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アクアフィールド攻防戦4

 アクアフィールド中立国への道のりは、オートパイロットに変更した。地球ではオーストラリアに位置するそこまでの移動時間は、二十分。その間に才条少尉のデータを参照することにした。

 名前、才条紅雪。日本人女性。年齢は十八歳。身体能力、頭脳、戦術評価はすべてAプラス。唯一、連携項目だけがDマイナーだ。優秀なパイロットのようだがチーム戦は不得意である旨が別途、記載されている。しかし、そもそも即時戦は集団戦闘というものを基本的には行わない。だからこそ即時戦隊員になったのかも知れないが、今後はおれと組むことになる、その点が不安だ。

 機体は新型機セイヴ。空中での三次元戦闘を想定しつつ、戦闘領域への高速突入、高速離脱をコンセプトにした速度特化機体だ。即時戦機はベースとなる機体を、予め用意されている武装を任意に選択し、そこから独自に組み上げていく仕様になっている。例えばオーダーなら武装を多めに選択し、サイレントは軽量化しつつ狙撃カスタマイズを行っている。それに対してセイヴは、まったく別の視点から作られたワンオフ機だ。というのも、次世代機を作るための試作機体であり、次期主力候補機として現在テストされている最中とのことだった。

 もっとも、これには問題がある。戦闘機に偽装していたエグゼキューターから影響を受けての新型のようだが、ギアの速度に少しでも追いつくために軽量化と高速化を施した結果、耐久性が犠牲になった。結果、パイロットがうまくバランスを取らなければ空中分解するだけでなく、少しでも被弾すれば、そこから機体構造が崩壊し、最悪、脱出する間もなく爆散する可能性すら有していた。

 こんなものを作る奴は狂っている、というのが、おれの正直な感想だったが、エグゼキューターを見て少しでも追いつきたいと考える科学者の思いは、否定することはできなかった。人知を超える性能は、たしかに魅力的に映るはずだし、またギアを脅威に感じている以上、対抗策を講じるのは当然だからだ。

 でもまあ、やっぱりないな。というのもまた、おれの正直な感想だった。

「エグゼ、きみはどう思う」

「非常に不安定な機体です。武装も少なく、耐久性に至っては絶望的な数値が算出されています。もしマイ・ロードがセイヴに乗ると言われたら、即座に地球へお帰り頂きます。そういう機体です」

「まあ……そうだよな」

 そんな機体に乗るパイロットは、どんな人物なのか、非常に興味があった。

 異国で同郷の人間に会うと親密感がわく。それは両親と一緒に外国に出かけていたので、よくわかる。特に自国の言葉が通じると、例えそこが祖国ではなくても、なんとなく帰ってきた気になるものだ。しかもエクスは異国どころか同じ惑星ですらない。そんな中、日本語が通じる人に会えるとなると、自然とわくわくするものだ。年齢も近い、というのが、それをプラスさせる。早く話してみたい。

 もっとも、戦闘状況下だ、そううまくはいかないだろうが、終わったあとなら余裕もあるだろう。だからこそ、全員が生き残るように、戦術を組み立てなければならない。

「なんだろう、なにか、違和感がある」

 才条少尉に会ってみたい、までは問題なかったはずだ。なのに自分の思考に違和感があった。妙な突っかかりがある。微かな骨が喉に残っているような、あの感覚だ。

 おれは、どこを変に思ったんだ?

「マイ・ロード。確認したいことがあります」

「なんだ?」

「あなたは、フォメリアの戦力と、どう戦うおつもりですか?」

「どう、とは」

「あなたの傾向から考えて、敵勢力を殺せ、殲滅しろ、とは言わないでしょう。それはいままでの行動から推察できます。われわれの考えを率直に伝えるのでしたら、敵機を早々に全滅させ、〈イフリエス〉に全力を注ぐのが最も生存確率が上がる、と判断しています。いかがですか?」

「だめだ、許可できない」

「やはりそうですか、では、どのようにいたしますか?」

「そうだな……〈イフリエス〉を除く、敵主力を無力化するのが望ましいな。武装だけを破壊するとか、こちらの性能を見せつけて戦意を奪うとか。できないか、そういうの」

「電子攻撃による敵コンピュータの破壊という手段をもって、無力化することは可能です」

「なら、それで――」

「しかし戦闘領域は海上であることが予想されます。システムが使用不可になれば、必然的に機体は海中へと没するでしょう。そうなればパイロットは死亡します。それでもよろしいですか?」

