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カルォーシュア即時戦12


 カルォーシュアの中枢権力者と謁見を済ませたあと、おれたちは即時戦ブリーフィングルームへと足を運んだ。ひんやりとし、作戦前の緊張感と作戦後の安堵感を同居させたようなそこには、ふたりの人間が待っていた。ひとりは、おそらく弾幕支援機オーダーのパイロットと思われる女性。もうひとりは切れ長の目をシルバーフレームのメガネで隠した理知的な風貌の若い男だった。若いと言っても、おれよりは年上だろうが。

「みなさま、お疲れ様でした。コーヒーはいかがですか? 温かいのがはいってますよ」

 即時戦の制服を身につけた女性は、笑顔でカップを掲げ、こちらを促す。

「いただくよ」おれは空いている椅子にどっかりと腰を落ち着ける。「くたくただ。しばらく頭を働かせたくない。ゆっくりと、眠りたい」

「わたしはいらん」少佐は片手をあげる。「コークを冷やしてある。それで一杯やる」

「わかりました。ビールと言わなかっただけ、ほっとしていますわ」

 女性は肩をすくめると、おれの分だけをカップに注いで、置いてくれた。

 コーヒーは実に安っぽい香りだった。深みはなく、実際に飲んでみても、やはりない。うまいコーヒーとは言えなかった。それでも胃にじんわりと広がる温かみが心を落ち着けてくれる。身体は熱をもっても上気した心を静かに冷やしていってくれた。

 ようやく振り返る冷静さを手に入れると、改めてぎりぎりの攻防だったと思う。ロベルト=ローウェンは決断を揺るがせる男ではない。それは会話からわかる。おれを殺す必要性を感じればそうするだろうし契約が必要なら、必ず結ばせるだろう。

 だが、それが故に不可解だった。あの、去り際のよさは、なんだ? 彼はマシンのような正確さと冷酷さをもっているが、実に人間臭い男でもあった。〈祖国〉に情熱を注ぐ人間だ。だからこそ引けない場面だったと想像する。〈エグゼキューター〉には価値がある。それをわざわざ放棄する、その理由は。

「三神教我」男の長身が、おれに影を落とす。「いまは、あまり深く考えるな。ローウェン長官は、きみも理解したとおり、策謀家であり、資本家だ。裏で動いているのは間違いないが、しかし情報が少ない。判断材料が足りない。確実に狙うため、いまは、耐えるときだ」

「その声は、まさか狙撃機のパイロットか?」

「ほう」メガネの向こう側で、目が微かに見開かれる。「あの状況下で、声を記憶する余裕を持っているのか。なるほど冷えた頭の持ち主のようだ」

「それに、あのふたりと相対するメンタル・タフネスの持ち主でもありますね。優秀な人材です」

 ふたりの名前も知らない人物が、こちらを称える。

「あまり褒めるな、つけあがる。まだまだ未熟なのは変わらないのだからな」と少佐。「未成年と思えないのは同意するが、甘い。根底の価値観は青い果実と言ったところか」

「詩人ですわね、少佐」

 レッドフォード少佐は、ふん、と鼻を鳴らすと冷蔵庫から取り出したコークの蓋をあけ、あおる。

「少佐、そろそろふたりを紹介してくれないか」

「そうだったな。おまえは、このふたりと作戦行動を取ることが多くなるだろう。紹介する。弾幕支援機オーダーのパイロット、ディー=フィーニアスと、狙撃攻撃機サイレントのパイロット、サイト=SK=ビゼンだ。顔は覚えておけよ」

 女性が空になったおれのカップを持ち、コーヒーを新たに注いでくれる。

「第一機動戦隊即時戦、ディー=フィーニアス少尉です。よろしくお願いしますね」

「同、サイト=SK=ビゼン少尉」ビゼン少尉がメガネのブリッジを押し上げる。「SKでいい。よろしくな」

 差し出された手を握り返し、おれも名乗る。

「三神教我だ。エグゼキューターのパイロットをしてる。そして、こっちが――」

「ギア・エグゼキューターの生体インタフェース。エグゼです」

「よろしくお願いしますね。それにしても」ディー=フィーニアス少尉が、エグゼにふれる。「まあ、なんて可愛らしい。お人形さんみたいです。このメイド服は、自前ですか?」

