カルォーシュア即時戦10
企業群国家カルォーシュアは、カルォーシュア皇国を前身としてもつ、エクスの数ある国々の中でも最先端テクノロジーを有した国家だ。輸出物の多くは技術の産物であり、家電や車はもちろん、電子機器から医療品、衣料品まで提供する。それらの中で一番多く利益を出しているのが、兵器だった。
はじめ、カルォーシュアは国という体裁をたもてない哀れな姿だった。
まず企業に土地を誘致した。弾道ミサイルによって焼き払われた国土は更地で、汚染度も低く、一からなにかを始めるならば、これほど好都合なところもなかった。しかも格安で提供したことが効いた。
最初は小さな下請けの工場に話をとおした。彼らは格安で広い土地を喜んだ。貧困したカルォーシュア民を使えるという、安価な労働力が手に入ることにも意味を見出していた。しかし気がつけば、会社は乗っ取られていた。ロベルト=ローウェンは企業買収においても充分な知識を有していた。
気づいたときには遅かった。より大きな企業を呼びこむための水石であり、本当に人が来るかという試金石であったのだ。少しずつ、だが確実にカルォーシュアという国は再建していく。
七年という驚くべき短期間で、かの小国は蘇った。ロベルト=ローウェンを筆頭とした、かつての皇国の重鎮たち、皺を年輪として刻んだ者たちの知恵が、知識が、それを可能にした。
地球と始まった外交もまた、後押しする風となった。
エクスは地球と比べて一般的な技術水準が低く、代わりに兵器の開発は大きく上回っていた。それを利用し、エクスの外貨を得るのではなくゲートの向こう側の金銭を手に入れた。そしてそれを他国との取引に使う。新しく手に入った技術はすぐに解析し、ときには加工し、自国の技術としていった。
安穏とした平和を享受するのではなく、自分たちの暮らしは自らの力で獲得する。
それが、かつて大国たちに踊らされたカルォーシュアの答えだった。
「わたしの講義は終わりだ、三神教我。これがエクスという世界の一端だ、それを理解したか」
「よくわかった、ミスタ・ローウェン。では別の立場の者の話を聞きたいが構わないか」
「別の立場の者、ふむ、レッドフォードかね」
「いいや、違う。人の意見は聞いた。次はそれらを俯瞰的な視点で見つめていた者に訊く」
そう言って隣で控えるエグゼに視線を移す。
「……それは機械だ、三神教我。愚かな選択をするつもりかね」
「なぜ愚かだと思うんだ。彼らはまったく人と違う視点を持っている。言ってしまえば、いまのはエクスという世界をあなたの主観で見たときの話だった。おれがエクスを知らないのは認める。だから今度は、まったく別の角度の話を聞きたいと、そう思ったんだ。これになにか間違いがあるか」
ロベルトはすでにおれを見ていなかった。エグゼを睨んでいる。
なんだ、これは。まるで仇でも見るかのような視線だ。そして、一瞬にしても、おれに向けられていたリリシアールの負の感情、悪意が、エグゼに集中している。
エグゼはこの紛争には介入していなかったはずだ。なのに、なぜ?
