カルォーシュア即時戦3
「失礼する……どういう状況だ、これは」
室内に入ってきたレッドフォード少佐は、握手から手を離した体勢で笑っているおれと、無表情に立っているエグゼを交互に見て眼をまばたかせた。
エグゼとは接触があるらしいが、しかし決して友好的とはいえない二人だ。さぞかし不可解な状況に映ったことは、たやすく想像できる。彼女の心境を考えると、それがまたおかしくてしかたない。この、目の前にいるインタフェースは、確かに会話するのが難しい。でもそれは相手を知らないからだと思う。そうだ、もっと対話をする必要がある。この先、短い付き合いになるだろうが、何度も戸惑う場面があるだろう。それを理解しなければいけない。
そう思うと、少佐とエグゼは、会話……もしくは、接触が足りていないのかもしれない。もし足りていてこれならば、あとは時間が解決してくれるのを願うばかりだが。
「どうしたんだ、少佐」
「……ああ。エグゼキューターの形状が変わりつつある」
「さっそくか」
「さっそく、とは」
「エグゼがさっき教えてくれた。エグゼキューターは自己修復を始めているらしい。ついでに、先の戦闘データを解析して、問題点の改善に努めると」
「対応の早いことだな。ところで、なにがあった」
「なにが、とは?」
「きみはそんなに笑う人間だったか」
少佐はおれの顔をしげしげと眺めながら、あご先に指を当てて考えこむ。
そんなに、不可思議な表情をしているだろうか。いや、そもそもおれは笑わなかったのか?
「ずいぶんと表情が豊かになったな。最初に会ったときとは、大違いだ。フム、歳相応だな」
「緊張していたのさ。初めて来る土地だ、おれは人生経験も足りない。顔がこわばるのは、当然だと思うが……歳相応だって? どんなふうにおれを見ていたんだ、少佐」
「その物言いが歳相応ではない、と言っているのさ」肩をすくめて、苦笑しながら少佐は言う。「まあ、きみの人生を考えるに、決して楽なものではなかったことは想像できるが。それにしても、あまりにも『らしくない』と思ってしまうのは当然だろう。しかし、笑っている顔は、いい顔だ。きみはどちらかというと、そちらの方が似合っているらしい」
「エグゼと同じことを言うんだな、少佐」
ついさきほど言われたことを思い出し、笑う。
なかなかいいコンビかも知れない……そう思ったのもつかの間、少佐は非常に嫌そうな表情を顔に貼り付けた。よほどエグゼが嫌いと見える。不快感を隠そうともしない。
おれに対して、まるで無表情だったという物言いをした彼女だが、しかしそれは少佐も同じことだ。最初に会ったときは軍人然としていて、なにを考えているのかわかりにくい人だった。だがいまはどうだ。なるほど、同じ人間だと思える。しっかりとした感情反応だ。
もっとも、その悪意を向けられているエグゼは、変わらず無表情で、無関心だったが。
「まあ、いい」少佐は考えるのを諦めたのか、腰に手を当て、「なにか欲しいものはあるか? 必要なものは。すぐに用意させよう」
「それならば少佐。薬を」と、いままで黙っていたエグゼが口を開いた。「マイ・ロードのお身体に少々のダメージが。胃と、肺を修復する薬の提供を求めます」
「修復ではない、機械知性。人間は『治す』と言うんだ。われわれと〈ギア〉の仲介者なら、言葉選びくらいは学ぶのだな。……了解した、三神、すぐに用意させよう」
「助かる、少佐」
少佐は腰の小型通信機を取り出し、二三、会話をして切る。
「イフリエス撃退の功労者だからな。これくらいは当然だ。しかし、まさかあのイフリエスを退けるとはな。〈ギア〉エグゼキューター、ヒロイックな機体だ。こちらの支援があったとはいえ、単騎で戦っていたようなものだ。通常なら数秒ともたずに融解していただろうさ。それを、ある程度、原型をたもったまま生還してみせた。ただ性能頼りではあるまい。きみの機転があったからだな」
「おれは、なにもしていない。なにもできなかったさ」
