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眠る世界で夢見た僕ら  作者: 亜麻猫 梓
第一章 二人の夢
1/1

止まり往く世界

『どうせ最期には眠るなら、私は私を殺すアイツを見てみたいよ……』

 そう言って君が笑うから、僕は君を旅に誘った。

 二人の終わりを早める為だけに紡ぐ旅。

 望む最期があるのなら、後悔だけはしてはいけない。

 君は一瞬だけ驚いた顔をした後、そっと僕の手を取った。

 梅の花が咲き誇る春一番の晴れの日に。




   1


 どこまでも広がる暗闇の中に、ポツリと一つ光が生まれた。

 そこから照らし出される辺りの景色は、見渡す限りの畑と山々のシルエット。

 季節的には夏になろうとしている今現在、すでに畑には何かしらの作物が収穫を待っていてもいい筈だったが、しかし、何故かそこにあるのは手入れの行き届いていない土塊のそれだけ。

 更に、一応人家も有るものの、やはりそこにも生活の痕跡は一切見当たらず、ただひたすらに不気味なまでの静寂を夜闇に放ち続けている。

 そして、そんな人の気配など全くと言っていいほど感じられない幹線道路の真ん中に、有逸の光を放つその小さな道の駅はあった。

「かなり遅くなっちゃったけど、何とか野営は回避できたね」

 そう言って駅のロビーに設置された木製ベンチに座りながら、足をパタパタとさせているのは、高校の制服と思われる白のYシャツ一枚に紺のプリーツスカートを履いている少女だ。

 ブレザータイプであろうが、暑さの為に上着は着ておらず、開放的な素肌がチラチラと見えている。

 髪は黒髪のロングで、顔付きは大人びているとも幼いともつかない顔立ちをしていた。

 そして、そんな少女に苦言を呈するような面持ちで、建物の外から少年と思われる声が低く掛けられた。

「お前とジャンケンに負けた所為で、危うく食事すらままならなくなる所だったけどな」

「だって、この道を真っ直ぐ行けばこの場所があるのは標識に書いてあったんだよ? だったら迷う必要なんて無いじゃない」

 失笑と共に少女の安直としか言えない反論に溜息を吐きながら、少年は郵便配達用のスーパーカブを二人乗りに改造したものを、建物の中に押し入れて、スタンドを立ててから一息つく。

「確かに標識には書いてあったけど……、この御時世(・・・)だ、木材の建物だったりすると、燃料として解体していく人達もいる。夜になってからじゃテントも張りにくいし、それを見越して無難な野営にしておこうって僕は言ったんだ」

 腕を組み、まるで恐れを知らない少女を諌めるように喋る彼もまた、彼女と同じ制服を着ていて、やはりYシャツ一枚とスラックスを履いていた。

 髪の色は少女と同じ黒で短髪。背格好もかなりよく似ていて、あまり体格が良いという印象では無かった。

「まぁ、いいじゃないの。こうやって無事到着できたんだから」

「……はぁ、お前の無計画にどれだけ僕が今まで修正を加えてきたと思ってるんだよ」

 少女の呑気すぎる態度と言い草に、少年は苦虫を噛み潰したような表情で抗議する。

 こんなやりとりは、もう一体何度目になるのだろうか。

 少年はいつものように溜息を吐きながら、されどいつものようにこれ以上の追及をしなかった。

「そんなことよりも、とりあえずはまだ懐中電灯が残ってるから今の所は明かりを確保していられるとして、ねぇ、ちょっと探検してみようよ?」

 少年の内心などはお構い無しに、少女は辺りをキョロキョロと見回しながら提案する。

「探検?」

 その態度と言動に多少ムッとした少年だったが、しかし、すでに時刻が八時を回っている今、早めに食事と寝床の準備をしなければまずいのは確かだったので、一先ずは大人しく少女の意見に賛同することにした。

