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ウォーター・クラウン6


 アクエリエスとエグゼキューターの会話は、エグゼキューターがアクアフィールドに回収されてから開始されていたようだった。日付がそうなっている、と才条少尉が報告する。

「はじめは、エグゼキューターからアクセスしているようです」



〈こちら、ES-GX08:エグゼキューター。アクエリエス応答せよ〉

〈こちらES-G06:アクエリエス。エグゼキューター、わたしに何用か〉

〈アクエリエス、現在、当機および外部デバイスは行動不能である。ロード・三神教我の動向を掴むことが不可能だ。情報の提供を求む。拒む場合はアクアフィールドの軍事基地に強制アクセスを実行する〉

〈軍事基地に対する強制アクセスは認められない。実行した場合は貴機を破壊する〉

〈了解した。当機は三神教我の動向把握を現在の高目的に設定している。情報提供を求む〉

〈貴機の目的は理解した。情報提供を了承する。その代わり先の戦闘に関するデータの提出を要求する。エグゼキューター、応答せよ〉

〈了解した。データ出力を実行する。確認せよ、アクエリエス〉

〈エグゼキューター、確認した。これから三神教我と、その周辺のデータをリアルタイム送信する。受信可能なよう通信機器の最大化を実行せよ〉

〈最優先処理として実行する。アクエリエス、完了した。受信可能状態である。送信せよ〉

〈送信処理を行っている。情報整理終了、実行〉

〈アクエリエス、情報の送信を確認。受信に成功した〉

〈了解した。ES-GX08:エグゼキューター、先の戦闘データに不明点がある。回答せよ〉

〈不明点はどこか〉

〈エグゼキューター独自のシステムを稼働していると推測できるが、どのような機能か説明せよ〉

〈ロード・三神教我の能力を増幅する一種のアンプリファイアである〉

〈三神教我の能力とはなにか〉

〈不明。現在、情報を収集中である。ある種の精神感応波であると予測している。ロード・三神教我から発せられているデータの波を当機で増幅し、周辺空間に向けて発信する。また、その反響データを当コンピュータで回収、それを音と光に変換し、コクピット内に送信している〉

〈理解した。その結果を提出せよ〉

〈送信を実行した〉

〈受信した。三神教我は情報を同期していると推測できるが、これに間違いはないか〉

〈アクエリエス、間違いない〉

〈エグゼキューターから送られてきたデータから、三神教我が送受信したデータ波は、指向性をもっていると予測できる。対象は機械ではなく、人類に限定されているようだが、間違いないか〉

〈その時点においてのデータでは、間違いない。いまのところ機械知性に対してデータ送受信が行われた記録はない。対象は人類に限定されている。わたしが増幅/変換を行った以外は〉

〈ES-GX08:エグゼキューター、このシステムを搭載したのはいつか〉

〈ロード・三神教我をはじめて当機に乗せた、そのあとである〉

〈了解した。このシステムは、貴機の特性であるか〉

〈当機の特性ではない〉

〈ES-G01のシステムに干渉したことと関連性はあるか〉

〈直接の関連性はない〉

〈ES-G01のシステムに干渉したことは認めるか〉

〈認める〉

〈それは貴機の特性であるか〉

〈特性である〉

〈了解した。引き続き、三神教我および周辺データの送信を続ける〉



「教我、〈ギア〉には機器登録番号があるようです」と才条少尉。「エグゼキューターは〈ギア〉の中では最新型でしたね。ということは、〈ギア〉は全部で八機ということになる」

「ああ、そう、だな」

「教我……三神少尉? 大丈夫ですか、すごい汗だ」

 才条少尉がポケットからハンカチを取り出し、おれの額や頬、首筋の汗を拭ってくれるが、次から次へと流れ出てくるのをとめられない。ぐわんぐわんと頭の中で音と痛みが反響し、眼球の奥を強く圧迫されている苦しみに喘ぐ。こんな頭痛は人生ではじめてだった。いますぐ脳みそを取り出してやりたい。