「マイ・ロードの要求に答えましょう」エグゼが口を開く。「われわれは、エクスという世界の紛争に対して、発するべき言葉をもたない。理由のある、なしに関わらず、エクスとは争い事を避けられない世界だからです。すでにそういうシステムが完成してしまっている」
「システム?」
「そうです。人が生命の営み、すなわち、食事をし、人と交流をもち、生産し、子をなす。それとほぼ同一なのです。活動の中に戦争行動が含まれている。ゆえに避けようのない戦火が広がっている。そこに合理性や理論を求めるのは無駄です。少なくとも人に回答をだすことはできない」
「エグゼ、きみは、知っているのか。なぜこの世界が、地球とは違い、こんなにも滅亡思想なのか」
「――ノー・アンサー」
「なんだって?」
エグゼの身体が、二度三度、震える。目があちこちをさまよい、呆然とした顔になって、それからようやく静止した。電気ショックでも受けたような異常な動作だった。
「〈ギア〉のセントラルコンピュータに検索をかけるも、ヒットせず」
それっきりメイド姿のインタフェースは一言も発さなくなった。
しわがれた笑い声が聞こえてくる。黒いスーツに身を包んだ老紳士が、肩を揺らしていた。
「〈ヒト〉に回答できないと言っておきながら、機械である〈ギア〉も回答できないとはな。なかなか面白い漫談だ。もう終わりでいいかね?」
「ああ。構わない。少なくとも、この世界がどういうものかは理解できた」
「では実際の話しに移ろう」
ローウェンはスーツの内ポケットから丁寧に折りたたまれた紙を取り出し、おれの前に広げた。
「これはきみを雇う上での基本料金だ。そこに危険手当などが別途追加される。また、経費に関する扱いなども含めた契約要項が書かれている。熟読した上で、サインしたまえ」
「……どういう意味だ」
「きみを野放しにはできん。〈ギア〉は危険な存在だ。この世界のパワーバランスを崩すだけの性能がある。エグゼキューターはいままで確認されていなかった機体だ。おそらく新型だろう。エクスにどのような影響を与えるか未知数だ。われわれが管理する」
「効率よく運用してやる。そう言っているように聞こえるな」
「まさにそのとおりだよ。カルォーシュアに所属することが、きみの安全にも繋がる。〈ギア〉は自動的に修復するかもしれんが、きみはどうするね? 怪我を負ったら医薬品を入手しなければならない。エクスの金銭を持っているかね? 食事は、補給は、どうする。多くの問題が重なっている」
そう、それが現実だ。
たとえおれが璃々を助けたいと思い、エグゼキューターが圧倒的な性能を持っていても、乗っているのが生身の人間では、どうにもならないこともある。それらがまさにロベルト=ローウェンが論った問題の数々だった。的確な、言い換えるなら、おれにとって痛いポイントを突いてきている。
「きみ単体は脅威ではない」ローウェンは冷淡に言い放つ。「しかし、きみと〈ギア〉が組み合わされば話は別だ。確かな脅威なのだ。〈イフリエス〉を見ただろう。戦略級の兵器と言ってもいい。それらを野放しにできないのは、わかるだろう。もし、きみが拒絶するのであれば、国家として、そして国防長官として見過ごすことはできない」
「幽閉するか? それともおれを殺すか?」
「幽閉は無意味だ。エグゼキューターが救出するだろう。きみには死んでもらうしかない」
「いまここで、エグゼキューターが介入しないとは想像しないのか」
「安心したまえ。わたしのほうが早い」
ロベルト=ローウェンは髭を指で撫でつけながら笑ってみせる。
「雇用契約にサインしたまえ。よい取引になる。われわれは最高の戦力を手に入れ、きみは代わりに豊かな資金を得ることができる。決して悪い交渉内容ではあるまい。返答せよ、三神教我。こちらの用意はできている」
「あなたはあくまで、軍事的な力を手に入れたいと言うんだな」
「もちろんだ。きみたちの世界で言うならば、これは抑止力なのだよ。核兵器と同じだ。強大な力を他国が有しているというのなら、われわれも手に入れたいと考えるのは当然だろう。誰だって自国は守りたいと思う。わたしが言っているのは、そういうシンプルな話だ。きみにも守りたい人がいるように」
「なるほど、あなたが自らを敵と言った理由がわかったよ。ようやくわかった。味方である必要が、ないんだな? 契約によっておれを拘束する。雇用者であるという、紙と、文字を使って、おれを制する。そういうことだろう」
白髪の男は、なにも応えなかった。それが答えになっていた。
力とはなにも物理的なものだけを示すのではない。確かに腕力のある拳で支配はできる。だが文明ある世界では、それだけではない。書類と、そして言葉、さらには目には見えない〈約束事〉によって、他者を抑制し、ときには支配すらしてみせる。彼が取った手段とは、そういうことだった。
少佐が怪物だと称したのはまったく間違いではなかった。力とはなにかを理解している理性ある化け物。それがロベルト=ローウェンという男だ。
「迷っているのかね? では、われわれはもうひとつ、提供物を用意しよう。きみがカルォーシュアと雇用契約を結ぶのであれば、〈イフリエス〉を保有する国家、フォメリア合衆国に政治的交渉を行おう。それがどういうことか、きみならば理解できるだろう」
「そうか」少佐が歯ぎしりをする。「エグゼキューターがあれば、条件は対等に近い。交渉のテーブルにつかせることができると、そういうことか」
エマ=レッドフォードは、ローウェンを睨み、そしておれを見る。
視線は感じている。しかしそれには応えられそうになかった。
もしこの契約を結び、うまくいけば戦わずして璃々に安全な生活を保証することができる。そう理解できたとき、老紳士が静かに置いたペンから目が離せなくなっていた。