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アクアフィールド攻防戦2


 翌日から、おれの訓練は始まった。

 基本は座学で、合間に運動トレーニングが入るという構成。即時戦の規律を始め、戦術や戦略を叩き込まれる。おれはアクアフィールドとフォメリアの二カ国エリアを担当することになるらしく、先任であるフィーニアスとSKの両少尉に地理や気候などを、みっちりと教えこまれた。

 フォメリアという単語がでたとき、おれは心中穏やかではなかった。〈イフリエス〉を保有する国であり、おれの街を攻撃してきた国家だ。そこを担当するというのは、どういうことなのか。疑問は尽きなかったが、それ以上に厳しい訓練に頭がいっぱいで、深く考える余裕すらなく、部屋に戻るなり気を失うように眠りにつく日々が続いた。

 一方、エグゼも忙しそうだった。前回の〈イフリエス〉戦の反省を踏まえて改良すると言っていたとおり、すでに形状を変え始めたエグゼキューターは武装の追加も行われているようだった。昼休憩に顔をだすと、フォルムはシャープな印象から丸みを帯びたものになった。いまもなお分析を続けながら、おれ向けにカスタマイズをしているらしい。実際に乗れるのは数日後だ。

 しかし、おれはあと何回、エグゼキューターに乗れるだろうか?

 エクスの滞在は一ヶ月と決まった。これにはいくつかの要因が絡んでいる。例えば、おれはあくまでも視察としてきているのであって長期申請を取っているわけではないこと。また、エクスの視点として見たとき、エグゼキューターがどれほどの影響を与えるのか未知数だということだ。いままで確認されていなかった新型の機体。しかも他の〈ギア〉は環境管理システムという役割があることに対し、エグゼキューターはどのような管理を任されているのか、それもわからないでいる。

 もろもろを考慮しての結果、ということだ。これには意外にもエグゼが同意を示している。正確にはエグゼキューターのセントラルコンピュータが、ということになるが。

 実に濃い七日間が過ぎると、おれは再度の外出が許された。

 早めに訓練が終わったので街へ出て食事をすることにした。食堂の食い物は悪くなかったが、せっかく最終日を無事に終えたことだし、美味しいものを食べたい。それくらいの贅沢はいいだろう。

「エグゼ、今日は付き合えるか?」

「イエス・マイロード。エグゼキューターの改良は終了しました。お供いたします」

 首都から外界へ降り、店を探しながらぶらつく。なにを食べようか悩んでいたが、美味しそうなスパイスの香りが心を掴んだ。エグゼにここでいいか、と訊くと、お任せしますと簡潔に返ってきた。

 案内された席に腰を下ろし、おすすめの料理を頼む。

「そういえば、こうしてふたりで行動するのは、なんだか久しぶりだな」

「そうでしょうか」

「ああ。お互いに忙しかったからな」

「はい。三神さまは無事に訓練を終えられたようで、なによりです」

「かなり大変だったけどな……そうだ、なに食べる? というか、食べられるのか?」

「わたしは人間と同じ身体構造をしています。食事もしますし、排泄もします。しなくても問題ありませんが、食事を伴にしろとの命令であれば、ご一緒させて頂きます」

「そう……か」

 エグゼはあくまでも受動的だ。あの、ロベルト=ローウェンに放った言葉は、能動的に見えたが、あのときだけだったのだろうか。ただおれが勘違いしているだけ、という可能性は大いにある。

「とりあえず、おすすめを注文するけど、いいよな?」

「問題ありません」

 店員を呼び、メニューに書かれているおすすめ品をオーダーし、水を飲んで一息つく。

「大変な訓練だった……しかし、色々と即時戦のことはわかった」

「どのようなことでしょうか」

「即時戦の戦隊機は、わずか十機ということ。その中にはディー=フィーニアス少尉やSK=ビゼン少尉の機体が含まれている。彼らはタクティカルリーダー、もしくはリーダーと呼ばれている。

 それに付随してタクティカルフォロワーと呼ばれる航空支援機がついている、ということだ。戦場までの運搬、および戦闘離脱の補助、そして管制機の役割や電子戦など、戦隊機の補佐を行っている。それも同じく十機。単純な戦闘面で見るのであれば、総計二十。これが多いのか少ないのか、まだ判断はつかないが……」

「即時戦機のスペックは、他国の汎用機と比べ三世代ほど先をいく性能を有しています。基本的にひとつの戦場につき、二機から三機が投入され、敵性戦力の殲滅ではなく、戦術的勝利を獲得した時点で、即時撤退を行います。よって、いまの戦力で言うのであれば不足はありません」

