷重も分からへんのに、テストもなしでぶっつけ本番で使うなんて・・・成功したから良かったものの・・・】

コーラルが呆れたような口調で言う。

「まったくや・・・」

アンバーは二人の言葉に対しての言葉を口にすると、飛び起き、翡翠のポイントに向かって再び走り出した。



脳内のマップに印された翡翠のポイントから50メートル離れた背の低い雑草が生い茂る8畳程の開けたポイントで、ガーネットとコーラルは出くわしていた。

お互いの顔を見合わせ、軽く息を吐く。

「さて・・・と、翡翠さんを迎えに行きますか。」

背中にロケットランチャーを背負い、右手にグレネード付きアサルトライフルを持ちながら、左手でマンティコア兵から奪ったカーボナート材のコンバットナイフを握りしめた。

そんなガーネットを、これまたマンティコア兵から奪った高性能超ロングレンジスナイパーライフルと高性能スナイパーライフルを携えたコーラルが右手で制止する。

「隊長が来られたみたいよ?」

2人の脳内に流れる視覚情報の映像が草木を掻き分けた先にガーネットとコーラルの姿を映し出したと同時に、その視覚情報の主であるアンバーが姿を現した。

2人の姿を確認したアンバーは立ち止まり、汗だくの身体をくの字に折り曲げ、両膝に手を置いてゼイゼイと苦しそうに身体を揺らしながら全身で呼吸をした。

「お前は相変わらず、持久力がないのぉ。瞬発力と反応速度は異常に高いのに・・・。」

ほぼ同じかそれ以上の速度で走って来たはずのガーネットが、息ひとつ乱さずに声をかける。

「こっから先は私等に任せて、休んどいた方がええんとちゃう、隊長?」

コーラルが意地悪な笑みを浮かべて、アンバーをおちょくる。

「お心遣い、恐れ入りますや。大丈夫、こっから先は何があるかわからん。警戒せな・・・。」

アンバーはまだ整ってない乱れた呼吸のまま身体を伸ばすと、自分とガーネットは背中合わせに周囲を確認しながら進み、コーラルは少し離れた位置で敵発見と同時にスナイプできる状態で進むように指示を出した。

ダイヤの命じられた脱出するだけの即席のアンバー隊がここまで続くとは思っていなかったが・・・。


体内のオリハルコンセンサーを展開しつつ周囲を確認しながら、3人は迎撃態勢をとりつつゆっくりと進む。

足下の雑草をもゆっくりと踏みつけ、細心の注意を払いながら足音はもとより、自身の気配を消すように心掛けながら進む。

ピースフロンティアはハイスペックの特殊部隊であったが、これまでのミッションの経験からとりわけ奇襲先制攻撃を得意とする色合いが強かった。

正直ゲリラ戦の経験は無いに等しい。

それがマンティコアの・・・いや、マンティコアとニーズヘッグの共同作戦と言うべきか・・・仕掛けたピースフロンティア殲滅作戦で全滅に追い込まれた原因の大部分を占めていた。

奇襲先制攻撃部隊の経験しかなかったピースフロンティアは、初めて後手に回ったあげく不慣れなゲリラ戦を展開させられたのだ。薬切れが無くハイスペックな能力が発揮出来ていたとしても、結果が変わっていたかどうかは疑問が残る。

