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アクアフィールド攻防戦7

『こちら即時戦指令センター、戦隊機、応答せよ』と少佐。『なぜフォメリア空母が破壊された』

『こちらQ-3、サイレント機タクティカルフォロワーだ』とサイレント支援機の、ブランドン中尉が応答する。『こちらで視認していた。攻撃したのは、ウィザードチームだ。あいつらが、やった』

『本土側のウィザードは動いていないな? ということは、お得意の潜水艦か』

『そうだ。スーパーアイが直撃の瞬間をとらえた。対艦ミサイルだ』

『くそう』と、少佐が苛ついた声を上げる。『余計なことをしてくれる。台無しだ』

 スーパーアイは、即時戦タクティカルフォロワー用輸送型電子戦機に与えられている、高度スキャンカメラだ。赤外線、温度、音波振動などを確度の高い情報として捉える、まさに戦隊機の眼の役割を持つ。フォロワーが乗るスフィンクスと呼ばれる機体は、AWACSとして、また戦隊機が攻撃に集中できるよう電子戦をも行う。タクティカルリーダーよりも多忙な仕事と言えた。そしてサイレントは狙撃攻撃機としての役割を持っているため、サイレントを格納しているスフィンクスもまた、高い視野を保有していなければならない。だからこそ確認できたことだろう。

 即時戦のスーパーアイが捉えたということは、エグゼキューターも確認している可能性が高い。

 それを、おれはエグゼに確認する。

「エグゼ。こちらも確認できているか」

「はい。捉えています。ウィザードチーム潜水空母が、フォメリア空母を撃沈させました。また、十二のミサイルがすでに発射されています。着弾コース。回避は不可能です」

「ウィザードへのチャンネルを開け、すぐに止めさせる、これ以上の被害は――」

「マイ・ロード。間に合いません」

 残ったフォメリア空母の、船体底部が爆発する。衝撃波が海面に大きな波を起こした。空母が割れる。いや裂けるというのが正確だろう。エグゼキューターが撃破し、空母に着艦して水没を逃れていたフォメリア機、type-Fがバラバラと空母にできたクレパスから落下していくのが、カメラで捉えられている。

『惜しかったな』と、才条少尉。『きみのやったことが台無しだ、まさに水の泡。海の藻屑と消えた』

「それは皮肉か、才条少尉。最低の皮肉だ」

『きみはウィザードに餌をくれてやった、というわけだ。撃破数をプレゼントしたも同然だ。エグゼキューターが攻撃するのを、虎視眈々と見計らっていたのだろう。手柄をもっていかれたな』

「そういう問題じゃないんだ、おれは、いいか、才条少尉。フォメリア機を一機残らず帰還させ、犠牲者をださず最小単位で終結させるつもりだった」

『知ったことか。そんなこと私には関係ない。即時戦にとってもだ。即時戦は結果がすべてだ。実戦部隊とはそういうものだと、理解するがいい。見ろ、三神少尉。イフリエスがこちらを睨んでいるぞ』

 フォメリア主力とともに帰還コースに乗っていた〈イフリエス〉が振り向く。熱く全身をたぎらせている。比喩ではない。陽炎が昇るほどの熱量を周囲にまといながら、少しずつ接近してくる。まるで暴発しそうな怒りをこらえるべく、わざと静かに歩むようだ。そして実際に、歩いている。空をだ。一歩、虚空を踏みしめる度に炎が真綿のようなクッションを作りだしている。

 おそろしい。あの、カルォーシュア空中要塞で戦ったときの恐怖感覚が目を覚ます。それは強烈にこちら……おれの自我に訴えかけてくる。

 戦え――そう告げていた。はっきりと、明確に。〈エグゼキューター〉の全性能を駆使して、あの敵を撃破せよ。そうするしか生き残る術はない。目を覚ませ、敵は、目の前だ。

 おれはその本能に、理性をもって対抗する。

 違う、〈イフリエス〉は敵ではない。エグゼはこう言っていた。エクスにはヒトの営みの中に戦争本能が組み込まれている。これはシステムであると。ならば敵は目の前の実体をともなった実行力のある敵ではなく、もっと目に見えない構造体にこそある。それもまた実行力をもっている。それが、いま、発揮されている。これを破壊しない限りは終わらない。そう理解する。

