第8話 追憶の海に
遅れてすいません・・・。
入学から一か月が経った。今は5月で夏の大会は7月半ば頃なので、あと2か月ほどで中等部最初の公式戦となる。現在スターター入りがほぼ確定であろうメンバーは、グレッグ先輩と2年生のSGであるポール先輩、その相方の同じく2年生でSFを務める先輩。それ以外の部員たちはまだよくわからない。どうやら今年の2年生はなかなかうまいプレーヤーが多いらしく、三年生との差がそれほど大きくないのだ。特に三年生はグレッグ先輩が飛びぬけて上手いため、バックコート陣(PGやSG)のプレーヤーの層が厚い。これは、もしかするとベンチに入れるかもしれない。自然と練習にも熱が入る。
そんなことを考えながらいつものようにクラブの練習に打ち込んでいると、不意に同じ一年生でSFのトーマスから声を掛けられた。
「調子はどうっすか?ベンチ入り狙えそうっすか?」:
「うーん、どうだろう。2・3年生に一人ずついるからね」
「ふふ、そうっすよね。俺も2年生のウイリアムズ先輩がいるっすから、厳しいものがあるっす。お互いつらいっすねー」
2年生SFの先輩はウイリアムズ先輩という名前らしい。まあ、確かに2年生でスタータークラスのプレーヤーのいるポジションはなかなか競争が厳しいだろう。
「それにしてもジムっちはうまいっすよね。初等部3年からっしたもんね。なかなか珍しいんじゃないっすか?」
「まあ、早いほうではあったね。この通り身長が低いんで苦労したけど。まあ、今も低いんだけどね・・・」
「それでもそれだけの技術を身に着けていれば十分通用したんじゃないっすか?」
「・・・まあ得点とかの数字はそれなりだったけどね」
「最後のクリスマストーナメントも結構いいところまで行ったんじゃないっすか?」
俺は一瞬自分の顔がこわばるのを感じる。が、すぐに表情を戻して言った。
「いやあ、初戦であっさり負けちゃったよ」
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俺――トーマス・ウィギンズは実のところかなり戸惑っていたっす。その原因は目の前にいるこの小柄な少年、ジムっち。彼はいつもは大人びていて中等部1年生とは思えないほど落ち着いた雰囲気をもっているっす。それなのに今日、この話をしたこの瞬間、ジムっちの顔が不意に無表情に変わったっす。こんなジムっちの顔はこの1か月、見たことがなかったっす。その顔からは何の表情もうかがえなくて、なんだか見知らぬ人を前にしているような気分だったっす。もしかして、地雷を踏んだ感じっすかね・・・。
「・・・ま、まあ、それよりっ!今回1年生からベンチ入りできるとすると誰になるっすかねっ?」
す、少し強引な感じもするっすけど、仕方ないっすね・・・!
「・・・ああ、誰になるだろうね。個人的にはアンドリューとかかな?やっぱりあのサイズとパワーはものすごく大きな武器になるだろうしね。試合の空気に触れさせて未来の大黒柱を成長させる、という意味も込めてベンチに入れられるかもしれないね」
よかった。いつものジムっちに戻ってくれたっす。
「そうっすねー。奴はとにかくでかいっすからねー。グレッグさんの引退後を考えると、新しいセンターの育成は必要っすからねー。それから1年生でいうとそれこそジムっちもなかなか可能性が高いんじゃないっすか?」
「まあ、なんとかはいれるように頑張るよ。トーマスのほうも頑張ってくれよ」
そういうとジムっちは水飲んでくる、と言ってアリーナから出ていったっす。
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俺――ジム・ウェルフォードは周りに誰もいないことを確認してそっとため息をついた。さっきはトーマスの言葉にうまく反応できなかったな。どうやら自分はあの時のことを――初等部最後の大会のニューイヤーリーグをいまだに吹っ切れていないらしい。誰もいない廊下の壁にもたれかかって、そっと目を閉じる。あの時、自分は確かにいいコンディションだったはずだ。体の動きもよかった。いい仕事が1試合通してできていたはずだ。なのに、どうして―――――――――。
俺のチームは、負けたのだろうか。