「はい。外見作成後、衣服も選択し、精製しました」

「とても素晴らしいセンスですわ。でもなぜ、この服を選択したんですか?」

 どうやらフィーニアス少尉はエグゼがいたく気に入ったようだった。身体のあちこちをさわりながら、質問攻めをしている。一方のエグゼは、相変わらず無表情だ。

「少しは人間性に目覚めたと思ったんだけどな」

「それはまだ早いだろう」とSK少尉。「まだ自分の使っている〈言葉〉がどういうものかを、認識し始めた段階だ。きみの思うような、『女の子らしさ』は難しい」

「女の子らしさ?」

「ふむ、違ったか? おれにはそう望んでいるように見えた」

「違う、と思う。人間らしさを求めたことはあっても、女性らしさを求めた覚えは……」

「そもそも人間らしさとはなんだ。人間知性とは、なにをさす?」

「感情……だとおれは考えている。思想も、そうだ。意識と言うと、それは大雑把過ぎるように思う。感情は、それ自体は原始的で、人間は最初から獲得しているものだ。しかし、それを出力するための言語がなければ、イメージに近いもので、明確化はされていない。発揮することができない、と言ってもいい。思想はそれよりも一段上の考え方だ。自らの考えや、願いを、やはり言語によって出力し、外部に伝達、具現化するものだと。それらは人間知性と言ってもいい」

「なるほど、そういう考え方か。嫌いではないが、まだ抽象的だな」

「じゃあ、あんたはどう思うんだ、SK少尉」

「自我の獲得と、それをコントロールする理屈、理論。そして知識だ。意味を持たせることだな」

「フゥム」

「たとえ自我をもっているとしても、それを自ら証明できなければ、それは自我を獲得しているとは言いがたい。否定はしないが、かと言って他者はそれを感じ取ることはない。

 そうなれば、本人はともかく、他人からしてみれば、あってもなくても同じだ。自分はこうである、ということを、理屈によって説明しなければならない。きみの思想の部分を、もう少し細かく説明した点だな。独立性の証明とでも言うべきか。それには外界と内界の違いを知る確かな知識が必要だ。

 言語を扱うだけなら、いまのエグゼにもできているし、コンピュータだって、システムさえあれば自動出力することが可能だ。生体インタフェースとは役割に過ぎない。それは立場であって、自己の証明にはならんだろう。あくまで他者と差別化するための、自分の考えを言葉にしなくてはならない」

「エグゼはまだ、言葉があるから、それを使っているだけ、か」

「そういう見方もできる、というだけだ。おれはログを見ただけだからな。おれよりも接している時間の長いきみなら、違う考え方もできるだろう」

 SK少尉の言葉は、おれにも深く刺さるものだった。

 自分が、われは、こうである、と説明できるだけの言葉を出せているだろうか。エグゼの言葉を扱っているだけというのとは違うと、どうやって証明できる? 少佐の言ったとおりだ。まだ、未熟なんだ。

「もしきみが、今後、即時戦として戦うのなら、こういうことを考える必要がある。調停者となるなら、なおさらだろう。言葉を理解する必要がある」

「了解した……難しいな」

「ま、いずれ答えが見つかるさ。あまり焦るなよ」

 SK少尉は、おれの肩を叩くと微笑んだ。シャープな物腰の中にも、人の良さが見えた。

「さて、三神」少佐は、飲み干したコークビンをダストボックスに放り込む。「今後、即時戦でエグゼキューターに乗り、戦ってもらうことになる。これに間違いはないか」

「ああ」

「ならば、まずは簡単なテストと訓練を受けてもらう。時間はあまりない。一週間で叩きこむぞ」

「それはハードスケジュールだ」

「それくらい、耐えてもらわねば困る」少佐は意地悪く口端を歪める。「なにせギアに乗るのだからな。責任は大きいぞ。ビゼン、フィーニアス、そしてわたしが教官として就く。怠けるなよ」

「……了解した」


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