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カルォーシュア即時戦11


 エグゼキューターが彼らにとって甘い果実なら、璃々の安全というカードは、おれにとって甘い蜜だ。手を伸ばし、舌で舐め取りたい誘惑にかられる。それはペンという形になって現れている。

「なかなか面白い演説でした、ミスタ・ロベルト=ローウェン」

 エグゼは一歩、前へ進み出ると紙と一緒に置かれていたペンを手に取り、床へ捨てた。そして汚いものにでも触れたようにエプロンで手を拭くと、「アンロック」と小さく呟いた。カチリ、という微かな金属音がそこかしこから聞こえる。

「面白い、ということが、わかるのか。インタフェースに過ぎないきみが、かね?」

「少なくとも興味深い内容であったとシステムは回答しています。あなたのやったことは、フォメリアと変わらない。マイ・ロードにとっての重要人物を人質に取り、彼の行動を制限する。脅威を見せつけて、自分の思い通りにする。それでは対象が切り替わるだけです。我が主人、三神教我の希望は叶えられていないものと判断します」

「われわれは、直接攻撃したりはしないが?」

「直接攻撃ではなく、間接攻撃になるだけ、そういうことです。ミスタ・ローウェン、あなたの手法を解体する。マイ・ロードに心理的な揺さぶりをかけ、次に現実を提示し、それから歩み寄っていると思わせて彼の思考を誘導する。あなたは二度も、〈わたしの〉主人を罠にかけようとした」

「嘘は言っていない」

「しかし真実も言っていない」エグゼは断言する。「なぜ、この部屋すべての扉にロックを? われわれが退出できないように仕組み、閉じられた部屋でなにを契約させようとしたのですか。あなたがやったのは取引ではない。脅しと同じことです。わたしは、それを赦さない」

 おれは驚きに口を挟めずにいた。

 エグゼは寡黙ではないが、饒舌でもなかった。肯定も、否定も、賛成も、拒絶も、それらは必要最低限に行われていたことだった。それがいまは違う。相手に言葉を浴びせかけている。

 そしてなにより、〈わたし〉という言葉。

 いままで彼女の発言の背景には、エグゼキューターのセントラルコンピュータが必ず存在していた。インタフェースとしての働きを熟知し、忠実それを実行していただけのはずだった。そう、エグゼは仲介者に過ぎない。そう振る舞ってきていたはずだ。しかし、いまはバックグラウンドに〈ギア〉の存在を感じることはできなかった。

 これは、おれの気のせいなのだろうか。それとも……

「機械知性が赦す、赦さないを口にするとは、なるほど〈ギア〉とは高度なシステムを積んでいるようだな。高説を垂れるマシンか、素晴らしいことではないか。だがそんなことはどうでもよい。いまは実務の話をしているのだ。もし仮に契約しなかった場合、三神教我はどこにも所属していない、宙に垂れ下がった存在となる。そんな危険なものを放置できるはずがない」

 ロベルト=ローウェンは床に落ちたペンを拾い上げ、おれに見せつける。

「さあ、どうする、少年よ。サインか、死か」

 短く言葉を区切りながらペンを突きつけようとし、それは再び、床に叩きつけられた。エマ=レッドフォード少佐が、手で払ったからだった。

「ローウェン国防長官。彼がどこにも所属していないと、どうしてそう思ったのですか?」

「どういうことかね」

「彼がすでに、どこかの機関もしくは組織に所属していないと、どうしてそう思ったのです」

「三神教我はまだ学生だ。そしてこのエクスにやってきて、数日しか経過していない。まさかすでに、即時戦に入ったとでも言うつもりかね、レッドフォード」

「そう、つまりそういうことなのですよ」

 少佐が片腕を上げると、四カ所の扉から一斉に人が入室する。肌の色は様々で、性別も男女が入り乱れている。共通しているのは一点。レッドフォード少佐と同じ軍服を着ているということだ。

 ざっと見て、八人か、九人ほど。全員が銃を手にしている。ハンドガン、マシンガン、サバイバルガンや小型突撃ライフル。すべての銃口がロベルト=ローウェンに向けられていた。

「どういうつもりかね、即時戦、エマ=レッドフォード少佐」

「戦隊機パイロット、集合しました」〈イフリエス〉戦で聞いた、女性の声だ。確か、弾幕支援機オーダーのパイロット。手には弾倉を追加したサブマシンガンを持っている。「狙撃手はすでに待機状態です。少佐の命令があれば、即時、狙撃可能です」

「了解した」

「どういうつもりか、と訊いている。回答したまえ、エマ=レッドフォード」

「どういうつもりか、とはこちらの言ですよ、ロベルト=ローウェン。われわれの祖国、地球の、国連所属外務官に対して別途雇用契約を持ちかけるとは、違反行為です。それも拒否すれば死などと……面白いジョークですね。これは国際問題ですよ、それを理解していての行為で? あなたが攻撃的な意思を示せば、われわれとしては、彼、三神教我を守るよう行動する。当然でしょう」