『こちらウィザードチーム。エグゼキューター、聞こえるか』

「聞こえている。やってくれたな」

『邪魔な敵を排除してやったんだ。感謝してくれても構わないよ。それよりも、イフリエスだ。あれを撃破してくれ。それがギアの役目だろう』

「勘違いするな、エグゼキューターは、そんな安い目的のためにあるのではない。もちろん、おまえたちのために存在しているわけでもない。引っ込んでいろ、手出しをするな。もし次に同じことをしたら、イフリエスより先に、おまえらを粉々にしてやる」

『……威勢のいいことだ』ウィザードの隊長を名乗った男は、感情を押し殺した声を出している。『いいだろう、われわれは高みの見物をさせてもらう。せいぜい、高価な目的とやらを見せてくれ』

「通信、アウト」とエグゼ。「どうされますかマイ・ロード。イフリエスは戦闘を望んでいます」

「エグゼ。イフリエスと交信できるか」

「イフリエスのロードと、ということでしょうか」

「そうだ。ロードが応答を拒むのであれば、イフリエスの機械知性体でも構わない。とにかく、連絡を取りたい。戦闘ではなく、交渉の用意がこちらにはあると知らせたい」

「了解。イフリエスへ通信要請を実行……応答あり、チェンネルを開きます、マイ・ロード、どうぞ」

「こちらカルォーシュア軍第八独立傭兵部隊・第一機動戦隊即時戦、三神少尉だ。イフリエス、応答願う」

『驚いたな。まさか連絡したい、と言い出すとは』低い、男の声だ。『まずはわが戦隊を帰還させようとしたこと、礼を言う。それと同時に、警戒の念を知らせたい。きみたちは、脅威に値する』

「それはそちらも同じことだ。イフリエスの性能は圧倒的だ。だからこそ交渉させてもらいたい。こちらには、その用意がある。ギアどうしの戦闘は非常に危険だ。周囲への被害が抑えきれない。イフリエス、撤退してくれ」

『交渉の用意があると言ったな、三神少尉。ではこちらの要求を伝える。アクアフィールドを攻撃しろ。敵主力部隊を燃やし尽くせ。そうでなければ、われわれの怒りの炎は収まらない』

「あなたの言うことはもっともだ、しかしここは退いて欲しい。アクアフィールドへの交渉は、おれが行う。武力ではなく交渉で解決するべきだ、そもそもなぜ、フォメリアはアクアフィールドに宣戦布告したんだ。戦闘をもちかけたのは、あなたたちだ」

『それが古くから続く、アクアフィールドとの関係だ。これもある種の外交だよ、三神少尉』

「外交だって? これが?」驚きの声を抑えきれなかった。「戦争だろう、殺し合いだ。これを外交と認めることはできない」

『認めようと認めまいと、これが現実だ、三神少尉。新型の〈ギア〉の性能は見せてもらった。素晴らしい性能だった。それに敬意を評して、きみたちは見逃す。即時戦、撤退するがいい。あとはわれわれとアクアフィールドで決着をつける、言っている意味はわかるな』

 イフリエスのロード、もしくは機械知性はこう言っている。

 いま撤退するなら見逃してやってもいい。だが干渉するのであれば容赦なく攻撃する、と。

 感情で動きそうになるのを、レバーを握りしめることで静止する。このままでは泥沼の戦いになる可能性が高すぎる。ここでウィザードを全滅されたら、元も子もない。即時戦がきた意味もない。ならばどうすればいいのか、という答えも即座にだすことはできなかった。

『Q-7、聞こえるか』と才条少尉。『戦え、三神少尉』

 イフリエスへの音声を一時カットする。

「またか、才条少尉。きみはそればかりだな」

『いいか三神少尉。よく聞け。アクアフィールドとフォメリアの因縁は、もう長いこと続くものだ。この戦闘も、悪い言い方をすれば恒例行事に近い。最悪の行事だが。フォメリアの宣戦布告を聞いたとき私は、またか、と呆れたものだ。いいか、それくらい頻繁に行われていることだ』

「それで。だから戦闘を許容しろと」

『違う。いままでフォメリアとAFの戦力は拮抗していた、そこにエグゼキューターが介入したことで戦力バランスが崩れた。崩したのは、きみだ、三神少尉。ならその責任を取れ』

「どうやって」

『きみの性格はよくわかった、甘ったれた、一番戦場にいて欲しくないタイプの人間だ。しかし高い戦力を保有しているのも、また事実だ。イフリエスを完全に破壊しろ、殺せ、とはもう言わない。だが撤退させるために戦え。それからの交渉でも遅くはない』

「言葉での交渉は、この場では無意味だと言うのか」

『そうだ。相手はまともに交渉のテーブルに着こうなどと思ってはいない。会議室で暴れられても面倒だろう、お行儀よく振る舞ってもらうには手荒なまねは致し方ない。品のいい相手ではなさそうだ』