それほどまでに経験とは、ものを言うものなのだ。

いや、はなからこの作戦ありきで、ニーズヘッグ上層部はピースフロンティアにゲリラ戦の経験を積ませなかったのかも知れない。

その時、血糊がべっとりとこびりついた丸太が転がっているのが目に入った。

周囲を警戒しつつ丸太に近づくにつれ、それは丸太ではない事に気付く。その丸太は青黒い毛にびっしりと覆われていたから。

「腕・・・か?」

ガーネットが呟く。

「この毛色に大きさからして、ガルダベア?」

クォーツを経由してオリハルコン粒子で視覚情報を共有しているコーラルが2人より離れた場所から言う。

「進むで。」

呟いたアンバーに対し、ガーネットが制止をかけるように呟く。

「なぁ、なんか、寒ないか?」

言われてみれば確かに少し肌寒い気がした。

腕を見ると、熱帯のガルダでは考えられない事に、肌が鳥肌っている。

「気持ちの問題やろ・・・」

そう言って、歩を進め始めたアンバーは、このガルダベアの切断された腕に嫌な胸騒ぎを覚えていた。

その胸騒ぎはすぐに現実のものとなった。

ガルダベアのものであろう爪痕が生々しく刻まれた樹々を進んだ先の10畳程の背の低い雑草が這うように生い茂った開けた場所にそれはあった。

5メートルに届きそうな体長のガルダベア、その全身なます切りにされた死体が血の海に沈んでいた。

その数メートル先には、森に逃げ込もうとしたところを狩られたような格好で血まみれで息絶えた3メートル程のガルダベアの死体・・・。

その血の海が溢れる惨状を目に、脳内にガーネットの驚きと、コーラルの胃液が逆流しそうな感情が伝わって来た。

「オリハルコン粒子が混じってない・・・」

アンバーは注意深く惨状を見渡しながら言った。

「え?」

ガーネットとコーラルが同時に言った。

この場にある血液をどんなに注意深く確認してみても、その中にオリハルコン粒子のラメのような煌めきが一粒も見当たらないのだ。

これをやったのが翡翠だと仮定すれば、翡翠は2頭のガルダベア相手に、無傷で一方的に殺戮したことになる。繁殖期で凶暴化した地上最強とも言われるガルダベアを相手に・・・だ。

あと、不可解な事がもう一つあった。

ガルダベアの体毛が、まるで霜が降りたかのように白んでいたのだ。

指で触ると、それは確かに氷の粒だ。

周囲の樹々に、この霜が降りたような現象は見当たらない。ガルダベアの身と自分たちの皮膚のみが湿度の高い蒸せ返るような熱帯の樹海において、凍るような寒さを味わっている。

折り曲げた人差し指を口元に当て考える素振りをみせたアンバーの耳に、甲高い断末魔の悲鳴が届いた。

ガーネットとコーラルも、その絶叫に身体を固くした。

「行くで!!」

言うと同時にアンバーは周囲を警戒するのを止め、全力で駆け出した。

その先に見た光景は、3人の心を瞬時に抉った。

まだ産まれて間もない、体長1メートルに満たない子供のガルダベアの死体。うつ伏せに倒れたその背中には、垂直にシザーブレードが突き立てられていた。そこから今まさに貫かれたと言うように、小さな身体に不釣り合いな量の血液が湧き水のように溢れ出ている。

僅かな息遣い、荒い呼吸・・・

アンバーはそれが聞こえた方向に瞬時に目をやる。

そこには息を荒げ、必死に逃げようとする子供のガルダベア相手に、もう1本のシザーブレードを今まさに振り下ろそうとする翡翠がいた。

「コーラル!!!!」

アンバーは叫ぶ。

「んっ!!!!」

コーラルが答えると同時に、翡翠の握るシザーブレードが弾けた。

同時にアンバーは滑り込み、シザーブレードの切っ先にいた子熊を掠め取る。

ガーネットの瞬時に動き、翡翠を囲むように二等辺三角形の形に3人で陣形を取る。もっとも遠い位置に立ったのは、スナイパーであるコーラルだ。

「お前・・・ほんまに翡翠か?」

翡翠の姿を見て、最初に口を開いたのはガーネットだった。

翡翠の身体は小刻みに震え、その顔はほのかにピンクに染まっている。琥珀色に染まった瞳はトロンとしており、今まさに快楽を貪っている最中だと言わんばかりに恍惚の表情を浮かべ、荒い息遣いの口からは喘ぎ声が漏れそうだ。

何よりも異形なのは、琥珀色に煌めきながら翡翠の背中から左肩にかけて包み込んでいる霧のような靄・・・。

「オリハルコン粒子なんか?毛穴から放出して操っとんのか?そんなん、有り得んのか?」

変貌した翡翠を目の当たりにし、ガーネットは混乱した表情を隠せずにいた。非常識そのものを突きつけられたかのように。

そんなガーネットをトロンとした瞳でゆっくりと振り返った翡翠は、その口元に卑猥な笑みを浮かべた。

その瞬間、三人を氷点下のような寒気が襲った。

「なんや、これ!?翡翠から出とるんか?」

「殺気ってやつ?」

「信じられへんけど、殺気が、意思が物質に影響して干渉しとるんかもしれん!!」

三人が三様に驚きの表情を浮かべながら、人成らざる者を見るように翡翠を見る。

「ガーネット、来るぞっ!!!!」

アンバーの怒号に我に返ったガーネットの目の前に、瞬時に間合いを詰めた翡翠のシザーブレードの切っ先が迫る。

ガーネットはホルダーからコンバットナイフを引き抜き、間一髪のところでブレードを防いだ。

しかし翡翠は鍔競り合い状態のままブレードを押し込んで来た。

「なんや・・・この力・・・」

歯を食いしばり力を込めるガーネットの口から漏れる。

ブレードと共に、荒い吐息を漏らしながら卑猥な笑みを浮かべた恍惚の表情の翡翠の顔が迫ってくる。

翡翠、ごめんやで!!

