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カルォーシュア即時戦6


 会議室の扉は大きく、そして重厚だった。少ないが立派な装飾が控えめに施され、ただの討論を行う場ではなく、正式ななにかが決定する場所であることを伺わせた。

 そして、とおれは思う。間違いなくこの金属板の向こうに、ロベルト=ローウェンがいる。感じる。静かだが圧倒的な気迫が隙間から漏れ出てきているようだ。肌をチリチリと焦がすような存在感がある。冷たい汗が背中をつたい、シャツを濡らす。それがなんとも不快だった。

「三神。この扉を開ければ、きみは逃げられない」少佐は扉に片手をかけ、言う。「きみにとっては、そう、間違いなく戦闘行為だろう。どちらかが敗北するまで、この扉をくぐることはできない。諦めろと言うつもりはない。しかし気を引き締めろ。きみはギア・ロードだ。この世界に対して一定の責任を持つ。〈イフリエス〉と戦うことを決意した段階で、それは決まった。この世界に干渉してしまったのだから。あとはきみ次第だ。どうする、いまならエグゼキューターに乗り、ゲートをくぐって、帰れる」

「レッドフォード少佐、あなたはなんとも、不器用な人だ」

 おれは苦笑せざるを得なかった。

 気を遣ってくれているのは、とてもよく伝わってくる。厳しい言葉の中に、それは隠されている。いや厳しい言葉だからこそ、おれを理解しようとしてくれているのが、わかる。ただの優しさはいま、意味をもたない。現実を直視させることこそが、おれを守ることに繋がり、そしておれ自身が自分を守るため、そして武器はなにかを理解することに直結する。

「エグゼ、確認したい」

「イエス・マイ・ロード。なんなりと」

「おれは、この場に限り、きみとエグゼキューターに絶対の信頼を置く。きみの希望はおれが〈調停者〉になることだが、いまはまだ、了承できない。それでも支援を乞う。それは非常に身勝手なことだと、理解している。その上で要請する。どうする、決定権はきみにある、エグゼ」

「わたしはすでに結論を出しています」エグゼは揺らぐことのない瞳で、おれを見つめる。「エグゼキューターはあなたをロードとして認めている。わたしは生体インタフェース。あなたと〈ギア〉を仲介する役割をもっています。そして双方の希望は合致している。なにも問題はないと判断します」

「きみは、エグゼ、きみはどう思っているんだ」

「わたしが、とは?」

「そうだ、きみ自身だ。〈ギア〉エグゼキューターのセントラルコンピュータがどう判断しているのか、おれにはわからない。なぜおれをロードとして認めているのか――それもいずれ訊きたいところではあるが――ともかく、システムが、ではなく、人間知性を獲得しているという、きみの意見を訊きたい」

「わたしは――」

 エグゼが、出逢って初めて、沈黙した。

 いままで機械的な思考をもち、決して揺らぐことはなく、予め用意されている脚本を読み上げているように淀みなかった、彼女の言葉が途切れる。おれと、少佐の呼吸音のみが空気を振動させている。

 エグゼは微動だにしない。動かない。まるで情報過多で処理できなくなったコンピュータのようにフリーズし、おれから視線を外して、虚空を見つめたままになった。

 このまま動かなくなってしまうのではないか……そう不安にさせる沈黙だったが、しかし時間としてみれば、五分も経っていない。

「わかりません」

 そして返ってきたのは、簡潔な返答だった。

「わからない?」

「わたし自身の判断は、必要ありませんでした。いままで。わたしはあくまでもインタフェースであり、わたし個人の思考というものは、求められませんでした。あなたと、〈ギア〉セントラルコンピュータの意思決定こそ重要であり、それを仲介することこそが、わたしの役割であったからです」

「本当にそうか?」

「どういう意味でしょうか」

「おれは、ここに来る前、量子空間通路〈スカイ・ウェルズ〉の前で言ったはずだ。思考しろ、と。きみにはその能力が備わっている。なら思考しろ。即座に答えを出す必要はない。だが、考え続けろ。このあと戦闘が始まる。〈言葉〉による戦闘だ。それには必ず思考が必要になってくる。おれを支援するかどうか、きみ自身の考えは、そのときに披露してくれればいい。少なくとも、きみがおれの味方にならなくても、決してきみを恨まないと誓う。どうだ?」

「了解しました、マイ・ロード」

 エグゼは深々とお辞儀をし、そしておれと視線を交わす。そこからはやはり、感情のようなものは認められない。だが、必死に思考――彼女にしてみれば、演算処理だろうが――を行っているのは、なんとなく確認できた。それでいい、とおれは思う。いまは求めすぎてはいけない。

「話はついたな、三神教我」

「ああ。これでいい。少佐、開けてくれ」

 扉のロックはすでに解除されている。少佐が手で押し込むと、それは開いた。

 赤い絨毯がひかれ、天井にはきらびやかなシャンデリアが光を反射している。そして、その光を飲み込むような暗闇をともなった人物がふたり、おれたちを待っていた。

 ひとりは、女性。長椅子に腰掛け、目を閉じて待っている。

 もうひとりは、長身で、筋骨隆々とした肉体を黒いスーツで鎧っている老紳士だ。

「ようこそ、三神教我」腹に響く、低い声で、男は言った。「さあ、話し合いを始めよう。準備はいいかね? わたしはロベルト=ローウェン。いまは、そう、きみの敵だ。速やかに着席したまえ」

 おれは静かに頷く。


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