「フゥム……長期戦には向いていない、そういうふうにも聞こえるんだけど?」

「仰るとおりです。彼らはあくまでも即時的な戦闘を行う集団であり、長期戦闘部隊ではありません」

 エグゼが言葉を切るのと同時に、食事がテーブルに並べられていく。どれもできたてなのか、湯気を立てていて、食欲をそそる匂いをだしていた。ナイフとフォークをさっそく手に取り口に運ぶ。

「うまい。ちょっと辛いけど、いいな。エグゼはどうだ?」

「カロリーと脂分が多いと判断します。長期的スパンでこの食事を続けた場合、マイ・ロードの栄養価に偏りが発生します。短期的であるならば問題はありません」

「いや、そういうことを訊いてるんじゃなくて……」

 食事の感動を味わうには、しばらく無理そうだ、と残念に思っていると聞き覚えのある笑い声が響く。そちらを向くと、ジョッキを片手に豪快に笑っている女性がいた。レッドフォード少佐、それにフィーニアスとSKの両名もいる。

「機械に食事の愉しさを共有するのは難しいさ。きみもわかっていたはずだろう」

「少佐か。別にいいじゃないか」

「まあ、それは主人ロードであるきみの勝手だが……ふむ? それが普段のしゃべり方か」

「どういうことだ?」

「きみたちの会話を聞かせてもらった。別に盗み聞きしていたわけじゃない。ここはわたしたちの行きつけの店だからな……まあ、それで、聞こえた。普段は随分とお固いしゃべり方だが、本来は違うのではないかと、このふたりと話していたところだった」

「ごめんなさい」とフィーニアス。「でも、心配していたんですよ? わたしも、少佐も。あなたはとても無理しているように見えたから。最初に連れて来られた場所が軍隊だった、というのはわかります。でも、あまりにも『それらしい』話し方をしていましたから」

「フィーニアス少尉、きみもか」

「そう責めるような目をするな」今度はSK少尉。「背伸びをしている、と言っているわけじゃない。しかし無理をしているように見えるから、心配している、とふたりは言っている。おれもだ。おまえの話し方は軍人のそれだ。厳しい状況下であったのは、わかる。だが、もう少し歳相応の……言うなれば、打ち解けられる相手がいないのでは、いずれ心が疲弊してしまうのではないか、と思っていた」

「SK少尉、心配してくれるのは嬉しい」と、おれ。「でも、真面目な話をしているときくらい、食べるのをやめてくれ。気になってしょうがないんだ」

「すまんな、腹が減ってるんだ」

「それは……わかるけど」

 ちなみに、さきほどからエグゼも無表情で次々と食事を口に運んでいる。動作は一定で、よどみない。食事という行動を取っている、という機械的なものだ。もう少し美味しそうに食べてくれれば、こちらの食欲も上がろうというものだが、いまは期待するだけ無駄なのかもしれない。

「エグゼ、よく噛んでから飲み込め」

「了解しました。マイ・ロード」

 溜息をつきながら少佐を見ると、いい肴を見つけたと言わんばかりに酒を煽っている。SK少尉は、クールな顔をして食事をがっついていた。笑顔でこちらの話を聞こうとしてくれているのはフィーニアス少尉だけだが、彼女の顔も赤らんでいる。すでに酒が入っている、というわけだ。

「それで、どうなんですか?」

「別に、無理をしているわけじゃないさ。どちらかと言うと、英語を話すときは、あんたたちの言う軍人的なしゃべり方が楽なんだ。英語を教わった環境が、そうだったからな。意識して変えているのは、フランクな口調の方だ。これは意図的に心をリラックスさせるためだ。SK少尉が心配するようにね」

「ということは、教わったのは軍隊で、ということですか?」とフィーニアス。

「そう、そうなるのかな。教えてくれたのは軍人だった。しかもお固い人でね。軍隊一筋だった。いまもそうだろう。その影響か、こっちの方が楽になった。それだけだよ」

「そうでしたか。いらぬ世話を焼いてしまいましたね。申し訳ありません」

「あんたが謝ることじゃないさ。心配してくれたのは嬉しく思うよ」

「はい……あ、店員さん。生中をもうひとつ、お願いしますわ」

「聞いてるのかよフィーニアス」

 微笑んでいるのは酒に酔っているからで、いわゆる笑い上戸のひとつだろう。どうやら話を聞いている人間は、この中ではいないようだった。

「まったく、おまえは真面目だな」

 少佐は気だるげに歩きながらやってきて、おれの隣の席にどっかりと腰を下ろすと、タバコに火をつける。それから絡むように、おれの肩に腕を回した。するとエグゼの眉が微かに跳ねる。

