来訪者4
「これは……」おれは呆然と呟いている。「おれたちの世界と、なにも変わらないように見える」
『はい。惑星エクスは、地球環境に酷似しています』独り言に〈声〉が応じる。『大気温度、陸地構成、酸素濃度。どれもほぼ一致しています。ここは、そういう世界です。しかし明確に違う点もあります』
「明確に違う点?」
『ご覧になりますか』
おれの目の前に映像が現れる。先ほどの、空母トリスメギストスに返答したときと同じ、透明で、実体のないディスプレイだ。
そこに映しだされたのは、青い空の映像。しかし機体の外に見えるような美しい空ではない。オレンジ色の小さいなにかが、無数に飛び交っているのが見える。これには思い当たるものがある。弾丸だ、そして、それよりも大きな影はおそらく短距離ミサイルだろう。それらが交差するように飛び交い、散っている。そのすぐあとだ、中規模の爆発が起きた。
『これが、惑星エクスという世界の、ほんの一部です』機械音声はあくまで冷静だ。『あらゆるところで戦火が上がっています。これはある小国で起きている内紛です』
「あらゆるところか。エクスという世界は、自分たちの戦争にかかりきりで、地球を侵略する余裕などない、と聞いたことがあったが、まさか本当のこととはな」
『はい。そして、だからこそ、あなたのような存在が必要となる』
「それは、どういうことだ」
インタフェイスと名乗った〈声〉に問いかけた瞬間、ディスプレイの映像が切り替わる。戦火の代わりに映しだされたのは電子化されたマップと、無数の点。これはレーダーか。
『機影接近。高度に施された電磁偽装信号と、電磁迷彩によって姿を隠しています。輸送ヘリ1、護衛の人型戦闘兵器2、少数です。所属はカルォーシュア』
「カルォーシュア……UFANの通信士が言っていた国の名前だな」
『そのとおりです。現在は偽装中ですが、敵対する様子はありません……お待ちください。こちらにコンタクトを求めています。どうしますか?』
「応答してくれ」
『了解しました』
無数のノイズをかき分けるようにして、女性の声が聞こえてくる。
『こちら、カルォーシュア軍。〈ギア〉エグゼキューター、聞こえるか」
「問題なく聞こえる。こちら〈ギア〉エグゼキューター搭乗員、三神教我だ」
『無事に着いたようでなによりだ。わたしはカルォーシュア軍所属、エマ=レッドフォード少佐。きみを迎えに来た。できれば敵対信号を解いてくれると嬉しいが、可能か』
「敵対信号?」疑問を口にしてから、〈声〉に確認を取る。「そんなもの、どこに……」
『わたしが実行していました』平然とインタフェイスは告げる。『相手の動向が不明だったため、いつでも電子戦闘に移れるよう、対象をロック、低度のジャミングを開始していました』
「おまえ、攻撃中だったのか」
『ただの撹乱に過ぎません。護衛機のスペックでは当機を撃墜することは不可能ですが、しかしあなたの安全を考えるのであれば、万全の用意をするのが妥当だと判断しました』
「解除してくれ」おれは溜息をつく。「少なくとも、いまのところ相手に敵対の様子はない」
『了解しました』
味方でないものは、すべて敵、という発想なのだろうか。迷惑極まりない行動パターンだ。今回は向こうから声をかけてくれたから良かったものの、もし同じような考えの相手であったら、すでに戦闘が始まっていてもおかしくはない。
『助かる』少佐と名乗った女性が安堵の息をついたのがわかる。『〈ギア〉に攻撃されては、こちらは十秒ともたず撃墜されるだろうからな。一応言うが、こちらに戦闘の意志はない』
「確認したいが、地球を攻撃したのは、あなたたちか?」
『違う。むしろわたしたちは、きみに協力を求める立場だ』
そして、と少佐は念頭に置く。
『われわれは、きみが望む情報を提供する用意がある』
「地球が攻撃された原因がわかる、知っている、ということか」
『そのとおりだ』
「フゥム」
相手が何者かわからない以上、迂闊に行動すれば自分の首を絞めることになることは容易に想像できる。しかしこちらには〈ギア〉という戦力はあっても情報を提供してくれる味方がいない。いや味方でなくてもいい。敵でなければいい。まずは自分がどのポジションに置かれているのか、ということを見定める必要があるだろう。おれはいま、未知の世界にいる、ということを正しく理解しなくてはならない。そうだ、ここは、交戦地域だ。すでに戦闘ははじまっている。
そう思うと、自然と心が引き締まる。さて、エマ=レッドフォード少佐と名乗った人物に、おれが最初に聞くことはなんだ?