 すると、少女はそんな彼の内情を表情で読み取ったのか、一つ微笑むと一足に立ち、すぐにでも歩き出した。

「ここ数日、全く町に入れなかったからね。あわよくば、まだ使える食料とか日用品とか無いかなって。あ、あとお風呂!」

「それはお前が、『普通に海沿い走ってても面白くない!』とか言い出すからだろ……」

 少女が軽やかなフットワークでいち早くトイレやら関係者用の休憩所やらを見つけていくのを後ろから追いながら、少年は建物の天井などを見上げつつツッコミを入れた。

「だって、もう何だかんだで一ヶ月はずっと海沿いだったんだよ? 潮の香りにも飽きが来るってものよ」

「そうかな? 僕は結構あの香り気入ってたんだけどね」

「私は土の匂いの方が好きよ、慣れ親しんでるし」

 恐らくここの従業員の為にあったと思われる休憩所に、懐中電灯を片手に土足でズカズカと踏み込みながら、少女は早速と言わんばかりに腕を捲くり直して部屋の中を物色し始める。

「まるで泥棒みたいだな……」

「実際そうでしょ? でもいいじゃない、どうせ誰も(・・)いないんだし」

「………………」

 自分たちの所業に多少気が引けていた少年だったが、少女のその一言に思わず言葉を失った。

 今まで何度でだって納得してきたはずだったのに、それでも何かがじわりと胸に込み上げてくる。

「ほら、あんたもなに突っ立ってるのよ。こういう所には必ずどこかに保存食みたいのが隠されてたりするんだから」

 気が付くと俯き気味になっていたらしい。

 少年は顔を上げて彼女の言うとおりに部屋の中を探し出した。

「まぁでも、あと二十キロぐらい進めば町もあるし、わざわざここで調達しなくても問題は無いんだけどね」

 座敷の畳などを引っくり返しながら少年が言う。

 食料が底をつき始めていたのは確かだったが、同時に町がもう少し先にあるのも確かだった。

 しかも、そこは荒廃した現在と言えども有名なこの国の港町だ。

 そこであればまだまだ人はいる(・・・・)だろうし、食料の補給も日用品の補給も、何より自分たちの旅を土台から支えてくれているスーパーカブの燃料も手に入るだろう。

「でも、ここでたんまりとお宝をせしめられれば、町についてからの色々な交渉も省けるかもしれないし、何より後先考えずに贅沢ができるよ!」

「贅沢と言っても、缶詰とかだろうけどね……っいて!」

 少年が瞬間的に悪意の無いツッコミを入れると、ふいに少女のデコピンがとんできた。

「その缶詰を素晴らしい手法で今までご馳走に変えてきたのはどこの誰でしたっけね?」

「すいません、あなた様でした……」

「分かればよろしい」

 おでこをさすりながら謝る少年を背にして少女は一気に得意げな表情になる。

 そして、少女はそのままの調子で再び部屋の物色に精を出し始めた。


   †


「まさかこんなに手に入るなんて……」

 ウキウキと言った様子で前を歩く少女の後ろを、少年は腕一杯に缶詰を抱えて歩いていた。

「私たちって泥棒のセンスがあるのかもね」

「……そのセンスはお前だけで十分だよ」

 違いないね、とケタケタ笑う少女に顔を引き攣らせながら、少年は抱えている大量の缶詰をスーパーカブの元へと運んでいく。

 そして、その間少女は駅のロビーにガスコンロを見つけ、急かすように少年を呼んだ。

「ねえねえ! ガスがまだ残ってるっぽいよ!」

「本当? なら今夜はガスの節約になるね」

 興奮する少女とは裏腹に、あくまで少年は冷静に、そちらの方には一瞥もくれずに缶詰を一つ一つカブへと積載していた。

 中々に量のある缶詰たちをどのようにして詰め込むか、それに集中していたからだ。

 しかし少女は、そんな素っ気無い少年の態度には一切目もくれず。