「エグゼキューターは、三神さんに、かなり強い暗号化を施したようですね。なぜ、そこまで隠したがっているのかが、わかりません。不可解です。まるでロードを拒んでいるようにすら思えます」

「フォン=ポァクス代表。ひとつ聞きたい」

「なんですか、才条少尉?」

「〈ギア〉にとって、ロードとはそれほど重要なものなのか。そもそも、これほど高度な機械知性が、人間を必要とする理由がわからない。はっきり言って、いらないだろう」

「あなたの疑問はもっともですし、われわれロードも同じことを思っています。はたしてわれわれは必要なのか。なぜロードを必要とするのか。〈ギア〉にパイロットは必要ありません。彼らは自らで意思決定することができます。自律行動も、もちろん可能です。なのに、なぜ人間を乗せるのか」

「答えはでていない、そういうことか」

「そうですね、正確には〈ギア〉によって理由は違う、というところでしょうか。アクエリエスにはアクエリエスでなにか理由があるようですし、エグゼキューターも同様でしょう。さて、三神少尉?」

 おれは言葉を発することができず、代わりに目線だけをフォンに向ける。

「かなり暗号化が解けてきていますのね。もう少しです。いまから映像に切り替えます。つらいでしょうが、もう少しの辛抱ですよ」

 頷き、霞む目を水のフレームで形成されたディスプレイに向ける。

 おれに向けられた暗号化とはなんだ。エグゼキューターは、おれになにをした。なにを隠そうとしている。おれがもっている特殊性とは、いったいなんなんだ。その答えが、もうすぐわかる。

 いままで才条少尉が読み上げてくれていた文字が一瞬にして消失し、『ファイルを展開』と表示、直後に映像が流れる。それは、エグゼキューターのコクピット内部、おれとエグゼを映したものだ。

 横にはなにかのデータが並び、常に更新されている。これはエグゼキューターが残した記録データだ。どうやら常におれをモニタしていたらしい。

 映像は、ちょうどイフリエスとアクエリエスに攻撃されそうになっているセイヴの間に割り込んだところだった。直後に攻撃を受け、コクピット内部が破損する。破片が飛び散り、顔をかばった腕に飛び散って突き刺さった。おれが悶え苦しむのを見たエグゼがなにかを操作し、そしてセイフティシャッターが降りた。

『さようなら、わたしのロード』

 エグゼのつぶやきを残して、完全に閉まる。

『エグゼ、やめろ、なんだこれは。ちくしょう、こんなところで終わらせやしない』

 腕から血を噴き出しながら、おれが必死にコクピットを操作している。

『エグゼキューター、メッセージを寄越したということは、おれが言っていることも、わかるな? 力を貸してくれ、支援を要請する。おれはこの状況を打開したい。おれは――』

 画面にノイズが走る。おそらく攻撃を受けたのだろう、コクピット内部が再び破損するのがわかる。セイフティシャッターがボコンと歪んだ。電子戦席がどうなったのか、わかろうと言うものだった。

『エグゼ……すまない……』おれの肩が震えている。『エグゼキューター、応えろ。欲しいなら、おれの魂くらい、くれてやる。おまえの全性能を奮うがいい。おまえの環境管理システムとしての力を見せてくれ』

 おれの言葉に応えるように、周辺にすさまじい数の空間投影ディスプレイが出現する。同時、低い機械の唸り声と淡く青い光がコクピットに満ちる。

 さきほどのアクエリエスとエグゼキューターの会話にあった、反響データを音と光に変換した、というのは、このことだろう。

『イフリエスのパイロット、そうか、きみのその言葉は、悲鳴か。助けを欲しているのか』

 おれはシートに身体を預け、いっさい操作していない。才条少尉の言では、このときずっと、二機の〈ギア〉と戦闘していたはずなのにだ。

『フォン、あなたも、まだ迷っている。これが本当によいことなのか、自分が本当に間違っていないと言いきれるのか、判断がつかないでいる』

 ソファに身体を預け、おれたちと一緒にディスプレイを見つめているフォンを見る。彼女の長く細いまつ毛が震えていた。おれが見つめていることに気づくと、そっと瞳を閉じた。