「わたしはそうは思いません」エグゼは歩き出し、少佐にファイルを手渡す。「これを見てください」
少佐はファイルの中で閉じられていた紙をめくり、そして微かに眼を見開いた。
「これは。驚いたな、ハイスクールに通っている少年の身体能力とは思えない」
「データインストール時に、身体能力を解析しましたが、当データが検出されました。生活環境から考えるに、このデータは通常、ありえません。特殊な訓練を積んでいたものと予想します」
「おそらく、そうだろう。しかし、フゥム。面白いな。これならすぐにでもいける」
「なにがだ少佐。エグゼ、説明してくれ」
「それはおってエマ=レッドフォード少佐から説明があるでしょう。現在のわたしが説明する必要は、ないものと判断します。そして、いまあなたが優先すべきはお身体の回復です。あなたがたの言う、『治す』という行為です」
「そうだな。三神、いまは気にするな。じきに薬も届く。ゆっくりと休め」
これだ。仲が悪いと思えば、妙に口裏をあわせてくる。これが喧嘩するほど仲がいい、というやつだろうか。二人でこそこそと話されては居心地が悪い。なんだか仲間はずれにされているようだ。
でも言っていることは間違っていない。吐いたあとだからか、まだ胃のあたりがヒクつくような感じがする。しばらく休まないと治らないだろう。
治る。この概念は、エグゼに理解できるのだろうか? 修復というのは、エグゼキューターのインタフェースをしているだけあって、身近に感じられるだろう。だが、人の身体は? 彼女は不思議な光によって生成され、バックアップさえあれば、即座に復活可能できるようなことを言っていた。ということは、その身体を『治す』必要はない。また作ってしまえばいいだけだ。
再度、おれは思う。人というものを知らなければ、人は救えない。人の痛みがわからなければ、人を癒してやることはできない。対人・インタフェースの側面をもつ以上、それを学習していくことは避けてとおれない道だ。それをエグゼは理解しているのだろうか。
多分、理解していないだろう。ならば短い付き合いだろうが、少しでもおれが教えていかねば。
なんだろう……この感覚は。友情? 違う。まだエグゼとはそこまでの関係を築いていない。愛情でもない。恋でもない。なら、と考えて、いきあたる。父性か。生まれたての子どもを見るような視点になっていることに気づく。そしてそれは間違っていないと思う。あまりにも彼女の人間知性は幼い。
これからのことを想う。おれはいったい、璃々を救う上で、この世界でなにをしたらいいのか。することが多すぎる。〈ギア〉を知り、エグゼを理解し、カルォーシュアと折り合いを付けねばならない。大変な作業だ。それは体力があってこそだろう。ならば少佐の言うとおり、いまは休まなければ。
「わかった、少佐。薬をもらったら、また少し休ませてもらう」
「そうするといい。しばらくはイフリエスの襲撃もないだろうからな」
「了解した。そうだ、起きたら地球と連絡を取りたいが、可能か」
「それは難しい」少佐は少しだけ、申し訳なさそうな顔を作る。「量子空間通路、〈スカイ・ウェルズ〉は光や音の通信を拒む。理由はわからんが。物理的な手段になる。たとえば手紙とかな。定期便に乗せれば送れるだろうが、時間がかかる。急用か?」
「いや。なにも言わずに出てきたから、せめて肉親には連絡を取りたいと思って」
「なにも言わずに出てきたのか」少佐は驚き、次に呆れたように溜息をついた。「まったく、現代の調停者はずいぶんと無鉄砲なようだ。どうする、すぐに連絡は取れんぞ」
「それならば、ご安心ください、マイ・ロード。エグゼキューターの通信機器を使えば、可能です。あとで相手先の端末情報をお伝えください。こちらで繋ぎます」
「エグゼキューター、まったく反則的な機体性能だな。だ、そうだ、三神。それでいいか?」
「ああ。すまない、エグゼ」
そう言って、おれはなんだかどっと疲れた気がして、そこそこ柔らかいベッドに体重を預ける。
薬を飲む前だというのに、ひどい睡魔が襲ってきていた。