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アクアフィールド攻防戦


 訓練が始まる前に、まずは必要なものを買ってこい。

 それが最初に、少佐から与えられた任務だった。

 数枚の紙幣とカードを渡された。これで服やら日用品やらを買うには、充分だと伝えられていた。余分に渡すとも言っていたから、少し大きめの金額だろうとは予想できたが、しかし実際の価値はどれほどなのか、わからない。その国の経済状況によって桁数など当てにならないことは経験から知っていた。

 基本はカードで買え。細かいものは紙幣で。おれの手に握らせると少佐は忙しなく去っていった。

 ひとりで街に出るのは、さすがに心細かったのでエグゼを誘ったが、フラれた。

『わたしはエグゼキューターの調整があります。マイ・ロード。お気をつけて』

 てっきり一緒に来てくれるものだと思っていたばかりに、これは肩透かしだった。それと同時に、自分がどれだけエグゼの知識に頼り、甘えていたのか理解できた。この世界に渡ってからというもの、なにかとエグゼエグゼと言っていたのを思い出す。彼女がいなければなにもできないし、知らない。

 まったく、どちらが幼いというのか。少佐も甘いと言うわけだと移動中に自省していた。

「まあ、いいさ。観光だと思えば、悪くない」

 空中要塞から地上に降り、エアポートに着いたときには、そう切り替えることができた。

 案内板からわかったことは、どうやらあの空中要塞こそ首都であるということだった。カルォーシュア首都フェーデン。省庁や企業本社が密集している、中枢機関。しかし流通や販売などの経済活動は、おもに第二都市のライクラインで行われているということだ。

 地上エアポートからバスに乗って三十分ほどすると、それなりに賑わった街並みが目に入ってきた。高層ビルに、大型の建物が乱立したそれは、そこはかとなく東京やニューヨークを思い出す風景だ。それでいて独自の文化をしっかりと持っていることを感じさせた。

 というのも、これは雰囲気の問題になってしまうが、現代の日本やアメリカよりも少し前の年代に感じる。だいたい十から十五年くらい前。バスから降りて駅前を歩くと、それは顕著に現れた。

 商店街は賑わっていて、活気がある。屋台や出店が客の獲得に精を出す。それが現代では、祭以外では見かけることのない光景だったからだ。即時戦のコンピュータを見たときにも思ったことだし、ロベルト=ローウェンが言ったことだが、やはり部分的に地球よりも劣っている部分があるのだろう。いや、劣っているとは違う。文化の違いと言った方が正しいのか。

 

 街の案内図や、ときには人に訊いたりしながら、買い物を済ませていく。荷物が重くなり、腕に微かな痺れを感じてきた頃に、腹が減っていることに気づいた。そういえば朝、即時戦の食堂で物を食ってから数時間が経っていた。少佐から渡された端末の時刻では昼をとっくに回っている。

 どこかで食事をしようと辺りを見回していると、バスケットをもった少女が近づいてきた。中には、ぎっしりと形様々なパンが詰まっている。

「お兄ちゃん、パンはいりませんか?」

「パンか……どんなのがあるんだい?」

「えっと、これは、甘いやつで、これは、辛いよ。どれも、とっても美味しいんだから。お父さんが焼いたパンは世界一だよ」

 一生懸命、腕からぶら下げられたバスケットの中身をさし解説してくれる姿は、最近の出来事で荒んでいたおれの心を癒してくれた。どれがどの味なのか、さっぱりわからなかったが、礼の意味も込めて買うことにした。

「じゃあ、これと、これをもらうよ。いくらだい?」

 少佐からもらった紙幣を取り出し見せる。

「えとね、これ」パン売りの少女は、中から一枚の紙幣を引きぬいた。「ありがと、お兄ちゃん」

「ああ。頑張ってな」

 手を振って駆け出す少女を送り、適当なベンチに腰かけてパンを囓る。

 パンは柔らかく、ふっくらとしていた。美味しい。美味しいが、日本の味とは異なる。当然だが。改めて日本で売られている食べ物は、自分たち向けにカスタマイズされていたのだと理解する。

 最後の一欠片まで美味しく食べると、まだ時間があるので色々見ていくことにした。

 デパートタイプから家電量販店、改めて服屋などウィンドウショッピングのようなものを楽しみながらカルォーシュアという国に理解を深めていく。本当に平和な国だった。かつては戦争で焼かれたとは思えない。いや、いまこのときも、世界中で戦火が上がっているとは信じられないほどだった。

 これがロベルト=ローウェンとリリシアール・エル="カルォーシュア"が求めたものか。

 彼らには、彼らなりの正義がある。それはわかっている。しかし、おれにも譲れないものがある。だがこの風景を壊してはならない。カルォーシュアの平和を維持しつつ璃々を守るための戦いをしなければならない。それはSK少尉が言っていたように、自分の言葉で証明しなければならないのだ。


 

 即時戦に帰ってきたおれを出迎えたのは少佐だった。

「どうだった、カルォーシュアという国は」

「色々と勉強になったが、驚いたこともある。まずタッチパネル式のPCやディスプレイが、ほぼなかった。しかも、どれも分厚い、地球なら型遅れもいいところのものばかりだ。携帯電話もそうだな」

「そうだ。地球とは基本的に文明が異なる。それを理解できたのなら、上々だろう」

「ああ。見て回る時間を与えてくれた少佐に感謝するよ。それと、お金も」

 余った分を取り出して、返す。少佐は紙幣を数えると首を傾げた。

「ふむ? クレジットカードでは足りなかったか? それなりの限度額になっていたはずだが」

「いや、充分だった。紙幣で買ったのはパンくらいだな」

「高級料理を食ったな、三神」

「おれが買ったのはパン売りの少女からだが……」

「おまえは百ドル札でパンをいったい、何個買ったんだ?」

「百ドル?」おれは驚きの声を上げる。「いや、そんなまさか。女の子の持っていった紙幣は……あれは百ドル札だったのか? それと同じってことなのか?」

「やられたな。この国のハングリー精神を舐めない方がいい。確かに勉強になったな、三神」

 おれは頭を抱え、少佐は喉の奥で笑っていた。

 なるほど、少佐は社会勉強させるために、おれを街に送り出したのか。身をもって体験しろと。まったく意地の悪い人だ。優しさと厳しさを同居させた上官は、部下としては苦い思いをするが、しかし同時に感謝と尊敬のできる人だ。おれは、どうやら運がいいらしい。

「おかえりなさいませ、マイ・ロード。なにかありましたか」

 そんなおれたちを、ようやく現れたエグゼは無表情で見つめていた。


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