来訪者5
眼前に提示された構造体の立体映像、それに表示されるマップを見て、おれはまた驚くことになった。今日だけで、もう何度驚いたかわからない。
圧倒的な〈ギア〉の性能から考えれば鈍足極まりない、しかし常識的に考えれば、それなりの速度で移動した先は、地図上の地形から察するに、日本に酷似した島だった。
そう、だった、だ。正確にいうのであれば目的地は、その島ではない。通常ヘリで移動するには高すぎる高度で接近すると浮遊する巨大な質量体にいきあたった。やはり地球科学では考えられない事象だ。小島と言うには大きすぎ、普通の島と表現するには大きすぎる、それはとても幻想的な、島の上に近代的なビル群が立ち並ぶ空飛ぶ国家なのだった。
「これがカルォーシュアか。想像の上をいったな」とおれ。「正直、これは予想していなかった」
『この国家は、つい3年ほど前に誕生した、エクスの国家群の中ではかなり幼い部類に該当します』機械音声が応答する。『しかし、その技術力はエクス国家群の中でも上位に位置します』
「上位か。たしかに地球科学を上回っているように見える」
『はい、部分的ではありますが地球科学を凌駕している。ですが、それは局所的に過ぎません。徐々にあなたにも理解できると思います』
「フゥム」
いまの言葉から、この機械知性がエクスで生まれたことは、ほぼ確信していいだろう。この端末の情報収集能力がどれほどのものかは理解できないが、それを得意もしくは特化させたものとは思いがたい。そうなると、こいつの扱いもより考えなければならない。つまり、戦争の道具なのか否か。そして、どの陣営に所属しているのかだ。
UFANの旗艦トリスメギストスの通信士との会話で声は〈調停の後継者に従属している機体〉と言っていた。気になるのは、おれが後継者かどうか、ではない。調停者という部分にある。
もしかして、とおれは思う。この機体は両親となにか関係があるのだろうか。そう、たとえば〈調停者〉と契約していたというのはどうだろう。突飛な発想ではあるまい。
どちらによカルォーシュアに入ればわかる。情報を提供するという言葉が偽りでなければ、だが。
『誘導信号を受信』おれの思考を妨げるように、機械音声。『従います』
先にヘリが巨大な壁に飲み込まれているのが見え、それに続くようにして、この機体も進んでいく。誘導信号はレーザーかなにかを使っているようで、目視することができた。
そこは、おれの想像を絶する。
地球科学よりもはるかに発達したそこは、まるで機械でできた生命体のようだ。なら、いまくぐっているのは食道か、なんて想像が頭をかすめる。
機体を指定されたポイントに収め、機械音声に従い外に出ると、金髪の女性が腕を組んで待っていた。
「ようこそ、三神教我」
「あなたがエマ=レッドフォード少佐か」
「そうだ、はじめまして、だな。調停者の息子に会えて光栄だ」
そうおれに告げているのに、にこりとも笑わないのはなにかのジョークなのか、と思う。だがすぐに、そういえば両親の古い友人であるウッドおじさんも、あまり笑わない人だったと思い出す。
「ここがカルォーシュアなのか」
「そうだ。正確に言えば、カルォーシュア軍第八独立傭兵部隊第一機動戦隊即時戦の機体格納庫、ということになる」
「なんだって?」
流暢な英語ではあったが、つらつらと呼称を言われ戸惑う。
「即時戦と覚えてくれればいい」
「フムン」
その名称なら覚えやすい。残念ながら意味はわからないが。
「独立傭兵部隊、ということは正規軍ではないのか?」
「そこもあわせて、説明の場を設けさせてもらいたいが……そのまえに」レッドフォード少佐の目が〈ギア〉エグゼキューターに向く。「いつまでそこに居るつもりだ? きみも同席しろ。そのほうが話が早く済むだろう」
「同席だって?」
おれの問いは返ってくることはなかったが、しかし別の反応があった。
エグゼキューターの前方に淡い緑色の発光体が集まっていく。それらは徐々に形を作りはじめ、おぼろげながらも、なにかわかるようになってきた。それは、そう、シルエットだ、人型の。
「少佐、これは……」
「もうすぐだ、もうすぐ、きみが話していた相手が姿を現すぞ」
「なんだって? 相手は機械知性体ではないのか?」
発光体は完全に形を手に入れていた。もはや緑色のなにか、ではない。人だ。
「ある意味では、そうです」少佐の代わりに、目の前に出現した少女が答える。「わたしは機械知性と人間知性の両方を獲得しています」
つかつかとおれの前まで歩いてくると、美しい角度で頭を下げる。
「きみは、だれだ」
「〈ギア〉エグゼキューターの生体インタフェイス。エグゼ、そう呼ばれています」
少女は答えた。