「エマ=レッドフォード少佐、あなたに質問したい」
『わたしに答えられることなら。しかし時間に留意してくれ、あまり余裕はない』
「では単刀直入に聞く。あなたがたの目的はなんだ」
質問を投げかけると、間があく。その時間は十秒にも満たない。
『この世界の戦争を止める、それがわたしの目的であり、わたしの部隊の最上級目標だ』
「それが可能だと思うか? あなたは夢想家か、それともリアリストか、どちらだ」
『どちらでもない。実行可能だと思えば、それを実現するために行動する。それだけだ』
「了解した、あなたの考えはわかった。所属国家はカルォーシュアと言ったか。おれと、この機体に危害を加えないと約束できるか」
『約束しよう。どちらにせよ、現在のわれわれに〈ギア〉を抑え込めるだけの能力はない』
「わかった。そちらの行動に追従する」
『助かる。ゲート付近は非交戦地域に指定されているが、ここから離れた場合の安全は保証できない。偽装迷彩を起動してくれ。きみたちは目立つ』
「偽装迷彩? そんなシステムは――」
『マイ・ロード』と、いままで黙っていた機械音声。『当機にはステルス迷彩が搭載されています。カルォーシュアから提供されたシステムです』
「どういうことだ。カルォーシュアと、すでに接触していたと言うのか。なら、なぜ攻撃の姿勢を示した」
『かれらは当機の敵ではありません。しかし味方でもありません。ならば警戒するのは当然です』
おれは再び呻くことになった。この思考機械は、いったいどういう原理で動いているのか不明だ。いやある意味で機械らしいとも言える。感情の一切を排除した思考だ。
人間の感情というのを完全排除した論理体系。すべてのシチュエーションにおいて、自らが設定した最優先目標に向かって行動する。この機械におそらく悪意はあるまい。いや、悪意どころか善意もない。ただひたすらに、自ら定めた作戦を実行しているだけだ。
ならば、とおれは思う。それをうまく利用しなければならない。現在のおれにとって、この〈ギア〉という機械は味方ではない。敵ではないというだけだ。
重要なのは、やはりこちらも自らの最優先目標に則って行動することだろう。目的はなにかといえば、もちろん璃々を守ることだ。エクスから地球に向かってきた脅威。それと交渉ないし戦闘継続能力を奪うという行動を取る必要がある。
そのためには、この〈ギア〉の戦力を考慮しつつ、カルォーシュアと呼ばれる国家と折り合いをつける。それは、いまのおれにとっては綱渡りに等しい。なにせなんの力も持っていない学生だ。だれが話を聞いてくれるというのだ。しかし、都合がいいと言えばあくどいかも知れないが、圧倒的な力がこちらにはある。
排除しなければならない脅威と思われない範囲で、これを見せつける。
「すぅー……」おれはなすべきことを決めると、大きく息を吸う。「少佐、おれをカルォーシュアまで連れて行ってくれ」
『了解した』
少佐は短く応答する。すると、ヘリが反転を始めた。それを確認すると、今度は機械音声に語りかける。
「おれはカルォーシュアに移動する。不満はないな」
『ありません、マイ・ロード』
機械音声の対応は、先ほどよりも冷たく聞こえた。