夢4
プログラムのコード破壊。それは、いまここにいる、ここで生きているエールの死亡によって完了する。
エグゼと才条少尉が作ったプログラムが保守プログラムを書き換え、彼/彼女の意識が途切れるとき、すなわち死亡時に意識データが施設に送信される。これだけならエールを殺す必要性はまったくない。しかし気づいてしまった。オリジナル・エールの狂気に。そしてエグゼキューターが気づかせてしまった。人間が生きている世界に。正気と言っていいのかは、わからない。それでもエールは思ったのだ。次の世代に平和をと。これ以上の悲劇はいらないと、そう願ったのだ。
だからこそ、次のエールは誕生する。イレギュラーを削除するために、保護機能として、地上に足を下ろす。狂気の計画を完遂するためバグを潰そうとする。そうなってからでは遅い。いま、この場で、エールを殺さなければならない。
「エール」
おれは、異常に重たく感じる、拳銃を握った腕をあげる。照準はぴったりだ。即時戦で訓練されている。間違いなく額にあたり、弾丸が脳を破壊するだろう。
「最後に、訊きたいことがある」
「なんでも答えましょう」
エールは微笑んだ。自らに銃口が向いているというのに、震えもしない。
「なぜ、フォメリア軍はおれたちの街を襲ったんだ」
「その件ですか……」
「基本的に、地球への軍事介入は絶対禁止のはずだ。国際条約で決められている。それなのに、なぜ攻撃を行った?」
「情報があったのですよ。新型の〈ギア〉が軍事介入をはじめると。実際、量子空間通路〈スカイウェルズ〉に向かっていく〈ギア〉の存在が確認できたため、現場の判断で追跡を続行、攻撃を開始した、ということでしょう」
「情報とは」
「わかりません」
「わからない? ずいぶん、不確かな情報で動いたものだな」
「実際、当初は無視していました。しかしながら、いままで確認されていなかった〈ギア〉が登場してしまった以上はわれわれも無視できません。国家として。あなたもご存知のとおり、〈ギア〉には世界のパワーバランスを変えるだけの性能がある」
「どこからもたらされた情報なのか、わかるか?」
「それがわからないのです。〈イフリエス〉で処理しても、わが軍が調査しても、わかりませんでした。最初は、その新型〈ギア〉が自ら流した情報かと思いましたが……」
エールの視線がエグゼへ向く。
「いいえ。われわれはなにもしていません」
エグゼは即座に否定した。
「ならば、エグゼキューターや、〈イフリエス〉でも追跡できない、そういう性能をもった"何か"がもたらしたもの、ということになります」
「そんなことができるのは……」
ただひとつの可能性。〈ギア〉しかない。
もしかしたら、あの宇宙から見つめられているような感覚。あれと関連しているかも知れなかった。どちらにせよ、これ以上エールを問い詰めても新しい情報が出てくることはないだろう。
「ありがとう、エール」
「いいえ。最後の最後だというのに、力になれなくてすみません」
「謝らないでくれ」
「でも、もし、次のエールが生まれるとして。その子はきっと、あなたの力になりましょう」
「……もう記憶が受け継がれることはない。次のエールは、まったく新しい、いままでのきみたちとは違うエールとして生まれるんだ」
「そうですね、現実は、理論では、そうでしょう。でも想いは届く。わたしの、いえわれわれの想いは、きっと次のエールにも……」
まるで、名残惜しむように。もしくは我が子を慈しむように、エールは見た。カプセルに収められている、成人した肉体をもつ、しかし幼き心をもって生まれてくるだろう、次のエールを。
「セリア」
「セリア?」
「フォメリアの言葉で、情熱の願いという意味です。次の〈イフリエス〉ロードにはふさわしい名前だと思いませんか?」
「ああ……」おれは、一度頷き、そしてもう一度、深く頷く。「ああ。いい名前だよ。セリア、か。本人に呼びかけるときが、楽しみだ」
「ぜひ。きっと喜ぶと思います」
儚げな微笑みと同時に、床がかすかに震えていることに気づいた。そして徐々に大きくなる駆動音。施設が活性化をはじめたのだ。
「タイムリミットです、三神少尉」
「ああ」
もう一度、拳銃に意識を傾ける。エールと別れたくない。もっと話していたい。自らの手で殺すなど――
震える手で無理やり照準をあわせると、その先には澄んだ瞳があった。視線と視線がぶつかる。見ていると決意が鈍りそうだった。ゆっくりと、だが確実に引き金に力を込めていく。
撃鉄が起こされる。瞬間、〈同期〉がはじまる。
そこは、おれが見たことのない景色だった。
綺麗な赤い花が咲き乱れている。風が吹くと花びらがあたりを散った。
美しいところだった。幻想的な光景で、それがここは現実空間上には存在しないことを意識させる。そして、おれとエールしかいない。〈同期〉によって生み出された、特殊空間だった。
〈三神少尉〉エールが、長く赤い髪を押さえる。〈言っていませんでしたよね? わたしは、こういう光景で、穏やかに生きてみたかった。
生まれたときから自分の役割は理解していましたから、もう、叶えられることはないことはわかっていました。でも、やはり願わずにはいられなかったのです。
穏やかな景色の中で、心安らかに暮らす。激動も、大きな落とし穴もない。緩やかで、静かな日々を……。それがわたしの、本当の、夢だったのです〉
それはエールの、心からの想いだった。誰にも語られることのない、強く深く、意識の中に沈めた願い。本当の夢。決して叶えられることのなかった夢。
〈ねぇ、三神少尉〉
その純真な、あまりにも真っ直ぐな瞳が、おれを捉えた。
〈わたしは兵器として生まれました。戦うことをプログラムされ、戦争をし続ける一リソースとしての役割を与えられ、人間として想うことなど許容されない、心など不要として、まるで機械のように生きることを命じられました。でも……〉
エールの夢――強く、深く――それに比例するように、力強い意識がおれの意識に〈同期〉し、同調し、重ねられる。
〈わたしは――わたしは、人間でしたよね?〉エールが吐息のかかるところまで近づいてくる。真に激し、まるで血を吐くように叫ぶ。〈わたしは人間でしたよね? あなたの前で、わたしは……人間で、いられましたよね!?〉
それに対する答えは、ひとつしか持ちあわせていなかった。
〈きみは、間違いなく人間だ。平和を願い、次の子の無事を祈り……そして、いまこうして、おれと同期し自らの夢を叫ぶ〉
そうだ。誰が否定できるのか。ここまで心を殺し、しかし心をたもち、自らを証明しようとする彼/彼女の人間性を、誰が拒絶できようというのか。
そんな権利をもつ者など、誰ひとりとして存在しない。
ならばせめて、おれが断言しよう。
〈きみは、人間だ。おれが出会った、誰よりも人間だった〉
〈ありがとう……三神少尉。本当に、ありがとう〉エールの目から大粒の涙が落ちる。それは紅蓮の色ではない。透明な雫。穢れ無きその心を映しだしたもの。〈あなたと出会えてよかった……〉
世界がクリームのような、暖色の、光り輝く白に覆われていく。まるで心が融け合っていくような穏やかさと心地よさの中で、〈同期空間〉は消失した。
「さようなら、三神少尉。わが希望」
「エール……!」
発砲音は一度。自動小拳銃は正しく動作した。弾丸はまっすぐにエールへ向かっていき、そして命を奪った。
二度と戻ることはない。永遠に、消え去った。