「じゃあ、例えば武装だけでもオフラインにするとか、そういうのは、できないか?」

「お言葉ですがマイ・ロード。あなたはまだエクスという世界を理解していない。武装を奪っただけで戦意が消失するのであれば、この世界は現在のようになっていないでしょう。素手でも掴みかかってくることが予想されます。われわれは自衛しなければならない、その場合、やはり相手は死ぬでしょう」

 悔しいが、エグゼの言っていることは正論だった。おれの考えは甘い。少佐ならそう言うだろう。

 そう、簡単に戦意を奪えるのであれば、エクスは戦禍に落ちたりしなかった。それこそフォメリアは死に物狂いで攻撃するだろう。アクアフィールドとどのような因縁があるかは知らないが、邪魔するギアを放っておくとは思えなかった。必ずこちらを始末しようと動く。

 言葉で説得する? 無理だろう。話を聞くような状態ではないと予想できる。こちらが絶対的に戦力が上回っているのであればエグゼキューターの力で抑圧はできたかもしれない。しかし相手にはイフリエスが控えている。戦力は同等か、それ以上。交渉は難しい。

 そこまで考えて、おれは、ぞっとした。

「おれは、ロベルト=ローウェンと同じ考え方をしていないか……?」

「マイ・ロード?」

 ローウェンの笑い声が聞こえてくるかのようだ。しょせん、おまえも同じ穴の狢だと。この惑星エクスに身を落とした以上、決して逃げられぬ呪縛があるのだと。そう告げられている気がした。

 彼を否定する権利は、おれにはない。しかし、同じになってはいけないと、そう強く思う。違う解答を導き出さなければならない。おれは、〈おれ〉であることを、戦場にて証明しなければならない。SK少尉も言っていた。即時戦で戦うというのは、そういうことだと。

 いまはまだ、自分ひとりで解答を導き出すのは難しそうだった。だが、ふたりならどうだろう。三人なら? 仲間の知恵を借りれば、状況は変わるかもしれない。

「まもなくアクアフィールドに到着します」

「了解した、まずは才条少尉と合流する。地上に降りられるか?」

「いいえマイ・ロード。その時間はありません。フォメリアが前進を始めました。戦闘開始まで、残り十分。それと、ウィザートチームから通信が入っています、応答しますか」

「そうしてくれ」

 若干のノイズが走り、すぐに男性の声が聞こえてくる。

『こちらウィザードチーム隊長。即時戦のギアで間違いないか』

「間違いない。こちら即時戦、ギア・エグゼキューター。パイロットの三神少尉だ」

『フォメリアの戦闘部隊が進軍を始めた。確認できているか』

「できている。ところで、こちらに即時戦機が来ていないか」

『テストフライトに出ている。悪いが基地で合流している暇はない。そのまま戦闘に移ってくれ』

「戦闘領域で合流しろというのか」

『そうだ、おそらく合流と同時に戦闘開始になるだろう。戦果を期待している』

「通信、アウトしました」とエグゼ。「才条少尉の位置がデータで送られてきています。最大効率ポイントにて合流します。マップにルート表示させますが、構いませんか」

「頼む、才条少尉をひとりで戦わせることだけは、避けたい」

「イエス・マイ・ロード」

 空間ディスプレイにマップが表示され、リアルタイム更新されている。フォメリア主力がアクアフィールド領内に向けて接近。数、二十三。まずは半分ほどが前進を開始したようだった。群体のうしろに一際強い光のエネミーが表示されている。エネミーG1、イフリエスだ。これは動かない。

「エグゼ、敵の進行を遅らせたい。ジャミングできるか」

「可能です。電子戦を開始します」

 レーダー上のフォメリア機がフォーメーションを崩す。エグゼキューターから発せられた妨害信号が効いている証拠だ。あのイフリエスさえ位置を見失った威力だから、それよりは劣ると予想される汎用機には充分以上の効果が発揮されるだろう。

「セイヴ接近。もうまもなく合流します」

 ディスプレイを操作し戦隊機にコンタクトを試みる。

「Q5、こちらQ7、ギア・エグゼキューター。即時戦の三神少尉だ。才条少尉、応答せよ」

『こちらQ5、エグゼキューター、聞こえている。感度良好』

「よかった。こちらは三神教我だ。きみは――」

『自己紹介は、のちほどで結構。敵機体を攻撃します』

「待て、才条少尉」おれは焦って、どもりそうになる口と舌を必死に動かす。「おれは、なるべく死傷者を出さずに、フォメリア主力を撤退させたいと考えている。きみの考えを聞かせてくれ」

『は?』返答は、非常に冷めたものだ。『なにを言っている。馬鹿な話をするために、わざわざここまで来たと? 寝ぼけるな三神少尉。その機体の武装は飾りか。われわれは即時、戦闘を行う部隊だ。口よりも手を動かし、敵機を撃破するべきだ、私の言っていることがわかるか、少尉。返答せよ』