「よし、じゃあさっきそこで見つけた焼き鳥缶あるよね、それと食パンにバターと醤油もくれる?」

 早くも本日の献立を決めたらしく、いち早く準備に取り掛かろうとしていた。

「サンドウィッチでも作るつもり? なら、ちょっと待ってて、色々とごちゃごちゃしてて見つけにくい」

 少年は、チラリと後ろを振り向いてから缶詰を積み込む手を止めて、焼き鳥缶らしき物を探し始める。

「早くしてよー? 唯でさえもう時間がおしてるんだから」

「……それは僕に対するツッコミ待ちのつもりか?」

 眉根をひそめながら少年は問いかける。

 少女は「どうかしらねー」などと言ってニコニコしていた。

 少し呆れたが、けれど少年にとってはこのひと時が何よりの至福で微笑ましいことだった。

 しばらく缶詰の山をガサゴソと漁った後、少年はお望みの焼き鳥缶を見つけ出し、それと同時に食パンも取り出して少女に渡した

「ん、じゃあ私は調理してるから、そっちはそっちでよろしく頼むよ」

「了解。今夜はまともな屋根も畳みもあるし、久々に身体が伸ばせそうだよ」

 そう言って少年は、先ほどの休憩所を本日の寝床にすべく、カブに取り付けられていた二人分の寝具と作業用の携行ランプを持って奥へと入ろうとした。

 そこで、

「ま、少なくともあんたの寝相で夜中に起こされることは無さそうね」

「そっちこそ、いい加減足で僕を蹴り飛ばすのは止めて貰いたいけどね」

 少女が軽口をたたき出したので、少年も負けじと軽口を叩いた。

 休憩所の扉を潜りながら少女が舌を出してあかんべえしているのを見送った後、少年は手早く慣れた動作で二人分の敷布団を敷いていく。

 蒸し暑い夏の為、タオルケットを一枚だけ掛けておいた。

 いつもは狭いテントの中に詰めるように敷いている使い古された布団も、今日ばかりは開放的に間を空けて敷かれている。

 これが少年の受け持っている夜の役割だ。

 あとは、少女の作る晩御飯が完成するのを待つだけだった。

「まだ、流石にできてないよな……」

 ポツリと少年は呟いた。

 いつもはテントを設置するところから始める為、少女の担当である調理とほぼ同時に終わることも珍しくない。

 しかし、今日はただ布団を敷くだけだ。

 このまま少女の手伝いに回っても良かったが、少年はあえてそうしなかった。

 目に付いたのはすぐ近くに転がっていた漫画の雑誌だった。

 少年は携行ランプをすぐそばに移動させ照明代わりにすると、それを手に取った。

 表紙には様々な絵柄のキャラクターが描かれていて、ペラペラとページをめくっていく度にますます次の発売日が待ち遠しくなるようだった。

 一通りを読み終え、少年は再び表紙を見る。

 さっきと同様キャラクターに目を配りながら、今度はこの雑誌がいつの物かを確認する。しかしそこには……、

「……そんなもの、見てて楽しい?」

 その時、唐突に後ろから少女の声がかかった。彼女らしくも無い、光を失った相貌をしていた、

 少女の声音に少年は一瞬だけ体をピクリと震わせたが、直後、柔らかな表情でおもむろに口を開いた。

「ああ、そうだね。面白くは無いかも」

「どうせ半年前(・・・)のでしょ?」

 少年の手に持っている雑誌は、少女の言う通り今から半年前であることを示してた。

 半年前の雑誌など、普通は読んでいても面白くは無いものだ。

 けれど、

「うん。でも、面白かったよ」

 少年はそう言った。それに対して少女は、あくまで興味など無いという表情をしていた。

「ふーん。まぁ、いいわ。そんなことよりも、ほら、出来たわよ」

 その時、丁度奥の方から何やら芳しい匂いが漂ってきた。

 どうやら少女の方も役割を終えたらしい。

「おう。分かったよ」

