第5話 バータンス監督の考察
リチャード国立教育機関中等部バスケットボール部監督のバータンスは内心驚いていた。新入部員のレベルが今年は例年になく高いのだ。パッと目につくのはおそらく190cmほどあるだろう少年だ。バスケットは身長が高いと何かと有利なスポーツだ。その中で中等部一年にして190cmという身長はかなり強力な武器になる。このチームはこれまで三年生Cにしてキャプテンを務めるグレッグに頼る状況が多かった。この新入部員の登場でグレッグにかかる負担は大きく減るのではないだろうか。俺はグレッグに彼の名前を聞いてみることにした。
「彼、新入部員だよね。名前は?」
「アンドリュー・カズンズです。一年生なのにサイズもあるし、パワーもある楽しみな選手ですよ。ただ、少しプレーに積極性が足りないような気もしますが」
ふむ、プレイスタイルについてはおいおい考えていくことにしよう。他にはどんな奴がいるかな?2on2の練習をしている新入部員を見てみる。
すると、180cmほどの身長の少年と150cm半ばほどの少年のペアがオフェンスでプレーしていた。ずいぶんと身長差のあるペアだ。小柄な方の少年がボールを運んでいる。ほう、ボール捌きはなかなかのものだ。初等部でもそれなりに長くやっていたのだろう。ドリブルテクニックというものは短期間で身につくようなものではない。その人物がどれだけ長くボールに触っていたかどうかが顕著に表れる項目だ。そしてその少年が自分より15cmほど大きな相手に向かってドライブしていく。なかなかのスピードだ。するとその少年は一瞬止まる。次の瞬間、マークの動きが不意にずれた。少年はその隙にマークの横からゴールに向かってカットしていく高身長の相方にバウンドパスを送った。それを受け取り、彼はイージーにシュートを決めた。
周りの部員たちは特に何もなかったように練習を続けているが、そのプレーを見た瞬間、自分の体に電流のようなものが走った。今のプレー、一見単純なプレイのように思えるが、あの小柄な少年をマークしていた奴もパスは警戒していただろう。実際マークはかなりきつかったはずだ。だが、あの少年はやすやすとその横にパスを通した。では、彼はどうやったのか。俺はさっきのプレーを思い出しながら考察を始めた。
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僕――グレッグ・ハワードはじっと何かを考え込んでいる、隣の監督のほうをちらっと見る。この人は、ガリガリ選手を指導していくようなタイプではないし、どちらかというと他人に丸投げするようなタイプだ。それでは、彼はなぜそれなりの強豪校であるこの学校のバスケ部の監督をしていられるのか。その答えは彼の洞察力の鋭さにある。この人は、とにかくプレーヤーの能力を見抜くことにかけては天才的な能力を持っている。それは相手チームでも同じだ。これは、試合をする上ではものすごく大きなアドバンテージになる。
「グレッグ、さっきのちっさいののプレー見てたか?」
監督が聞いてきた。
「ああ、ジムのプレーですか?すんなり決まってましたね。でも、どうしてですか?」
不思議になって聞く。さっきのジムのプレーはいたって普通だったはず。
「いや、あの時マークはかなりタイトについていただろ?なのに随分余裕のあるパスだったなあと思ってな」
そうだっただろうか?しばし考える。
「確かにそうだったかもしれません。では、彼はどうやったのですか?」
監督はおもむろに口を開いた。
「フェイクだな。それも3つだ」
「3つ?特に変わった動きはしていなかったように思えるのですが」
「かなり動き自体は小さかったからな。1つ目はドリブルでゴールに切れ込むぞ、というフェイク。2つ目はボールを止めゴールに視線を送り、少し長めにドリブルをついてほんの少しボール止める、シュートのフェイクだ。それまではディフェンスの横ばかり見ていたから、ディフェンスの反応がシュートかと勘違いして少し遅れた。そして最後がもう一度同じ方向にステップを踏むように見せるフェイクだ。シュートフェイクでわずかに遅れたディフェンスの注意を完全にペネトレイトだけに絞らせた。そして逆からパスを出した、というわけだな」
その説明を聞き、僕は思わずジムのほうを見た。さっきの話が本当なら、彼は三年生のレギュラーにも劣らない、もしくは勝るほどの実力の持ち主かもしれない。こちらの視線に気づいたのか、ジムはこっちを見た。相変わらず表情の読めない後輩だが、今日はなんだか彼に目ががこっちに向かってわずかにニヤッと笑った気がした。