ウォーター・クラウン5
巨大な水の冠とギア〈アクエリエス〉を背景に、やはり大きなヴィジョンがおれたちの前に現れる。エグゼキューターにも搭載されていた、空間投影型のディスプレイだ。それがコクピットでもないのに出現していて、痛む頭に活を入れて見てみると、それは水のフレームで作られていることに気づく。ある種の水を反射した映像方式だと予想できるが、しかし実体は、わからない。
さきほどから、ずきずきと、頭が痛む。思考がうまくまとまらない。それに、病院で味わったフラッシュバックのようなものが、編集に失敗した動画のように断片的に映り込んでやかましい。
そもそもなぜエグゼキューターはおれに暗号化を施した? それをこれから見せつけるのだろうと才条少尉は言っていたが、それを、なぜフォンが知っているのか。そして才条少尉は、なぜ、ああも確信的な言葉を出せるのだろうか。なぜ、なぜ、なぜばかりが思考をいったりきたりする。おれはこの世界に、エクスに来てからというものの、なぜ、という言葉ばかりを考えている。いまも、そうだ。なぜ、才条少尉も、フォンも、あの〈イフリエス〉のパイロットも、即時戦の彼らも、迷わないのか。この戦争世界で、ああも強くあることができるのか。羨ましい、という嫉妬にも似た感情が屹立を始める。それは、地球にいたころには決して覚えることはなかった、熱い情念だった。
「三神少尉、しっかりしてください」才条少尉が屈んで、おれの肩を抱きすくめる。
「すまない。映像を、見る余裕がなさそうだ」
頭で暴れ狂う痛みは激しく、視界が白んでいる。次から次へと涙が溢れてきて止まらない。
「了解した。私が見ましょう。それに、その苦痛は、あなたにかけられたロックが外れようとしている証拠に思える。サポートします。もしフォンやアクエリエスが敵対を見せたら、私があなたを守る」
「ご安心ください。われわれは、そんなことは致しません」
「信用できないと言わせてもらおう。私はここを戦場だと思っている」
才条少尉がホルスターの留め金を外す音が聞こえる。なにかあれば、即座にフォンを撃つ、という意思表示だ。しかし代表はそれを意にも留めない。
「三神少尉、あなたに見せたいのは、アクエリエスに残っている、いえ、いまもなお記録されているログです。正確にはアクセスログ。通信しているのは、アクエリエスとエグゼキューターの機械知性です」
「アクエリエスと、エグゼキューターが?」
「そうです。ここ、アクアフィールドに回収されてからというもの、あなたとエグゼキューターの接触はついさきほどまでなかった。そのため、エグゼキューターのセントラルコンピュータは、三神さん、あなたの動向を知るために、アクエリエスに情報の提供を求めていました。情報を開示せよ、と」
「それで?」と才条少尉。
「アクエリエスの環境管理知性体は、エグゼキューターと取引をしました。情報を開示する代わりに、あの戦場でエグゼキューターが行ったことを開示せよ。これは対等な取引である、と」
「その結果、アクエリエスは三神少尉や、おそらく私の動向を監視し、それをすべて明け渡した。そして対価としてエグゼキューターの性能の一端を知ったわけか、なるほど。ではあなたはエグゼキューターや三神少尉がなにをしたのか疑問に思っているわけではなく、実際にどうであったか知っているわけだ」
「ええ、そう、そのとおり。ただすべてではありません。才条少尉の言うとおり、わたくしは一端を知っただけに過ぎません。真実は、彼、三神少尉が知っている」
「それで暗号化を解きたいというわけだ。それで? そうすることで、あなたになんの得がある」
「利益は莫大です。エグゼキューターの性能を把握しているものは、三神さんを含めてもほぼいないと、わたくしは思っています。新型〈ギア〉を理解することができれば、よりよく事は運ぶでしょう」
「フォメリアを、いや、イフリエスを撃退するためにか」
「そのとおりです」
「代表、あなたはアクエリエスがエクス全体の水を管理していると言い、そしてもし、コントロールできなくなれば、水の供給がなくなるというようなことも語っていたな。間違いないか?」
「間違いありません。エクス全域で、安全で、豊かな水の恩恵を受けられているのは、このアクエリエスがあってこそです。それがどうかしましたか?」
「ではイフリエスも同様だろう。もしイフリエスを破壊してしまったら、安全で、安価で、確実な火の提供がされなくなってしまう。そうなれば、エクス全体の文明レベルが著しく低下する。そう考えたことはないのか」
「それはカルォーシュアが望むところでしょう」フォンは再びカップに口をつける。「もしイフリエスが失われた場合、カルォーシュアは独自にもっている地球との外交ルートを使って、火を扱うための器具を輸入する。そしてそれを販売することでしょう。そうなればエクスに存在する国々に対して大きなイニシアティブを握ることになります。それを考えての紛争介入なのでしょうね」
「馬鹿な。少なくとも即時戦のプロジェクト・マネージャーは、そんなことを考えていない」
「ええ、もちろん、そうでしょう。上層部の思惑ですわ。おそらくカルォーシュア国防長官、ロベルト=ローウェンの戦略です。彼は元情報軍将校ですが、どちらかと言えば、経済施策の方が得意なようですからね」
「なんてことだ……」
おれは唸らざるを得なかった。ここでもロベルト=ローウェンの名前がでてきた。いや、当然だろう。彼はカルォーシュアが保有している戦力の実質的なすべての権限を掌握している。おれたちの行動は、彼の掌の上というわけだ。
しかも、彼はさらなる力を欲している。それは物理的なものではない。ある種、ヒト・コミュニティの中にあって絶対的とも言える力のひとつ、経済力を手にしようとしている。資本というなの力だ。
改めてロベルト=ローウェンの評価に修正を加える。彼の戦略は多岐にわたっている。
「さて……わたくしにとっては楽しいお話ですが、しかしあなた方にはそうではありませんわね? アクエリエスとエグゼキューターの会話ログをお見せ致しましょう」
静かにティーカップを置き、フォンが手を鳴らす。
「機械知性どうしの会話ですから、われわれには本来理解できません。ですので、エンコードをかけてあります。人間の言語に翻訳してある、と言ったほうが正確かしら。これなら理解できます」
「拝見しよう。三神少尉、私が読み上げます。もし、なにかあったら、即座に私に言ってください」
「了解した」




