具現化した炎
これは現実で起こりうることなのか?
おれが最初に抱いた疑問はそれだ。ヒトという生き物は、たしかに闘争本能をもっている。ちからで他者を支配したいという欲求だ。それは抗いがたいものだ。どうしても、ヒトのコミュニティが存在する以上、避けてとおれないものである。それらは時として論理性を凌駕する。冷静な判断を駆逐する。快楽と遺伝子は長い年月をかけて作られていった精巧な倫理観を脆いガラス細工のように打ち砕く。
しかし、と否定する。眼前に提示されている情報は、その領域をはるかに逸脱している。内紛、内戦、戦争。それらが継続的に、かつアクティブに行われている。
なぜこの世界はそれでも存続できているのか、それがまったくわからないでいる。
惑星エクス。想像以上だ、これがすぐにアクセスできる世界として存在しているだって? 冗談じゃない。
すぐに出なければならない。ここはただの人間が介入していい世界ではない。身の危険を案じるということではない、自身が新たな闘争の芽とならないことを、どうやって否定できる?
「どうした、答えないのか、三神教我」
「……答えろというのか、エマ=レッドフォード少佐、なにに対してだ」
「さきほど言ったとおりだよ、調停の後継者」と少佐。その顔には笑みが浮かんでいる。「きみはこの世界を、地球の脅威を排除できる能力をもっているか?」
「冗談じゃない」おれは少佐を睨みつけながら、吐き捨てるように言ってやる。「この世界をとめられるか、だと? それはジョークか、少佐。軍人のあなたならわかるはずだろう。ただの学生に、なにをしろと言うんだ。それに、調停の後継者だって? おれは、いいか、少佐、後継者になった覚えはない」
「いいえ、あなたは調停者です。正確には、これからなるのです、マイ・ロード。あなたが調停者だ」
エグゼは冷えた視線を――意図的ではないだろうが――向ける。そこからはなにも読み取れない。
「どういうことだ、おれはそんなものに志願した覚えも、頼んだ覚えもない。戦争に介入しろと言うのか」
「そう、そのとおりです。あなたはお連れ様を、本郷璃々を助けたいと言いました、そしてわたしの支援を受け入れた、それはつまり、後継者として名乗りでたに等しい」
「馬鹿げている……!」
なんだ、ここは、エクスとはこういう存在を生み出す世界だとでもいうのか? まるで会話にならない、狂っている。いやそれとも先に狂ったのはおれだとでもいうのか?
さきほどからキンキンと耳鳴りがうるさい。自分の見ているものが、どこか遠くに感じられる。
ああ、そうか、これが気が遠くなる、ということか。
改めて思う。ここは一般人がいていい場所ではない。特殊な場所なのだ。地球のあらゆる常識が通用しない。エグゼの支援を受け入れるべきではなかった。
「さあ、どうする、三神教我」少佐はスクリーンを背にする。逆光で表情は窺い知れない。「選択のときだ。この数千年、ひたすらに、盲目的にと言えるほどに、戦争を継続してきたエクスという惑星に、その意志に、介入するか、否か」
エグゼはただひたすらにおれを見つめ続けている。あとは、おれの判断を待つのみ、ということか。
「千年か」
自分の気が触れたのか、突然その単語が面白く思えた。
「どれだけ戦い続ければ気が済むんだろうな? 人類の文明が滅ぶまでか?」
「そんなことなら、すでに」
「なんだって?」
「この世界は、すでに何度も文明が滅んでいる、と言っているんだ、三神。その上で復興を果たし、また戦争を継続させる。延々と続く連鎖だ、その鎖が断ち切られることはない」
「星の形状が残っていることが不思議だ」
「ふふっ、そうだな。よく原型をたもっていたものだ」
「笑いごとじゃない、少佐」
「たしかに。しかしきみも笑っている、笑うしかない、そうだろう?」
呆れたように肩をすくめる少佐を見て、おれはふと、疑問に思うことがあった。
この人がさきほどから使っているのは英語だ。聞き間違いがなければアメリカ系の。つまりは地球からきた人間だ。
なぜ、エクスにいるのか?
「少佐、あなたは、地球からきた人間か?」
「そうだ。もとは国連軍に所属していたが、人材派遣として、やってきている」
「……なるほど、あなたも笑うしかない、そういうことか」
少佐はなにも応えないが、しかしそれこそが、答えになっていた。
人材交流があることはアルバートから聞かされていた。だが軍人を派遣しているとは思わなかった。それは遠回しに軍事介入しているということだ。つまり、地球は部外者ではない。
「少佐、おれは、戦う能力のない一般市民だ、そんなおれが調停者としての役割を果たせると、あなたは本当に思っているのか? エグゼ、きみはどうだ」
「わたしは」とエグゼ。「疑う余地はありません」
「わからない、不明、というのが正直なところだ。しかし三神教我、きみが望むのであれば、未来はわからん」
「まったく、曖昧な言葉ばかりだ」
そして、この世界も、そうだ。