「よく言うぜ、才条少尉。きみもなかなか乱暴者だ」

『その意見はありがたく頂戴しよう。さあ、どうする、三神少尉』

 即時戦の面々は、即時戦闘を実行できる者達だ、という少佐の言葉がよくわかった。あらゆる場面において即応することができる、戦う意思がある、そういう特殊な集団なのだ。

 戦うということが、なにも銃で弾を撃つことであったり、拳をふるうことだけではない。ロベルト=ローウェンのように、言葉や約束事といった概念を使うこともまた戦闘に値する。だが、そういったことではなく、生きること、自らのやりかたを貫くこと、それらもまた、戦闘だ。生きるというのは、常に戦いだ。競争でもある。流されて生きるのは簡単だ、自らの意思を表明しなければいい。考えることなく、言われたことだけをやればいい。それで満足できるのなら、おれはそういった生き方を否定しない。

 だが『自分はこうしたい』と考え、それを実行しようとしたとき、必ず他人の考えと差異がでる。それは当然だ、意識や感情は共通したものではないのだから。ではそんなときはどうするか。自分の意見を、口にすることだ。言葉に乗せて他者に伝える必要があるだろう。敵対するという意味ではなく、考えを伝えていく、こうやって生きていきたい、または、こうやって死にたい、それを実現させるためには戦う必要があるのだ。

 SK少尉が自分の考えを言葉にする必要がある、即時戦とはそういう組織だ、と言った意味をいま理解する。即時戦は、即時、戦うことのできる組織だ。戦争だけではなく、たとえ仲間の間であっても、その意識を明確にさせなければならない。

 おれが、いま、しなければならないことは、自らの考え、やり方を、言葉に乗せることだ。

 両親は〈調停者〉と呼ばれていたが、ようは交渉人だった。ならおれも、それに習おう。

「才条少尉、おれは、決めたよ」

 そう、はっきり宣言する。それは戦闘開始の合図にも等しく思えた。

「戦術戦闘交渉を開始する」

『なに、それ』才条少尉が笑った。『戦術交渉はよかったな。なるほど、いいだろう。こちらQ-5、司令部応答せよ。これより三神少尉がイフリエスに対して戦術交渉を開始する。私はそれをバックアップする。ウィザードチームは、そっちに任せる』

『任せるとはなんだ』と少佐が応答する。『馬鹿をふたり、組ませてしまったな。サイレント、オーダーの二機はウィザードチームを抑えろ、多少の損害は構わん。三神少尉がイフリエスを撤退させる。どのみち、われわれにはそうするしかないのだからな』

『サイレント、了解した』

『オーダー、了解』

 到着したスフィンクスの体内から、二機のインフィニットが姿を現し、吊り下げられる。

 インフィニットは即時戦が有する汎用機だ。サイレント、オーダーはパーソナルネームに過ぎない。

 サイレントがロングレンジライフルを構え、オーダーは巨大なミサイル格納庫を機体に貼り付けているのが見える。どちらも戦闘準備を完了していた。

 スイッチを押しイフリエスへの音声回線を再開させる。

「長らく待たせた、イフリエス」

『回答を聞こう、盾付きのギア』

「エンゲージ」と、おれは宣言する。「イフリエスのロード、あなたとの戦闘を開始する。われわれ即時戦は、この戦闘の終結を強く望んでいる。そのためには戦闘も辞さない、それを宣言する」

『了解した』

 通信が途切れる。するとイフリエスは即応した、その背後にある赤い歯車、〈ギア〉が高速回転を始める。同時、おれもまたエグゼキューターを操作している。背後にある黒い〈ギア〉が回転を速める。展開させていたフェイクファーを呼び戻し、背中に再装着。これはアフターバーナーの役割ももっている、速度で戦闘を有利に運べるようエグゼが配慮したものだった。

 エグゼキューターの右手に再度、ガトリング砲を装備させると、突然、海が爆ぜた。

 水の海が、炎の海に変わっていく。爆炎がリング状に展開していた、海中があらわになる。その中には巨大な潜水艦が浜に打ち上げられたクジラのように身動きができなくなり、取り残されていた。水底からマグマが噴き上がり、潜水艦を瞬間的に押し上げた。

「やめろ、イフリエス」おれは叫ぶ。「エグゼ、最大加速だ――」

 フェイクファーに推進力を回したが、駄目だった。潜水艦が内部から爆発した。

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