「はじめから仕組んでいたのか、少佐」

 少佐は応えず、笑みを作る。

 

 そう、これこそがエマ=レッドフォード少佐がおれに行った『交渉』だった。

 

 そもそも不思議に思うべきだった。おれの街が攻撃され、エグゼキューターとエグゼに助けられ、それから量子空間通路〈スカイ・ウェルズ〉に到達したとき、UFANの空母トリスメギストスの通信士は、〈ギア〉が通過する予定なのを知っていた。それで通信してきたのだ。

 そのときに、こう言っていた。『ゲートを通るには許可が必要だ、普通の関所となにも変わらん。それくらいはわかるな?』と。そして、『その、エグゼキューターといったか、ともかく機体と、搭乗員である三神教我の通行許可が降りている。到着し、確認次第、通過させろとな』こう言ってきたのだった。

 つまり、おれは本来なにかしらの手続きを通さなければ、武力を行使しない限り量子通路を通ることは適わないはずだった。あの時点ですでに許可は下されていた。

 しかもレッドフォード少佐いわく、〈スカイ・ウェルズ〉は光や音の通信を拒み、物理的な手段でしか連絡手段がない。即座になにかを通達するのは不可能だ。もしできたとして、超高速で接近するエグゼキューターを見てから通信できたとは思えない。さらに、仮にも国連所属の軍事機関が監視しているのだ、一朝一夕で許可が降りるような代物ではない。

 では、誰が、どうやって? 以上の事柄を踏まえると、焦点は限りなく狭くなる。

 予めエグゼと接触し、国連に話を通せる人物。地球と外交を行っていることで、連絡文書などの定期便がいつ送られるかを把握している、そういう人材。

 つまり、国連から派遣されてきている、エマ=レッドフォード少佐ということになる。

 この魔窟とでも例えたくなる、ロベルトの支配する部屋に入る前、彼女はおれにこう言った。

 

『きみは国連の外務官だ。そうなるよう、すでに手配されている。きみは、地球から、われわれ即時戦の様子を見にきた役人、そういうことになっている。〈調停者〉と呼ばれた両親に感謝するんだな。三神の名がなければ、こうはいかない。だが、これできみの立場は守られる。どうする、あとはきみ次第だ』


「ミスタ・ローウェン。あなたの読み負けだった、ということだ」と、おれ。「レッドフォード少佐は頭の切れる人物だ。そしてエクスという世界を理解している。おれが、エグゼキューターに乗って、のこのこやってくれば、あらゆる意味で危険な状態になると、わかっていたんだ。そして政治的に利用されてしまうことも。だから、事前に手を打っておいた。あなたの〈言葉〉という武器にカウンターを放てるように、同じく〈言葉〉を使って。なるほど少佐は優秀な軍人だ。武器をよく把握しているよ」

「そのようだ」ロベルト=ローウェンは微笑むと、テーブルに置かれていた契約用紙を丁寧に折りたたみ、再び内ポケットにしまい込む。「申し訳ありません、リリシアール様。敗北しました」

 そして、主人の前で深く頭を下げる。

「そう……しかたありませんね」

「はい、どうやらレッドフォードが一枚上手だったようで」

「そうですね。彼は、即時戦に任せるとしましょう」

「かしこまりました」

 なんだ、この余裕は。

 自らの思い通りにいかなかったというのに、まるで動じていない。予定していたことと、なんら変化はない。こちらにそう思わせるための演技に見えるが、しかし、この茶番じみた臭さはなんだ。

 あまりにも強烈な違和感。それは、ただここにいるだけで増大していく。

 さきほどリリシアール・エル="カルォーシュア"に見つめられたときと同じ、こちらの内側を監視されているような落ち着かなさ。すべてを見透かしているぞ、と言外に告げられているような息苦しさがある。老人は微笑み、いまにも崩れ落ちそうな女性はしかし、なぞの存在感があった。

「では」とレッドフォード少佐。「彼は即時戦で預かります。異論はありませんね」

「ありません」リリシアールは静かに頷く。「好きに使いなさい。どうせいずれ壊れる」

 その言葉を最後に、カルォーシュア最高権力者は老人の手によって丁寧に車いすに乗せられ、カラカラと乾いたタイヤの音をたてながら部屋から消えた。

 どっと激しい疲れが身体にのしかかり、そして、にじむように広がる頭痛にうめく。

「全員、現時点をもって射撃待機を解除」少佐がインカムを使って指示を出す。「ギア・ロード三神教我はこちらで保護。生体インタフェースも無傷だ。作戦終了」

 その言葉をもって、ロベルト=ローウェンとの戦闘が終わったことを、ようやく実感した。



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