「新人を歓迎してやってるんだ。というか、おまえは固い。もう少し砕けろ。そのほうが楽しく生きられるぞ。どうだ、おまえもやるか?」

 ビールジョッキを掲げてから、差し出してくる。

「未成年に酒をすすめるな。あと、酒臭い。離れろ」

「つまらん奴だな。日本人というのは、みんなそうなのか? 才条少尉も同じだった」

「誰だって?」

「才条少尉。まあ、いずれ会うことになるさ。即時戦のメンバーだからな。それからエグゼ、おい機械。なにを不機嫌そうな顔をしている。言いたいことがあるなら、言ったらどうだ?」

「では言わせて頂きます。レッドフォード少佐、いますぐマイ・ロードから離れて下さい」

「なんだって?」

「離れて下さい」

「おいおい、まさか機械知性が嫉妬している、なんて言わないでくれよ」

 少佐は口の端を歪めると、おれを自分に引き寄せる。

「あなたが吸っているタバコから発生する副流煙は、少なからずマイ・ロード、三神教我さまの健康を害します。彼も迷惑がっている。それからアルコールをすすめるのも、おやめ下さい。成長段階においての過度なアルコール摂取は、今後の身体に影響を及ぼします。離れて下さい。三度、警告しました」

 唖然とした少佐の口元から、タバコが落ちる。それをエグゼが素早く灰皿でキャッチした。フィーニアス少尉が手を鳴らす音が聞こえてくる。それからすぐに、少佐が爆笑した。

「いやいや、これは笑える。警告しました、というのはよかったな。なるほど感情はまだないか。これは失礼した。向こうで吸うとしよう。三神、おまえたちはいいコンビになる。期待しているよ」

 少佐は、まだ収まらない笑いで腹を抑えながら自分の席に戻り、それから新たにタバコをつけた。そして代わるように、今度はSK少尉が隣の席に腰を下ろす。

「やあ、悪かったな、三神。それにインタフェースのお嬢さんも」

「あんたは酒を飲んでいないんだな」

「おれは酒もタバコもやらないタチでね。気になるのは女性だけだ。ああ、エグゼには手を出さないから安心してくれ。エグゼキューターの光で焼かれたくはない」

「安心したよ。それにしても、少佐は随分とテンションが高いな?」

「旦那からのラブレターが届いた日は、だいたいあんな感じだ。おれたちを呑みに誘っては、ああして機嫌よくしている。おれとしては、タダ飯が食えるんで構わないがね」

「旦那? 結婚してるんだ」

「当然だろう。少佐はもう、三十六になる。おれは、二十五。ディーが二十六だ。きみは?」

「十七歳だ」

「若いな。将来有望な少年を、このエクスで戦わせることを、申し訳なく思う」

「いや……それは、自分で望んだことだから構わない。それよりも、手紙が届いたということは、少佐の旦那さんは地球の人間なのか?」

「そうだ。UFANの戦闘機パイロットだと聞いている。おれも会ったことはない」

「そっか」

 おれの胸にノスタルジックな思いが広がる。思い出すのは璃々のことだ。彼女と離れて半月も経っていないのに、もうしばらく会っていないように感じる。故郷を思い出す、というのは、イコール璃々を思い出すことに繋がる。いまこうしているときも、心配をかけてしまっているだろうか? たぶん、そうだろう。いつだって心配をかけてばかりだ。

 背伸びしている、と言っているのではない、とSKは言った。言葉遣いで大人らしく見せようと思ったことはない。しかし、璃々を助けたいと考えているのは、背伸びしていることになるかもしれない。いつだって璃々はおれの精神的保護者だった。心を閉ざし、しかし生きるための依存先が必要だったおれを受け入れてくれた。感謝してもしきれない。

 だからこそ。背伸びだろうが、なんだろうが、彼女を守る必要がある。依存先を守るためではない。彼女に助けられてきたからこそ、今度は自分が恩を返す番なのだ。少なくともエグゼキューターと自分がエクスにいれば、地球が襲われることはないだろう。あとはここに滞在しているうちに、不安点が解消できればベストな状態にもっていけるのだが、どこまでやれるかは、わからない。

「そろそろ帰るぞ」と少佐が立ち上がり、自分たちと、おれの分の伝票を持つ。「今日は奢ってやる。明日から忙しくなるぞ。しっかりと働けよ。ちゃんと食ったか?」

「あ……」

 そこで、おれはようやく気づいた。

 テーブルに運ばれてきた食事のほとんどが、エグゼの胃袋に消えたことを。





 室内に猛烈な勢いの電子音が鳴り響いて、おれは飛び起きた。部屋に設置されているコールモニタからだった。時刻は早朝の四時。スイッチを入れると、少佐が画面に映る。

「起きたか、三神」

「なにが起こったんだ、少佐。敵襲か」

「いいや、違う。だが事態はもっと深刻だ」

「深刻?」

「フォメリア合衆国が、中立国アクアフィールドに、宣戦布告した」


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