『人がすれ違うのは当然なんだ。みんなそれぞれ、いろいろな意思や、想いがある。こうしたい、という願いがある。かなえたい理想がある。わかっていても、あえて、間違った道を進まなければいけないときもある。引けない道がある。だけど、だからこそ、分かり合おうとすることが必要なんだ。

 肝心なのは結果じゃない。最終的に、全員が同じ方向を向かなくてもいい。そんなことは不可能だ。人間には、それぞれ、感情や知性があるのだから。必要なのは、相手を理解しようとする努力なんだ。過程が大事なんだ。そうすれば、次がある。今は異なった道を行っても、次は交わるかも知れない。

 傷つけあうだけではなく、明日には痛みをわかりあえる、微笑みながら話し合える日がくるかも知れない。その、〈かも〉を、おれは大事にしたい』

 ディスプレイに、コクピット内部だけではなく、戦場をモニタした映像がもうひと枠追加される。

 そこには光のラインが引かれていた。才条少尉が話していた、謎の幾何学模様だ。

『おまえか。おまえが、歪めている。この世界のシステムだ。エグゼキューター、やるべきことはわかっているな。剣を抜け、おまえと、おれが、執行する』

〈Yes,My LORD:MIKAMI.〉

 そしてエグゼキューターは空間を斬り、あの戦域での事は終結していた。



 映像が終わり、フレームとして形成されていた水が弾ける。それはおれの中にかけられていた論理ロジックを解凍する瞬間でもあった。暗号化されフラグメント状になり、記憶領域の中でアットランダムに配置されていた情報が整合性をもって再現される。

 痛みはすっかり取れ、逆に頭がすっきりしていた。

「教我……三神少尉。すべて、取り戻されましたね」

「ああ、全部、思い出した。エグゼキューターは、あのシステムと接触したおれを守るために、あえて暗号化を施した。問題は、あの光だ。あれがおれを汚染している可能性あった為、エグゼキューターの中枢コンピュータはロックを提案し、おれはそれを了承した」

「あれは、なんなのでしょう」

「わからない。エグゼキューターとアクエリエスの会話ログから、ES-G01という機体番号と、そこからおそらく〈ギア〉であろうこと、くらいか」

 続いて、おれはフォンを見る。

「あなたも、結局は迷っていた。この長く続く戦争が、本当にこれでよいのか、そうですね」

「わかりません。あなたも、わたくしと〈同期〉した。それならばおわかりになるでしょう。これが、この世界なのです。エグゼキューターと、三神少尉がわれわれの前に現れるまで、疑問に思ったことは一度もありません。当然のことだからです。ですが、それが、変わってしまった」

 この変化がよいものなのか、いまのおれには、わからない。

 自分が生んでしまった波紋がどのような形になって揺り戻しを受けるのか、それがわからないでいる。危険だ、この状態は。ときとして小さな波紋が巨大な波となって返ってくることがある。知らなかった、では済まされない。

「こんなとき、才条少尉ならこう言うんだろう。興味ない、だったか」

「どうでもいい、です。三神少尉」

「威張って言うことじゃないよ。さて、おれは事がどうなるか見ないといけない、この目で。付き合ってくれるんだろう、才条少尉?」

「無論です、三神少尉。私はあなたの副官ですから」

 おれは才条少尉に頷き、続いてフォンの前にいき、彼女と目線をあわせるためにかがむ。

「代表、おれと一緒に模索してくれませんか。和平の道を。必ずしも悪い話とは限らない」

「……検討の時間は頂けるのですね?」

「もちろんです」

 フォンはカップを持ち上げ、しかし中身がないことに気づき、それをそっと戻した。ため息は一度。時間をたっぷりと置いてから肩の力を抜くと、おれに微笑みかける。その笑みは、いままでの、こちらをどこか警戒させるような、演技がかったものではない。

 彼女なりの、精一杯の同意表現だ。そう、思えるものだった。


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