心の中で念じ、翡翠の肩口を狙って、コーラルはスナイパーライフルの引き金を引く。

刹那、スコープの中から翡翠の姿が消えた。

「そんな殺す気のない弾なんか、あたらへんよぉ~」

間延びした声にスコープから顔を上げたコーラルの眼前に、ピンク色に染まった頬にまだ自身は絶頂に達していないのに、相手が先に果てたのが不満と言わんばかりに不満そうに口を尖らせた翡翠の顔があった。

翡翠からは随分距離をとっていた。

翡翠の接近に全く反応出来なかった。

翡翠の動きを、目で捕らえることが出来なかった。

ゼロ距離に持ち込まれたスナイパー程、無力なものはない。

翡翠はスナイパーライフルの銃身をそっと手で逸らすと、シザーブレードで超速の突きを繰り出した。

コーラルが死を覚悟した瞬間、翡翠の背中の霧状の靄が、翡翠の側面を覆った。

そこに8発の銃弾がヒットする。

なおも襲い来る銃弾に対し、翡翠は目にも留まらぬ速さで回避行動を取ると、距離をとった。

銃弾の雨から翡翠を護った霧状の靄から、8本の硝煙が上がっていた。

「殺す気なら、当たるんやろ?」

見事な早撃ちを披露した主が言った。

愛しい恋人をみるような視線で、翡翠は声の主を見つめる。

そこには片手で器用にオートマチックの拳銃の弾倉を交換する子熊を抱いたアンバーがいた。

アンバーの迷いのない視線が、翡翠に注がれる。

「アンバー、あんた、今、本気で翡翠を殺そうと・・・」

「今、目の前にいるのは翡翠やない。俺の知ってる翡翠は逃げる動物は元より、まして無力な子熊まで殺戮するような女やない。これが翡翠なら、狂ってしまったのなら・・・この部隊の隊長を任された俺が・・・殺す!!!!」

翡翠に致命的な銃弾を撃ち込もうとしたアンバーに対し、困惑の感情を浮かべたコーラルの言葉を遮り、力強く言葉を発すると、アンバーはハンドガンの銃口を翡翠の眉間に向ける。

翡翠の方が、より一層紅ばった。

【今の翡翠の常識離れした身体能力・・・この感じは、あの時の・・・パールと闘った時のアンバーと同じ・・・】

ガーネットはここまで考えたところで、現在、思考がリンク状態にあることを思い出し、咄嗟にアンバーに視線を向ける。

アンバーはガーネットの方を見ていた。

ガーネットはまずい事を聞かれた気になって後ろめたい気分になり視線を逸らそうとした瞬間、何かが目の前に飛んで来た。

ガーネットはそれが何か大切なモノに思え、咄嗟に丁寧に抱きかかえるように受け取った。

「きゅう・・・」

腕の中のモノが声を発した。見るとそれは、アンバーが寸でのところで救い、抱きかかえていた子熊であった。

再びガーネットはアンバーを見た。

「その子を頼む。今、この翡翠とヤレるのは、おそらく俺だけや。」

まっすぐな目でガーネットを見つめるアンバーに対し、ガーネットはゴクリと生唾を呑むと、力強く頷いた。

「アンバー、前っ!!!!!!!」

コーラルの絶叫に前を向いたアンバーの目前に、一足飛びで間合いを詰めた翡翠がいた。

翡翠は、ガーネットとやりとりをするアンバーの隙を見逃さなかった。変身するヒーローを待つような空気を読む敵など、実際には存在しない。既にシザーブレードは振り下ろされ始めている。

間に合わない!!

回避できない!!

ガーネットとコーラルは、経験から瞬時に直感した。

刹那、二人の予想に反し、振り下ろされたブレードが、アンバーのハンドガンの銃身によって弾かれた。

ブレードが大きく弾かれ、一瞬無防備になった翡翠の鳩尾に、アンバーの右足の踵がめり込む。

瞬時の判断で蹴りの威力を殺すべく後ろに飛んだ翡翠は、その威力の大半を殺しながら数メートル後方に着地した。

翡翠の口から、荒い吐息と共に、小さな喘ぎ声が漏れる。

その翡翠を見つめるアンバーの瞳は、琥珀色の輝きを宿していた。



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