「こちらギア・エグゼキューター。きみは、おれの言うことを聞くようレッドフォード少佐から言われているはずだな? 命令を無視する気か」

『自殺しろ、という命令に従う気はない。攻撃を開始する』

 高速でこちらに接近する機体、セイヴがやってくる。それはエグゼキューターの真横をすれ違い、そして一直線にフォメリア戦闘群に向かっていく。カメラは才条少尉を確実に追跡している。

 セイヴが敵主力を捉えると、二等辺三角形に、バーニアをつけたような妙な形の機体が変形した。縦に割れ、中から人型の機体が姿をあらわす。いままで外装となっていた部分は、背中に回った。

「あれは可変機だったのか……じゃなくて、エグゼ、少佐に連絡を」

『すでに回線は繋がっている。話は聞いていた』

「じゃあ、なんで止めてくれなかったんだ、少佐」

『悪いが止められん。才条少尉の言い分ももっともだ。おまえの言っていることは、具体的なアイデアもなしに攻撃するな、それでも相手の進行は止めろ、という無茶苦茶なものだ』

「しかし、少佐――」

『まあ聞け三神。おまえは極端すぎる。わたしも、なにも暴力を推奨しているわけではない。しかしときとして、暴力に訴えかける必要もあることを理解しろ。いいか、われわれが扱う暴力とは目的ではない。手段だ。それがもっとも効率がよい場合、行使するべきだと、そう言っている。

 わたしはブリーフィングで言ったはずだぞ。即時戦とは戦争を終結させるための部隊だと。あくまで敵の全滅を目的とした運用ではない。最小限を考えろ、三神』

「最小限……」

 必要な犠牲もある、そう少佐は言っている。

 彼ら即時戦は、おれよりも圧倒的にエクスでの戦闘経験が多い。そこから敵がどのような行動を取ってくるかも理解しているだろう。それはおそらく先ほどエグゼが言ったことと同様のものだ。生半可な行動では撤退しない。フォメリア主力部隊を撤退させるためには武力を行使してでも止める必要があると、そういうことだ。言葉が通じる相手ではない。

『こちらQ3、ビゼン少尉だ。エグゼキューター、聞こえているか』

「少尉、聞こえている」

『きみの気持ちはわかる。だからこそ、戦え、三神少尉。アクアフィールドにも、フォメリアにも、大きな損害を出したくないんだろう。戦いを止めたいんだろう。わかるよ。きみの気持ちは共感できる。だからこそ、あえて言う。これ以上、戦火が拡大する前に、最小限度で終結させる必要がある』

『こちらQ4、フィーニアス少尉です。あなたがエグゼキューターに乗った意味を、再度、考えてみて下さいませ。誰を助けたいのか、そして自分は、なにを成したいのか。その答えを』

 ふたりは心底、おれを心配してくれている。それが伝わってくる。音声のみだからこそ、ふたりの感情が声にダイレクトに乗せられている。これは決して無視してはならない。

『こちらQ5、才条少尉だ。あなたがなにを考えているかは、知らない。興味もない。私にはなんの関係もないからだ』少尉の声は冷酷だ。『しかしギアという強大な力を保有していることを理解しろ。その力の使い道は、あなたが考えることだ。どうしたいか、どうするべきか、頭を使え』

 レーダー上では、まもなく戦隊機セイヴが接触する。戦闘開始まで時間がない。

 頭上にいるエグゼを見ると、微かに頷いた。

「われわれを信じて下さい。あなたが望めば、エグゼキューターは応えます」

「おれの要求は非常に無茶なものになる。それでも応えるというのか」

「イエス・マイ・ロード。あなたがわれわれに支援を要請するのであれば、最大性能をもってして応えましょう。あなたの信頼は、われわれが信頼をもって応える。エグゼキューターはそれを望んでいる。わたしも、この機体も、あなたのものだ。お好きに使って下さい」

「エグゼキューターは答えを欲している。その回答はおれが持っている。そんなことを、前に言っていたよな? いまでも、そう思うか」

「変更はありません。あなたは必ず、われわれに答えをくれる。なぜエグゼキューターは生まれたのかという、その答えを」

「いいだろう、エグゼ。なぜこの機体が〈執行者〉の名を冠しているのか、おれなりの答えをやる」

「了解しました」

『覚悟を決めたか、三神少尉』

「決めた。これからやることは、決して褒められたものではない、悪だ。だからこそ行う」

『了解した。戦果を期待している、三神教我少尉。即時戦としての戦果をだ』

「了解。エグゼキューター、エンゲージ」

 フォメリア主力部隊との交戦を宣言する。



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