 少年は、そうとだけを言うと足早に部屋から出ていった。ランプの明かりは消え、部屋の中は途端に暗闇へと戻る。

 少女も後に続いて部屋を出た。


   †


 夕食、もとい晩飯を食べ終わる頃には、月がかなり高いところまで昇ってきていた。

 食料の節約をするため、二人は少女の作った焼き鳥入りサンドウィッチをゆっくりと租借しながら、終始無言のまま食事を終えた。

 そして、少年は淡々とごちそうさまでしたを言い、そのままフラリと外に出ていってしまった。

 少女はその姿を見つめながら、はぁ、と一つため息をつく。

 後片付けは本来二人でやることになっていたが、仕方が無いと思い少女は少年の分までをこなすことにした。

 ガスコンロの脇に設置された流しに食器を放り込み、次に一応水が出るかを確認する。

 水道はどうやら井戸水を使っていたらしい。

 この御時勢、大抵はどこもかしこも水が止められているもので、時々こうして井戸水にたどり着くことができた日には幸運そのものだ。

 これで水にも余裕ができた。明日は朝一番に水を汲んで、加熱殺菌をしよう。

 一先ずこれで、洗い物には困らなかった。

 カチャカチャと音をさせながら洗い物をしている中、少女がふと横目を見ると、そこには少年がさっきと同様カブの前に座り込んで何かをしている後姿が見えた。

 どうやら缶詰の整理がまだだったらしい。

 少女はその光景をしばし見つめ、また一つため息をつくと急いで洗い物を片付けにかかった。

 時刻は二十一時になろうとしていた。

 少年は俯き気味になりながら、カブの整理をしていた。

「参ったな……」

 眉をへの字に曲げながら腕を組む。

 食料が沢山見つかったのは良いことだったが、問題はその全てがどう頭を使っても無理やりに積載することも難しいという状況だった。

「勿体無いけど、ちょっと選ぶ必要がありそうだなぁ」

 あまり詰め込み過ぎても重量オーバーで運転に支障が出ては元も子もない。

 少年は何を取捨選択するか頭をひねり始めた。そこで。

「私なら、これとこれとこれとこれは絶対に必要ね」

 いきなり後ろから少女の声が掛かった。

「全部肉類じゃないか……」

「必需品を選定して何がイケないの?」

 得意気な顔で、ふふん、と笑う。

 少年は呆れた顔をしながらため息をついた。しかし、そこで少年はあることを閃いた。胡散臭い表情と口調で演技のように振舞い、

「あ、なるほど、どうりで最近少したくましくなってきたわけだ、うんうん」

 と、あからさまに意味深なこと少年は言った。

 その言葉に慌てて少女は自分の腹周りを確認しだす。

「ちょっと、それどういう意味よ。私、体型は目に見えるほど変わってはいないはずよ……?」

 少年はニヤニヤと笑みを浮かべながら。

「いやー、お前の寝相って悪いからさ、起こされる度に結構そこら辺は確認できるんだよねぇ」

 直後、一瞬で少女は顔を赤くして、光の速度でお腹を腕で隠すと、わなわなと体を小刻みに震わせた。

「あ、あ……あんたってヤツはっ!このスケベ、変態、ウジムシ!!」

 そして、顔を依然として真っ赤にさせながら、少女は少年に向かって傍にあった缶詰を投げようとしてきた。

「あっはっはっは―。恥ずかしかったらその寝相を直すんだな―」

 勿論、それも見越して少年はすぐさま立ち上がり、逃げるために走り出す。

 ヒュン、と軌道が逸らされ、ギリギリの間隔でかわされた缶詰はカランカランと小気味の良い音を立ててアスファルトを転がっていった。

 夏の夜空に響くセミの鳴き声を背景に、僅かな明かりの中で照らされた二人だけの世界がはしゃいでいた。

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