来訪者6
さきほどは失礼いたしました。そう前置いて少女はおれを見つめる。綺麗な瞳だった。透明のガラスのようで、こちらの姿を映している。心まで見透かされそうだ、というのは使い古された言葉だろうが、しかし一番、的を射ている表現だろう。
「エグゼキューターの外部デバイスとご認識頂ければ結構です」
「おれには、きみが人間にしか見えないな」
「構成要素はほぼ人間と同様です。そう大きな違いは存在しません」
「自己紹介中にすまないが」と少佐。「道すがらで頼む。さきほども言ったが、あまり時間はない」
少佐に案内されるままにドッグ内部を進んでいく。中は近代的というにはあまりにも最先端だ。最近の軍事基地は生憎とお目にかかっていないが、しかしこれほどの設備を持った基地は、そうあるまい、というのはたやすく想像ができる。
おれは隣を歩く少女を見下ろしながら、気になっていたことを聞いてみる。
「エグゼ、きみは自分のことを、そう名乗ったな」
「はい、マイ・ロード」
「不思議な感覚だ、メイド服の女の子に『ロード』と呼ばれるのは……いや、こちらの話だ、いまのは無視してくれて構わない。きみが機体と『声』をわけていたのは、そういう理由だったのか。インタフェイスだと言っていたよな?」
「そのとおりです。わたしは人と、〈ギア〉エグゼキューターを仲介する役割を担っています。交渉もしくは対話を行うこと、それがわたしに与えられた存在意義です」
「フムン」
「なにか?」
「いや……」
交渉もしくは対話を行うこと、というわりには、あまり会話になっていない場面が多かったように思える。彼女は機械知性と人間知性の両方を獲得していると言っていたが、どうにも機械側に偏っているように感じるが、それはおれの気のせいではないと信じたいところだ。
しかし、それよりも気になるのは前方を歩いているエマ・レッドフォード少佐とエグゼがすでに対面していたという点だ。彼女らはすでになにかしらの交渉もしくは対話を行っていたはずで、しかしそれにしては、あまりにも関係性が薄く見える。敵対していないだけ、などではない。ぎりぎりのラインを保っている。
あらためて自分がとんでもないところにいるのだと自覚する。背中を冷たい汗が伝う。ここは、一般人のいていい場所ではない。トリスメギストスの通信士が言った言葉が、わかるというものだ。
「どうしました、マイ・ロード。脈拍が安定していません」
「きみは、そんなことまでわかるのか」
「そいつに嘘はつけんさ」顔だけ振り向きながら少佐。「それは人の姿をしているが、機械だ。対話相手のステータスをモニタしている。はっきり言って気味が悪い。あの機体も含めてだ」
「あなたにどう思われていようと、わたしには関係ありません」とエグゼ。「必要のある項目だけをチェックしているに過ぎませんので」
「そう、そうだな。実に機械らしい返答だ。人間知性を持っている? 面白い冗談だ」
少佐が顔を正面に戻す。そこには、大きな鉄製の扉が待っている。
「待たせてしまって、すまなかった。ここが即時戦司令センターだ」
扉の前では低くうなる音が聞こえてくる。足元には微かな振動。少しだけ懐かしい雰囲気だ、あれは、ウッド少佐に基地へ連れて行ってもらった時のことだったか。
扉のすぐ横から赤い光が発せられて、おれたちを通過する。それからピピッという電子音。数秒のタイムラグがあって、扉が開いた。
センターの中に足を踏み入れると、そこは地球でも見た光景だ。センターとして、よくある装置が並んでいるが、しかしすぐに違和を感じた。
「少佐、少し聞いても?」
「なんなりと……とは言えないが、答えられることだったら」
「設備が古いようだ、いや、装置自体は新しく見えるが、全体的なシステムが地球に劣るように思える」
「そうだ、エクスは地球よりも部分的に科学力が発達し、また遅れている。ここも顕著な部分だろうな――クレッケン少尉、前方スクリーンに世界地図を出せ」
「イエスメム、表示します」
卓のひとつに着いている男性がキーボードを叩くと、劇場のようにも思える巨大スクリーンに全域マップが表示される。
「これが、この惑星エクスの世界地図だ」
「……地球、そのものだ。細かい部分で違いはあるが」
「イエス・マイロード。先程も申し上げましたとおり、この惑星は地球に酷似しています。少佐、少々わたしのシステムを介入させても?」
「フムン」と少佐。「その方が早そうだな。許可する」
おれのうしろに控えていたエグゼが、スクリーンを正面に捉える位置まで移動する。緑色の長い髪が電子的な光を反射する。まるで作り物の髪みたいだ。そんな感想が浮かんだが、それが間違いではないことに気づいた。そうだ、彼女はおれの目の前で創り出されたのだ。
「システム掌握完了。全域マップに、現在交戦がアクティブに行われている地域と進行範囲、速度、レベル、行軍数を表示。ROSにて出力します」
即座にマップが切り替わる。矢印や大量の数字が表示された。あまりにも数が多いため、情報が入り混じっていて判別できない。
「これでは、なにがなんだかわからないぞ、エグゼ。これでは滅茶苦茶だ」
「そうでしょうか」
「おれはきみのような、高度な処理能力をもっていない。人間だからな。こんなに一度に表示されては、なにがなんだか、そう、どれが敵でどれが味方なのか、わからなくなる……」
「そう、そのとおりだ。さすがだ三神教我」とレッドフォード少佐。「これがエクスの戦闘状況だ。エグゼと、われわれ即時戦が集めたデータが、いま出力されている。地球に脅威があるとすれば、このデータの、すべてが脅威なのだ。これをきみに止められるか?」
少佐がおれを見つめる。
「答えるがいい、三神教我。調停の後継者」
おれはただスクリーンを見つめる。