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カルォーシュア即時戦7

 長テーブルの端、ちょうど女性の対面になる形で椅子に腰を下ろす。エグゼと少佐はおれの両端に控えるように立つ。エグゼは腹部の前で手を組み、少佐は『休め』の体勢だ。それをロベルト=ローウェンは興味深そうに見つめ、整えられた白い髭を指で撫でる。細められた目は、まるで鷹を思わせるように鋭く、相手の心を凍えさせる冷気に満ちていた。

 どうにも居心地が悪く、少ない面積の椅子の上で、おれは何度か腰を揺するはめになった。

 改めてふたりを観察する。

 ロベルト=ローウェンは少佐から聞き取ったイメージそのものだ。立ち姿は神殿を守護する銅像のように威圧感があり、愚かにも手を出せば即座にこちらの心臓を剣で突き刺してくるような気配を醸し出している。しかし銅像と違うのは、彼には明確な意思が伴っているということだろう。

 底が見えない。そう感じる。

 しかしもっと底が見えない、まるで深く長い井戸の底を見ているような恐怖を与えてくるのは、実はロベルト=ローウェンではなかった。おれの対面に座る女性から、それは静かに発せられていた。

 彼女はただ座っているだけだった。テーブルに隠れている、膝の上で組んでいるだろう腕を見つめ、こちらを見ようともしない。それどころか注意すら払っていないように振舞っていた。シャンデリアに薄く照らされている髪はぼさぼさで手入れされている気配もない。しかし目を凝らしてみれば、手入れの問題ではなく髪が病的なまでに枯れ果てているように見えた。肌もくすみ、目も落ち窪んでいる。若いのか年老いているのか、わからない。その妙な雰囲気が正体不明という恐怖をおれに与えていた。

 彼女がおそらくリリシアール・エル="カルォーシュア"だろう。この国の最高権力者だ。

 ごくりと飲み込んだ唾が喉を鳴らす。対話、できるだろうか。このふたりと。

「フゥム」ロベルト=ローウェンはおれを見て息を漏らした。「肝が座っている少年だ。われわれを観察する余裕がある。賢しいものだ。エクスに来訪し、生命の危機に際して〈ギア〉に乗りイフリエスと相対しただけのことはある。素晴らしい。実に興味深い存在だ、きみは」

「言葉を飾る必要はない、ミスタ・ローウェン。あなたはおれを敵だと言ったな、なぜだ」

「なるほど、これは失礼した」ローウェンは楽しげに喉を鳴らす。「しかし会話を愉しむ余裕をもちたまえ。逸る気持ちはわかるが、それではいささか哀れに映る。レッドフォード、きみも座れ」

「いえ、結構。わたしはこのままで」

「なるほど。なにやら即時戦が動き回っているようだが、命令したのはきみかね?」

「…………」

「即座に行動できるよう、きみも待機しているというわけだ。まさに即時戦だな。無駄を削ぎ落した戦闘部隊。わかるぞ、喉から手が出るほど欲しかろう、〈ギア〉には高い価値がある」

「ミスタ・ローウェン。あなたは話し好きか?」とおれは言ってやる。「エマ=レッドフォード少佐よりも、おれを相手にして欲しいものだ。まだ、自らを敵だと称した理由を聞いていない」

 相手を挑発しながらも、おれは額に汗が浮かぶのを抑えられなかった。

 これが企業群国家カルォーシュアの国防長官。老練なる男と賞賛したいところだ。隙がない。静かな語り口は、相手の動揺を誘うすべてが隠されている。少しでも心を緩めればそれを見逃さず、必ずそこを突いてくることは、たやすく予想できた。

 余裕。彼はそれを持っている。勝利を確信しているものの、揺るぎない自信だ。無言を貫いた少佐の対応は、まったく正しいとしか言いようがない。

 おれはそれを崩せるだろうか。ひとりでは、無理だろう。それには少佐と即時戦、そしてエグゼの支援が必要だ。あとはタイミングと運。うまくあわされば勝てるだろう。

 ギリギリの勝負になる、と思う。ことはシリアスに運ばなければならない。

「では三神教我。少し年寄りの話に付き合ってくれないかね。なに、歴史の講義だ」

「歴史の講義? いま、この場でか」

「そう、この場でだ。これからきみと話し合うには必要なことなのだ。きみはエクスという世界を知らない。それは認めるだろう。歴史をただ知るだけならテキストでも読めば済む話だ。しかしそれで、きみはわれわれを理解できるかね? できないだろう、おそらく。だから歴史に〈重み〉を与えよう。

 これから行う授業は、単調に記録されたものではない。その時代を生きたものからの証言だ。過去から連なる現在をお伝えしよう。これは記憶だよ、三神教我。亡霊の言葉に興味はおありかね?」

 ロベルト=ローウェンが戦闘を開始した。そう理解した。

 彼の〈言葉〉は研ぎ澄まされた銀の剣だった。滑らかに光っている。切っ先はすでに、こちらに向いていた。おそろしいのは、ただ武器であるというだけではない。扇動家の口調に、それは似ていた。しかし考え方は資本家なのだった。このアンバランスさが不気味で恐ろしい。

 頷くことは躊躇われた。だがそれを見せてはいけない。「ああ」と短く応える。

「ならばわたしは、いまだけきみの教師となろう。安心したまえ、受講料は安くしておく」

「良心的な価格で頼む。個人割はきくのか?」

「善処しよう」ロベルト=ローウェンは皺に笑みを刻む。

 そして語るべく口を開いた。



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