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カルォーシュア即時戦8

 そう、これは昔の話だ。と言っても、そう過去のことではない。わずか十年前のことだ。

 ある小国があった。豊かな自然を売りにした観光地と、小洒落た民芸品が主な収入源の、大国から見れば取るに足りない僻地。まれに金持ちが別荘を建てたり保養目的でやってくる観光者などが来る程度で、人の出入りも多くなく、特別なところはなにもないが、惑星エクスという環境から見れば実に平和な場所だった。いや、あえて言うのであれば、大きな内紛や戦争に巻き込まれていないことこそが、その小国の特色と言ってよかったのかもしれない。

 その国は弱者だった。ゆえに大国の言いなりになることが多かった。しかし、しかたがないと言えばそれまでだった。軍事力は雀の涙よりも湿気のように目に見えないほどか細く、大手を振って切れる政治的に価値のあるカードもない。国を守るためには、より強大な力の前で膝を折り、卑屈な笑みを浮かべながら必死に媚びる姿勢に磨きをかけていくしか道はなかった。

 外貨の実入りは少なく、少ない領土内で稼いだ貨幣も大国に吸われていく。食べていくための農作物を育てようにも、男手の多くは大国の兵士として招集されていった。土地のほとんどは穀物と、いくつかの果物で占められた。食糧問題は完全に他国に依存している。それが現状だった。だが、それでもよかった。少なくとも、たとえハリボテと言われようが平和を享受できていたのだ。文句はなかった。

 民衆から不満の声が上がりにくかったのは、ひとえに国王の人柄によるところが大きかった。

 世界的に見れば、決して有能とは言いがたい男だった。いや、むしろ人から騙されやすく、また大国の前では媚びた姿勢を見ることが多く、小さき男に映ったことだろう。

 しかし、王は有能ではなかったが自分がすべきことを理解していた。

 大きく振る舞うのではなく、身の丈にあったように生きる。エクスの常時戦争状態という惨状に比べれば、はるかにマシだ。そして、その王の意思は民衆もよく理解していた。

 そんな民と王にも、ささやかな願いがあった。

 それは第一皇女のことだった。大成しなくてもいい。賢人と呼ばれる必要もない。ただ美しい外見の少女が健やかに、心穏やかに育ってくれればいい。そんなささやかな願いだった。

 まだ十を少し過ぎたばかりの皇女には結婚の話題も来ておらず、またちっぽけな国の皇女などに興味を示すものは、あまりいなかった。まれに少女の美しい外見に魅せられたロリータ趣味の貴族や有力者が現れたが、その点のみ王は唯一抵抗を示した。

 男たちは面倒だ、と思った。そんな突っかかってくるお付きを持つ少女よりも、より美しく、自分に従順で、喜んで尻を振る女たちを欲した。そんな浅ましく、獣以下の、自らの欲望に正直な人間たちのおかげで、皇女は穢れを知らずに育つことができた。

 皇女はふた月に一度ほど、民草も見学できる演奏会を開いた。趣味はピアノで、それは美しいものだった。少女の声は澄み渡る小川のように清らかで、凛とした楽器の音と大いにマッチしていた。

 平穏が長く続かないことは、蝶よ花よと育てられている彼女も理解していた。

 しかし崩壊は想像よりも早く、そして唐突だった。

 まず、なんの予兆もなく予告もなく輸出入のルートがすべて封鎖された。まったく理解しがたい経済制裁だった。周囲の国に説明を求めても応答するものは誰もいなかった。

 次に外国からの入り口であるエアポートと港が占領された。相手は正規軍と思われた。放った斥候が命が途切れる前に放った言葉は、いままで従順に接してきた大国の名前だった。

 王は言葉を失った。なぜ、という思いが頭の中で渦巻いていた。われわれは決して裏切ったりはしなかった。命令に背いたことは一度もない。貴族たちが娘に興味を持っても、すぐに面倒に思い去っていったはずだ。なにが悪かったのか……

 結局その問いが答えられることはなかった。大国が放った七発の弾道ミサイルは小国を見事に焼きつくした。都市が爆炎によって蒸発していく中、王もまたその渦中に居た。ミサイルの接近は知らされていても、自分の死は理解できなかっただろう。数千度の熱で瞬時に消え去ったはずだからだ。

 まるで子どもが、気に食わないからと砂の城を足で蹴り飛ばすがごとく、小国は崩壊した。宣戦布告もなく、経済制裁が実行されてから、わずか一週間と一日だった。

 焼き尽くされた大地と、わずかに生き延びた人々。それが小国のすべてとなった。

 なにが起きたかもわからず、理不尽な仕打ちに「なぜ」とうめき声を漏らすしかない。そんな惨状にも関わらず、さらなる追い打ちをかけられることになる。

 なんとか生き延びた女性たちを、大国の兵士たちはさらっていった。獣のように襲いかかるにしては瞳に一抹の理性がかいま見えた。ただの略奪や陵辱ではなかった。民族浄化。大国は自国の男たちを使い、女を蹂躙し、孕ませ、自分たちの血を混ぜようとした。

 なぜと問う対象はいつの間にか大国側ではなく、〈神〉になった。われわれは大きな罪を重ねましたでしょうか。どうかお許し下さい、〈神〉よ。罪があるならば懺悔いたします。その慈悲深き御心でわれらを包んで下さい……

 

 願いが聞き届けられることはなかった。

 

 民に匿われ、地下に逃げ延びていた皇女が、ついに捕まった。

 小国に残った人間の数は少なく、また、まともな戦力も持っていなかったが、あるだけの人員と武器を集めて反抗勢力を迅速に作り上げ、皇女の救出作戦にあたった。

 三日間の決死の作戦が行われ、多くの血を流しながらも皇女の救出に成功した。

 皇女の貞操は守られていた。しかし皇女を愛する民を安心させるどころか、その希望は大きく砕かれることになった。

 少女の手首から先が、切断されていたからだった。

 さらに兵士たちは彼女に、自国の民が犯されているところを、これでもかと見せつけた。泣き喚く彼女の頭を押さえつけ、瞳を閉じれば無理やり指でこじ開けた。ピアノが得意だと知るや、悲痛な叫びをコーラスにして、斧でその手を切り離した。

 世間的に見て、肉体的にも、精神的にもまだ未成熟だった皇女の心と身体は傷つき、その瞳は世界を映すことを完全に拒絶した。救出されてからと言うもの、病的なまでにやせ細り、日々、命の蝋燭を加速度的に消耗していく。

 大国の情勢が変わり、別の大国との戦争が苛烈の一途をたどったため、小国は消滅を免れた。

 生き延びたものたちは、なぜこのようなことになったのか、落ち着いたあと調べたものだ。

 

 ――理由はない。

 

 それが大国の裏の事情を含めた、すべての要因を洗い出したあとに出された結論だった。



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